第30話 予想外の襲撃

 神谷町ダンジョンを出ると、そこには人だかりができていた。


「深淵層をクリアされたというのは、本当なんでしょうか!?」

「たった三人でどう攻略したのか、是非教えてください!」

「せめてボスの名前だけでも!」

「どうか、一言だけでもいいのでお願いします!」


「うぷっ」


 俺は人酔いすると、吐きそうになって裏路地まで全力で逃げた。


「東雲さーん!」

「あ、こんなところにいた」


 後から遅れて、小鳥遊と皐月がやってきた。


「悪い、途中で逃げだしちまって…‥」

「仕方ないよです~、私も最初はそんな感じでしたし」

「何事も、慣れ」


 二人はそう慰めてくれるが、どうも俺の中ではしっくり来ない。

 毎朝、満員電車に揺られて出勤していたのが原因なんだろうか。

 早く慣れないといけないな……。


「そうだ、飯食いに行こうぜ、飯。俺が奢るよ」


 思えば、今日は昼前からずっとダンジョンに籠っていて、ロクなものを食べていないのだ。たまの贅沢くらい、罰は当たらないだろう。

 奢り、と聞いて、二人の目がキラっと光ったのが分かった。


「ほ、ほほほ、本当になんでもいいんですか?」

「私、遠慮しない。食べたいものがあったら、全力で所望する」


 幸い金には余裕がある。だから、俺は満面の笑みで応えてみせた。


「おうよ! どんとこい!」


「私、回らないお寿司が食べたいです!」

「ステーキ。それもハンバーグの付け合わせのやつ」


 見事に票が別れたな。さて、どっちにするか……

 悩んでいる間にも、少女たちはバチバチと火花を散らし合っている。


 女って怖え~……。


 結局、ジャンケンで勝った方の店に行くということになった。

 勝者は小鳥遊だった。負けた皐月は悔しそうに自分の出した手を眺めていたが、まぁそう落ち込むなよ。と、耳元で「今度は焼肉奢ってやるからさ」と囁くと、ボンッと顔を真っ赤にして飛びずさった。


「ひゃ! ああ、うん。ありがとう」


 何だか壊れたロボットのような言い方だったが、気にしないことにする。


 そして電車で少し移動して訪れた寿司屋。

 その看板には≪寿司処・魚々うおうお≫と書かれている。


「お邪魔しま~す」

 

 言い出しっぺの小鳥遊が暖簾を押し上げて最初に入ることにした。

 それから俺、皐月の順番だ。


 店主はいかにも頑固な親父といった風貌で、話しかけるなオーラを全力で垂れ流している。

 今も手ぬぐいで手を拭きながら、忙しそうに何かの仕事をしている。

 カウンター席しかなく、必然的に俺が座った位置は店主さんの目の前なのだが……。


 ギロリ。


「ひいっ!」


 会釈でもしようかと思ったら、とんでもない眼力で睨まれてしまい、情けない声が出る。それを俺の右隣にいた小鳥遊が、クスクスと笑ってきた。


「注文は?」

「んー、とりあえず中トロで!

「私はねぎとろ軍艦」

「じゃ、じゃあ俺はサーモンにしよっかな……」


 女子たちは臆せず注文できるのに、俺はプレッシャーに押されて駄目だった。

 店主はフンッと鼻で笑うと、鮮やかな手つきで寿司を次次と握っていった。


「あいよ、おまち」


 一気に三人の注文分出された俺たちは、わぁっと歓声を上げて完成した寿司を見る。

 脂が良く乗っているのか、天井のライトに反射して、てらてらと輝いている。


「それじゃあ、いただきます」

「いただきますっ!」

「馳走になる」


 そうしてサーモンを口の中に入れた瞬間、俺の体の中で大爆発が起こった。


 美味い。美味すぎる。

 脂のたっぷり乗ったサーモンは身がプリプリで、噛んでいて歯ごたえが半端ない。

 それに、しつこすぎる味や嫌なクセもなく、次々と口に放り込める。


 店主のおっさんにも美味しいという気持ちが伝わったのか、ニコニコと微笑んでいた。


 だが、何より違うのは──


「このシャリ、何か普通の酢飯と違う……?」

「おう、よく気付いたな。そいつはダンジョンでしか採れない、ビネガーフルーツっていう果物でな。といっても甘くはねえんだが、そこから絞り出した汁は酢としてピカイチってわけよ」

「へえ、そんなのもあるんですねぇ。全然知らなかった」


 店主に返事をしながら左右を見ると、二人とも美味しそうに舌鼓をうっていた。

 分かる、その気持ちは分かるぞ。


「よっしゃ、今日はどうせ俺の奢りだ! こんないい店、少しだけなんて勿体ない! じゃんじゃん食おうぜ!」

「かんぱーい!」

「私たちのパーティ記念日に、かんぱい」


 俺と小鳥遊はそう言って酒瓶をかかげて、乾杯の音頭を取った。

 ちなみに、皐月はまだ未成年なのでオレンジュースだ。


 っていうか、皐月はいつウチのパーティメンバーになったんだ?


 それからしばらくした頃。

 会話も弾み、腹も膨れた俺たちは食後の運動よろしく、街をぶらぶらと歩いていた。さっきの寿司屋で、俺は店主とやりとりアプリ、LYNEを交換していた。

 最初こそおっかなくて、取りつく島もないような人だと思っていたが、話してみれば気さくで話しやすい、すっかり気が合う友人の出来上がり。今度酒を呑む約束も入れた。


「いやぁ、しかし今日は楽しかったですねぇ」

「ほんと。色々なことがありすぎてちょっと疲れけど、楽しかったです」

「ああ、そうだな。良い出会いだった」


 心の底から同意した俺は、会話に混ざって返事をする。

 が、ふとうすら寒い空気がただよってきた。


 その発生源は……小鳥遊と皐月だ。

 二人は光が消えた目でこちらを見ると、呟く。


「まさか、これっきりなんて言わないですよね?

「私のお腹にいる子、チヒロの子。ちゃんと責任取って」

「いやいやいや、前者はともかく、後者はおかしくないですか!? 第一俺、一回もそういうことしたことないからね!? ってか、何で今生の別れみたいな解釈してるうんですか!?」

「ふぅん」


 明らかに疑いの目でこちらを品定めしてくるように俺を見つめる小鳥遊と皐月。

 頼むから、こういう公共の場でそういう発言は控えたほうがですね‥…。


「「チッ」」


 いや、なんか今すごい音の舌打ちが聞こえたんですけど‥…


 二人は背中を、くるりと俺に背を向けて立ち去ってしまう。

 大丈夫……かな? どうやら俺の人生は前途多難らしい。


「え? ああ、いや、今のは言葉の綾っていうか、ほら、あるでしょ!?」


 俺の弁解も無視してスタスタと歩いていってしまう小鳥遊は、盛大にこけた。

 ふむ、今日は水色か……って、いかんいかん。


 皐月の助けによって地面から引き起こされた小鳥遊は「私何もしてませんけど?」というような顔をしているが、その隣にいる皐月はゲラゲラと笑っている。

 多分、あのポジションが俺だったら一か月は配信できない有様になるだろう。

 

 と。


 俺は改めて振りかえる。


 彼女のタフネスとメンタルは、相当強くなった。

 あの地獄のようなとレーニングを、毎日毎日頑張ったのだから


 最初の方は、上層の弱っちいモンスター相手にもへっぴり腰になるほどに、あのデーモン戦がトラウマになっていたようだ。だが、今日の小鳥遊は違った。

 自分の力で動いたんだ。それがどれだけ凄い一歩なのか、本人は分かっていないだろうけれど。



 小鳥遊たちが去り、路地は静寂に溶けていった。

 さっきは冗談で言ったが、もしかしたら、もう俺がいなくても……。


 ふと、俺の首筋に視線を感じた。間違いない、誰かに見られている。


 俺は気付いていることを気取られないように、他の歩行者と同じ速度で歩き、ごくごく自然な様子で白金ダンジョンに入った。このダンジョンは既に他の探索者によって踏破済みで、旨味もあまりない。だから人気もなく、今ではほとんど誰も寄り付かないダンジョンなんだ。だが、それがいい。人目を気にせずに安心して戦えるからな。


 それにしても、と、あの追手たちに思いを馳せる。

 明らかに魔物の動きなんだが、妙に人っぽいんだよなぁ。

 っていうか、まんま見た目黒子だし


 まあ、やるしかないよなぁ……。


 深淵ならまだしも、ここは比較的浅い階層だ。こんなまっ暗なダンジョンでうっかり黒子が現れたら? きっと悲惨な死が待っていることだろう。

 なら、ここにいる奴らは全て始末せねばなるまい。


 今日のダンジョンは生臭く、ぬるい風が吹いている。


 丁度その風が、剣戟の音を運んできた。

 誰かが戦っているようだ。もしかしたら、黒子かもしれない。

 そうなら助ける、そうでないならほうっておく。。


「チッ……あーもう、めんどくせえな!」


 俺は悪態を吐きながら、ダンジョンの奥へと向かって走る。

 気配も当然ついてくる。それも複数人。

 どうせあの黒子の正体は、悪魔か何かの手先だろう。


 ソロモン72柱? とかいう悪魔を2匹も倒してしまったんだからな。

 恨みを買っても当然か。


 黒子のような布を眼前に構えた男達は、一斉にこちらへ向かって駆けてくる。

 ダンジョンの中層あたりまでやってきた俺は、追ってきた黒子を、10秒そこらで殲滅し、そして目撃した。


 黒子と戦っている、一件すれば美少女と見まごうような金髪の少年。

 その周りには黒子2人の死体が転がっており、彼が片づけたであろうことは容易に想像できた。だが、案の定苦戦しているようだ。


 あちこちが傷だらけで、剣を持つ手は震えている。

 重い一撃をくらえば、手放してしまいそうな危うさだ。


「おいアンタ! 手助けは必要か!?」


 近付いてくる敵を切り伏せながら、俺が放った声にハッとこちらを振り向く少年と黒子。

 1秒にも満たない間の間、少年は小さく頷いた。


 俺が一瞬で黒子の元に近付くと、慌てた様子で黒子が武器をこちらに向けてくる。

 だが、遅い。俺は黒子の鳩尾の辺りから喉までを、下から上に一気に引き裂いた。


「す、すごい……」


 少年は絶句している。今起きたことが信じられないようだ。


「まぁ2人殺っただけでも充分凄いと思いますよ。自信持ってください」

「ははは……ありがとうございます。それにしても、これはイレギュラーなんですかね? あ。申し遅れました、僕はすめらぎ 大我たいがといいます」

「ご丁寧にどうも、俺は東雲 千紘と申します」

「え……? 東雲って、今ネットで話題のあの東雲さんですか!?」

「ははは、まぁ、お恥ずかしながら……」

「すごい、すごい! まさか本当に会えるなんて! 僕、あなたのファンなんです! それで、武器も真似して双剣を使ったり……!」


 皇はどれだけ俺のファンなのかを、目をキラキラさせながら言ってくる。

 嬉しい話ではある。

 が、いい加減時間のようだ。彼には申し訳ないが、話題を逸らさせてもらう。


「ありがとうございます。でも今は、それどころじゃないんっスよ」

「あ、次のスケジュール……とかですか?」


 不思議そうに首を傾げる大我少年に向かって、俺は首を振って言った。


「いや。これから、今の三倍近い黒子が来ます」

「えええええええっ!?」


 少年の叫びが、部屋中に響き渡った。


 それから少しして、そこにいたのは、10人ほどの黒子たち。


「よう、遠路はるばるご苦労様」


 声をかける。だが、当然のごとく返ってくる言葉はない。

 まったく、嫌われ者は辛いよ。途中で諦めて帰ってくれないかなーと思ってた。


 だが現実は無情。黒子は姿勢を低くすると、下からえぐり上げりるようにしてナイフを突き上げてきた。


「悪くないレベルだ、普通の探索者なら、この時点で死んでいたかもしれないな。……だが俺は違うッ!」


 掴みかかってきた黒子の両首に双剣を突き立てる。

 引き抜くとダムの放水のような勢いで血が良よく飛び出る。

 そもまま黒子はグラグラと体を揺らし、俺の真横に横たわった。


「さて、次はどいつだ?」


 黒子たちは、一斉に襲い掛かってくるのであった。

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