第23話 凶獣
扉を開けた瞬間に襲い掛かる灼熱の塊。
小鳥遊が俺の前に躍り出た。
「東雲さん、ここは私に任せてくださいっ!」
そう言うと、自分の身長より長い棍を以て火球を打ち返す。
「はああああああああっ!」
ぐにゃりと火球が形を変え、それから天井の方へと吹っ飛んでいった。
パラパラと瓦礫が落ちてくる。
「凄いな」
褒めたのは、見事打ち返したのも勿論だが、自分の意志で真っ向から勝負したことだ。先日のあの一件があったにもかかわらず、小鳥遊はそれを乗り越え、凛々しい表情で先を見つめている。
土煙が晴れたことで、辺りが見渡せるようになった。
「あれは……」
「キマイラ、だな」
本来ここにいるはずのないボスモンスターだ。
やはり、異常が起きているのは間違いないらしい。
それにしても、ここ最近イレギュラー起きすぎじゃないか?
「東雲さん、あの魔物は私にやらせてくれませんか?」
「大丈夫なのか?」
問いかけると、小鳥遊は無言で頷く。
その目には、強い決意が宿っていた。
:あやちゃんかっけえ
:俺も人生で一回は言ってみたい
:ここは俺に任せて先に行け! ってか?
:それは死亡フラグwww
「オーケー、なら任せる。ただし、危ないと思ったら加勢するぞ」
「はい、ありがとうございます!」
小鳥遊は棍を片手に、キマイラへ突っ込んでいく。
それを見ながら、俺は壁に背中をあずけた。
牽制かのように背中から生えた山羊が雷魔法を連射するが、一発もかすりすらしない。
小鳥遊は高く跳びあがって、山羊に向かって棍を振り下ろした。
鈍い音を立てて、山羊の首が折れ曲がるのが見える。
状況判断もヨシ。あれなら大丈夫そうだな。
そう思った俺は、先程の疑問の続きを探りはじめる。
まず、
では、なぜボスの配置が変わるなどというイレギュラーが起きたのだろうか?
そこまで考えて、俺は思考を停止する。
まさか……俺がブネを倒したから、とかないよな?
冷や汗が背筋を伝わるのを感じる。
ダンジョンの主がいなくなったのだ。そうなれば必然、縄張りや生存権をかけた戦い、ボスモンスターの座を狙う者などが出現する。所謂、蟲毒のようなものだ。
モンスターがモンスター同士を殺し合って、最後に生き残った奴がトップを取る。
魔物の世界は弱肉強食。食うか食われるかの戦いを毎日繰り広げているのだ。
しかし、それだと矛盾が発生してしまう。
何故、ボスモンスターなんてものが現れたのか?
ここにボスモンスターを配置したのは一体誰なのだろうか?
もちろん、キマイラが自分でここを縄張りと定めた可能性もある。
だが、それでは
効率的とは言えないだろう。
駄目だ、考えれば考えるほど思考が行き詰まる。
結局、ダンジョンはどこまで行っても未知の世界なのだ。
小鳥遊の方を見れば、尻尾の蛇の噛みつきを軽やかなステップで回避し、お返しと言わんばかりに棍を叩きつけているところだった。こうなってしまえば、後はもうキマイラは自身の頭部と爪で攻撃するしかない。
だが、いくら巨体だからといえ、その攻撃方法はあまりにも稚拙。
サバンナのライオンと同じ程度の脅威でしかない。
そして、その脅威は我々探索者の前では、圧倒的に非力すぎる。
「これで、おしまいっ!」
連続の突き、薙ぎ払い、そして振り下ろし。
鮮やかなコンボを顔面に決められたキマイラは、声を発することなく地に倒れ伏した。
:うおおおおおおおおおおお
:やりやがった!
:成長したなぁ……
:俺は昔からあやちゃんの可能性を信じてた
:後方腕組み師匠ちらほら湧いてて草
「おつかれさん。よくやったな」
「えへへ、東雲さんがいてくれたからですよ。おかげさまで、安心して戦えました」
「それは重畳。さて、一応こいつの死体も回収しておくか」
マジックポーチにキマイラの死体を入れ、膝についた土をパンパンと払い落とす。
「それにしても」と、近くにやってきた小鳥遊に話しかける。
「やっぱり異常が起きてるな、このダンジョンは。キマイラは下層を根城にしている魔物だ。上層のボス部屋に配置されるような魔物じゃない」
「そうですね……本来のボスがどんな魔物だったかは情報が出回ってないので分からなかったですが、またボスが配置されているとなると……」
「はぁ……早く気が抜ける日が来て欲しいよ」
ここ数日間は散々だ。
イレギュラーに巻き込まれるわ、
ん?
今日は自分の意志でここに来たから巻き込まれたわけじゃなくないか?
思い直して、中層への道を見据える。
はてさて、この先に何が待っているやら……。
小鳥遊と肩を並べて歩き出す。
まさかこの先も、色々と魔改造がされるわけじゃなかろうな……?
