回転木馬で見る夢を
けい
プロローグ「密かな恋」
自身のことを『カワイイ系』だと自覚しているシズクが、自身の恋心を自覚したのは、初恋を自覚したタイミングであり、一目惚れをしたタイミングでもあり、自身の恋愛対象がどうやら『同性』であると自覚したタイミングでもあった。
それまで『カワイイ系』の自分のことを、まるで『弟』みたいだとか、『カワイイ年下クン』として付き合いたいと言ってきてくれた先輩やクラスメート達には申し訳なかったなと今更ながら思う。
いくら恋愛対象じゃなかったからって、興味が湧かないという理由でサクっとその告白を断っていたのだから。恋心というやつがこんなにも強く大きな想いであり、それでいて一向に進まない相手との関係がこんなにもじれったいものだとは思わなかった。
シズクは今、一目惚れをした“彼”の目の前にいる。彼――シズクと同じ学校の制服を着ているので学校帰りだろう。部活動の見学でもしているのか、真っ直ぐ下校したにしては遅い時間だ。何か他に、居残りでもしていたのかもしれない――の名前は、『コウ』と一緒に来ていた友人達に呼ばれているのを聞いたことがあった。
「えーと、じゃあオムライスで」
「かしこまりました」
彼がシズクに伝えるのは、ここ――シズクがアルバイトをしているファミレスだ――の一番人気のメニューだ。とろとろの卵にチキンライスが包まれた絶品だが、ガタイの良い彼には少し物足りないのではないかといつも心配している。
サラサラとメモにオーダーを書く手元の上で、その表情を見落とすまいとシズクはいつも彼を見詰める。
――コウくん、本当にかっこいい。
シズクはコウに恋をしていた。シズクはカワイイ系男子ではあるが、れっきとした男で、相手のコウももちろん男だ。何かスポーツの経験者であろう大きな身体に、爽やかそうな短い黒髪、感情がよく表れる穏やかな顔立ち。このファミレスにはいつも友人達と来ているようで、交友関係も広そうだ。
でも今日は、何故かコウ一人だけで。
「待ってよ」
お辞儀をしてから厨房に戻ろうとしたら、そう彼から呼び止められた。元から声量があるのだろう。わりと大きめに呼び止められたのに、その声は穏やかだった。低くて、心に響く声にどぎまぎしながら振り返ると、笑顔のコウがシズクを見ている。
「な……なんでしょうか?」
早鐘を打つ心臓を押し殺し、そうなんとか絞り出す。視線なんて合わせる余裕がなくて、その微笑みから目を逸らしてしまう。今日もこのファミレスの床の上はピカピカに磨かれている。どこにも塵一つ落ちてなくて、それでも安心感なんてものはシズクの心には浮かばない。
「君、名前はなんていうの? この前制服姿見たけど、多分俺と同じ高校で、同じ学年だよね?」
「えっと……はい。そ、そうですけど……」
相手の真意がわからなくて、シズクはそう答えるだけでいっぱいいっぱいになってしまい、言葉に出してしまってから、自分が彼からの質問に答えられていないことに気付いた。
――やばっ、せっかく声掛けてくれたのにっ! なにも答えてねえ、俺の馬鹿!!
「す、すみません! 俺の名前っ、シズクって言います!」
慌てて付け加えた言葉は、ついつい勢いに任せて大きな声になってしまって。そんなシズクの様子に、一瞬彼は目を丸くしたものの、それからすぐに表情を緩めて、その口が「カワイイ」と零した。
クスクスと笑う彼の姿に、しかしシズクは顔に熱が集まるばかり。彼が自分のことを馬鹿にしていないというのはなんとなくわかったし、それより! それよりもだ!
――今、カワイイって言った? 俺のこと? カワイイって言った?
絶対に赤面している。そう自覚があるシズクは、ますますコウのことを真っ直ぐ見ることが出来なくなって。そんなシズクに向かって、彼は言った。
「シズクくん……いや、シズクって呼ぶな。俺の名前はコウ。ずっと俺のことばっか見てくれてたよな? 俺もずっと、シズクを見てたよ」
「……っ……そ、それは……」
「俺のこともコウって呼んで。これから俺達、仲良くなれる気がする。よろしくな」
「う、うん! よろしく! コウ!」
差し出された手を握り返しながら、シズクはその指先に感じる熱から彼の本意を読み取ろうとした。ぎゅっと強く握られた手は、大きく包み込まれるような安心感がある。暖かい――いや、熱い手だ。
――コウ、見た目だけじゃなくて、絶対……心も熱い人だ。
どくどくと震える自身の心臓がうるさい。でも、それすらも今は心地良くて。
どうかこの時が、ずっと永遠に続けば良いのに。しかしいくらシズクがそう心の中で思おうと、現実に時が止まるようなことはない。
「コウ! 待たせてごめんなー。部活の仮入部の用紙がなかなか書けなくて」
店の入り口から大声が響き、そこからコウの友人らしき男達が数人入ってくる。それに向かってコウも「遅いからもう頼んだ! 俺も早く出さないとなー」と答えてから、シズクにだけ聞こえる声で「じゃ、また明日も一人で来るから、よろしく」と言って笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます