番外編 名前のない少年

 俺は、生まれた時から研究所にいた。

 どうして、そこで育つことになったかはわからない。


 俺は、研究材料であるがために、名前がないという話があったが、当時の俺は納得できなかったけど、大人たちに反発できるほどの勇気も、力もなかった。

 体の大きい大人に叶わないことは、一目瞭然だから。


 そして、俺の髪は生まれた時から切ったことがないために長かった。


「この個体は、使い方がわかっていないようです」


「では、明日から能力を引き出せるようにしよう」


 俺は、その時は自分の個室にいた。

 この個体って、誰のことを言っているのかわからなかった。


 なぜなら、この研究所にいる子供たちは、みんな名前がない。

 どうして、名前がつけられないのかわからないけど、俺は心底「名前くらい、つけてあげてもいいのに」と思っていた。


 次の日になれば、白衣を着た一人の男性に俺は呼び出された。


「何でしょうか?」


 俺は、おそるおそる聞いてみた。


「君は、自分の能力を自覚しているか?」


 唐突な質問で、俺は動揺を隠しきれなかった。

 今まで、こんなことを聞かれることがなかったから。


「自覚・・・・していないです」


「そうか。


調べたところ、君は何かしろの属性を持っているようだが」


「・・・属性?」


 俺は、何のことだかさっぱりわからなかった。

 

 生まれた時から、研究所の個室の中に閉じ込められて、体を調べれるだけの日々の中で、自分自身のこともわかってすらいないのに、何の説明もなしに、能力のことを言われても、頭の中はクエスチョンマークでしかなかった。


「君は、特殊な力を持っているんだ。


だから、能力を引き出せるように頑張っていこう」


「はい・・・・?」


 俺は意味もわからず、返事をした。


 俺は、白い個室に戻る戻ることになった。


 白い個室には、白いベッドがある。


 本棚はあるけど、娯楽みたいなものはなくて、ぜんぶ勉強に必要な本だけだった。

 俺は、勉強というものを強いられてきたせいか、この年齢の子にしてみては、学力が高い方だと思う。

 すでに、ひらがなやカタカナの読み書き、漢字もできていた。


 その子供たちは様々な年齢もいたし、中には年齢がわからない子もいた。

 子供たちは、研究所にいる時から髪を切ってもらえないために、髪の毛はみんな長かった。

 髪の色は、ピンク、水色、青、黄色、オレンジ、赤、白、銀、栗色、紫、緑などたくさんの髪の色がいて、黒髪が珍しいくらいだった。


 髪を切らないのか、切れないのかわからないけど、とにかく切らしてもらえなかった。


 ある時、研究員に呼び出された。

 白衣を着た人同士が会話していた。


「おかしいですね」


「やっぱり、勘違いだったんじゃないですか?」


「そんなことはないはずなのですが・・・・」


 研究員が、言葉を濁していた。


 研究員たちが集まり、俺の体を調べていた。

 

「やはり、波動を感じますね。


もしかしたら、奥の潜在的な部分で眠っているのかもしれません。


そこは、何としてでも引き出さなくてはなりません」


「ですが、そんな簡単に引き出せるのですか?


呪文とかも唱えられないみたいですし」


「たしかに、この子の詳しい情報がないんですね」


「ということは・・・・?」


「我ら、研究所でも、この子には未知な部分が存在します」


「となると、自然的な方法で能力を引き出すことは、厳しい見込みですか?」


「厳しいってことは本来ならないかもしれませんが、正しい呪文もわからない、本人が能力を自覚していないとなりますと、そのような結果になります」


「そうか。


なら、無理やりにでも、能力を引き出せるようにするしかないな」


 俺は、大人たちの会話を聞いていたけれど、何のことを言われているのかよくわからなかった。

 幼い俺には、難しい内容でしかないのか、俺の方に研究所内での情報が共有されていないから、よくわからないのか。


 だけど、どうしてなのかはわからないけど、いやな予感しかしなかった。


「おめでとう」


 研究員の人に、喜ばれた?

 幼い俺は、状況が把握できずにいた。


「これから、君は、外の世界に出ることを許可されるようになったんだ。


これかは、戦うか、普通の人たちと同じように幼稚園に行くか、どちらがいいかい?」


「戦うって、痛いのが待っているのはいや。


だから、幼稚園の方がいいです」


 その時の俺は、後先のことなんて、あまり深くは考えてなかった。

 とにかく、今のこの状況から、抜け出せるのなら何でもよかった。


 後から、わかったことがあった。


 俺のまわりにいるだけで、人が死んでいく・・・。

 俺のいる場所には、必ずと言っていいほど、殺人事件、自殺、事故死など、死に関わる事件が起こる。

 それが、死に寄せ。


 研究所にいた頃も、研究員が何人か死んでいったと、スクイアットロから聞かされた。


 今日は、俺の両親が事故により、亡くなった。

 それで、俺は児童養護施設に入所することになったのだけど、そこでも誰かしろが死んでいくんだな、と想像ができる。

 この、死に寄せの魔力が消えない限りは・・・。


 俺の死に寄せは、日に日に強くなっていくのは、二日に一回のペースで、誰かが死んでいった。

 大きな児童養護施設だったけれど、職員や、子供たちが次々と亡くなっていった。


 児童養護施設にいる人たちが生きている日もあるけれど、その時は大体、幼稚園の先生や園児たちが死んでいったりした。


 ここで、リスの姿をしたスクイアットロが俺の前に現れた。


「やあ」


「のんきだな」


 俺は、怒る気にもなれなかった。


「どうだい?


この、死に寄せと呼ばれる力は?」


「最低でも、二日に一人は、死んでいく。


俺のせいだって、自分を責めたくなるけど、自分ではどうしようもできない。


今すぐ、どこかに消えてしまいたいんだ」


「消えるって、どんなふうに?


残念ながら、お主が死ぬっていう選択肢はないぞ。


なぜなら、お主はパラレルワールドへ転生して、また同じことを繰り返すだけだからな


 俺は死んだことがないからわからないけど、死ぬことでパラレルワールドに行けるらしい。

 本当かどうかはわからない。


「自身が死ぬことが許されないなら、俺は無関係な人を巻き込みたくない。


だから、犯罪者のところに向かわしてくれないか?」


「犯罪者のところに、向かってどうするつもりだい?


