伝説の世界樹の下で

綿木絹

第0話 伝説の世界樹の下で

 九つの世界の全てを繋いでいる大樹。


 伝説にも歌われる大樹ユグドラシル。


 決して枯れることのないトネリコの木だが、所々が痛んでいる。


 ヴァルハラで飼っている山羊のせいでもあるし、根を齧り続ける蛇もしくは龍のせいでもある。

 天を飛ぶ大鷲フレースヴェルグのせいかもしれない。

 その鷲の頭の上に留まっている鷹ヴェズルフェルニルとトネリコの上部と下部を往復する栗鼠ラタトスクのせいかもしれない。


 ただ、今日はその傷が見えなくなるくらいに飾り付けられている。

 いや、ユグドラシル自身も今日という日を歓迎しているのか、傷を隠す為に輝いているように見える。


「花嫁よ!あぁ、本当に綺麗だわ。私、嫉妬しちゃうかも」


 誰かがそう言った。

 めでたい日なので、今日は沢山の神々が集まっているが、そのうちの誰かが言ったのだろう。

 ただ、確かに俺もそう思う。


「みんな、羨ましがっているね。今日くらいは許して欲しいけど、君はあまりにも美しすぎる。」


 特に今日は全身着飾っているから、自信を持って言える。


「世界で一番綺麗だよ。」

「もうもうもう。アナタったら。ますます恥ずかしくなっちゃうじゃない」


 女神も集まっているが、その中でも際立って美しい。

 それは誰もが認めるところだ。


「調子に乗ってない?大体君は……」


 ただ、こういう奴はいる。

 酔っ払っているのか、一人が美しい嫁にケチをつけようとした。

 だから、間に割って入る。


「嫁に話があるなら、夫が先に聞こうか。」


 だが、その酔っ払いは引くことを知らなかったらしい。


「ふーん。君は君で言いたいことが沢山あるんだけどねぇ……」 

義兄弟きょうだい‼今日くらいは止めてくれないか。また、追い出されたいのか?」

「う、それは……。流石に今日は追い出されたくない。酒も肴もユグドラシル中から集められたもの。それを食べない手はないからねぇ」


 食いしん坊で悪態好きの彼もしくは彼女はこうして引き下がった。

 流石にここに集まる有力者の保護者とも言える男の申し出は断れない。


「大丈夫?」

「えぇ。あの人、いつもあんなだから気にしてませんよ。」


 花嫁は皆からとても愛されていて、花婿が花嫁を心の底から愛していることは、ここにいる誰もが知っている。


 まぁ、さっきの酔っ払いはさておくのだけれど。


「私はとっても幸せです。そうだ。踊りません?」

「同じ気持ちだ。うん、踊ろうか。また、妬まれるのを覚悟しないとな」

「あらあら、そんなことありませんよ。貴方もとっても素敵です‼」


 輝くような金色の髪、そして宝石のような瞳で踊る彼女はキラキラとしていて、式場に集まった妖精たちが霞んで見えるほどだった。


「未来はまだ分かりません。不安もあるけれど、私は幸せです。」

「あぁ。君がどこかへ行ってしまわぬよう、これからも守ってみせる」

 

 神と女神の結婚式は黄金が散りばめられた雅なものだ。

 いつもは何も語らない世界樹さえも、今日という日を祝って葉を天より降らせる。

 運命の糸をつむぐ女神たちも、今は手を置いて二人の門出を祝福する。


「な、どうする?」


 花婿は運命の女神を一瞥した後、花嫁をきつく抱きしめて、強引に踊りを止めた。

 無邪気な笑顔が似合う金髪の少女は、一度顔を顰めるも、直ぐに笑顔に戻ってこう言った。


「私は聞きたくなーい」


 運命の女神なら、これから先に起きることが読める。

 例えば、子に恵まれるか、生まれるのは男か女かまで。


「それもそうだな。君が幸せならそれでいい。こんなにも君のことを愛してるんだ。運命を切り開くことだってできるさ。」

「うん。私も‼」


 互いに愛し、愛され、踊りを再開する二人。

 既に二人の目には互いしか映っておらず、周りは周りで飲めや歌えやの宴を楽しんでいる。


 本当にお似合いの二人。

 美男美女の麗しいカップル。


 誰から見ても、羨ましい二人。本当に羨ましい二人。




 そして、……遠くからその様子を盗み見ることしか出来ない俺。



 本当に、……羨ましい。妬ましい。



 だから、全てをぶっ壊してしまいたいと、俺は思ったんだ。

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