魂の焼却(SFショートショート集)

星宮獏

魂の焼却

「癌が身体中に転移しています」

「大変申し上げにくいですが、ユーリさんの余命はあと数ヶ月ほどと考えられます」


医師はあくまで冷静に、職業的口調で私にそう告げた。


最初、私はその言葉の意味することがよく分からなかった。変な夢を見ている気分だった。しばらくして隣で妻のリナが泣き崩れた。心のダムが決壊したような泣き方だった。私はそれを見て、ようやくこれが夢ではなく現実であることを理解した。

そうか、あと数ヶ月で死ぬのか、と私は思った。私の人生は30歳を迎えないうちに終わるらしかった。私は目の前が暗くなり、がっくりと項垂れた。


医師は、患者や家族のそういった反応を見慣れている様子だった。医師はしばらく待ってから、私たちにある提案をした。


「保険が適用されないので非常に高額になりますが、電子頭脳に意識をアップロードするという選択肢はあります。いわゆる電脳化です」

「義体と接続すれば、自由に動くこともできるでしょう」

「そうすれば、メンテナンスを怠らない限りは生きることができます」




     *




私たちは家に帰って、電子頭脳に意識をアップロードするべきかを話し合った。身体の自然な寿命を受け入れるべきではないのか。もしアップロードに失敗したらどうするのか。私たちは迷った。


それから数日後、私は身体が衰弱してきたタイミングで意識をアップロードすることを決めた。それは一番には、生への執着を手放すことができなかったからだ。その執着の中身は主に、リナへの愛情だった。


「私の身体が義体に変わっても、愛してくれる?」

「もちろん。わたしはずーっとユーリが大好きだよ」


リナはそう答えた。それを聞いて私は、安心してこの肉体と別れられる、と思った。


やがて病状はどんどん悪化し、体力が落ちて歩くこともままならなくなった。そろそろ頃合だな、と私は思った。もはやボロボロで苦痛しかもたらさない肉体に未練はなかった。私は電脳化の予約を取り付けた。


6月12日。ついにその日がやってきた。私は最終同意書にサインし、リナと抱き合った。もしアップロードに失敗したら、これが今生の別れとなるだろう。そう思うと私の身体は震えた。やがて電脳技師がやってきて、私を麻酔で眠らせた。




     *




目を覚ました。病室の天井が目に入った。


「おはよう、ユーリ」


リナはそう言いながら涙目で笑った。私もつられて泣きそうになったが、カスタマイズされていない義体の身体では泣けなかった。


「おはよう、リナ。愛してる……」




     *




目を覚ました。真っ暗で何も見えなかった。まだ眠りの続きにいるみたいだった。ここはいったいどこなんだろう、と私は思った。私は手探りで周囲を確かめた。そこは何かの箱の中のようだった。

しばらくして私は、自分がまだ義体の中に移っていないことに気がついた。


「ここから出してくれ!!」


私はわけが分からないまま叫んだ。何度も叫んだ。しかしその声は誰にも届かなかった。やがて私は叫び疲れて、荒い息で暗闇を見つめた。

そのとき私ははっと悟った。私の意識は私の肉体に依存しているのだから、私の肉体に意識が残るのは当然のことなのだと。電子頭脳に移されたのはあくまで私のコピーに過ぎないのだ。


私は、この技術を開発した科学者の愚かさ、あるいは悪意に心の底から絶望した。棺桶を殴る手に血が滲んだ。やがて焼却炉に炎が吹き上がった。私が人生の最後に感じたのは苦痛だけだった。

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