根本的な解決にはならないはずだけど」


「俺の死に寄せがあれば、犯罪者も何かしろによって、死んでいくと思うから、どうせ生きていけないっていうなら、そいつらが巻き込まれた方がいい」


「幼稚園はどうするんだい?」


「行かない。


行けないって、言う方が正しいかもしれない。


児童養護施設の誰かが生きている時は、大体は、幼稚園の誰かが死んでいる。


なら、俺はそんなところは行くべきじゃないかもしれない。


そして、俺はひとつだけ疑問を抱えていることがある」


「疑問とは?」


「スクイアットロは、俺といて大丈夫なのか?」


「いい質問だな。


死に寄せは、人間には間違いなく、適用される。


だけど、魔女と同じ能力を持つ者が一緒にいれば、呪いと同化するだけなのさ」


「よくわからないけど、スクイアットロは大丈夫ということでいいのかな?」


「そういうこと。


さ、お主は使命を果たす時が来たんだ。


ここは、落ち着いて最後まで聞いてほしいな」


 スクイアットロは、静かにゆっくりと俺に問いかけた。


「もしもの話だけど、どんな方法で、誰かを助けたいかい?


もう一回死んで、平行世界へ向かい、全く別人である人に会いに行くか、

それでも、お主の死に寄せの能力で死んでいくがな。


子供を授かり、自身の子に同じ名前をつけさせるか。


転生先を捜して、生まれ変わりを愛するか。


おいらのような種族のペットを飼い、動物に同じ名前をつけるか。


氷の美少女と、岩の戦闘美少女が封印をされているから、一人だけを助けて、同じ名前にするか。

もちろん、その美少女の間に子供を授かるという選択肢もあるぞ。


ここの選択肢で、運命が大きく左右されるのだぞ。


さあ、どうする?


どうしたい?」


「生き返らせるという選択肢はないのか?」


「それは、ありえないね。


その選択肢をお主が選んだとしても、一度死んだ生物が生き返ることなんてない。


それができる世の中だったら、どんな極悪犯も生きられるっていうことになるから、死刑も存在意義がなくなるし、戦闘美少女がやってきた功績もすべて無駄になる。


これは、変えようがない事実だ。


一度、死んだ生物は例外はない。


このまま、天に召されるか、地の果てまで落ちていくか、このまま現世で幽霊と呼ばれて時を過ごすか、この三択しかない。


生き返らせる選択肢を探すやつは、どんな手段であっても、理由が論理的でも、必ず失敗で終わる。


あとは、人間の誰もが一度は憧れる不老不死という目標も無駄な行為でしかないさ。


不老不死になれた者は、一度もない。


例外があるとしたら、意識がない状態で封印されることだけど、これは幸せと呼べるかい?


だから、おいらの選択肢以外を探そうとするんじゃなくて、おいらの提案した中から選んだ方が適切だと思うのは、おいらだけかい?」


「それは・・・・。


他にも可能性があるかもって探したかったから。


パラレルループとかじゃなくて、ただの時間を巻き戻す能力だったらよかったなって思っているから」


「時間を巻き戻す能力かあ。


すごーくいいね。


だけど、この能力をおいらはおすすめはできない。


なぜなら、これは何回でも使おうって思えてしまうからさ」


「何の根拠があるのさ?」


「根拠も、証拠も出るわ、出るわの状態だ。


時を巻き戻す能力を持てば、誰でも都合の悪い時にループする。


よく、ループ物の作品とかは、主人公が何回もループしていたりしないかい?」


 スクイアットロの言うことは、何も間違っていない。

 だけど、おいらは何か騙されている気がするんだ。

 何なのかわからないけど、大事なことを見逃している気がしてならない。


「時間をループする能力がもし、俺にあったら、間違いなく、その人を救うためだけに使っていたかもしれない。


過去に戻れば、あいつが戻ってくるって、未来に進めなくなっていたような気がしてきた。


スクイアットロ、君は正論ばかり言う」


「よろしい。


お主は、正しい判断へ自身を導けるようになってきている。


だが、もう少しだ。


この死に寄せの魔力がある限り、どんなに過去に戻ったとしても、その人は必ず、事件に巻き込まれて死ぬ。


それは、殺人事件かもしれないし、自殺を選ぶかもしれないし、事故に巻き込まれるかもしれない。


ただ、確実なのは、何かしろの方法で生きることが終わってしまうということだ」


 スクイアットロ、こっちだって傷つくんだ。

 言葉を考えてから、発言してほしかった。


「そんなにはっきり言わなくても・・・・。


病死とかはない?」


「死に寄せは、死を呼び寄せる魔力であって、病気は発症させないからね。


ここは、実はおいらも気になっていたところなんだ。


事故死、殺人、自殺、死に寄せの魔力を持つ者の悲劇は嫌というほど、おいらが恐怖がわからなくなるくらいは見てきたけれど、なぜかいつも病死というものがない。


ここが不思議なところなのだ。


それだけ、多くの謎が残されているってこと」


「俺、救うことだけが正しい選択じゃない気がしてきたんだ」


 俺は、誰かを救うことばかりが頭にあった。

 だけど、冷静に考えれば、それが世のためになるのか?


「俺は、盲目的になりすぎて、まわりも、自分のことも、これからのことも見えていなかった。


だから、俺は相手が望んだことと違うことはするべきじゃない。


救わなきゃいけないのは、個人じゃない。


この世界だ」


「世界を?


この広大で、人口があふれているような世界を、どうやって救うんだい?」


「こうしている間にも、次々と人の命を奪っていく。


それって、見過ごせることではないはずなんだ。


だから、俺は・・・・、首謀者を見つけたい」


 こんなに、事件が起こるなんて、普通はない。

 だから、俺は裏に黒幕がいると考えた。


「首謀者?


おいらが見つけられなかった首謀者を?


会社の社長かもって疑って、裏で操られていたとわかっても、首謀者を見つけらなかったんだぞ。


簡単にできないことを、やりきるかのように言っていいのかい?」


「やっぱり、スクイアットロも、そんな存在がいると考えたたんだ。


首謀者がいる限り、この惨劇は終わらない。


何度でも、パラレルループをする。


だから、この根幹を切る。


これが、俺のやり方だ」


「これは、夢物語としか言いようがない。


まあ、いいだろう。


それがお主が望むことなら」


「俺は思うよ。


どんな戦闘美少女にも相性がある。


二人のうちのどちらにするかは、今の俺には決められない。


だけど、いつか決めようと思う。


今の俺が決断しないだけなんだ。


最初は、全てを救うことを選んだけれど、俺は気づいたんだ。


全員は救えないって。


死に寄せの魔力は、俺に悲しい出来事ばかり起こしたけれど、そればかりじゃない。


俺に気づかせてくれたんだ。


あれがなかったら、俺はいつまでたっても、実現不可能なことも頑張ればなんとかなるって思いこんだままだったかもしれない」


 世界を救いたい。

 だけど、全ての人は助けられない。

 これは矛盾しているように感じるかもしれないけど、俺の本心なんだ。


 それに、戦闘美少女だの、封印されているだの、いきなりそんな話をされても何の話なのかわからない。


「ポジティブすぎる。


この魔力のせいで、心を痛めたり、病んだりしないのかい?」


 死に寄せは、どのくらい経験しても辛い。

 自分の方が消えてしまいたくなるくらいだけど、これが解決にならないというなら・・・。


「痛んだり、病んだりもした。


だけど、どんなにあがいても、この俺で生まれた以上は、どう生きていくかで進むしかない。


だから、俺はいつか、誰かを救ってみせるよ。


後悔しない選択を見つけてみせる。


それまでに、待っててほしいんだ。


スクイアットロには、俺が答えを出せるまで、何秒でも、何分でも、何時間でも、何日でも、何週間でも、何か月でも、何年でも、何十年でもいい。


待っててほしいんだよ。


俺は、すぐに答えが出せないから」


「はあ、おいらは、今までに出会ったことのないパートナーを持ってしまったぞ。


だが、いいだろう。


それも含めて、責任持っての相棒だ。


最後まで付き合ってもらうぞ。


二人を助けられれば任務は完了だからな。


短い間かもしれないけど、よろしくな」


 俺は、自分のことを嫌いになったりしない。

 このままの俺で、今日と明日も生きていくんだ。


 だけど、こうして話してみると、やはりスクイアットロとの会話は長く感じる。

 具体的な結論が出るまで、続くのだから。


 俺は、スクイアットロと一緒に中国に向かった、

 治安は悪いけど、世界一人口が多い国。


 そこに行けば、何か変わるわけではないけど、俺はここで自分の人生を歩むことにした。


 もちろん、俺の近くにいる人は事件に巻き込まれて、中国の人口はどんどん減っていく。


 気が付けば、人口が1億以下にもなっていた。

 俺の死に寄せの能力は最強で、近くにいるだけで、その場所にいるだけで、死に関わる何かしらの事件は起こる。


 ここで、中国では「歩く死神が通ると、事件が起こり、次々と亡くなっていく」という噂が広まり、中国は「死の王国」とか「死神の国」とも呼ばれるようになった。


 俺は、スクイアットロとともに行動をする。

 どこにいても噂が広まり、俺は人々から避けられていた。


 中国語なんてわからないけど、スクイアットロが翻訳してくれたり、わからない単語とかあっても、なんとなくこんなことを話しているだろうと予想ができる。


「俺は、どこにいても一人だ・・・・」


 こうしているうちに、中国に人がいなくなった。

 俺が買い物行くだけでも、やっぱり、何かしろの事件が起こる。


「スクイアットロ、ここは無人島みたいだ」


「そうだな。


お主のせいで、事件が起きたからね」


 俺は、今の一言で傷をえぐられた。 

 だけど、事実なので、言い返すこともできなかった。


「俺、異世界に行こうかなって思っている」


「それは?」


「俺のせいで、人がいなくなるって言うのなら、地球にいることがよくない気がして、人間を犠牲にしていることに心が痛むんだ」


 自分では、どうすることもできない魔力。

 罪のない人の命を奪っている罪悪感。


 俺は、そんなことを考えているうちに、涙を流していた。


「お主・・・・?」


「人が死んでいくのは、いつだって辛いよ・・・。


だから、俺は宇宙とか、異世界とか、行く・・・・」


「何の解決にもなっていないが?」


「解決できないことは、こんなにも苦しいんだよ。


世の中、解決できないことがあるって言うけど、こんなの俺は耐えられない・・・・」


 俺は、この後スクイアットロに導かれるままに異世界に向かった。

 どうやって向かったとかわからないけど、気がついたら、瞬間移動していた。


 ここでも、俺の涙は止まらなかった。


「いつまで、泣いているつもりだ・・・?」


「俺だって、苦しいんだよ・・・・」


 どうして、涙が止まらないのだろう・・・?

 自分と関わりがない人だとしても、俺のせいで死んでいくって思うだけで、胸が締め付けられそうだった。


「体の方からボロボロになることを予想していたけれど、心が持たないというのは、想定外だな」


 こうして、スクイアットロにより、知らない場所に一瞬で転送された。

 多分、異世界だと思う。


 スクイアットロが巨大化して、俺を担いで、どこかへ連れて行った。


 どうしてこうなったかわからないけれど、俺は、心が持たない状態で、牢獄に監禁された。

 どうして、こうなったのかはわからない。

 俺は泣いて、泣き続けて、この後の記憶がないから。

 俺は理解しようとする気力さえ失せていた。



 ここで、スクイアットロと知らない男の人の声が聞こえた。


「上司、見てください。


死に寄せの魔力により、心が壊れてしまいました」


 言い方がきついスクイアットロが、なぜか敬語を使っていた。


 俺は、牢獄の中で顔を見る気力すらなかった。


「よくあることだ」


 男の声がしたけれど、多分、これがスクイアットロの言う上司という人なんだろう。


「しかし、この牢獄に連れてくるまで苦労したんです。


泣いてばかりで動こうともしないし、意識もそこになかったんです」


「事情は説明しなくても、よくわかっている。


死に寄せの魔力を持つ者は、こういったことが多い。


私は、こんなことに心を痛むところがあるが、慣れきっているつもりだ」


「はあ、おいらにはよくわからないのですが」


「貴様は、痛みに共感するところが欠如している。


だから、よからぬことを言っていないか?」


「よからぬこととは、どういったことですか?」


「自覚がないなら、いい。


説明するだけ無駄だからな」


 こうして、上司と呼ばれる人は、鉄格子の外にいるけれど、俺に近づいた。


「大丈夫か・・・・?」


 だけど、俺は返事ができない。

 その気力すらもないくらいだ。


 スクイアットロ以外は、俺の近くで死んじゃうんだ。

 研究所内でも、幼稚園でも、児童養護施設でもそうだった。


 だから、目の前にいる上司と言う人も、何かしらの事件に巻き込まれるんだ。

 俺の近くにいるだけで・・・。


「ご飯は、食べれるかい?


お腹がすいているなら、食事を用意したいのだが、何なら食べれそうだ?」


 上を見ると、男の人だ。

 低くくて、穏やかな声。


「お腹すいてないです・・・」


 こんな過酷なことがあって、何も喉に通りそうにない。


「やはり、ショックだったか・・・。


部下のスクイアットロから、話は聞いた。


周囲が消え去るのは、いつだって悲しい。


私も、君の気持ちがわかるよ。


だけど、ここでうずくまっても、状況が悪くなるだけ。


この魔力の原因がわかれば、君を解放させられるのだが、本当に何もできなくて申し訳ない」


「おじさんは、何者ですか・・・?」


「私の名は、コンディジオーネ。


世界の救済をするための活動をしている。


その方がわかりやすいだろうか?」


「救済で、どうにかなるんですか?


俺の魔力は、とんでもないんです」


「死に寄せ・・・か?」


「知っているんですか?」


「君が元いた世界では知られてないかもしれないけど、君からしてみれば異世界だろうか?


こちらでは、有名な話だ」


 俺は泣きながら、コンディジオーネさんに話した。


「この魔力のせいで、いろんな人が死んだんだ・・・。


たまたま、そこにいただけの人も・・・。


中国も無人島にしちゃったんだ・・・」


 俺は、コンディジオーネさんに泣きながら、話した。

 自分でもどうしてだがわからないけど、一言発するたびに、涙が流れてくる。


「俺・・・・、コンディジオーネさんも殺してしまうかもしれない・・・・。


スクイアットロ以外・・・・」


 目の前のことが信じられないでいた。


「私も死ぬと言いたいのか?


スクイアットロがどうして、一緒にいても生きているのか理解していない様子だな」


「・・・・。


スクイアットロから前に、大丈夫なのか聞いたけれど、説明がよくわからなかった」


「実は、私もスクイアットロも、すでに何かしらの呪いにかかっているんだ」


「え?」


 俺は、ここで涙が止まった。

 

 スクイアットロとコンディジオーネさんが何かしろの呪いにかかっている?

 そんな話を聞いたことがない。

 

 そもそも、スクイアットロの説明がよくわからないために、俺は理解しようということを今まで放置してきた。


「よくわからないのですが・・・・」


「スクイアットロから、しっかりと事情を聞いていなかったのか。


それも、彼らしいが、正直に言うと、迷っていたんだ。


彼に、君の護衛ができるかどうか。


その様子だと、身を守ることはできたとしても、精神面でのサポートはできていなかったようだな」


「だけど、呪いにかかったからって、俺といて生きていられることに関係があるんですか?」


「死に寄せは、人間には効果がある。


だが、それよりも強い魔力があったら?


協力な呪いを受けていれば?


そんなものは、弾かれるだけだ」


「要約すると、コンディジオーネさんも、スクイ8アットロも、俺と出会う前に何かしろの呪いにかかっていて、

それによって、他の呪いを受け付けないということですか?」


「簡単に話すとそうだ。


そして、君は全人類が滅亡すると思っていないか?」


「はい、そう思っています」


「それは、地球を壊せるくらいの隕石ぐらいの破壊力がない限りは、不可能だ」


「え?」


 俺が買い物行くだけでも、人が死んでいくっていうのに、それでも人類は滅びることがないって、そんなことがあるの?


「今までも、死に寄せの魔力を持つ者がいて、過去にいくつも殺人事件、自殺、事故死が起きた。


君が生まれて、人類が一瞬にして滅びたことがあるか?」


「ないです」


「人類を滅ぼすことなんて、基本的に不可能だ。


それに、人間でも呪いに耐性があったり、浄化ができる人もいる。


除霊師とか聞いたことないか?」


「あります」


「インチキな除霊師もいるが、本当に呪いの効力を消してくれることもある。


それに、巫女と呼ばれる者もいる。


それに、生き物は子孫をどこかしらで残すということが刻まれている。


今まで、戦争とかあっても、生き残ってこれた。


生物によっては、絶滅危惧種とかあったりするが、人類はどんな危険なことがあっても、生き残ってこれた」


 言われてみれば、どうしてだろう?

 地球が滅びる予言があっても、地球は滅びなかった。

 内乱があっても、避難できた人もいる。

 だけど、俺はこれで納得するわけがなかった。


 生き残る人がいても、誰かしらは死んでいるということ。


「犠牲になった人達は、どうなるんですか?」


「犠牲になった人達?」


「そうです。


本当に死んでしまった人もいるんです。


その人は、返ってこないんです。


生き返らないんです。


生き残る人がいたとしても、生き返る人はいないんです」


「申し訳ないのだが、生き返ることはない。


だが、世の中はこれで成り立っているところがある」


「どういうことですか?」


 俺は感情が高ぶりそうになるところを、なるべく平常心を保とうと意識しながら、聞いてみた。


 コンディジオーネさんはいい人だと思っていたのに、死を受け入れられるって言うの?

 

「悲しいことだけども、どんなに辛いことだとしても、肉体に魂がずっと宿っているなんてことはない。


不老不死なんて、あり得ない。


君はまだ若いから、考えられないかもしれない。


受け入れなくてはならないこともあったりする」


「コンディジオーネさんも、身近な人がある日、突然姿を消したら悲しくないんですか?」


「悲しいさ。


私も幼い頃は、両親が目の前で、動かなくなるってわかった時は、廃人のようになった。


児童養護施設にも、馴染むことができなかった。


だけど、私はこれも自分にとって必要なことと受け入れるしかなかった」


「俺には、親って存在がないです。


研究所を追い出されて、児童養護施設にもなじめなくて、幼稚園も逃げ出して、俺はそこに向かうつもりはないです。


だから、コンディジオーネさんとはわかり合えないかもしれません」


「わかり合えなくていいさ。


それに、君はこれから、どうしたいんだ?」


「え?」


「ここで、いつまでもうずくまるつもりか?


呪いを解く方法を見つけたいと思わないか?」


「それは、見つけたいです。


俺はこんな牢獄にいても、解決にならないと思っています。


だから、俺は二度とこんなことにならないために、探します。


死に寄せをなくして、平和に過ごせる方法を」


「なら、決まりだな」


「決まりって、何がですか?」


 俺は、戸惑う。

 

「この負の連鎖を止めたいなら、行動するということだ。


何かを変えたいなら、何かをしなくてはならない。


立ち止まっても、何も始まらない」


 俺は、ここで涙が流れてきた。

 今度は、悲しくて泣いているんじゃない。


 コンディジオーネさんは、こんな俺でも受け入れてくれる。

 こわがってない。

 こんな人がいるなんて思わなかった。

 俺は、また歩き出せる。


 そんなことを思っているだけで、涙が出るとか、自分でも自分がよくわからなかった。


「俺、歩き出したいです」


 こうして、牢獄は開かれた。


 だけど、ここで終わりではない。

 そこからが、始まりなんだ。


 コンディジオーネさんと歩いていると、スクイアッットロが廊下にいた。


「大丈夫だったか?」


 いつも、生意気な口調で話すスクイアットロから「お主は、いつまでメソメソしていた?」と言われることを想像していのだが、心配をされることは想定外だった。


「うん・・・・」


 大丈夫じゃないけど、返事だけしといた。

 だけど、これは自信がなくて、弱々しい返事だと思っている。


「そうか。


ごめん、おいらも言い過ぎなとことがあったかもな。


上司に注意されて、気づいたんだ。


おいらは、本当に人の気持ちがわかっていない。


おいらなりに、お主に歩み寄ったつもりだったんだが・・・・、何もわかってあげられなくて、申し訳ない」


「スクイアットロ・・・・」


 俺は、どんな返事と態度をとればいいのかわからなくて、ただ彼の名前を呼んだ。


「スクイアットロも、悪気はないんだ。


彼なりに、わかろうと努力はしている。


世の中には、人の気持ちをわかりたくても、わかれない人もいる。


彼は様々な任務を幼い頃から、過ごしてきた。


だから、多少の残酷なことには慣れきってしまっているのかもしれない」


「はい・・・・」


 俺は、コンディジオーネさんの言いたいことを、半分も理解していないかもしれない。

 人が死ぬことに慣れるわけないって、俺は思っているけど、実際はどうなんだろうか?

 


 ある日の外にいたところに、俺は一人のいじめられっ子を助けようとしたら、不良グループ三人組に絡まれた。

 俺は勝てるわけがなかった。


「嘘・・・・・」


 俺は、恐怖で震えることしかできなくなっていた。

 これだけ強いとか、こいつらは人間なのか?


 どちらにしても、俺は弱い。

 そう、俺はただの落ちぶれ。


「助けて・・・・誰か・・・・」


 俺は、小さな震える声で、助けを求めた。


「はは、なんだか知らねーけど、大人は助けに来ねーよ」


 不良たちは、せせら笑うだけだった。


 不良の一人が、拳を握りしめ、その拳は俺の方に向かっていてー。

 

 俺は、殴られる覚悟でいた。

 その時、


「弱い者いじめは、やめるのです」 


 そこで背中まで長い緑髪の少女が、現れた。

 多分、年齢は俺と同じくらいだ。


「なんだ、お前?」


「はん、女一人が来たところで、どうってことねえの」


「痛い目見ることになるのですが?」


 紫髪の少女の目は、鋭かった。


「やれるものなら、やってみろよ」


「こんな細身の体型の女には、何もできないだろーけどさ」


「うちが、何者か知らないということは、よーくわかったのです」


「なめているのか?」


「なめていますが、それはこれを見ても、図に乗れるのですか?」


 紫髪の少女の人差し指から、小さな炎が現れた。


「ひっ」

 

 不良たちは、怯えていた。


「この火は、これから君たちのところに向かおうとしているのです。

それでも、いいのですか?」


「ひ、すいませんでした」


 不良たち三人は一目散に逃げだした。


「助けてくれてありがとうございます、あの君は・・・・?」


「ただの通りすがりなのですよ。

それよりも、この倒れている人は?」


 この子は、不良グループに殴られて、気を失ったいじめられっ子だ。


「室内に運びます」


 俺は、いじめられて、殴られて、気絶した少年を抱きかかえて、室内に運び、一人の職員には事情を話した。

 職員は、一瞬、顔を真っ青にしていたけれど

「わかったわ」

 と一言だけ返事をしていた。


 何か考えていそうな顔をしていたけれど、何をする気なんだろう?

 どちらにしても、この後のことは、この人に任せておこう。


 その後は、紫髪の女の子と二人になった。


「さっきは、助けてくれてありがとう・・・・。


君の名前は?」


「わからないのです」


「え?」


「うちには、名前がないのです。

生まれた時から、ずっと・・・・」


「それって、どういう・・・・?」


 俺が質問する前に、女の子が先に話し始めた。


「君は?」


「俺も、君と同じなんだ。

名前がなくて」


「名前がないのですか?」


「うん」


「うちは、小さな檻の中で教育も受けられずにいて、名前も、年齢も、誕生日もわからないのですよ」


「誕生日がわからないと言えば、俺もなんだ。

一応、年齢は決まっているみたいだけど」


 俺には、生まれた時から名前も、誕生日もない。

 戸籍もない。

 

 俺だって、名前がほしい。

 だけど、どんな名前がいいのかとか、どうやって名前を作るのとかは、正直わからない。


 変な名前をつけられた子供も、みじめな気持ちになると思う。

 だけど、名前がないことも、俺にとっては、みじめ以外のなにものでもない。


「誰かには、聞いたのですか?」


「聞いても、答えてはくれなかった」


「うちと、同じなのかもですね。


うちの親は誰なのかもわかってないです」


 俺は、何なのだろうな?

 自分でも、わかっていなくて、それなら、誰にもわからない。


 俺は、何のために存在しているのだろうか?


 次の日、不良グループたちは、死んでいた。

 死んでいたというより、何かの事件に巻き込まれたのかもしれない。


 この場所にいても、大切な命を救えなかったのか・・・・。



 俺は、コンディジオーネさんが普段、いる部屋にかけこんだ。


「コンディジオーネさん、ここにいると安全ではないのですか?」


「安全が保証できるなんて、話はしてなかったと思うが、記憶を改ざんしてないか?


私とスクイアットロが一緒にいても、何も問題が起こらないというだけだ」


 これは、辛辣な態度でしか俺には思えなかった。


「今日も、近場で死体が出たんです」


「そうか。


だとしても、どうすることもできないな」


 俺は、どうしてこんなに平然とできるのかと怒りがふつふつとわくのを感じた。

 こんな異常事態なのに、こんな冷静でいることができるなんて。


「なんとも、思っていないんですか?」


「そんなわけがないだろう。


悲しい気持ちや、哀れみもある。


だが、どうすることもできない。


ただ、それだけだ」


 俺は、かっとなって言ってしまった。


「どうにかしてくれないんですか?」


「スクイアットロの言う通り、

小学校入る前かつ、幼稚園に入りたての子供に、

どうやったわかるように説明しようか、これは悩むところだ。


いいかい?


世の中には、救える命と救えない命がある。


私も救える命だけかもしれないが、誰かを助けたい。


だけど、救えない命に出くわしたら、どうしたらいい?」



 俺の答えは、即答だった。


「それを可能にすればいい!」


「やはりな、自身には不可能なことは求めないものの、他人にはそれを求めるのか。


なら、そのわがままがいつまで通るのか、理解するまで教育だ」


 俺は、こうして様々な事情を抱えた人たちが通う学園に通うことをコンディジオーネさんにすすめられた。


 この学園は幼稚園から、小学校、中学校、高校、大学まであるという話だった。

 俺は、当然、幼稚園の年少クラスになるんだが、死に寄せにより、また同じ悲劇は繰り返したくない。


 俺は、コンディジオーネさんが理解できない。

 こんなに苦しいのに、どうして何もしてくれない?


 どんな学園に行こうと、変わらない。

 また同じ地獄を味わうのかという絶望感しかなかった。


 俺は泣きながらも、寮があるその学校に入ることになった。

 俺は無理やり行かされたために、学園内でもめそめそと泣いた。


 そんなところに、緑髪の女の子の声をかけられた。


「どうしたのですか?」


「君は、あの時の・・・・!」


「男の子が泣くところは、こんなにもかっこ悪いのですね。


久しぶりの再会のところだったのに、これは引いたのです」


 俺は馬鹿にされたようで、悔しさのあまり涙をふいた。


「泣いてないし、目にゴミがはいっただけ」


「わかりやすい嘘をつくのですね」


 緑髪の女の子は、クスリと笑っていた。


「この学園に来たら、先生が名前発表してくれるって。


よかったのですね。


君も、やっと名前を授かることができるのですよ?」


「どういうこと?


俺は、名前を持っちゃいけないんじゃないの?」


 不思議そうに問いかける俺に、なぜか緑髪の女の子は笑い出した。

 

「これが、平等っていうやつなのですよ。


名前を授かる権利も、生きる権利も、生まれた時からあっていいものなのですよ。


うち達のように、呪いを受けたからっていうことをなくそうっていうのが、この学園の目的なのです。


何も聞かされなかったんですか?」


 そう言われてみると、

 コンディジオーネさんは何か言っていたような気がするけど、

 俺はすでに大泣きしてしまって、

 彼の説明を聞けるような状態じゃなかった。


 あの時にしっかり話を聞いていればと、今更ながらに後悔した。


「この学園には、呪いに悩まされている人たちが集まるのですよ。


仲良くしましょうなのです」


「いいの?


俺も、友達を作っていいの?」


「それも、権利ですなのですよ。


君は、自信を持って生きていいのです」


 こうして、大人の人が入ってきた。

 綺麗な女の人だった。


「皆さん、静粛に。


私は、君達の担当をすることになった先生です。


名前は、アシーロと言います」


 アシーロって、足ていう意味?

 こうして、園児達と俺は「変な名前」と爆笑した。


「こら!


私だからいいですが、人の名前を笑うようなことをしてはいけません。


自分の名前が嫌いで、悩んでいる人もいます。


名前に誇りを持っている人もいます。


だから、名前を軽蔑することをしてはいけません」


 この先生は、真面目な雰囲気だけど面白い。

 

「さて、これから本題に入ります。


生徒の皆さんには、名前を与えようと思います。


この名前は、一生使えるので大切にして下さいね。


名前を忘れたとか、そういったことがないようにメモをとるとか、

工夫してみるようにして下さいわね」


 やった。

 こんな俺でも、名前をもらってもいいんだ。

 そう目を輝かせていた。


 ここで、一人の子供が反論した。


「先生が覚えていればいいじゃないですか?」


 その瞬間、アシーロ先生は顔を真っ赤にした。


「先生を何だと思っているんですか!


生徒一人一人の名前なんて、覚えられません!」


 これは、なんていうか・・・。

 完全なる逆切れだ。


「とにかく、そういうことで、名前を配ります。


いじめ寄せ、死に寄せ、不幸寄せ、

それぞれの運命を抱えているかもしれません。


ですが、辛い出来事の中に楽しい思い出さえあれば、それが心の支えになることもあります。


みなさんも、お友達のことは名前で呼んであげるようにして下さいね」


 アシーロ先生は一人一人に、紙を配っていく。

 きっと名前の書かれた紙だ。


「げ、おらはこんな名前か」


「何、この名前?


ちょー、かわいい~」


 様々な感想があった。

 俺は、そんな声を聞くたびに、

 どんな名前になるのかワクワクする気持ちと、

 変な名前にならないかという不安が同時に襲った。


 そして、俺にも配られた名前は、フェブール。

 最初はその書かれている内容は、見間違えかと疑い、

 俺は何度も読み返した。


 だけど、何度目を通しても同じだ。


「先生、これはどういうことですか?」


 フェブールは、フェブル。

 つまり、フランス語で弱いという意味だと思う。


「そのままの意味です。


それが、君の名前となるのです。


異論はありますか?」


 異論はあるかないかと聞かれたら、ある方だ。

 こんな名前に納得するわけがない。


 名前がないことも嫌だけど、

 変な名前をつけらるくらいなら、ない方がいい。


「変な名前をつけられる方の気持ちとか、考えたことあるんですか?」


 俺の声に、周りが静まった。

 みんなの目線が、俺の方に向いたとしても構うものか。


 今こそ、アシーロ先生の言う異論ってやつをぶつけてやるんだ!


「ありますわよ。


ですが、これも平等な権利なのですのよ。


名前は自分で決めることができず、

どんな形であれ、受け入れるしかない。


キラキラネームもそうです。


改名してほしくても、すぐにはできないんです。


改名に成功しても、どこかには残ります。


納得できなくても、受け入れることも必要だったりします」


 アシーロ先生と俺のにらみ合いが始まったところに、緑髪の女の子が仲裁に入った。

 

「意味がないのですよ。


今すぐに、身を引くべきなのです」


 俺は沈黙を続けていると、アシーロ先生は何も言わなくなった。


「うちは、ソレーラミノーレなのですよ」


 緑髪の女の子が、俺に報告した。


「この学園の中にいる、ソレーラマジョーレを紹介するのです。


うちと顔は似てるみたいですが、紫髪なのですよ。


確か、昨日は不良グループから、男の子を救出したという話があるのですね」


 不良グループ?

 昨日?

 男の子?


「助けてくれたのは、君じゃないの?」


 俺は、ソレーラミノーレを指さした。


「何の話ですか?


うちは、不良と出くわしていないのです」


 顔は、俺を不良から助けてくれた紫髪の女の子に似ている。

 紫髪?


 俺は、その子の髪をまじまじと見た。

 緑髪だ。


「ごめん、人違いだった」


 ソレーラミノーレは「いいのですよ」と苦笑いだった。


 俺とソレーラミノーレは初対面だったということになる。

 俺を助けてくれたのは、話をまとめると、

 ソレーラミノーレと顔が似ている紫髪の女の子の方か。

 

「君の姉という人に合わせてくれないか?」


「いいのですよ」


「その子は、自分の名前がわからないって言っていたし、人違いかもしれないけど」


「昨日までは姉の方も名前がなかったのですが、

たった今になって、名前が決まったと授業中だけど連絡が来たのです」


「今、連絡してないだろ?」


「天然でも入っているのですか?


