作者・楠 夏目 キングジム賞:『名探偵と気まぐれな彼女』
名探偵と気まぐれな彼女
作者 楠 夏目
https://kakuyomu.jp/works/16818093082704733781
高校一年生の主人公が、朝起きて洗面所の足つぼマットの位置が変わっているのを発見し、家族の誰かが犯人だと推理を始める。探偵気分で証拠を集め、最初は姉や母親を疑うが、真相は明らかにならない。実は主人公は、妹の誕生以来、親の愛情が薄れたと感じていた。感情が爆発し、両親に本音をぶつける。両親は主人公の気持ちに気づき、愛情を示す。最後に、犯人は家族の猫だったと判明し、家族の絆が深まる話。
文書の書出しはひとマス下げるは気にしない。
現代ドラマ。
日常ミステリー。
家族愛をテーマにした心温まる作品。
物語の構成がしっかりしていて、推理要素と家族ドラマの組み合わせも面白い。主人公の性格や家族関係がよく描かれ、心情変化も丁寧で共感を得やすいだろう。
主人公は、男子高校一年生。一人称、僕で抱えた文体。自分語りの実況中継で綴られている。謎解きのワクワク感を抱かせる型、奇妙な出来事→推測一→推測二→推測三→答えという流れに準じている。
絡め取り話法と女性神話の中心軌道に沿って書かれている。
高校一年生の主人公の少年が朝起きて、洗面所に向かう途中で父親と会話。洗面所で飼い猫のミーコと触れ合った後、顔を洗う。その後リビングに行き、母親が作った朝食の匂いを嗅ぎ当てる。姉と会話をし、時間が遅れていることに気づき焦る。
主人公の少年が休日の朝、洗面所で足つぼマットが元の位置に戻っているのを発見。父親が不在の中、誰がマットを戻したのか謎に思い、家族の中から犯人を推理しようとする。朝食時のハプニングや家族との会話を経て、少年は探偵気分で謎解きに挑もうとする。
主人公の少年が朝起きて、洗面所の足つぼマットが動かされていることに気づき、家族の誰かが犯人だと推理を始める。最初は姉を疑いますが、証言により母親が犯人だと分かる。少年は証拠を集め、最終的に母親が犯人だと確信する。
主人公が、足つぼマットの位置が変わる「事件」を探偵気分で追究。母親を犯人だと疑うが、違うと分かり混乱する。実は主人公は、妹が生まれて以来、親の愛情が薄れたと感じていた。感情が爆発し、両親に本音をぶつける。両親は主人公の気持ちに気づき、愛情を示す。最後に、犯人は家族の猫だったと判明し、家族の絆が深まる。
三幕八場の構成になっている。
一幕一場 はじまり
主人公の少年が朝起き、日常的な朝の風景が描かれる。洗面所に向かう途中で父親と会話し、猫のミーコと触れ合い、顔を洗う。リビングで母親の作った朝食の匂いを感じ、姉と会話をする中で時間の遅れに気づく。
二場 目的の説明
休日の朝、主人公が洗面所で足つぼマットが元の位置に戻っているのを発見。父親不在の中、誰がマットを戻したのか謎に思い、家族の中から犯人を推理しようとする探偵気分が芽生える。
二幕三場 最初の課題
主人公が足つぼマットの位置変更に気づき、家族の誰かが犯人だと推理を開始。最初に姉を疑うが、証言により母親が犯人だと考える。
四場 重い課題
高校一年生の主人公が、足つぼマットの「事件」を本格的に追究。母親を犯人だと疑うが、それが違うと分かり混乱する。
五場 状況の再整備、転換点
主人公の内面が明らかになる。妹が生まれて以来、親の愛情が薄れたと感じていたことが判明。これが事件追及の根底にある感情だったことが分かる。
六場 最大の課題
主人公の感情が爆発し、両親に本音をぶつける。長年抑えていた感情を吐露し、家族関係の危機に直面する。
三幕七場 最後の課題、ドンデン返し
両親が主人公の気持ちに気づき、愛情を示す。家族の絆が試される中、予想外の真相が明らかになる。
八場 結末、エピローグ
犯人が家族の猫だったと判明。些細な出来事から始まった「事件」が、家族の絆を深める機会となり、主人公と家族の関係が修復される。
足つぼの謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。
遠景で父が足つぼマットを購入したのは半年前と示し、近景で「──そろそろ健康にも気を遣わないとな」と父のセリフで説明。心情で、「父さんが我が物顔でそれを買って来た時、僕は笑いを堪えるのに必死だったのを覚えている」と語る。
父と主人公の関係が透けて見える。
軽く小馬鹿にしたいのかもしれない。お腹が出ているとか、神が薄くなってきているとか。いまさら気にしても、ということをいいたくて笑ったのかもしれない。日頃から三日坊主で長続きしない父親かもしれない。
でも、主人公は必死だったとあり、笑っているわけではない。
この姿に道徳的な優しさを感じ、人間味を感じ、微笑ましく思い、共感する。
また、のちに妹が生まれたことが出てくるので、三人目が生まれて育てるためにも稼がなくてはいけないから、健康に気をつけなくてはと思い、まずは足つぼマットを購入して、手軽なところから始めようとしたのだと推測する。
初見ではそこまでわからないので、ただ人間味がある主人公の行動に共感する。
足つぼマットを使っていく様子が目に浮かぶように書かれている。
「結局、半年経った今でも足つぼマットを使用しているのは、父さんたった一人だけだった。何度でも言おう」大事なことなので何度もいうのだ。
父親が使うのは、自分のために買ったことが大きいからだろう。洗面所に置くため、家族も使っていい、くらいのニュアンスだったのかもしれない。
導入の投げかけは、「たったひとつの足つぼマットから──まさか、あんな出来事が起こってしまうだなんて」読者にわかりやすく伝えていていい。読者層を、十代の若者、小中学生を意識しているのかもしれない。もちろん、それ以上でも読みやすくしているのだろう。
本編は、とある一日からはじまる。
遠景で「暖かな日差しが額を照らす」と天気と時刻を示し、近景で「それと同時に僕の鼓膜を揺らしたのは、鳥の囀りでもなければ、猫ミーコの鳴き声でもない──止むことを知らぬ目覚まし時計の音であった」と聞こえてきたものが目覚まし時計の音だと説明。心情で、耐えきれず体を起こすと、脳が外の景色を見ようと提案してきて、ため息混じりに歩き出すのだ。
このときはまだ、主人公の心情と言うよりも、体に突き動かされている感じ。外を見て、空が済み、梅雨が来ようとしていると思うところで、目が冷めていくのだろう。そこに「窓を開ければ春の匂いがしてきそうだが、生憎いまはそんな気分じゃない。僕はその場で伸びをすると、眠気を覚ますべく深く呼吸する」と、自意識が目覚め、行動へとつながっていく。
主人公はようやく目覚めたのだ。
起床を、五感を使いながら感情とともに描写して臨場感を出している。読み進めていくごとに密度が濃くなっていくことで、主人公が覚醒していることを表現しているのは、作者の作風で、主人公の性格付けにもなっている。
朝のルーティンを描き、主人公の日常が描かれていく。
「びしっと決まったスーツ姿を見る限り、そろそろ家を出る頃だろうか」父の姿が描かれている。
コーヒーを飲む前なら、まだスーツは着ないほうがいいのでは。汚れるおそれがある。上着だけでも脱いでおきたい。どんな仕事をしているかわからないが、口臭を考えると、飲んだあとは歯を磨いておきたいのだが、そういうことまで気にしない人かもしれない。
「出勤を前に、腕時計を見ながら答える父さんの姿が、少しだけかっこよく見えた。だがそう思うと同時に、既に準備万全な父さんと違って、まだ顔すら洗っていない己の状況が恐ろしく思えてきた」父と自分の比較をして、父の姿と自身の様子を伝えている。読者も共感するところだろう。
洗面所のところに飼い猫のミーコがいる。結論を言えば、猫が市坪マットを動かしたのだ。ひょっとすると、洗面所をくつろぐ場所にしていたのかもしれない。足つぼマットを利用していたから動かしたのだと想像する。
ここでも比較を用いている。
「彼女との付き合いは足つぼマットより長く、もう出会って三年になる」足つぼマットと猫は関係があることも、さり気なく伝えているのだろう。
「僕の家はミーコも入れて六人家族だが、母さんも姉ちゃんも妹もみんな──ここに設置された足つぼマットは、足で端に避けるのが癖になっている」
家にも、似たようなものがあったことを思い出す。動線の真ん中にあると、掃除のときや通るときに邪魔なので端に移動させたい気持ちが凄くわかる。
「しかし僕の願いとは裏腹に。ミーコは僕の足元をするりと抜けると、ドアの隙間を器用に通り、洗面所から出て行ってしまった」
主人公が洗面所を使うから、出ていったのだろう。
朝食の描写が実にいい。
「胡椒のような酸味ある匂いが鼻を掠めた。その匂いに続くよう、卵独特の香りを感じ取り、僕は思わず頬を緩ませる。広々としたフライパンに油を垂らし、何かをじゅうじゅうと焼いているのが、台所に行かずとも分かった」
嗅覚を先に描くことで距離を感じさせ、頬を緩ませる体感、動きで感情を表し、想像で視覚描写をして距離を縮めて匂いの正体を言い当てる。
「普段からミステリー小説ばかり読んでいるせいだろうか。気付いたことがあると声を出さずにはいられないのだ」
情景を先に描いての語らい、そして共感。
「あら、よく分かったわね。まるで探偵みたいだわ」
盛り付けられる目玉焼き。
主人公は推理するのがすきなのだと性格付けをしつつ、
「何言ってるのよ母さん。そんなの当てずっぽうに決まってるじゃない」姉の登場。そして性格づけ。
「同じ高校の制服を纏っているにも拘わらず、まだ入学したての『服に着せられた』僕とは違って、姉ちゃんの格好はかなり様になっている」
食事をしてから着替えたほうが、汚れる心配がない。
どうしてこの家の人達は食事前に出かける支度をしているのか。それだけ時間がないのかもしれない。
家には六人いるとある。
あと一人は、と思っていると、妹がいることがわかる。
「僕には二歳の妹と、高校三年生の姉がいる。まだ妹は幼いが──つい最近、僕や姉ちゃんのことを「にいに」や「ねえね」と呼べるようになった。懸命に名前を呼ぶ妹の姿を見た時。僕だけじゃなく、あの姉ちゃんの表情までもが涙目になっていたのが懐かしい」
説明して、主人公の感想を述べている。おかげで主人公の気持ちが伝わってくる。
妹は二歳という。半年前は一歳半。もっとまえに健康に気遣う行動をしても良さそう。健康診断の数値が気になったのが半年前かもしれない。
「そろそろ梅雨が来ようとしている」
梅雨前の初夏ごろの様子が描かれているので、五月なのか。
「窓を開ければ春の匂いがしてきそうだが」「同じ高校の制服を纏っているにも拘わらず、まだ入学したての『服に着せられた』僕とは違って、姉ちゃんの格好はかなり様になっている」とあるので、四月かもしれない。
この辺りの表現にブレを感じる。
父親はすでに出勤していた。
「でもさっき、母さんに珈琲のおかわり頼んだって──」
「それはもう何十分も前の話でしょう? アンタが洗面所から出た時には、もう家を出てたわよ」
主人公は、洗面所にどれだけいたのかしらん。
何十分というのは、数十分のことだとすると、二十分くらいだとすると長すぎる。せめて五分前くらいが現実的。
かりに何十分もだと、姉だって遅刻するのではと思ってしまう。
猫のミーコがかわいい。
ちなみに「容赦なく僕の腹へ飛び乗ってくる」とあるが、このとき主人公は、かけ布団をかぶっているのだろうか。季節は春で、ひょっとすると暑くて払いのけている状態だったのか。
素直に読むのなら、後者だろう。
主人公は足つぼマットを毛嫌いしているけれど、どうして使おうとしないのだろう。
誰もいないのにテレビが付いている。電気代の無駄だと切らないのかしらん。朝食を食べながらみるのかもしれない。
それにしても母親は大変だ。高校生になる二人と父親の食事の用意をし、幼い子の面倒をもみている。主人公たちは手伝おうともしない。それでいて朝食が「味噌汁に焼き魚、それから野菜炒め。食欲の唆る最高の食事に、僕はごくりと喉を鳴らす。炊飯器に入ったご飯を盛り付ければ最後、朝食の準備は万全だ」なのだ。
味噌汁はインスタントかしらん。焼き魚も電子レンジで温めるだけでできるものだろうか。野菜炒めもあるのか。
朝は洗濯もあるし、やることが多い。なるべくなら洗い物の手間を減らしたい。
「ラップに覆われた二つの食事が目に入った。どちらもラップの上から黒の油性ペンで名前が書かれている。これを見るにまだ朝食を食べていないのは、どうやら僕と姉ちゃんだけらしい」
名前を書かないといけない理由があるのかもしれない。
量が違うとか、嫌いなものや食べれないものの有無があるとか。
「良かったじゃない、早起き出来て。丁度いいわ、天気も良いし散歩にでも行ったらどう?」
「いかないよ。今日は部屋で小説読むから」
妹の面倒を見る、という選択肢はないらしい。
「父さんは?」
「買い物を頼んだの。一時間前に出たから、もう少し経ったら帰ってくると思うわ」
父親は家事に協力的。
「まずは味噌汁から食べようじゃないか。ゆっくりとお椀を持ち上げれば、野菜の旨味を多分に含んだ濃い味噌の香りがした。この匂いを感じる度に、母さんの料理の上手さには頭が上がらない。僕は元気よく口を開け、味噌汁を食べようと動く」
母親の手作りらしい。
「突然現れた気紛れな彼女が、僕の足元で鳴き声を漏らした。此方を驚かせる気満々の勢いある鳴き方に、僕は思わず肩を震わせる。それだけじゃあない。驚いた反動で、僕は手中の味噌汁を服に零してしまったのだ。味噌を含んだ温かな液体が腹を滑る」
猫を飼いだして三年とあった。
まだ気まぐれな行動に慣れていないから、味噌汁をこぼしてしまう。学校がある日の朝食も、おなじように衣服にこぼす可能性が考えられる。制服で朝食をとるとき、飲み物をこぼすことはないのだろうか。
このとき、主人公はパジャマなのか。それとも着替えていたのか気になる。
主人公は足つぼマットが元の位置にあることに気づき、「沸き上がる疑問符と共に、謎を解明したいと思う探偵欲が溢れ出てきた。僕は拳を握り締めると、服に着いた味噌汁の汚れも忘れて洗面所を飛び出した。この謎を、何としてでも解明してやる」
目に浮かぶように、主人公の動きが描かれているのがいい。
躍動感、臨場感がある。
「僕が起床した時、父さんは既に買い物へ出掛けていた。僕は起きて早々に足つぼマットを蹴り飛ばした為、時間の関係上、父さんが犯行を行うことは不可能なのだ」
端によせていたとあったけれど、蹴り飛ばしていたのがわかる。
推理のために姉のもとにいくと朝食を取っていて、まだ朝食の途中だったこと、服を汚したことなどが、姉の言葉でわかる。
推理に夢中になると他のことは忘れてしまうところが、主人公の欠点と言えるだろう。
姉に話を聞くときの、「僕はこほん、と咳払いすると、探偵のような鋭い瞳で姉ちゃんに疑問符を投げることにした」が面白い。わかりやすくていいし、そのあとの姉の態度から「焦りを隠すためか、疑うように目を細めるその表情は、まるで言い逃れる方法を探す犯人のようだった」という主人公の主観も興味をそそられる。
疑えば、何でも怪しく見える。
このあとの表現もユニーク「だが僕は怯まない。どんな些細な異変も見逃さないよう、瞬きせずに姉ちゃんを見る。体内を流れる血液が沸騰しているのが分かった。ミステリー小説で何度も目にした状況が、いま自分自身に起きていると思うと──ワクワクせずにはいられない」沸騰はしないだろうというツッコミは置いといて、比喩として大げさな気もするけれども、それだけ主人公が推理に情熱を傾けているのが伝わってくる。
簡単に言えば、事件が起きて推理をしてからは、感情的に読んでほしいという合図だと思う。主人公の活躍を、読者に楽しんでもらうための。
「普通に端へ避けられてたわよ。ていうか、足つぼマットの話なんか聞いてどうすんのよ」
「なるほど──あくまで言い逃れを狙うつもりですか。面白いですね」
「なにも面白くないわよ。アンタいい加減にしないと蹴り入れるわよ」
探偵のときの、主人公の口ぶりが変わるのが面白い。本人は真面目だし、姉も怒ってるのだけれども、読んでいて気恥ずかしさを覚えるのはどうしてなのだろう。
「貴方は起床してすぐに洗面所へ行き、顔を洗った。犯行に及んだのはその時だ」
「はあ……?」
「僕の目はごまかせません。この足つぼマット事件の犯人は──姉ちゃん、貴方だッ!」
主人公の気持ちがよくわかるし共感し、感情移入できているので、彼が真面目で謎解きをすればするほど、決めつけるのは軽率だろうと隣りにいたら止めたくなってしまう。
姉の証言から、母親が真犯人だったのかと気付かされる展開は、ワクワクする。
主人公のいいところは「……ごめん姉ちゃん、疑って」と謝り、「僕は明白に肩を落とすと、姉ちゃんに向かって頭を下げた。無実の人を疑ってしまうだなんて、探偵失格だ」反省するところ。
「良いわよ別に。チョコレートアイスで許してあげる」
痛い出費である。
勉強料とおもえばいいだろう。
事件を整理している所が良い。読者にもわかりやすく説明し、「姉ちゃんの証言も十分な証拠になるだろうが、それだけじゃあ足りない。もうこれ以上推理ミスをしない為にも、もう少し証拠を見つけなくては」前回の反省を踏まえて、証拠固めをしていく。
何事も、初動のミスは後手に回る。
「僕は徐ろに洗濯機へ近づくと、蓋を開けて中を覗いてみる。するとどうだろう。中には、湿った服がごろりと入っていた。ビンゴだ」
その後、青いタオルをカゴに入れたのは母親だと思い至り、母親に事件の話をする。
「『これを見てください。これは洗濯カゴの中に入っていたタオルです。僕の推理だと、端へ避けられていた足つぼマットを元の位置に戻した人物は──タオルを洗濯カゴへ入れた人物と『同一人物』である可能性が高いんです』僕はタオルを持っていない方の手で母さんを指さすと、自信満々に言葉を放った。『そう、足つぼマット事件の犯人は貴方だ……! 母さん』」
探偵口調で笑ってしまう。
なぜ、読んでいると気恥ずかしさを覚えるのだろう。
長い文は五行ほどで改行。句読点を用いた一文は長くない。短文と長文を組み合わせテンポよくし、感情を揺さぶっているところもある。
一人称視点で書かれており、主人公の内面や思考が細かく描写されている。どきに口語的。会話文と地の文のバランスが良く、テンポよく読める。登場人物の性格がわかる会話文は多く、キャラクター間のやりとりが生き生きとし、ユーモアを交えた軽快な文体で、読みやすい。
日常の出来事や会話、行動が丁寧に描写され、臨場感があり、推理小説風の展開と家族ドラマが融合している。
細かな出来事を丁寧に描写し、親近感を与えて物語に引き込みながら、日常的な出来事を推理ゲームに変える少年の視点が面白い。
家族や猫との関係性が上手く描かれ、自然な会話や交流が、温かみのある雰囲気を醸し出しているのが感じられる。家族愛というテーマが上手く表現されているのもよかった。
共感しやすい人物像と、好奇心旺盛な性格がミステリー要素とうまくマッチしており、主人公の心情変化が細やかに描かれているところも共感を呼ぶ。
一番は、ユーモアと感動のバランスが良く取れているところ。
五感の描写について。
視覚は父親のスーツ姿、ミーコの姿、日差しの強さ、タオルの青色、味噌汁のシミ、姉の濡れた前髪、整えられた足つぼマット、涙で霞んだ視界、真っ赤になった顔など。
聴覚は目覚まし時計の音、ミーコの鳴き声、テレビの音声、ミーコの鳴き声、お腹の音、猫の鳴き声、足つぼマットに足をぶつける感覚、湿ったタオルの感触、咆哮混じりの泣声など。
嗅覚はコーヒーの香り、春の匂い、胡椒のような酸味ある匂い、卵独特の香り、味噌汁の香り、味噌の香りなど。
触覚はミーコの毛並み、水が顔に当たる感覚、茶碗の温かさ、強く抱き締める、暖かな温もりなど。
味覚は、朝食の描写、母の料理の美味しさ、野菜の旨味、アイスを食べるシーン。
主人公の弱みは、朝が苦手で起きるのに時間がかかること。時間管理が苦手で、遅刻しそうになる。姉に対してやや劣等感を感じている。好奇心が強すぎて、些細なことに執着してしまう傾向があり、驚きやすく、ミーコに驚かされて味噌汁をこぼしてしまう。
想像力が豊かすぎるのも弱みであり、推理に夢中になりすぎて、周囲の状況を見落し、自信過剰になりやすく、早合点して事実を見誤る。
感情表現が下手なこともあげられ、本音を伝えるのが苦手。妹の誕生により、親の愛情が薄れたと感じる不安があり、自分の気持ちを理解してもらえないと思い込んでいる。
「名探偵だ、なんて言っておきながら。幼稚な僕はただ──誰かに構って欲しかっただけなのだから」
父が買い物から帰ってきてからの展開は予想外で、読者としては意表を突かれた感じがし、ある種の驚きと意外な一面を見てしまった興奮を覚えてくる。
「高校一年生にもなっても幼稚で面倒臭い自分が、どうしようもなく惨めに思えた」と挟んでから、アイスを飼っていた父親に拗ねて見せ、反抗的な態度を取り、「父さんも母さんも嫌になる! いつもいつも忙しくて……妹が産まれてからは特に、全然僕に構ってくれないじゃないか」と声を上げる主人公。
年下ができると年上は構ってもらえなくなって寂しさを覚えるのはよくあること。
高校生にもなって、年の差が十以上も離れているのに、という疑問を、これまでの探偵ぶりをはじめとする幼稚さや性格、行動を描いているから、寂しさを抱えていたのかと気付かされる。
だから主人公は、妹の世話に関わろうとしていなかったのだ。
母親の家事の手伝いもしないのも、そのせいかもしれない。
読んでいたときの気恥ずかしさは、主人公の幼稚な一面のせいだったのかと合点がいく。
主人公の性格をより鮮明にし、年齢や外見的特徴をもう少し明確にすると、読者は親近感を持てるかもしれない。幼稚な部分はあってもいいけれども、高校一年生としての行動のギャップを、少し調整すると良いかもしれない。
主人公の良さは、「そんなに妹のことが大事なら、妹だけ可愛がってればいいのに……!」と口にした自分に対して、悪いとおもって「ご……ごめ、なさ……」といえること。
このときの内面描写が実に丁寧に書かれているのはよかった。
両親のいいのは、拗ねた主人公に「待ちなさい」といえたこと。
主人公を抱きしめて、
「すまない。不安にさせてしまってすまない」
「ごめんね……今まで気付いてあげられなくて」
態度と言葉で伝えていることだろう。
主人公が受け入れることができたのも、幼稚なところがあったからだと思う。高校生になると、こういうことは気恥ずかしさが勝ってしまい、逃げてしまうかもしれない。
実に良い家族だなと思う。
姉の立ち位置がいい。
第三者的な視点でみる役割が与えられていながら、おいしいところをもらっている。
「高校生にもなって母さんと父さんに構って貰えなくて寂し泣きするなんて。アンタもまだまだ子供ってことね」
弟である主人公の話を聞くのは姉の務め。この二人もなんだかんだと仲が良い。ちなみに、父が勝ってきたチョコアイスをみんなで食べているが、姉は二つ食べているのかしらん。
姉のキャラクターをもう少し掘り下げると、家族関係がより立体的になるかもしれない。
アイスを食べているところに、ミーコが足裏マットを持ってきている。きっと、この上でゴロゴロするのが気持ちいいのだろう。もってきたのは、家族のみんながいるところに、ミーコもいたかったからかもしれない。事件の解決後の家族の反応や、主人公の成長を示す場面があると、より深みが出るのではと考える。
最後は家族みんなが笑顔で笑い、「窓から差し込む暖かな日差しは──僕たち家族を、優しく優しく、照らし続けた」丸く収まり一件落着といわんばかりの状況描写に読後感も晴れ渡るところが実にいい。
読後。タイトルを見て、気まぐれな彼女とはミーコのことだったのかと納得した。
身近な日常を舞台にしたミステリーで、親しみやすく読みやすい作品。朝の日常が細かく描写されていて、自分の経験と重ね合わせながらよむことができた。時間のない中での主人公の焦りや家族との関係性が上手く描かれていて、共感できる部分は多かった。日常と推理要素のバランス、物語のテンポを少し調整されると、より完成度が高くなるのではと想像する。主人公を小学校高学年、姉を中学生にすると違和感なく読める人物設定な気がする。
好奇心旺盛な性格と、謎解きの過程に興味をそそられ、家族との温かい交流の中で大切さを再認識させられる。心地よい読後感だった。猫は可愛い。
余計なおせっかいとして書いておく。
「目を丸く」は一回に対し、「目を細め」「目を見開き」ともに五回、同じ表現を使っている。五感描写や比喩、感情を交えた描写をして臨場感を出しているが、月並みの言い回しを避けると、作品のレベルが上がる
一度しか使われていないが「くすりと笑う」と表現する書き手は多く、個性がない。こうした紋切り型の表現は、今後使わず書いていくと良いと考える。
「そして」「……」は余韻的な間をもたせるものだけれども、使いすぎれば効果がなくなり、水増し表現にしかならない。多用乱用は辞めるといい。
「もちろん」「しまう」「しまった」の強調後は減らす。
「という」「のほう」の水増し表現は削っても意味は通るので、以後使わないことを勧める。
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