第26話 終わりの始まり
深層を歩き始めて、大体40分といったところだろうか。
もうじき、ボス部屋が見えてくるはずだ。
「はぁ……はぁ……さすがにちょっと、疲れてきたかもしれません」
「右に同じく。休憩したい」
あの頭なでなで事件のあと、急にやる気を見せた二人を買って、戦闘経験をたっぷり積ませた。おかげで最初とは全然動きのキレが違く見えるようになった。
二人とも才能の塊だ。きっと、いつかは大物探索者になれるだろう。
……死ななければな。だが、死なせるつもりは毛頭ない。
二人ともまだ出会って間もないが、立派な仲間だと俺は思ってる。
だからこそ、全力で守り抜かねばならない。
「もうすぐでボス部屋に着くはずだから、そこまで頑張って」
「ひぃ……」
「チヒロは、鬼教官……」
「大丈夫大丈夫、その代わり戦闘は全部俺が受け持つからさ……っと!」
暗がりから襲い掛かってきたウェンディゴを切り伏せる。
だけど、何かイマイチ手ごたえがなかったような……。
持っていた短剣をよく見ると、あちこちに刃こぼれが目立った。
昨日からずっと酷使してたもんな、手入れしてやれなくてごめん。
でも、もう少しだけ付き合ってくれ。
俺は短剣をしまうと、再び先導を開始した。
ボス部屋が見えてきたのは、それから10分後のこと。
この近辺には不思議な結界が張られているのか、魔物は入ってこれないようになっている。何ともご都合主義的なファンタジーの産物だ。
だが、それには感謝しなければならない。
こうして休息を取れているのだから。
「ふ~、やっとここまで着きましたね」
「もう無理、一歩も歩けない」
「お前は小学生かよ」
笑いながら皐月にそう言うと、皐月はジト目をこちらに向けてきた。
「失礼な。私は今年で18歳。もう成人してる」
「えっ!?」
「嘘だろ!?」
俺と小鳥遊が同時に喰いつくと、皐月は心底驚いたような表情でこちらを見ていた。
「二人とも、私のことなんだとおもってた?」
「いや、てっきり中学生くらいかと……なぁ?」
「はい。こう言っては失礼ですけど、私もそれくらいかと……」
「むう……やっぱり小さいと、侮られる」
皐月は不満そうに顔をしかめながら、水筒に口をつける。
しかしまさか皐月がそんな年齢だったとは……これからは見た目で人を判断するのはやめよう。俺は心にそう誓った。
「しっかしアレだな、二人とももうソロで攻略できるんじゃないか?」
俺がそう言うと、二人はぶんぶんと首を横に振った。
「東雲さんがいないと無理です!」
「私も思い知った。仲間の存在と共闘の必要性、痛いほどよくわかった」
ふーむ、まだ一人は無理か。
おっといけない。リスナーたちを放置してしまっていた。
慌ててキューブに顔を向けると、未だに滝のようなスピードでコメントが流れていた。
:深層のボスは一体何に置き換わってるんだろうねぇ
:さっきまでのパターンを鑑みるに、ディーバドラゴンよりヤバい相手だよな
:東雲は平気だろうけど、他の二人が心配
:皐月たんかわいい
:皐月たんの足ぺろぺろ
:きっしょ
:きっつい
:もうお前二度とコメントすんな
:俺はあやちゃん推しです!
:主一択なんだよなぁ
:新参どももそのうち主の配信以外じゃ物足りない体になるよ
「えげつねぇ会話してんなぁ……」
「私の足、気になるの?」
「のわっ!?」
気付けば、皐月が俺の背中にもたれかかるようにして配信画面をのぞき込んでいた。心臓に悪いからほんとにそういう神出鬼没やめてほしい……。
:皐月たんだー!
:やっほー、見てるー?^^
:皐月たんと東雲が密着してる……
:おい! 俺の東雲から離れろ!
:東雲をかえせー!
:信じて送り出したイケメン探索者が無口クール系美少女に……
:おい寝取られネタやめろ
:マジでやめて
:NTRじゃ致せない
:君たち素質あるよ ↑
「寝取る? 付き合ってもないのに?」
怒涛の勢いで流れるコメント欄を見て、皐月は首を傾げる。
おい、やめてやれ……言葉のナイフは時として、容易く人を殺せるんだぞ……
;あ
:まずい
;言っちゃった
:うぐっ
:ぜ、ぜんぜん効いてないし
:よゆうよゆう(震え声)
:正論パンチやめて;;
リスナーたちにも若干効いているようだ。
どれ、ここは俺からも一つ言ってやらなきゃな。
「あー、こほん。皐月さん? 世の中にはね、どんな些細な言葉でも傷つく繊細な人たちがいるんです。だから、あまりそうずけずけとモノを言うのはやめてあげなさい? 彼らのハートはピュアだから割れやすいのです」
「ん、でもこれ見て」
皐月はそう言って、ホログラムを指差す。
当然、そこは俺の配信のコメント欄なわけで……って、ああああああ!?
