第28話 悪魔との戦闘
俺は双剣をしっかり握りしめ、レライエに向かって
だが、レライエは取り繕った笑顔を崩そうともしない。
何か策があるのは間違いないだろう。
「聳え立ちなさい。≪
レライエがそう言うと、地面が急に隆起して巨大な壁になる。
「なるほど、魔法か」
「ご名答」
気付けばレライエは俺の後ろに回り込んでおり、思いきり背中を殴り飛ばされる。
「ゴフッ!?」
どうやら相当に重いパンチらしい。今ので、あばらの何本かが逝った気がする。
ズキズキと痛む体を叱咤しながら、何とか立ち上がる。
レライエはその間何もすることなく、ただ悠々とそこに立って微笑みを浮かべていた。
「おやおや、随分と張り合いがありませんねぇ。この場所へは運だけで来れるほど楽じゃない。だからこそ、あなた方がここに来た時は、大層心躍ったのですよ?」
レライエは眼鏡の位置を正すと、見下したような笑みを浮かべる。
畜生、舐めやがって。
俺は立ち上がって血を地面に吐き捨てると、再びレライエと向かい合った。
「ああ、それでこそです。いいですねぇ、もっと愉しもうじゃありませんか!」
今度はレライエからの超接近。何とか目で負えてはいるが、反撃を差し込むチャンスが全くない。ならば……
「うおおおおおおっ!」
俺はレライエの手刀をわざと自分の腹に突き刺させて、そのままの勢いで動けなくなっているレライエの両耳に短剣を突き入れた。ぶじゅり、という音がして、双剣はどんどんレライエの奥深くまで入り込んでいく。
「なるほど、その覚悟は素晴らしい。実際、私も少し驚きましたよ。なにせ、脳を破壊されてしまえばどんな生物も動けなくなりますからね」
レライエは首を左右に振ると、血を体外に排出する。
「ですが、ほんのちょっぴりだけ計算がずれたようですね。悪魔の脳は非常に頑丈かつ、スマートな形で構成されている。あなたたち下等生物とは、出来が違うのですよ」
コン、コン、と自分のこめかみをつつくレライエ。
さらにはそのまま、俺の腹部に突き刺さっていた腕を引き抜いた。
「ぐっ……ガハッ」
刃物を刺されたときに抜いてはいけないのと同じ現象だ。
俺は腹から大量の血を流し、吐血してしまう。
「困りましたねぇ。私の予定は人類の魂の収集。手始めに、この人が多いダンジョンで魂を集めようと思っていたのですが……」
そこまで言って、レライエは自身の手に付着した血液を舐め取る。
「蓋を開けてみればがっかり。あそこの小娘二人では足しになりませんし、もっとも優秀かと思われたあなたもこの体たらく。これでは、受肉の儀にそうそう間に合いません」
「受肉の……儀?」
一瞬、脳裏に先程の胎児の姿が浮かぶ。
まさか、あれを目覚めさせる気か……!?
「あなたにそれを知る権利はありません。今の情報はサービスですよ、ただのサービス。どうせ間もなくあなたは死に、息絶えるのですから。どうです? 絶望したでしょう? その負の感情こそが、我々のエネルギーなのですよ!」
芝居がかったポーズで、両手を天に向けながらレライエは言う。
「冗談じゃない……!」
俺は、なんとか声を絞り出して言った。
「ここに至るまでに、どれだけの人が犠牲になったと思ってるんだ……! 正義感ぶったことを言うつもりはさらさらないが、俺たちはお前らの都合のいいように扱われる駒じゃないッ!」
レライエは愉快そうに眼鏡をくいっと上げると、心底見下したような目で俺を見てきた。
「ならばどうするのです? 今のあなたは満身創痍。お仲間も、もう間もなく死ぬでしょう」
ハッと横を見れば、バフォメットに翻弄されている小鳥遊たちが目に映った。
このままでは、敗戦一色だろう。
「どこを見ているんです? あなたの相手はこちらでしょう」
いつの間にか近付いてきたレライエに頭を掴まれ、何度も何度も何度も何度も地面に顔を叩きつけられる。痛みと衝撃で意識が飛びかけるが、なんとか根性で持ちこたえる。
使うしかないのか……?
