歴代の「カクヨム甲子園」受賞作の感想

snowdrop

2017年

ショートストーリー部門

作者・七星 大賞:『この世には理解できないことがあるのか否かについての考察』の感想

この世には理解できないことがあるのか否かについての考察

作者 七星

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883661331


 氷河期により人類が滅び長い冬眠から目覚めた先輩の柳田凍哉と主人公の私は鍋をつついて問答をし、先輩が自分に恋をしていることを知る話。


 近未来のSF世界で恋愛を描いている。

 読み手に魅せつける書き方をしているのが良い。

 インタビューによると、三時間ぐらいで書かれたらしい。

 本当に書きたかったのは問答の部分で、作者の考えていることが要約されている。考えていることを何か小説で残しておきたいと強烈に思った結果、問答という形になった。

 元々は学校の部誌に載せるために書いた作品。そのときのテーマが「冬」らしさだったため、本作となった模様。前半部分を書き終えたとき、問答部分と全く繋がらないラストでは納得できず、「冬」から想像を広げた。叙述トリック的な要素は偶然ピッタリはまった部分が大きい、とある。


 主人公は冬眠から目覚めた部活の後輩。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。

 主人公の視点で語られているものの、映像的な描写は少ない。

 二人の会話と、主人公の地の語りでできている。


 からめ取り話法と、女性神話の中心軌道にそって書かれている。

 柳田凍哉と主人公は、同じ部活の先輩後輩の間柄。

 氷河期を迎えた真冬の学校に忘れ物を取りに行った主人公は、そのまま遭難し、奇跡的な確率で冬眠してしまう。意図的に冬眠をした部活の先輩に笑いながら起こされ、おそらく学校内の一室で「この世には理解できないことなんて何もないよ。全ての事には意味があり、救いがある。人を救うのに理由はなくとも、そこに信念があるように」とカッコいいことを言う先輩と鍋パーティーをしながら問答をしている。

「この世に理解できないことはあるのか否か」をテーマに主人公は、「先輩は恋がどのようなものなのか」「人にとって一番大切なものは」「自分の大切な人が二人、死にそうだとして、先輩ならどちらを救いますか?」と質問する。

 先輩は「もちろんだ」と答え、「それは信じること」「どちらも救おう。あるいはそれができないのなら、僕も一緒に死のうじゃないか」ときっぱり答える。

 締めのうどんを鍋に入れながら、「先輩は何故、この世界で生きているのですか?」「私が眠っている間に世界は終わっちゃったし……みんな、死んじゃったのに」「どうして、意図的に冬眠なんてしようと思ったんですか? 私と一緒に生きようなんて思ったんですか?」と先輩に問いかける。

 先輩は「俺は世界を救いたかったんじゃなくて、お前を救いたかったんだ」とはっきり答える。

 自分を殺せばよかったのにと嘆く主人公に、「俺が君と問答をしたいと思うのは」「俺にとって君に問いかけてもらえることは、君に毎朝起こしてもらえることと同じくらい、価値があるというだけだ」と、先輩にうどんの入った皿を差し出される。

 理解の難しい先輩と生きていたいようだと自身を理解してうどんを飲み込んだとき、主人公は先輩が自分に恋をしていることに気づく。問いかければ、「何を今更」と少し乾いた、楽しそうな声を先輩はあげるのだった。


 ショートストーリーであっても、三幕八場の構成で書かれている。

 一幕一場の状況説明では、先輩と鍋パーティーをしている。

 二場では問答をしていて、今日は「この世に理解できないことはあるのか否か」について。

 二幕三場の最初の課題では、恋と人にとって一番大切なものについて先輩に説明してもらおう。四場の重い課題では、自分の大切な人が二人いてどちらを助けるかについて説明してもらう。

 五場の転換点では、氷河期を迎えた人類は終末を迎え、冬眠している間に世界が終わってしまったことが明らかになる。

 六場の最大の課題では、どうして先輩は意図的に冬眠しようと思ったのかを説明してもらう。

 三幕七話の最後の課題、どんでん返しでは、先輩は自分を救いたかったと答える先輩に「私を殺せばよかったのに」と呟く。

 八場の結末では、先輩が自分に恋していることに気づき、「何を今更」と楽しそうに笑われる。

 良い作品は必ずといっていいほど、三幕八場で書かれている。


 書き出しの、先輩のセリフがいい。

「この世には理解できないことなんて何もないよ。全ての事には意味があり、救いがある。人を救うのに理由はなくとも、そこに信念があるように」

 タイトルの答えであり、本作の結論を明示している。

 いわゆる、オチの一歩手前を読み手に冒頭で見せて興味を引かせながら同時に、本作はどういう話なのか、をさり気なく伝えている。

 ただし、読み手にはまだなにもわからない。

 だから、どういうことだろうと思って先を読み進めようとする。

 すると主人公の語りから、先輩の名前が明らかになり、二人は鍋パーティーをしているのがわかり、「ほとんど活動なんてあってないような部活なので、毎日こんな感じだ。訳あって、私と先輩以外の部員はいないのだけれど……まあいわゆる、幽霊部員というやつだ。仕方がない」と、状況が少しずつ明らかになっていく。

 なんだろうなんだろうと読者に興味をもたせて、先へ先へと読み進めさせる書き方は上手い。


 二人は毎日、部活で鍋パーティーをしている。

 他の部員は訳あって幽霊部員。

 しかも「仕方がない」といっている。

 これだけで、十分おかしく、モヤモヤした。

 先輩後輩はわかっても、見た目、年齢がわからない。

 通常、毎日鍋パーティーをするのは中学や高校ではないし、大学生かなと、読み手にあれこれ考えさせていく。

 いくら読んでも、状況説明はあっても、人物や風景描写などない。

 なにかしら隠しているのが伝わってくる。

 叙述トリックなのかしらん。

 ショートストーリーは字数が少ないため、描写も少なくなる。

 だから描写が少ないのかもしれないと読み手はある程度理解してしまい、気にならず読み進めてしまう。

 ショートストーリーを上手く利用して描写を減らし、こっそり謎を忍ばせておく書き方は巧みだ。


 気になったのは、先輩が哲学的なセリフを逡巡することなく、はっきりといい切って、主人公にこたえているところ。

 部活の先輩と後輩だけしかわからないので、主人公たちが高校生なのか大学生なのかすらもわからない。

「かっこいいこと言ってるような言ってないような感じがデフォルトなのは、私の先輩、柳田凍哉さんだ」とあるけれど、大人びた感じから、主人公とかなりの年齢差があるのではと邪推した。


 とりあえず一昨日、昨日、今日と問答をしている。

 おそらく、主人公が出会った(目覚めた)のは三日前だろう。

 今日の問答は「この世に理解できないことはあるのか否か」。

 主人公はそう理解して先輩に投げかけたのは、恋について。

 前々日のやり取りで、「世界に人間は必要か」「人間は冬眠はできるのか」と、自分たちが置かれた状況に関する問答をし、「必要だから自分たちは生きている」「冬眠できたから目を覚ますこともできた」と一応の結論にたどり着いたはず。

 毎日鍋パーティーをしていることから、衣食住はなんとかなっており、諸問題をクリアしているので、二人しか生きていない世界で恋について話をするのは順当かもしれない。


 恋という表現に若干引っかかる。

 好き嫌い、もしくは愛を使ってもいいのではと邪推してみる。

 先輩の言い方が哲学的なので、好き嫌いは俗っぽい。

 愛でもいい気がする。が、愛よりも軽めである「恋」を主人公が選んだのは、恋愛経験がないから。あるいは、恋に似たものを抱いている相手を前にしているからか。


 鍋に白菜や人参、魚、うどんが入っている。

 非常食にそれらがあったのか。それとも見つけたのか。

 花型の人参は、先輩が切ったのかしらん。

 きっと、先輩が切ったのだ。

 後輩に恋している先輩だから、後輩を喜ばせるために飾り包丁をしたにちがいない。

 先輩にとっては、恋というより、愛かもしれない。


 つまり、先輩の哲学めいた言動も、鍋のおかずをよそって渡す行為も、主人公を恋するゆえのもの。

 はっきりと言い切ることで、不安を抱いている主人公に大丈夫だと伝えているのだ。


 主人公が不安をいだいているのは、「……私を殺せばよかったのに」というセリフからもわかる。

 偶然にも学校で冬眠してしまった主人公は、意図的に冬眠した先輩によって起こしてもらい、三日間鍋パーティーをしながら、どんな世界になったのかを先輩から聞いたに違いない。

 みんな死んでしまい、助かって目覚めたのは先輩と主人公のふたりきり。これまでの文明も滅んでしまった。

 そんな世界で目覚めてもどうしていいのかわからず、いっそ死んでしまいたいと心のなかで思っているから、先輩に「私を殺せばよかったのに」と呟いたのだ。

 きっと、冬眠から目覚めて先輩から状況を聞いたあとも、呟き続けていたに違いない。

 だから先輩はずっと、言動や行動、態度をつかって主人公の不安を取り除こうとし続けているのだろう。

 