戦々恐々としながら中層に入ると、そこはいつもの神谷町ダンジョンだった。
見たことのある魔物たちがひしめきあい、内部をうろうろと徘徊している。
「ちょっと面倒臭いな……」
「数が多いですもんね」
「ああ。まぁ、それが普通なんだけどな」
ダンジョンは魔物達の住処。
俺たちはそこに土足であがり込む、いわば侵入者だ。
見つかったら最後、執拗に追い回されることになる。
まぁ、中層の魔物程度、余裕で倒せるからいいんだが。
俺たちは武器を構え、フォーメーションを組みながら中層を移動した。
◇◆◇
途中、何度か交戦はあったものの、無事に切り抜けた俺たちは下層へと続くボス部屋の前に立っていた。内部からは、圧がただよってきている。
まぁ、どうでもいっか。
「それじゃ開けるぞー」
「はーい」
:うーん、この能天気っぷりwww
:一応いまイレギュラー起きてるんだからな? 分かってんのか?w
:でもこの二人ならなんとでもなるでしょ
:同意。あやちゃんもたった数日間でめちゃくちゃ強くなってるしな
:次は何が来るかな、わくわく
:どうせロクでもない奴に一票
「まぁまぁ、そう慌てなさんなって。今開けるから……さっ!」
リスナーたちのコメントに反応を返しながら、扉を開ける。
内部からは、冷たい冷気が漂ってきた。
広場に立っていたのは、3メートルほどの騎士。
ヘルムのスリットから覗く目は赤く光っており、生きてはいないことが見て分かる。
「リビングアーマーねぇ」
こことは別のダンジョンで出てくることがあるレアモンスター。
とはいえ、その特徴はやや異なっている。
普通のリビングアーマは、展示会などで見られる一般的な銀の甲冑姿だが、対してこちらのリビングアーマーは黒を基調とした赤黒いアーマーを着ている。また、ヘルムの上には羽根が付いているのが見える。右手には中盾、左手には荒々しいフランベルジュが握られていた。
「小鳥遊さん、今度は俺に任せてもらってもいいか?」
「はい、やっちゃってください!」
小鳥遊にオーケーサインをもらったことで、俺は移動を開始する。
フルメイルの相手に短剣は愚問。
俺は体内の魔力を練って拳に纏わせると、力いっぱい殴りつけた。
リビングアーマーは思いっきり吹っ飛び、ダンジョンの壁にはヒビが入った。
:うわ
:えっぐ
:ひっどwww
:リビングアーマー君「なんで……(´・ω・`)」
:あんなので殴られたら100%死ぬわ
:東雲だけは敵に回しちゃいけない、オレ、覚えた
:あれ、でもピンピンしてる
:うせやろ
リスナーたちの反応通り、リビングアーマーは何事も無かったかのように立ち上がった。そして、量の手のひらをグーパーして感触を確かめると、落ちていた武器を拾って再びこちらにやってくる。
が、俺が殴った部位の鎧はべっこり凹んでいる。
どうやら、完全に無敵ってわけじゃないみたいだな。
俺は再び拳を構えて、ファイティングポーズを取る。
「来いよ、何回だってやってやる」
小鳥遊のような華麗な動きは、俺にはできない。
けれど、フィジカル面では圧倒的に上だ。
俺は相手が動き出すより前に超速で接近して、そのがら空きなボディに何発も拳を入れる。
「ホラ、ホラ、ホラホラホラァッ!」
1秒間に50回もの拳を入れる俺。
ボディだけではなくヘルムやガントレットまでをも殴り続けていく。
2分ほど経過した頃だろうか。
リビングアーマーはガチャリと音を立てて崩れ落ち、それ以上動くことはなかった。
その姿はもはや原型を留めておらず、あちこちがボコボコに凹みまくっていた。
「東雲さんっ!」
小鳥遊がこちらへ走ってくる。
:よーーーーーーーーーし
:ナイス!
:主「え、弱点がない? なら死ぬまで攻撃すればいいですよね?」
:脳筋がすぎるwww
:パワー系ゴリラ
:ゴリラは元々パワー系だろいい加減にしろ! ↑
:東雲えっぐ
:今あやちゃんの配信と二窓で見てるけど、あやちゃん絶句してたよ
:これは切り抜きがはかどる
「誰が脳筋だ、誰が。だって仕方ないだろ、神聖な武器とか俺持ってないし」
アンデッド系の魔物には基本、聖水や清められた武器が必要だ。
そんなの、小学生でも知っているくらいの常識である。
しかし、俺はそれらの類の武器を持っていない。
だって、爆発四散するまで攻撃すれば関係ないじゃんね?
あれ、これが脳筋ってやつなのか?
「……小鳥遊さん」
「はい?」
「俺ってさ……もしかして脳筋?」
「はい! とっても!」
俺は眩しい笑顔を受け、今日一番のダメージを受けて床にうずくまってしまった。
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