ふと、昔世話になった人の言葉が脳裏に浮かぶ。
『いい? 千紘。その力、無暗に使うんじゃないわよ。それは際限なくキミの力を引き出してくれるけれど、一方で体を蝕む毒になる。だから、本当に大事なときにだけに使いなさい』
本当に大事な時、か……。
視線の向こうでは、今も小鳥遊たちが必死に戦っている。
驚くことに、いくらかバフォメットに傷を与えているのだ。
ならば、俺はあの二人の覚悟を信じよう。
俺はフラフラとする体を双剣で支えながら、何とか立ち上がった。
「おお、素晴らしい。まさかその状況でも立ち上がるとは」
俺は目の前の悪魔を睨みつける。
ありがとう、師匠。俺、覚悟ができたよ。
「では、そろそろ下等生物と触れ合うのも飽きてきましたし、これにて幕引き──ッ!?」
レライエがそう言って蹴りを放とうとするも、既にそこに俺はいなかった。
「認識が甘いんだよ。そういう驕りが自分の身を滅ぼすんだ」
そう言いながら、背後からレライエの心臓目掛けて思いっきり短剣を抉り入れる。
「馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁぁぁっ!?」
レライエは背後を取られた衝撃か、あるいは痛みを逃れるためのごまかしか、ひたすらに同じ言葉を繰り返している。だが、今回はこれだけでは終わらない。
ありとあらゆる場所、レライエの背面全身にナイフを突き立て、引き裂いていく。
真っ白なスーツが、青紫に染まった。
こいつだけは生かしちゃおけない害虫だ。情けなんて必要ない。
「お前には、何の信念もない。ただただ肥大化したプライドで全身を固めた、ただのナルシストだ」
「ふざけるな! 私は……全えての悪魔のために……ッ!」
「ブネはそんなことを言ったか? あいつは最後まで、自分より他人のことを気に掛けていた。相手のことをしっかり見て、慮れる良い悪魔であり、良い戦士だったぞ」
「ブ、ネ……この恥さらしがアアアアアアアッ!」
レライエは叫び声を上げた直後、後ろ回し蹴りを放ってきた。
俺はそれを、寸でのところで回避する。
更に、一度互いに距離を取り合い、武器を構える。
レライエはどこからともなく取り出したレイピアを。
対する俺は、刃こぼれしまくった鋭利とは程遠いナイフを。
ザッ、ザッと土を踏みしめる音が耳に入る。
ああ、そうか。またゾーンに入ったんだ、俺。
「貴様、名前は?」
ふと、レライエに尋ねられて応える。
「チヒロ。東雲 千紘だよ」
「チヒロ、か……覚えておこう。私を相手にここまで奮闘できた褒美だ」
うへぇ、いらねぇと思いながらも俺はニヤリと笑って双剣を構える。
勝負の合図は一瞬だった。
──コツン。
恐らく、小鳥遊たちが戦っている衝撃の余波で飛んできた小石だろう。
落ちてきた小石を、どちらかが蹴った。その瞬間、俺たちは互いに駆け出す。
リーチの面では相手の方が上。しかし、刺突用に特化した細剣ならば、いくらでもやりようはある。俺は音速で自分の目を狙ってきた穂先をするりと躱し、レライエの無防備な腹にナイフを突き刺し、更に引き裂いた
。
「……おのれ、この私が人間ごときに……!」
俺は頭を掻きながら言う。
「んー、その、「なになにだから」とか「なになに程度に」とか考えない方が良いと思うよ。自分の存在が劣っちゃうからね」
「貴様に、何が分かるゥゥゥッ!」
レライエは深手の状態とは思えないスピードで接近してくると、俺を押し倒して馬乗りになる。そしてそのまま、何度も何度も顔面を殴打。
それに負けじと、俺もレライエと体の位置を反転させて、何度も何度も顔を殴り続ける。やがて、自分の拳が真っ赤に腫れ、そこから血が流れているのに気づいたあたりで殴るのをやめた。
鈍痛が響くが、俺は目を閉じることなくレライエを見つめ続ける。
やがて疲れてきたのか、それとも俺に恐怖を感じたのか、レライアは諦めたように最後に弱いパンチを一発だけ打って、そのまま床に大の字になって寝ころんだ。
「一体、なぜ……私がどこで、何を間違えたというのだ」
「いや、別に間違ってはないんじゃないかな? 人間だって生きるために動物を殺していただくわけだしさ。ちょっと胸糞は悪いけど、悪魔にとってはそれがご飯みたいなものなんでしょ?」
「ハハハ……君は全く、掴みどころのない人物だな」
よく言われる、と俺は頭を掻いた。
レライエの表情は、心の中の曇りがなくなったように晴れやかだ。
そこにはもう、悪意なんてものは微塵も感じない。
「ブネが君に懐柔された理由、今なら分かるよ」
「そうなの?」
「ああ、君は暖かく、心の優しい青年だ。そんなもの、悪魔にとっては大嫌いなもののはずなんだけれどね。彼は、人間のそういう心に憧れていたから」
「そっかぁ」
昔から優しいと言われることは多々あった。
けれど、いざ言われてみてもなんだかしっくりこないのだ。
本当の優しさとはなんだろう、とか、そもそも優しいの定義ってなんだろう、とか。
そういう疑問ばかりが渦巻いて、結局迷路を進み続ける羽目になってしまう。
「そういえば、あちらはどうなったかな?」
「ッ! 小鳥遊さん、皐月ッ!」
どうやら、彼女たちも無事に勝てたようだ。
向こうにはバフォメットの死骸が転がっており、完全に絶命している。
「そっちはどうなりましたか!? 大丈夫ですか!?」
「たいへん。チヒロ、すっごい血の量! このままじゃ、死ぬ」
皐月の発言を受けて、小鳥遊の顔は真っ青に染まる。
「そ、そんな! 何か打つ手はないんですか!?」
「あるにはある。けど、まだあるかはわからない」
「いいから、教えてください!」
「さっきチヒロが私を助けてくれたときのポーション。あれさえあれば、なんとかなる、とおもう」
確かに本数はまだ残っていたな。
俺は腰のポーチからポーションを取り出して蓋を開けると、中身を飲み干す。
すると、傷口や痛みが回復してきた。
もう何度もこいつにはお世話になっているが、改めて製作者に感謝を送る。
そこでハッと気づいた俺は、隣で転がっているレライエにポーションの入った瓶を渡す。
「どういうつもりかな?」
「アンタはアンタなりに頑張ったと思うよ。そりゃ悪魔界の信念? とかポリシーは分からないけど、少なくとも向こうの世界では実直で良い奴だったんだろうなって思う」
「そうか……フフフ、君には私がそう見えるか」
レライエは遠くを眺めるような仕草をしながら、ぽつぽつと語り始める。
「私は、魔界城の秘書をやっていたんだ。アガレス様という素晴らしいお方の元でね。あのお方のためなら、なんでもやった。現界での魂集め、罪もない女子供を殺害したこともあった。今でも覚えているよ。両親の遺体の傍で泣いている少女に、『殺さないで』と懇願され、その少女の首を無情にもへし折ったこと……。今でも時折夢に出るんだ」
こいつは根っからのクズ。そう思いこんでいた俺だったが、何となくこの会話で理解してしまった。こいつにはこいつなりの矜持があったんだ。
レライエが語る話はとても複雑で、今この場にいる全員が漠然とモヤモヤした気持ちを持っているだろう。だが、レライエはどうやらその罪と向き合っているらしい。
急に激情したり紳士的になるのは、その辺りの境界が曖昧なのが理由なのだろう。
現代の医療を以てすれば、恐らく考えられるのは躁うつ病。
とにかく、ここで切って捨てるには惜しい命だと感じた。
何の罪もない探索者たち、あるいは彼の言う通りなら攫ってきた人をあの胎児へのエネルギーにしたことは許せないが、それならば生きて罪を償うべきだろう。
俺はポーションを手に取ると、レライエにかけようとして──
「待ってくれ」
「?」
「我々悪魔には、神聖な効果がほどこされた道具は致命的な弱点なんだ。恐らく、そのポーションを浴びれば向こう数時間にわたって苦しみ、そしてようやく息絶えることになるだろう」
「そんな……」
小鳥遊は同情するように口元を手で覆い隠し、悲壮な表情をしている。
皐月ですら、今回ばかりは余計な一言を挟まずに静観していた。
「それに、私は今でも人間が嫌いだ。大嫌いだ。よしんばここから回復できたとして、次には街を滅ぼそうとするかもしれない」
「………………」
「だが、最期に君たちと出会えたことには後悔していない。人間にも、清いものがいるのだなと知れたから」
「レライエ……お前」
レライエは俺の口の動きを制しながら、言った。
「だからこそ、君たちに頼みがある。君たちにしかできないことだ」
「……言ってみな」
大体、答えは分かっている。
だってそれは、つい最近俺が遭遇したシチュエーションと同じだから。
「私はこの命が尽きたが最後、異形の化け物と化して全てを破壊しつくすだろう。だから、チヒロ君。君に私を止めて欲しいんだ」
「そうなる前に終わらせる手段はないのか?」
「今のところ、残念ながらない。300年ほど前から研究は続いているが、悪魔の凶暴化は避けて通れない道なんだ」
「……残念だ」
俺はそう返事をしたあと、後ろの二人を見る。
「怖かったら、逃げてもいいんだぞ」
「東雲さんを置いてくなんて、私がそんな薄情そうな女に見えますか?」
「チヒロは命の恩人。この命に代えても、恩は返す」
「…………そっか」
答えを聞いた俺は、ぎこちなくだが笑いかける。
二人もそれを受けて、表情が和らいだ。
「ガハッ、ゴホッ!」
「レライエ!」
「すまない、時間切れのようだ。後は頼む……ぞ」
それっきり、レライエは息絶えた。
そっと瞼に手のひらを当て、開きっぱなしになっていた目を閉ざしてやる。
やがて、ボコボコと奇妙な音が聞こえ始めたと思ったら、レライエの体が変形し始めた。
「なっ、なんですかこれ!?」
「変化の途中だよ。これが終わったら、レライエの中からはとんでもないバケモノが出てくる」
「アヤ、油断だめ。すぐに来るよ」
「ッそうだね! 私も気を引き締めなくっちゃ!」
俺たちは三者三様に武器を構え、来るべき異形の襲来に備えるのであった。
─────────────────────
あとがき
もし小鳥遊ちゃんと皐月ちゃんのバフォメット戦が視たいよー!
という優しい方がいましたら、コメントでぜひぜひ教えてください~!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます