第一章「戸惑いの帰り道」5


 午後からの授業も滞りなく終わり、そのまま下校時間になった。

 今日も元気にバイト先に向かおうと意気込むシズクに、隣を歩くリュウトは溜め息をついてから小さく笑う。

「ほんまお前って、コウのことが好きなんやなー。鼻息荒いで」

「っ……そ、そんなんじゃねえよ」

 まだ教室から廊下に一歩足を踏み出したところだと言うのに、いきなりそう核心を突かれて、シズクは慌てて疑惑を否定する。おかげで声が上擦ってしまった。こんな態度では逆にあやしいと、シズクは自分でも思って後悔する。

「ほんまにー? 顔に『これから向かうバイトが楽しみで仕方ないです』って書いてあるで? 確かに給料日はウッキウキやろけど、それ以外でバイト先が楽しみなんて……好きな相手に会えるから、しかないやろー」

「しか、ではないだろ。ほんと、そんなんじゃないから」

「へー? なら確かめるために、俺も帰って財布に中身補充してからバイト先遊びに行こっかなー。シズクの意中の相手がおりそうやし」

「マジで勘弁してくれ。バイトだけど、真面目に働いてるんだからさ」

「大丈夫やって。大事なシズクくんの邪魔なんかせんから。ちゃんと注文もするし、見てるだけ。な? ええやろ?」

「……絶対、大人しくしてろよ?」

「当たり前やんけ。任せなさーい」

 上機嫌で胸をどーんと叩く仕草をするリュウトは全く信用ならなかったが、ここまで言って意見を曲げない彼の説得はもはや無駄だということを短い付き合いながらに理解しているシズクは、仕方なく彼の訪問を許可することにする。いや、シズクは本当にただのバイトなので、お客様であるリュウトを拒否する権利なんてものはないのだけれど。

 校門前で一度家に帰るというリュウトと別れ、シズクはそのままバイト先へ向かう。

 これまではバイト先でしかコウと会えなかったので、下校時間のうちのこの時間――学校からバイト先へ向かうこの時間が、一日の中で一番シズクがワクワクしている時間であった。

 それは今日だって変わらない。でもそのウキウキの種類も濃度も、昨日までと違う。今日は朝にも昼にもコウと話せた。流石に下校時間にはコウは部活に行ってしまう為話せなかったが、もしかしたらバイト先やそこから帰る時にはまた話せるかもしれない。

――ん? ちょっと待て。結局コウの部活聞いてないや! 絶対今日、聞き出さないと!

 ホームルームの際に担任が告げていたことを思い出す。部活の入部希望は来週までが提出期限らしい。早く聞き出せないとシズクはコウと同じ放課後を過ごす機会を見逃すことになる。

――多分、十中八九野球部だろうけど、こればっかりはわかんないしな。

 今日一日だけでもコウは、野球で有名だと散々持て囃されていたが、その表情はあまり嬉しそうには見えなかった。もちろん、普段通りの優しい笑みを浮かべてはいたが、なんだかその瞳には光が燈ってないようにシズクからは見えたのだ。

 もしかしたら野球はもう、コウはやらないのかもしれないな、とぼんやりと考えながら、シズクはバイト先への道を歩く。

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