先生にばれないように、内緒でやるテクニックをやるに決まっているじゃないですか?」


 それは、初めて聞いた。

 隣にいる俺にも、わからないようにやるコツがあるとか。


「ちなみに、どうやってやるんだ?」


「そんなことは、内緒なのですよ」


 ソレーラミノーレは、にかっと歯を見せて笑った。


 こうして、休み時間になった。


 俺は、ソレーラミノーレに別の所に連れて行かれた。


「さ、姉に会いに行こうなのです」


 こうして、紫髪の女の子がいる所までついた。

 しかも、ここは廊下だった。


「待ち合わせ?」


「そうじゃないけど、姉妹の勘というものなのですよ。


いつ、どこにいるのか正確に把握できてしまうのです」


「どういうこと?」


「そういうことなのですよ」


 ソレーラミノーレが笑顔で言う中、紫髪の女の子が静かに話し始めた。


「もしかして、不良から助けた子なのですか?


うちが、火を使って脅したという」


 やっぱりだ。

 あの時の女の子は、その子だったのか。


「お互いが姉妹っていうことがわかるということは、本当に出自不明とかあるの?」


 紫髪の女の子が答えた。


「研究所の資料を元に、研究員からやっと教えてもらったのです。


どうやら、うちは2歳の頃に親元を引き離されたみたいなのです。


ちなみに、妹は生まれてすぐだったみたいなのですが・・・」


 ここで、俺は自己紹介がまだだったことに気づいた。


「俺は、一応フェブールという名前なんだけど、君は?」


「うちは、コレーラマジョーレなのです。


うちの母親は、火の魔法を扱える魔女だったみたいなのですよ」


「ということは、妹であるコレーラミノーレも魔女の娘ということか?」


「多分、そうだと思うのです。


異母姉妹だということなら、話は変わりますが、そうでなければそうだと思うのですが・・・。


思うのですが、ソレーラミノーレは火の魔法を持っていないのです。


これに、疑問を持っていて」


「姉妹で、同じ属性の魔法を扱えないとおかしいの?」


「そういうわけではないのですが、どうしてなのか気になっただけですよ。


ちなみに、フェブールは属性診断とかやってもらったのですか?」


 属性診断って、何だろう?

 こんなものあったけ?

 初めて聞いた。


「やってもらってないけど、必要だったりする?」


「絶対やらなくちゃいけないということはないのですが、

適正魔法は知っておいた方がいいか、と」


 俺は研究所にいた頃に、なにかしろの属性があるとは聞かされたけれど、何の魔法かは知らない。

 正直に言うと、死に寄せ以外何も持っているようには思えない。


「適正魔法か?


コレーラマジョーレもそれでわかったのか?」


 コレーラマジョーレは、考え込みながら答えた。


「うちの場合は、そうなのですね・・・」


「そしたら、ソレーラミノーレもやってもらえば、わかるんじゃないか?


適正魔法」


 ソレーラミノーレとコレーラマジョーレは、なぜかお互いに顔を合わせた。


 俺、何かまずいことでも言ったかな?

 理由もわからず、ヒヤヒヤした。


「実は・・・」


 ソレーラミノーレが口を開いた。


「入園前に受けたのですよ。


属性診断。


だけど、何も出なかったのです」


 属性診断をして、適正魔法がわからないなんてことあるのか?

 その前に、俺は属性診断がどういったものか知らない。


「ということは、魔法は使えないってこと?


魔力がないのか?」


「そんなことはないと思うのですが・・・」


 コレーラマジョーレが話し始めた。


「まだ年齢的に、覚醒していないのかと思われるのですよ」


「覚醒って?」


「ソレーラミノーレは、まだ幼稚園児なのですよ。


この時期は早い子は覚醒しているのですが、

もしかしたら、

ソレーラミノーレはまだ才能を開花できてないのかもしれません」


「この学園にいるってことは、何かしらの魔法が持ってないとおかしいのか?」


「ここは、魔法学園ですからね。


うちのように小学生は魔法の勉強を始めるので、魔力を発動させなくては話にならないのですよ。


ですが、幼稚園となると話は変わるのです。


この時期はまだ授業なんてものがないから、魔法が使えなくても入園はできるのですが、

小学入学前までに覚醒できなければ、入学は望めないですし、入れたとしても小学校では落ちこぼれ扱いになってしまうのです」


 知らなかった。

 俺はコンディジオーネさんに入園させられたところがあるから、魔法を使うための学園だということを今ここで始めてわかることになる。


 覚醒できていないために、属性診断で判定できないとしたら、どうして俺が研究所で何の魔法の持ち主がわからなかったことに辻褄が合う。

 つまり、まだ俺の中で魔法は目覚めていなかったということになる。

 それよりも、先に死に寄せの呪いが発動して追い出されたということ、か。


 しかも、コレーラマジョーレは俺と同じくらいかと思っていたのに、小学生だとは思わなかった。

 今更だけど、どんなに近くても3歳は年上だし、敬語で話さなくても大丈夫だったのだろうか?


「ということで、今から自己紹介なのです。


うちは魔法学園の小学部1年生のコレーラマジョーレなのです。


魔法属性は、炎だということがわかっていて、今は練習中なのですよ。


うちは早生まれなので、6歳みたいなのです。

研究員に聞いたところは、2歳の頃に研究所に入ったみたいなのですが、その時の記憶はないのですね」


「うちは、ソレーラミノーレなのです。


魔法学園の幼稚園部の年少さんなのですよ。


魔法属性は、今のところわかってないのですね。


うちは4歳で、赤ちゃんの頃に親元を離れることになったのです」


 まず、ここでなぜ自己紹介を始める?

 俺も一応、した方がいいのかな?


「俺は、フェブール。


赤ちゃんの頃から研究所で育ったみたいで、

ソレーラミノーレとは同い年だ」


 何をどう自己紹介をすればいいのかわからないので、思いつく限りのことを話してみた。


「ここで、うちと妹で探さなくてはならない人物がいるのですね。


それは、ラックという姉なのです」


「ラック?」


 聞いたことない名前に、俺は眉をひそめていた。


「そうです。


うちと、ソレーラミノーレの姉にあたり、

彼女は岩属性の魔法を使えるみたいなのですね」


 ここで、ソレーラミノーレが口を開いた。


「コレーラマジョーレが火の魔法で、

ラックが岩の魔法を使えるとしたら、

ここで推測が来るのです。


うちは小学校に入る前に、

岩の魔法か、火の魔法か、

どちらかが使えるようになると思われるのです。


なぜなら、魔法は高確率で遺伝が関係しているのですから」


 そんなことはいいから、ラックの説明には入れと思ってしまった。

 この姉妹は顔も似ている上に、やっていることも同じだ。

 もしかしたら、嘘偽りなく本当に姉妹なのかもしれないな、と感じている。

 

 姉妹同時に語り始めた。


「ラック。


うちは、聞いた話でしか知りようがないのです。


パートナーがスクイアットロというリスであったことや、水色の髪を持つことなど」


 スクイアットロ?

