墜楽

本詩


 ねぇ、それって見えないものじゃないんですか。

 

 色に形に大きさ、とあなたの目で見るそれは如何なるものとしても留まらず。故に私はお道化。

 

 円い粒三つ。水と一緒に飲み下す。この些細な行いが私の赦しとなるならば。甘んじて受け入れよう、このか細い頼りの綱をぐわりと一周した爪が皮膚に食い込む痛みさえも。

 

 ネットで見る人々の囁き。耳を澄ませば聞こえてくるため息。部屋で一人立ち込める線香の匂い。舌に乗っけて遊ばす塩辛の飴。思い巡らし私の心を抉る未来の言葉たち。

 

 どうしたらいい? 如何すればよかった。

 

 嗚呼、そう。死ねばよかった。もっと早くにそうすべきだったのに。あの時なんかじゃない。誰にも迷惑をかけないように。誰も悲しまぬように。それでも、生まれてきたのだ。生まれてきたからには、生きたいと願うのが人の性。

 

 そう、私は幸せ者なの。見ず、聞かず、嗅がず、味わわず、思い耽ることなければ、悩まされることなんてない。煩わしさのその全ては私の内。だから、壊してしまいたかった。壊れてしまいたかった。

 

 軽々しく死を口にするな、と彼女は云う。

 

 嘲笑が口から溢れる。違う、違う。私がいつ、軽々しくあったろうか。十数年が降り積もり、私は今、この時、この瞬間。かさついた唇の隙間から吐息に交えて、その言葉を中空に放った。

 

 寧ろ、死を軽々しく思うているのは彼女の側であろう。

 

 彼女が私の死を否定すること、それは謂わば人としての性。目の前の死を見過ごす事のできない極めて一般的な反応。

 

 稚拙な説得を経て、私は再び籠の中へ。

 

 幼稚な彼女の言葉がどんなに積み上げられようと堆積した私のメランコリーを洗い流してはくれまいと知りながら、何処かで幸せな夢を見ながら消えていきたいだなんて身勝手な思いが浮かんでは沈んでいく。

 

 抱きしめられた時の温もりを覚えている。

 

 夢から目が覚めたときのような、或いはまるで水面に一滴水を落とし込んだようにして、ぼやけていた視界が中心から徐々に明瞭なものへと変わっていき、ぴゅうっと吹いた風がやけに冷たい。

 

 そんな覚醒だった。

 

 それで初めて私はこの世に堕ちた。

 

 

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墜楽 @miyabi_toka

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