第15話 涙の意味

「ふえええん……」


 ここは神谷町ダンジョンの深淵。

 そのど真ん中で、俺は号泣していた。ま、嘘泣きだけどね!


 でも、心の中では「よよよ……」と平安時代の貴族みたいに泣いている。


 それもそのはず。

 今キューブのホログラムに移されている同接は120万人。

 チャンネル登録者数もうなぎ登りだ。


 でも、それがたまらなく怖くて嫌だった。


 :急に泣いてどうした?

 :がっかりして、めーそめそして

 :流石に深淵怖くなっちゃったか

 :ああ、主……w

 :これ発作始まったわwww

 :しゃーない。実力あるものの宿命や

 :え、発作ですか? 大丈夫なんですか!?

 :平気平気。いつものやつだから


「だって、だって人がこんなにいるんだもん……」


 少人数に向けて配信していたあのときは楽しかった。

 少なくとも彼らは、何の下心もなく応援してくれていたのだから。

 だからこそ、俺の配信は拡散しないようにと口すっぱく注意しておいた。


 だというのに……。


 小鳥遊 彩矢。あの少女の顔が目に浮かぶ。

 彼女がいなければ、きっと俺は今まで通り普通に配信できていただろう。

 だのに、なまじ変な責任感を持って助けてしまったせいで、俺のチャンネルが割れ、土砂崩れのように人がなだれ込んできてしまった。


 もう、あの頃には戻れない。

 輝いていた陰キャ同士の交流場には……。


 :やばい!

 :はやくきづいて!

 :スプラッタ配信始まる!?

 :おい主、後ろ!

 :嘘泣きしてる場合じゃないよ!


 コメント欄に指摘され、後ろを振り向く。

 そこには、身の丈7メートルを超える巨人が立っていた。


 サイクロプス。

 こいつに遭遇した前例がないため、俺が名付けた名前だ。


 安直だと言われるかもしれないが仕方ない。

 だって、一つ目で馬鹿みたいにでかくて、こん棒を持っているんだもの。


 サイクロプスはにたりと笑うと、こん棒を振りかざした。


 途端、俺の思考は冴えない陰キャ青年から、戦闘モードへと切り替わる。


「駄目だぞ。奇襲したいなら、一々相手の反応を待ってちゃ」

『…………ブォ?』


 全身を高速で切り刻み、いつぞやのデーモンよろしく細切れにして討伐完了。

 汗なんてかいてないが、ポーズのために額の汗を拭うフリをする。


「ありがとう皆、おかげでたすかったよ」


 完全に視聴者数と配信のことで頭がいっぱいいっぱいだったので、魔物の接近に気付かなかった。まぁ、あの程度の奴に攻撃されたくらいで死にはしないけど、それでも痛いのは嫌だもんな。


 :いいよ

 :お礼いえてえらい

 :べ、別に心配してたわけじゃないんだからねっ!

 :無事でよかった!

 :相変わらずの剣捌き

 :そのカッコつけて汗拭くフリするのやめろw共感性羞恥で死にたくなるわwww


「っんだよ別にいいだろそれくらい!」


 最後のコメントに歯を剥き出しにして噛みつく。

 ふと、喉の渇きを感じた俺は、ポーチから水筒を取り出して飲んだ。

 中身はスポーツドリンクだ。うんうん、激しい運動をした後はやっぱりこれだよな。


「っか~、美味い!」


 俺はサイクロプスの死体を放置したまま、次の通路へ進んでいく。


 ああ、死体は放っておいても大丈夫なんだ。一定時間経過すると、死体は自動で消えるシステムになってるからな。なんでそうなのかは俺にも分からない。

 なんなら、何故に剥ぎ取りした部位は時間経過で消滅しないのかも分からない。

 やはりダンジョンは、未知の場所なのだ。


 とにかく、サイクロプス君には剥ぎ取れるような美味しい素材は無さそうなのでスルー安定。そういうわけで放置したのである。


 リスナーと雑談やプロレスをしながら歩いていると、ものの五分もしない内に魔物とエンカウントした。


 タコのような頭をした、四本足の魔物。

 そいつは黒いローブで姿を隠し、左手には杖を持っている。


 高校生の頃に読んだラノベに出てきた魔物にそっくりだ。

 これってつまり、アレだよな。


「マインドフレア!!」


 嬉しさのあまり、その場で軽く飛び跳ねてしまう。

 まさか憧れの魔物にこんなところで出会えるだなんて。


 :マインドフレア?

 :なにそれ

 :わかんない

 :ってか何で主は知ってんだ

 :それな


 ざわざわしだしているコメント欄に、俺はウキウキ顔で解説することにした。


「えっと、マインドフレアってのは魔法を主に使う異形の魔物でな、知性がめっちゃ高いんだ! で、何で俺がそんなに詳しいかっていうと、昔読んだラノベで──」


 せっかく楽しく解説してたのに、後ろから雷の魔法を撃ってきやがった。

 俺は無造作に剣を振るって雷をはじき散らす。


「でな、そのラノベが異世界転生ものなんだけど、め~~~っちゃ面白いの! 特にマインドフレアが出たのは中盤くらいで、中々の強敵だったなぁ。それでもヒロインの手助けもあったりして、なんとかやっつけるんだけど、あの戦いはアツかった」


 うんうんと頷きながら、過去の思い出に浸る。

 残念ながら既に完結してしまったけど、俺にとっては一生の宝物だ。

 未だに自宅の本棚にかざってある。


 :いや、うん……

 :凄いのは分かったんだけどさ……


 それから一拍置いて、コメント欄が一斉に唱和した。


 :今なにした!?!?!?!?