 もしかして・・・。


「それって、俺のパートナー?」


「スクイアットロをご存知なのですか?」


 コレーラマジョーレが身を乗り出した。


「それは、俺の相棒だからな」


 俺は腰に手を当てて、自慢げに答えた。


「そしたら、ラックを探す手助けになれそうなのですか?」


 なぜか、コレーラマジョーレが目を輝かせていた。

 

 目的がわからないけれど、ラックという人を見つけることに何か意味があるんだろうな。


「スクイアットロは、どちらにしてもこの学園に来ることはないだろうし、

それに、ラックさんを確実に見つけれるとかは限らない。


生きているかどうかも、わからない。


それでもいいの?」


 真実はいつも綺麗とは限らない。

 時には知りたくもない残酷なこともある。

 それを受け入れられるかどうかは、また別の話しなんだ。


 俺が壊れた時みたいに、彼女達も追い詰められるような出来事でなければいいのだけど。


 俺は、自分で言ったことを後悔した。

 スクイアットロがパートナーだということを発言してしまうと、彼女達に期待させるということになりかねない。


「これで、うちとソレーラミノーレが本当の姉妹かどうか、

出自とかも、

ラックが知っているかもしれないので、

助かったのです」


 彼女達の顔色を見る限り、既に手遅れだと感じた。

 言葉にしてしまったものは、どうあがいても通り消せない。


「確信は持たない方がいいと思うぞ?


パートナー解消しているかもしれないしな。


現に、俺がスクイアットロのパートナーなわけだし?」


 それに、ラックさんは生きていないかもしれない。

 あるいは、行方不明者になっているかもしれない。     

  

 その不安よりも、一番大きいのはスクイアットロが教えてくれるかどうかだ。

 それに、仮に教えてくれたとしても、彼女達にわかるように話せるのだろうか?

 一緒にいる俺も、いまだに通訳できなくて理解を放棄するところがある。

         

 どんなに考えても、俺にはどうすることもできない。

 俺は誰かの力になれるならそうしたい。

 これで、姉探しとやらができればいいのかな?


「とにかく、だ。


期待しないでくれ。


君達が困っていることがあるなら、

助けてあげたい。


そんな気持ちから、手伝うだけであって、

力になれるという確証はどこにもないの」 


 コレーラマジョーレが紫色の髪を、かきあげながら答えた。


「姉を見つけてほしいという話だけをして、

期待するということは語っていないのです。


それに、ラックさんは姉ではないかもしれないのですし、

姉だとしても、うちと妹のことは何もわからないかもしれないのです」 


 姉を見つける目的が、自分が何者なのか知りたいため、か。

 俺もそうだ。


 俺の目的は、自分が何者なのか解き明かすことと、死に寄せの呪いを解くことだ。

 だけど、そんな簡単に俺の実の親とか、俺の正体とかわかるなんて思っていないし、

 呪いも解けるかもわからない。


 だけど、コンディジオーネさんが提案してくれたんだ。

 俺が生まれながらに持つ呪いの正体を突き止めて、呪いを解く方法を見つけようって。

 これは決して無駄にできない。


 それと同じように、

 ソレーラミノーレも、コレーラマジョーレも、

 自分のことを知りたいんだ。

 そしたら、他人事じゃない。


「自分の出自とか、

ソレーラミノーレの魔法もわかるといいね」 


 俺は彼女達にそう呟いた。


「と、忘れていたのです。


うちからは、フェブールも属性診断を・・・」


 コレーラマジョーレは名前だけじゃなくて、

 心も魔女なのか?


 属性診断なんて、そんなに受けないとだめなのか?

 小学校入学前からでも遅くない気がするが・・・。


 だけど、俺も言いたいことがある。


「俺も、気になってしょうがないことがあるんだ。


君たち姉妹は、声が似すぎていて、

口元を見ないとどっちが喋っっているのかわからない」


 彼女たちは「え?」と声を合わせて驚いていた。


「ずっと口元ばかりを見るっていうのも、変な感じがするんだよ。


だから、声が似てるっていうのは注意しようがない。


せめて、話し方を変えてくれないか?


例えば、一人称とか、

なのです以外にするとか」


 ソレーラミノーレとコレーラマジョーレがお互いに顔を見合わせていた。


「君達は顔も声も似てる。


髪の色とか瞳の色は例外として、

それ以外はみんなそっくり」


 しばらく、沈黙が続いた。

 俺、言い過ぎた?

 怒っているつもりではなかったけれど、俺は謝ろうとしていた。

 その時に、


「あたしは、コレーラマジョーレなのですわ」


「うちは、ソレーラミノーレなのですよ」


 なのです口調で話すんだ?


「どうして、なのですって言うんだ?                                             


俺は、それがややこしいという・・・」


 俺はそれ以上言ってはいけない気がして、話しを止めた。

 

「わからないのですわ」


「え?」


 今は口元を見なくても、誰が話しているのかわかった。

 コレーラマジョーレだ。

 

 多分、コレーラマジョーレが「なのですわ」にした上に、

 一人称を「あたし」に変えた。

 

 そして、ソレーラミノーレがそのままということ。


「自分でもどうして、このように話すのかわからないのですわ。


ですが、なのですって言わないと、

だめな気がするのですわ。


あたしも妹も、何かに縛られているのですわよ」


 縛られているって?

 そのことに俺は理解ができなかった。


「生まれた時から、あたしは何かの呪縛があるのですわよ。


それが、わからないのですか?」


「ごめん、わからない」


 こんな呪縛があるなんて、聞いたことがない。


「あたし達、研究所育ちの人間は、

何かの呪いを持ち、

それに縛られているのですわ。


死に寄せ、いじめ寄せ、不幸寄せがあるように、

それ以外の呪いを抱えることがあるのですわよ。


やっぱり、何も聞いていないのですわね」


 コレーラマジョーレが真剣な表情をしている。


「ごめん、何か気に触ることを言ったかな・・・?」


「謝らなくてもいいのですわ。


あたしが抱える運命とか、知らないのですわよね?」


「知らない・・・」


 俺は、どのように返事をするのが正解なのかわからない。


「あたしだって、何の呪縛かわからないのですわ!」


 俺はコレーラマジョーレの叫び声に、驚きを隠せないでいた。              

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