【短編】5歳年下の許婚に年上マウントを取っていたはずが、いつの間にか背丈も力も逆転された彼に溺愛されて気が狂いそうになっている令嬢とはわたくしのことですわー!(爆散)

水品知弦

第1話

「ウェインくんはね、まだ7歳なのにとーってもお行儀が良くてとーっても優しいいい子なの。だからビスカリアもきっと仲良くなれると思うわ!」

「いーやーでーすーわー!」


 わたくしビスカリア・ヴルツがクローゼットに籠城してから30分は経ったかしら。アマリリスお母さまは根気強く語りかけてくるけれど、わたくしここを絶対に動きませんから!


「わたくしもう12歳ですのに! 許嫁が5歳も年下だなんてみんなに馬鹿にされますわ! 絶対にお会いしませんから! ぜーったいですのー!」

「そんなあ」


 わたくしが自室のクローゼットに立てこもっている理由はただ一つ。おじい様が勝手に決めた許嫁との初めての顔合わせが今日だからですわ。

 わたくしだって、昨日まではわくわくのドキドキだったのですわ! 宙を見つめながら「わたくしの王子さまはどんな方なのかしら?」なーんて思いを馳せていたのに、今朝お父様が「5歳年下だがビスカリアは優しい子だから色々教えてやってくれるな?」なんて言ってきて! お母さまが「会うまで内緒にしてって言ってたでしょ!?」とお父様に掴みかかり朝から乱闘。お父様はぼろ雑巾のようになって平謝りしながらお仕事へ。そこでわたくしはようやくお母さまやメイドたちから騙されていたことを知ったのです。


「お屋敷中でわたくしを騙そうとしてたなんて信じられません! 脳内の王子様は2歳くらい年上で笑顔が素敵でエスコートが上手で気遣いができてイケメンで優しくてだれよりもわたくしのことを愛してくれるはずでしたのにっ。どうしてわたくしがエスコートしないと立ってもいられないようなお子様がお相手なのよー!」

「7歳とは思えないほど落ち着いてて賢い子なのよ。それに笑顔が素敵でエスコートが上手で気遣いができてイケメンで優しいってところまではウェインくんにも当てはまってるから大丈夫よ! ほら、長いこと待たせてるんだから行きましょうね~」

「イヤー!」


 必死に抵抗をしたと言えど、所詮は子供の力。加勢に来たメイド数名に引きずられ、あれよあれよと中庭へと連れて行かれたのでした。



◇◇◇



 四人掛けのテーブルでにこにこ笑っている三人と、どんよりしているわたくしが一人。とんでもなくアウェイですわ。


「リリスさんお久しぶりです。ビスカリアちゃんもすっかり素敵なレディだねぇ」

「ツバキちゃん元気そうでよかったわ! ほらビスカリア、むくれてないで挨拶しなさい」

「……お久しぶりです」


 お母さまを愛称で呼び、きゃっきゃとお話しされている異国情緒溢れる面立ちの女性はツバキ・レイナーさん。元はヴルツ家の養子でお父様の義理の妹だったのですけれど、その辺りは長くなるので割愛しますわ。一応、血のつながりのない叔母様といったところかしら。幼い頃からわたくしのことを可愛がってくださっているので大好きな方なのですけれど、お母さまとグルになってわたくしを騙そうとしていたのはちょっぴり腹が立ちますわ。


 その横にちょこんと座る、ツバキさん長男である少年に目を向けてみます。母親ゆずりの綺麗な黒髪に、父親ゆずりの真っ赤な瞳。まあ、将来イケメンになりそうな風格はありますわね……。

 

「はじめまして。ウェイン・レイナーです。お会いできて嬉しいです、ビスカリア様」

「……どうも、レイナー少年」


 わたくしの不遜な態度を見て、お母さまが顔に手を当てて宙を仰ぎました。ふんだ。謝ったりなんかしませんわ!


「ウェインくんは7歳でもちゃあんと挨拶できるっていうのに、ビスカリアはどうしちゃったのかしら」


 お母さまに痛いところを突かれました。……確かに7歳にしては落ち着きがあって大人びてますわね。うぐぐと唸って口を開きます。


「……失礼しましたわ。わたくしの名前はビスカリア・ヴルツと申します。レイナー少年とは母の友人のお子さんとして差し障りのないお付き合いができたら光栄ですわ」


 ツバキさんが苦笑し、お母さまが半目でこちらを睨んでいます。だけどレイナー少年は違いました。


「僕はなかよくしたいです、ビスカリア様」

「…………」

「僕は長男で上の兄弟がいないので、お姉さんができたみたいでうれしいです。……あ、いきなりこんなことを言うのは失礼ですよね。すみませんでした」


 そう言って申し訳なさそうに俯き、不安げに揺れる深紅の瞳でこちらを見てきます。……なによ。私が悪いみたいじゃない。

 お姉さん、お姉さん……悪くない響きが脳内で反響しています。わたくしには妹が二人いますが、男兄弟はいないもので、弟というものに……その、憧れというものがないわけではありませんわ。


「……別に気にしませんわ。実際に弟のような歳の差ですもの。なにかあったら頼ってもらっても結構です」


 わたくしがそう言い放つなりレイナー少年の顔がぱあっと明るくなりました。く、悔しいけど顔がいいですわね……可愛い。


「ビスカリア様。さっそくお願いごとがあるのですが……いい、ですか?」


 だ、だからその上目遣いをおやめなさーい! 破壊力が強すぎますわ! もしかしてわざとやってるのかしら……そんなことを思いつつぶっきらぼうに返します。


「なにかしら」

「庭園をあんないしていただけませんか? 僕、花が好きなんです」

「構いませんわよ。行きましょう」

「ありがとうございます!」


 またもぱああぁっと満面の笑顔。初めは落胆のあまり警戒していましたけど、この子ったらやけに素直ですし、可愛らしいですし、正直嫌いにはなれそうにありません。

 レイナー少年は椅子から降り、ニコニコ笑いながらわたくしの椅子の傍に歩み寄ってきて、小さな手を差し出してきました。


「……どうも」


 躊躇ためらいつつもその手をとり、私も椅子から降ります。……力なんてぜーんぜんないでしょうから、ちょっと触れただけですわ。体重をかけたら転んでしまいそうですし。

 でも、まあ、やっぱりちょっと可愛いとは思ってしまいましたわ。不覚にも。


 というかレイナー少年、私の手を離さずに歩き始めたのですが。お母さまとツバキさんがにやにやこちらを見てきています。文句の一つでも言いたいところですけど、どういうわけか顔が熱くて言葉がまとまりません。悔しいですわ……。

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