「なにって、ラノベの解説だよ」


 :違う、そうじゃない

 :そうじゃないけどそうじゃない

 :あの雷の魔法をバン!って跳ねのけたやつ!

 :新参どもがびびってらw

 :懐かしいなw 俺らも最初の頃はフェイク疑ってたわw

 :そのうち新参も慣れるよ。今は修行のとき

 :けど主の気持ちも分かる。あのラノベすっげー面白かったもんな

 :わかる、円盤も買ったし映画も見にいったわ


「あー、あれか。単純に剣だけで斬ると感電しちゃうから、うっすら魔力で覆っただけだよ」


 多分それくらいは誰でもできるはず、出なきゃ死人が続出するし。


 お喋りはこの辺りにしよう。俺は再びマインドフレアと向き合う。


「律儀に待っててくれてありがとな」

「今生ノ別レハ、済ンダカ?」

「へえ、驚いた。人の言葉も話せるんだ」

 

 魔物の中には、特別に知能が高い奴もいる。

 何匹か出会ったこともあるが、やっぱり大したもんだな。感心、感心。


「そんじゃまぁ、やりますか」


 俺は地を蹴って最速で接近。

 魔法職の欠点は、詠唱から発動までの手間だ。

 マインドフレアの場合、詠唱破棄で魔法を撃てるようだが、それでもやはりラグが生じてしまう。その隙を突いて切ろうとしたところで── 


「ッ!?」


 俺は咄嗟に飛び退いた。

 対するマインドフレアの右手にあるのは、一本の鋭利なナイフ。


「接近戦ハ、確カニ魔法使イノ弱点、ダ。シカシ、我ガソノ弱点ノカバーヲ考エタコトモナイト思ッタカ?」


 マインドフレアはニタリと笑う。

 恐らく、あの短剣には様々な相手にもたらすデバフが掛けられているだろう。

 毒、麻痺、混乱、発狂、などなど……。


「へっ、考えてもゾッとしないね……」


 俺のリーチは二つの短剣のみ。

 対して向こうは、豊富な遠距離攻撃に加えて厄介なナイフ持ち。

 だが、こうして状況に陥ったのは今日が初めてじゃない。


 :嘘だろ? 東雲が苦戦してる?

 :やっぱ知性がある魔物って想像以上にヤバいんだなって

 :どうするんだ、東雲!?

 :逃げたほうがいいよ!

 :いーや主なら平気だね

 :んだんだ

 :なんか拡散されてたのできました! どういう状況ですかこれ?

 :主が深淵級の魔物と戦ってる ↑

 :えっ、深淵!? 深層じゃなくて!?

 :マジだよ

 :マジ

 :嘘じゃない


 どうやら折角挨拶してくれた初見がいるらしい。

 ならば、こちらも返すのが礼儀というもの。


「あ、初見さんいらっしゃい。東雲です。まぁ今からサクっと深淵攻略するので、よかったらゆっくりしてってください」


 ;激戦中なのにコメント読むとか余裕で草

 :ってどうやって攻略するんだよw

 :遠近両方の攻撃持ちとか普通に相手できなくない?

 :俺らの東雲ができるって言ってるんだぞ、見届けるしかないダルォ!?

 :それもそう

 :たしかに

 :≪あやチャンネル≫東雲さん、がんばってくださいね! 約束、楽しみにしてるんですから!


 コメントを読みつつも、マインドフレアが放ってくる魔法を回避しつづける。

 MP切れを待つなんてゲームなら有効な手段なのかもしれないが、あいにくここは現実。

 魔物は人間や他の魔物の血肉を喰うだけでなく、ダンジョンの空気中にある魔素を取り込むことでも活動できる。つまりは、あいつは水をがぶ飲みしながら走っているのと同義。


 なら、小難しいことを考えるのはやめだ。

 どうせ小手先の小技なんて、奴には通じないだろう。


 マインドフレアは何かをぶつぶつと呟きながら、魔法の発動を実行しようとしている。チャンスは今だ。


 俺はナイフの刃先をつまむと、マインドフレアに目掛けて思いっきりぶん投げた。


「ふんぬおりゃあああああっ!」


 轟音を立てて飛んでいったナイフは、マインドフレアの首筋に命中。

 マインドフレアは首から青紫色の血をビュービューと吹きながら地面に倒れ伏す。


 うーん、念のためにもう一発。


 もう片方のナイフを投げつけると、それはマインドフレアの頭頂部に刺さった。

 マインドフレアは一度だけ体をビクンッと跳ね上がらせると、そのまま動かなくなった。どうやら死んだようだ。


「ふー、終わった終わった。なんとかなったな。なぁ、皆?」


 マインドフレアにぶっ刺さった剣を抜きながらキューブの方を振り返ると、コメント欄は静まり返っていた。


 そんな中、ひとつのコメントがポンと浮き出てくる。


 :ただの脳筋で草


 それを皮切りに、次々とコメントが滝のように流れてくる。


 :やべええええええ

 :そんな倒し方があるなんてシラナカッタナー(棒)

 :やっぱこいつイカれてるわ

 :いいか、みんな絶対に騙されるなよ!? 普通こんなことしたら投げる前に相手の詠唱が完成して死ぬからな?

 :というか深淵に行ける奴がいない定期

 :わしも若い頃はこやつの妙技に驚愕の連続じゃった……

 :ご老人いて草

 :おじいちゃんには心臓に悪いからね……


 そんなリスナーたちのやり取りにふふっと笑うと、俺はマインドフレアの剥ぎ取りを完了して更に深層の奥へと進むのであった。


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