第24話 不思議な少女


 下層についた途端、空気がひんやりと冷たくなった。

 そこかしこに霜が見える。これは、一体誰がやったのだろうか?


 もしかして、今朝軽く炎上していたあの子が……なんてな。


「この雪の跡……もしかして、さっきの子の仕業?」

「俺もそう思った。けど、俺らが配信見てるときはただの刀で戦ってただろ?」

「たしかに……」


:興味半分で見てみたけど、普通に魔法は使ってたぞ

:あっちの方の配信もけっこう人が見てる

:一発も被弾しないで下層ソロ攻略とか探索者の上澄みやんけ

:お前ら人の配信でよその話すんな


「ふぅん、魔法ねぇ……」


魔法を使う人間は何人か見たことがある。

元々人間にも魔力自体は流れているが、それを発動、行使できるのはごくごく一部の探索者だけなのだ。途端に、その少女に興味が湧いた。


ちょいちょい、と服の裾をつままれる。


何だと思って小鳥遊の方を見ると、こちらをジト目で睨んでいた。


「…………ろりこん」

「違いますがッ!?」


俺のタイプは少し年下から少し年上程度の女性だけなのだ。

思わず反射的に叫んでしまう。そして、やってしまった後に後悔した。


ダンジョンの壁は音を反響しやすい。


遥か彼方の方まで、俺の魂の叫びがエコーとなって木霊していく。


:あ

:あ

:あ

:まずい

:やらかしやがった

:まずい

:これは戦犯

:アホの極み


あちこちで魔物が活性化した音が聞こえる。

そして、魔物の群れがこちらにやってきた。


「ちょちょちょ、ちょおーっ!?」

「あばばば、なんとかしてくださいよ東雲さん! あなたの責任ですよね!?」

「そんなこと言われても!」


そもそも焚き付けたのはあなたですよ、というツッコミは飲み込んだ。

代わりに、双剣を抜刀すると、その柄の部分を組み合わせた。

白く淡い光を発しながら双剣は変形しはじめ、それはやがて大きな両刃剣へと変貌する。


「やるしかないかぁ……小鳥遊さん、ちょっと伏せてて」

「え? はい」


言われた通りに小鳥遊がしゃがみ込んだのを確認すると、俺は両刃剣をクルクルと回して、振った。


「絶影乱刃、黒霧クロギリ──」


途端、真っ黒な刃の衝撃が魔物の群れに襲い掛かり、瞬く間に殲滅する。

後に残されたのは、おびただしい量の血と臓物だけだ。


「……へ? もう終わったんですか?」

「ああ、終わったよ」


信じられないとでも言うように、小鳥遊は目をパチパチする。


「東雲さん……すごすぎです。って、東雲さん!?」


頭を抱えてしゃがみ込む俺の元に、慌てて小鳥遊が駆け寄って来る。


「大丈夫ですか!? まさか、さっきの一撃で体力を全部使い切ってしまったとか……?」

「ちがう、ちがうんだ。アレを生み出したのはまだ俺が若い頃で……」


当時の俺は、所謂、中二病というやつだった。

とくに意味もなく怪我もしていないところに絆創膏を貼って登校したり、授業中にテロリストが突入してきたらどうしようと退路を探したりしていたのだ。


そんなときに潜り始めたダンジョン。

興奮しまくった俺は、とにもかくにも振るう技全てに名前をつけていたのだ。

それも、とびきりイタイやつを。実を言うと、今でもそのクセは抜けていない。


だからこそ、普段から斜に構えたような物言いをしたり、カッコつけてしまうことがあるのだ。さっきの技もその一つ。ああ、もう地獄だ。早く死にたい……。


それに何故か技名言わないと発動してくれないしさ……。


「誰か俺を殺してくれええっ!」

「お、落ち着いてください東雲さん! さ、さっきのもかっこよかったですよ!? ほら、何かよくわからない難しい漢字を使ってて」

「おぎゃあああああああああっ!」


味方ですというツラをしながら見事なボディーブローを決めてくる小鳥遊に、俺はさらに悶絶することになる。


:草ァ!

:中二病か……分かるよ、一度ハマると抜け出せないよな……w

:主がショックのあまり幼児退行しとるwww

:こんな主初めて見たわwww

:東雲さん……元気出してw

:かわいそう

:かわいそうはかわいい

:今日はこれでいいや

:やめとけ ↑


俺を煽り散らかし、あるいは同情してくれる奴らのコメントを目で追っていると、一つだけ気になるコメントがあった。


:下層で女の子が苦戦してます! ヤバいかも、助けに行ってあげて!


それを小鳥遊にも見せると、彼女はハッとした様子で口元を覆った。


「東雲さん、これって……」

「だろうな。例の子だと思う」

「どうしましょう……って、聞く必要もないですよね」

「ああ、助けにいこう」


俺たちは先程の羞恥心やらパニックやらも捨て去り、ダンジョンを全力で走った。

程なくして、剣戟の音が聞こえる。どうやらこの先にいるようだ。


俺は魔法はあまり使えないが、魔力の波動や残滓を探知することくらいならできる。

そのおかげで、発見に至ったというわけだ。


そこには、一人の少女が何匹もの魔物を相手にしている光景があった。

少女は額から汗を流し、どこからどう見ても苦戦している様子だ。


とはいえ、まだ決定打になる攻撃を繰り出されるような状況ではない。


このまま下手に横入して手柄を奪われたなんて言われた日には、面倒臭いことが待っているだろう。だからこそ、確認しておかなければならない。


「おい! 手助けはいるかっ!?」


少女は一瞬の隙を縫ってこちらを窺うと、無言で頷いた。


「よし、行くぞ小鳥遊!」

「はいっ!」


少女が相手している魔物はひとまず無視だ。

まずはその周囲に展開している魔物を殲滅することに意識を向ける。


手にした双剣で、まるでステップを刻むように魔物の群れの間を縫っていく。

少し遅れてから、魔物たちは首から血を噴水のように流して絶命した。


だが、まだ残っている。


こちらへ咆哮を上げながら近づいてくるオーガの頭に飛び乗り、短剣を突き刺す。

そのままオーガから飛び降りて、真下にいたジャイアントローチを踏み潰す。

まだ残っている。奥の方で呪文の詠唱をしているワイトに向かって、先程までオーガが所持していたこん棒を拾って全力投擲。ワイトは全身の骨をバラバラに砕かれて絶命した。


ふと後ろを振り返ると、小鳥遊と目が合う。

どうやら向こうも片付いたようだ。小鳥遊は親指を立ててサムズアップしてくる。


後は少女が相手をしている剣士型のオーガだけだが……


「ふっ!」


少女は一瞬の隙を見逃さず、オーガの剣を弾き飛ばすと、そのまま足払い。

転倒したオークの首元に刀を突き刺した。


ビクン、ビクンと最初は痙攣していたオーガだが、やがてその動きはなくなった。


静寂が辺りを支配する。


少女は残心を解くと、刀を腰の鞘にしまった。


「ふぅ……助かった。感謝」


ぺこりという擬音が聞こえてきそうな角度でお辞儀をする。


「いえいえ、気にしないでね。私たちはできることをやっただけだから」

「それでも、命助けてくれたの、事実。だから感謝は受け取ってほしい」

「だってよ、いいんじゃないか? 謝意くらい受け取っても」


俺がそう言うと、少女は微笑んだ。

よく見れば傷だらけじゃないか。深手になるものはないが、浅い切り傷が何か所もできている。なんだか少し前に、こんな光景を見たことがあるぞ。


「ほら、これ飲みな」


俺は腰のポーチをガサゴソと漁ると、桃色の小瓶を手渡した。


「なに、これ。媚薬?」


こてんと首を傾げる少女に、俺と小鳥遊はずっこけた。


「違うよ馬鹿! ポーションだよ!」

「嘘。だって本物のポーション、もっと毒々しい緑色してる」

「まぁまぁ、効果は本物だから飲んでみて? えーっと……」


小鳥遊がフォローを入れてくれるが、名前が分からず困っているようだ。

それを察したのか、少女は口を開く。


如月きさらぎ 皐月さつき。それが私の名前」


如月と名乗った少女は、薄い胸をえへんと張る。

何というかまぁ、胆力の強い子だなと俺は思った。


「そ、それじゃあ如月さん、そのポーション飲んでみて?」


如月はしばしの間躊躇ったが、次の瞬間、一息に中身を全部飲み干す。

すると、余程予想外だったのか、目をぱちくりさせて空になった瓶を見つめる。


「ほんと、苦くない。それどころか、甘くて美味しい。あと怪我がすぐ消えてく」


自分の体を見回す如月。そこには、先程までついていた切り傷の痕が綺麗サッパリ消えていた。


「ありがとう。えーと、名前?」

「私は小鳥遊 彩矢」

「俺は東雲 千紘だ」

「あ、二人とも見たときある。アヤはテレビ、チヒロはネット」


俺は小鳥遊と顔を見合わせて、笑う。

なるほどすっかり有名人になってしまったわけだ。


「如月さんは、深淵を攻略するんだよね?」

「皐月でいい。特別に許す。あと、チヒロもそう呼んでくれてかまわない」

「ははは、そりゃどーも……」


如月──もとい、皐月はふんすと鼻を鳴らしてそう言った。


「さっきの質問に答える。私は深淵を目指す」

「どうして深淵を目指すんだ?」

「そんなの決まってる。強くなりたい、それだけ」

「うん、まっすぐな目標でいいと思うな」


小鳥遊はそう言いながら、皐月の頭を撫でた。

最初は「わっ」と言って驚いた様子だったが、徐々に慣れてきたのか気持ちよさそうに目を細めた。


「ねえ皐月ちゃん、よかったら私たちと一緒に深淵を目指さない? 私たちは今、このダンジョンに起きた事件を調査してるの」

「いいの?」


尋ねながら、皐月はこちらの様子を窺ってくる。

要は、「こっちはそう言ってるけどお前はどうなんだ」ということだろう。


「別に構わないぞ、旅は道連れなんていうしな」


そう答えると、皐月はほっとしたような表情を見せた。

なるほどよく見ると確かに美少女だ。

ロングボブの白い髪に、エメラルド色の瞳。鼻筋はしっかりと通っていて、唇は薄い。きっと、将来大きくなったらモテるだろう。


「じー」

「ど、どうした?」

「今チヒロ、やらしい目で私を見てた」

「そ、そんなことないが!?」

「…………東雲さんのえっち」


小鳥遊までジト目でこちらを睨んでくる。

ああ、男性メンバーが欲しいよ、切実に……。


なおコメント欄は、「ハーレム野郎氏ね」だの「裏山ムッコロス」など、物騒なコメントで溢れ返っていた。

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