:傷ついた;;
:東雲さんにまでディスられちゃった::
:もう生きてけない。辛い……
:もぉマヂムリ……ダンジョン潜ろ……
:繊細でごめんな;;
:東雲の最後の一言で心が割れた気がする
「ごめん! ごめんって! そんなつもりで言ったんじゃないんだよ!」
:しってる
:いいよ
:いいよ
:しってた
:だよね
:ゆるす
:焦ってる東雲くん可愛いw
ほっと胸をなでおろす。こんな事態を引き起こした元凶はと言えば、ふふんとしてやったりな顔をしてこちらを見ている。ちょっとムカついたので軽くデコピンしてやった。これあれかな、世間様を今騒がせてる女性蔑視とかそういうアレやコレで炎上しちゃうかな。まぁいっか。いいよな、うん。
そういえば小鳥遊はどうしたんだろうと思って振り返ると、小鳥遊は小鳥遊で向こうのリスナーと会話しているようだった。楽しそうに笑顔を見せているから大丈夫だろう。とは思うのだが、時折チラッチラッとこっちを見つめてくるのはなんなんだろうか。
疑問に思っていると、小鳥遊が近づいてきた。
「あ、あの、東雲さん」
「ん?」
「きょ、今日は月が綺麗ですね!」
一瞬言われた意味が分からず、ぽかーんとしてしまう。
だが、どういう意味かを問いただす前に、横から闖入者が現れた。
「アヤ、何を言ってる? ここはダンジョン。月なんてない」
「ふぐぅっ!」
小鳥遊は涙目になりながら唇を噛みしめると、とぼとぼと自分の配信に戻っていった。
:あーあ
:ばかやろう
:やっちゃった
:これは最低
:童貞くんさぁ……
:これは童貞王
:主のせいだぞ
「え、なに待って! 今の俺のせいなの? 何も悪いことしてなくない!?」
:これはもう手遅れ
:駄目ですね……もう助かりません
:責任とって氏ね
「酷い言われようだな!?」
そんなこんなでリスナーたちとのじゃれ合いも終了し、休息も充分に取れた俺たちは立ち上がる。一体この扉の先には、どんな奴が待ち構えているのだろうか。
「皆、覚悟はオーケー?」
「ば、ばっちりでしゅ!」
「私はいつでも大丈夫」
小鳥遊は思いっきり噛むし、皐月は平気そうな声だが手がぷるぷると震えている。
無理もないことだろう。ここまで辿り着いたのは歴史上数人。
他のダンジョンですら、深層の最奥部まで辿り着いた人間なんて極僅か。
そこから生還した奴なんて、もっと少ない数なんだから。
「何かあったら遠慮なく逃げるか隠れるかしていいから。それじゃ、行くぞ」
二人が頷くのを確認した俺は、ゴゴゴ……と音を立てて両開きの重い扉を開ける。
光が差し込んでくる、その空間には──
「…………は?」
ただ、だだっ広い空間が広がっているだけ。
魔物一匹の姿も見えやしない。念のため魔力を操って気配探知も使ってみるが、それでも反応はナシ。完全に虚無の空間だ。
リスナーたちも困惑している。
「な、何がどうなってるんでしょう……?」
「普通ボスが待ち構えてるはずなのに」
小鳥遊も皐月も混乱を隠し切れないでいる。
俺はおもむろに通路の奥の方へ向かうと、階段の下を確認した。
例の扉は、ある。だが、守護者の姿はどこにもない。
つまりどういうことなのか、さっぱり分からない。
リポップの時間制限があるのかは知らないが、それに引っ掛かっている可能性もある。だが、あえていちいち待ったりなんて愚行は犯さない。
「とりあえず、進める……みたいだな」
「そうですね」
「ん」
俺は小鳥遊たちと共に階段を下り、例の扉の前に立つ。
なんだか不完全燃焼というか、若干の物足りなさ、空虚感を感じるのは事実だが、戦わずに済むのはありがたいことなんだと自分に言い聞かせる。
一応、扉に書いてある文言を翻訳ルーペで見てみた。
『破滅の扉、開かれたり。これよりは、
……うっそ、文言変わってる。
「何が書いてあったんです?」
「気になる」
俺はそう言う二人、それからリスナーに、今見た文言を一言一句余さず伝える。
「そんな……」
小鳥遊は口元に手を当てて青ざめる。
俺が以前ここに来たときの配信も見てくれていたから、理解するのが早いな。
だが、皐月はこてんと首を傾げている。
まぁ無理もないか。
「簡単に言うとな、前にここに来た時と今この扉に書かれてることが違うんだよ」
「どうしてだろう」
「それは俺にも分からん。けどまぁ、進むっきゃないでしょ」
:予言が不吉すぎる……
:頼むからここにいる三人全員が無事に帰ってこれますように……!
:事故配信だけはしないでくれよなー;;
:ブネさんの時より文言が怪しいな
:頼む主たち! 無事に調査を終えて帰ってきてくれ!
リスナーたちも背中を押してくれる。
俺は意を込めて、扉を開いた。
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