第11話 これからのこと
「っし、準備オッケーと」
俺は荷物の確認を終えると、靴の先をトントンと地面で叩き、肩を回して準備運動をする。いつものルーティーンワークだ。
ついでにポケットからD-Cubeを取り出し、ボタンを押して操作する。
ブォンという重低音と共にキューブは自立運動を始め、俺の方へカメラを向けた。
もう何も驚くまい。
あの事件があった翌日、目を覚ましてあまりにもスマホがうるさかったので確認すると、俺のチャンネル登録者数は100万人を超えていた。
それを見てベッドから転げ落ちたのはご愛敬。
更に、メッセージアプリLeanには、小鳥遊から「100万人達成、おめでとうございますっ!」とメッセージが来ていた。まぁ、今度会う約束をしたからな。
その時にLeanの交換を済ませておいたのだ。
「はぁ……」
本っ当に気が滅入る。
例えるならば、数少ない友人と人気のない場所で並んでご飯を食べていたら、急にそこが人気スポットになってしまったような感覚だ。
だが、リスナーに悪気はない。俺はげんなりした顔を何とか戻し、配信開始のスイッチを入れた。
:きたあああ!
:待ってた
:東雲さんの配信はここですか!
:昨日はあやちゃんを本当にありがとう! あと凄いものも見せてくれてありがとう!
:今日はいったい何が起こるのか……わくわく
配信を始めた瞬間、怒涛のように流れていくコメント欄。
同接数は3万を超えていた。それにしても多いが、まぁ平日の昼だしな。社会人なんかは来れないだろう。
しめしめ。
「ういーっす、まぁ特に挨拶とかはないんだけど、今日も神谷町ダンジョンに潜りますよ」
俺はリスナーたちに宣言すると、神谷町ダンジョンに足を踏み入れた。
途端、肌に纏わりつくような冷たい気配。あちらこちらで魔物が徘徊しているのが分かる。それに、探索者もまばらだが見かける。
どうやら、イレギュラーは収まったようだな。
だが、どうしても悔恨の念は残る。
あの時、ディーバドラゴンに捕食されてしまった探索者たち。
俺がもう少し早ければ、救えたのではなかろうか。
彼らが身に付けていた遺品は全て回収した。
といっても、ほとんどがドラゴンの腹の中だったため、せいぜいドッグタグや籠手程度だが。それらが無事に遺族の元に返されることを祈ろう。
しばらくの間、ザッザと地面を踏みしめる音のみが聞こえる。
やがて、通路の奥からホブゴブリンが現れた。
『グェェッギャギャギャッ』
手には錆びた鉈。その目は赤く血走っており、身長は成人男性より少し小さい程度だろう。問題なのは、その知能の低さ。彼我の力量差も見極められないせいで、ここで命を落とすことになるのだ。
『ギャギャギャァッ!』
「ごめんな、邪魔」
飛び掛かってきたホブゴブリンに、腕を一閃。
ホブゴブリンの頭は潰れたトマトのようになり、そのまま壁に激突して死んだ。
:ホブゴブリンワンパンwww
:相変わらず早すぎて何も見えないwww
:主はいつもこんなんだよ
:ええ……w
ドン引きするリスナーを傍に、俺はどんどん進んでいく。
目指すは下層の更に奥、深層だ。
特に危なげもなく下層を進み切り、いよいよ深層。
ここから先は、大魔境と呼ばれる場所だ。
モンスターの知能は高いし、獰猛な奴らも増える。
他にも、トラップが盛りだくさんだ。
一度踏み抜いてしまえば床が抜けて串刺しになるトラップ。
張り巡らされた細い糸を引っ張った瞬間に発動する矢。
とはいえ、下層に潜れるほどの実力がある探索者なら、何だ今更といったところだ。
気配で大体分かるし、目もいいから簡単に察知できる。
最悪なのは、魔物の遭遇と被ってしまったとき。
魔物の攻撃を回避した先にトラップがあり、そのままスプラッタな光景になることがけっこうある。そういった動画が出回るくらいには、ありがちな死に方というわけだ。
今まで何百回も深層に潜ってきた俺は、もはやこの程度の階層じゃ何も脅威にならなかった。だからこそ、期待の念を込めてキューブを見つめる。
「あのー、そろそろ見てて退屈じゃないすか? ほら、俺の配信こんなでしょ?」
:全然
:ぜんぜん
:いやまったく
:禿同
:むしろ毎日配信して
:千紘くんの横顔かっこいい
:普通に深層攻略してる時点でビックリなのよ
駄目だこいつら、全然効いてねぇ……。
:主、今さら足掻いても無駄だぞ
「だまらっしゃい! 俺は大人数が苦手なんだよっ!」
ガルルルルと歯を剥き出しにして、古参リスナーに噛みつく。
途端に流れる「草」や「www」といったコメ。
もう打つ手はないみたいだ。
「はぁ……」
諦めて深層の探索に意識を切り替える。
途端、襲い掛かってくる魔物たち。
全長1メートルを超える巨大なコウモリ、デスヴァンプ。
それが三匹ほどだろうか、甲高い声を上げながらこちらに飛んでくる。
が、別にどうってことはない相手だ。
「ん」
一太刀目、戦闘にいたデスヴァンプを顔から背中にかけて切る。
二太刀目、警戒して飛び上がろうとしたデスヴァンプの足をひっ掴み、そのまま地面に叩きつけたあと、剣で脳天を刺してトドメを刺す。
三太刀目、大口を開いてこちらに噛みつこうとしていたので、口の中に剣を突っ込んで、抉ってから引き抜く。
はいおしまい。
:すげえええええ
:一発も被弾してないやん!