 主人公が「真冬の学校に忘れ物を取りに行ったまま遭難してしまって、奇跡的な確率で冬眠してしまった私みたいな人」と語っている。

 どんな忘れ物だったのだろう。

 先輩は意図的に冬眠しているので、後輩が冬眠してしまった事実を知ってから行動したはず。

 世界が氷河期になったのは一瞬ではなく、少しずつだったのだろう。

 学校が氷漬けとなり、中に後輩がいることを知り、意図的に冬眠に入った。冬眠カプセルみたいなものがあったのだろうか。自分も学校に入って冬眠したのか。

 先輩はどうやって冬眠から目が冷めたのかしらん。

 氷河期が終わったのだろうか。

 

 過去百万年の地球の気候変動を調べると、気温の低い氷河期と気温の高い間氷期がくり返し起こっており、氷河期と間氷期を合わせた期間は約十万年。ただし、氷河期が八~九万年程度と長いのに対し、間氷期は一万年程度と短かいのが特徴である。

 太陽と地球の距離の変化や地球の自転軸の傾きの変化によって、地球が太陽から受け取るエネルギーが変化することでくり返し変動をおこすと発見されており、現在は間氷期。しかも、すでに一万年が経過しているため、氷河期に移行することになる。

 ただし、人間活動によって二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガス濃度が急激に増加していため、地球が太陽から受け取るエネルギーが減っても、温室効果ガス濃度の増加によって気温の低下が起こらないと多くの科学者が予想している。

 あくまで現在の予想であって、地球の気温を決める仕組みはまだ解明されていないことが多く、今後も地球は必ず温暖化し続けると断定はできない。

 それはともかく、氷河期は八~九万年程度続く。

 二人が目覚めたのは、氷河期が終わって間氷期に入ったから、かもしれない。


 描写が少ないため、映像的なものが見えにくく、ジャンルは近未来SF。ますます現実味が薄まるはずなのに、本作から現実味を感じるのは、二人の問答部分があるから。

「この世に理解できないことはあるのか否か」をテーマに恋についてや、一番大切なものとはなにかなどを語り合っている。

 これらの内容は、至極真っ当で理想論であり、綺麗事でもある。

 はたして恋とは、言葉では全てを説明することはできない感情のことだろうか。かんぜんに説明できたら恋ではないし感情ですら無いと断定できるものなのか。

 恋とは〇〇だと断言できる場合、主観なので、万人が納得できる解答かといえば違うはず。『ミステリと言う勿れ』にでてきた、人の数だけ真実は存在するけど事実は一つ、と同じ。

 人の数だけ恋は存在するので説明するのは無理だけど、たしかに誰かになにかに芽生える感情は恋だと、先輩は語ったのだろう。

 そのあとに述べた具体例は、主観の恋の形であり、先輩が思っている恋である。

 つまり先輩は、主人公を笑顔にさせたい、主人公が体験した嬉しいことを一番に伝えてほしい、辛くて泣きたくて同しようもないとき主人公に側にいてほしいこと、主人公に起こしてもらえたならその日一日生きていられると、答えている。

 ある意味、先輩は告白しているのだ。

 人に大切なのは信じること。先輩は主人公を一番大切だと信じて疑っていないと告げている。

 自分の大切な人が二人、死にそうだとしても、先輩はどちらも救おうという。できなければ一緒に死のうといい切る。

 大切な主人公、この場合、過去の主人公と今の主人公の二人と仮定する。冬眠から目覚めて不安な主人公を救おうとしている先輩は、真冬の学校に忘れ物を取りに行って冬眠した過去の主人公を救おうと、意図的に冬眠している。

 つまり先輩は、大切な人である主人公の過去と今、どちらも救おうとしているのだ。「全ての労力をつぎ込んで、血の滲むような努力をして、そうして二人とも救う」と本気で思っているから。

 だから、この世界でどうして生きているのかと問われて「死ぬのが怖いと泣く後輩が、冬眠から目覚めた世界でひとりぼっちで生き続けなくて済む。それ以外に、理由なんて必要あるか?」「俺の話を聞いてるか? 俺は世界を救いたかったんじゃなくて、お前を救いたかったんだ」につながるのだ。


 はじめから先輩は、言動も行動もブレずに来ている。

 いろいろなやり取りを経て、主人公が最後にようやく先輩が自分に恋をしていると気がついて言葉にしたとき、「何を今更」と楽しそうに笑うのだ。ようやく、自分の想いが伝わった瞬間だったから。


 本作の主人公は、本当は先輩なのだ。

 少年小説(漫画)の主人公とは、ブレることなくわが道を進んでいく姿を描いていく。先輩がまさにそう書かれていた。


 読後、タイトルを読み返す。

『この世には理解できないことがあるのか否かについての考察』の答えとして、「この世には理解できないことなんて何もないよ。全ての事には意味があり、救いがある。人を救うのに理由はなくとも、そこに信念があるように」冒頭に繋がるのだ。

 良い作品とは、冒頭に繋がるように書かれているという。

 本作が大賞を取れた所以でもあろう。


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