:デスヴァンプって、確か中層~深層に出る魔物の中でもけっこうウザいって聞いたんだけど……?
:やっぱり東雲さんただものじゃないわ
:ってか2匹目www倒し方がバイオレンスすぎるわwww
この程度ですら沸き立つコメント欄。
素で「え? 俺何かやっちゃいましたかね?」と言いたくなることこの上ない。
俺は溜息を吐きながら腰のポーチを取り外し、デスヴァンプたちの死骸に被せていく。シュルッ、スポンと何とも言えない間抜けな音を出しながら、デスヴァンプたちの死骸は見る影もなく消え去った。
:え?
:ちょ、ま
:は? いまなにした?
:やばい理解がおいつかない
:マジックポーチじゃね?
「おー大正解、これマジックポーチだよ」
見事言い当てたリスナーに見せるため、俺はカメラの前でヒラヒラと袋を揺らす。
:はあああああ!?
:マジックポーチとかどんだけ高級品なんだよ!?
:多分9桁はくだらないとおもう
:まさか東雲さんってお金持ち?
:俺マジックポーチとか初めて見たわ……
一斉に騒ぎ出すリスナーたちに、俺は軽く笑いながら説明する。
「あー、これダンジョンの奥の方で拾ったんですよ。なんか魔力の同調? みたいなのしないといけないらしくて。だからこれ、多分俺にしか使えないですよ」
それを聞いてまたざわつきだすリスナーたち。
うんうん、リアクションがオーバーなのってやっぱいいよな。
ウチの古参たちも、最初の方はてんやわんやの大騒ぎだったしな。
ああ、懐かしい。
また、あの頃に戻ってくれないかなぁ。
少人数でワイワイ騒ぎながらダンジョンに潜る、あの頃に。
なんて、いけないいけない。
また同じことを繰り返すところだった。
:そういえば、ディーバドラゴンの死体はどうしたんですか?
:確かに。あれだけのレアモンスターなら、売ればかなりの額が手に入るんじゃ?
「安心してください、入れてますよ」
そう言って俺は、マジックポーチの中からディーバドラゴンの頭だけをひっつかんで引き出して見せる。
:ぎゃああああああ!
:怖い怖い、こっち見んな!
:しまって! 早くしまって!
:とにかく怖い東村!
なんだよ、聞かれたから折角見せてやったっていうのに。
まぁいっか。面白い反応も見れたからこれでおあいこってことで。
「まぁ、実を言うと卸先が見つからなくてですね。探索者協会に提出しようにも、このデカさだと検証する場所とか不安でしょ? だから、いい買い手とか研究者が見つかるまではお留守番ですね」
:残当
:それでいいと思う
:せやな
:正解
:詐欺にだけは合わないようにな
そんなコメントに片手を挙げて返事しながら、探索を再開する。
それからしばらくして。
途中何度か魔物との交戦はあったが、特に危なげもなく辿り着いた深層最深部。
以前はディーバドラゴンが座していた部屋だったが、今となってはただの広場だ。
あれだけあった血だまりも、ダンジョンの床が吸収してしまったのか、今では血痕一つ見つからない。
若干の感慨を感じながらも、広場の奥へと向かう。
そこには、地下まで続く階段があった。等間隔で松明が設置されており、足元が見やすい。だが、誰がこんなもの設置したというのだろうか?
あの広場はディーバドラゴンが守っていた。
つまり、ここまで来れた人間はゼロのはず。もしかして、これもダンジョンの不思議パワーというヤツなのだろうか。
ダンジョンには、往々にして不可思議なエネルギーが満ちている。
破壊された壁や天井が勝手に治ったり、さらにもっと言ってしまえば魔物のポップ仕様や魔物の遺骸の吸収。普通、一度殺されたらもう出てこないはずなのに、奴らは際限なく湧いてくる。
ま、今回の松明もそういうものだろうと気楽に構えて階段を下りていく。
そうすると、あった。
重厚で大きな扉だ。
片方には天使、片方には悪魔のレリーフが飾られており、その周りを木の枝と葉の彫刻で彫られている。随分と大がかりな扉だ。
近付くと、何やら文字が書いてあるのが見えた。
恐らくダンジョン語……あるいは古代文字と呼ばれるものだろう。
まさかこんな時のために持ってきておいた翻訳ルーペが役に立つとは。
ポーチの中からルーペを引っ張りだして、扉の文字に近付いてみる。
「ははーん、なるほどね」
:なーに?
:何が見えたの?
:気になる
:wktk
:どうせロクでもない文言に一票
:こんな禍々しい扉に書いてある文字だもんね……
:主、答えはよ!
コメント欄に急かされた俺は、ルーペをポーチにしまうと、その文言を告げる。
そこに書かれていたのは──
「禁忌の門開かれしとき、悪鬼羅刹の行進が始まるだろう。汝、死の覚悟をせよ」
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