カノンと夢の世界

白猫のロンド

第1話

「それでね、あたしとすずなは、このくにのおひめさまなんだよ」

「るりとうち、どっちがおねえさん?」

「ふたご!」

「るりひめ、きょうはどこへいこうかしら?」

「すずなひめ、いっしょにどうぶつえんにいきましょう」

 …

 ……


 ☆ ☆ ☆


 幸せな夢を見た。

 まだ、私たちが小さかった頃の夢。親友だった頃の夢。

 鈴菜と、もう一度。仲良くなれるなら、私はなんでもする。


 日曜日。

 部活もない。

 今までなら、鈴菜と遊んでいただろう、日曜日。


 鈴菜は目を覚まさない。

 身体は完全に回復したはずなのに、目を覚まさない。

 私は謝れない。

 鈴菜が起きるまで、私は鈴菜に謝れない。


 クローゼットを開けて、古びたクッキーの缶を取り出す。

 鈴菜と過ごしていた時間の詰まっている箱。

 私の宝物。

 鈴菜からもらった手紙、一緒に海に行った時に拾った綺麗な貝殻。

 お揃いで買ったペンダント、一緒に撮った写真。

 大切に、大切に、想い出と一緒にしまった物たち。

 いちばん下に、箱に入れてしまってある物。

 私と、鈴菜の、魔法のお守り。

 2人で一緒に作った、魔法のお守り。

 その中から一つ、今日も取り出す。

「黒竜の血の杖」

 呟いたその声は、すぐに雨の音でかき消されていく。


 ☆ ☆ ☆


「るり、みて!このき、かっこよくない?」

「どこでそれみつけたの?」

「こっち!きて!」

「すずなはすごいよね」

「そんなことないよぉ?」

「すずな、かえったらこれで、まほうのつえつくろう?」

「いいよ!」


 ☆ ☆ ☆


 細長い流木を削ってもらって、おもちゃを少し加工した竜の頭のついた杖。

 お気に入りのビー玉を竜の口にはめてある。

 私は瑠璃色、鈴菜は黄色。

 鈴菜のことを思い出していたら、いつのまにか涙が流れていた。

 手の甲で涙を拭って、黒竜の血の杖を持ち直す。

 一緒に入っていたノートも取り出す。

 魔法のお守りに関するお話、設定の書かれているノート。


『黒りゅうの血のつえ

 いにしえのま道ほかんこから発見されたつえ。ばい体はりゅうの血だと伝えられている。

 このつえでは世界の書き直しができる。

書き直しrewrite」と言ってから「もしもあの時〜」「もしも◯◯が〜」と言うと書き直せる。

 ただし、あまりに大きい変化を起こすことはできない。

 ま法を使うたび、ま力がへっていく。

 ま力ののこりは、つえの周りのま石でかくにんできる。』


 黒竜の血の杖で、私たちは些細なことから世界を書き換えた。

 もちろん、想像の中でだけど。

 雨がいっそう激しさを増す。

 雨雲のせいで暗くなった空に、稲光が走る。

 私は、あの頃を思い出した。

 窓を大きく開けて、身を乗り出す。

書き直しrewrite!」

 雨粒が顔に当たる。

「もしも私が、もう一度鈴菜に会って、あのことを謝れたら!」

 大きな音。この近くに、雷が落ちたのか。

 かき消されないように、精一杯の声で叫ぶ。

「もしも、鈴菜の意識が戻ったら!」


 ☆ ☆ ☆


「るり、たすけて…」

「わははは!そんなこといってもむだだ!おまえはだれにもたすけだせない!」

 あたしはそういいおわると、すぐにひょうじょうをかえて、「わるもの」から「ゆうしゃるり」にかわる。

「すずな、かならずたすけにいくから!」

 すずなは「すずなひめ」から「ははうえ」にかわる。

「ともだちをたすけるためなら…わたしはあなたをおうえんします」


 ☆ ☆ ☆


「お…き…」

 何かが聞こえてくる。

「おい!起きろって!」

 あれ?

 いつのまにか寝ていたみたいだ。

「お前、起きるの遅すぎ!俺が何分待ったと思ってるんだ?」

 声がする。誰?

 それに、窓の外が明るい。いつのまにか雨が止んで晴れている。

「こっちだ!俺を見ろ!」

「カ、ノン?」

 枕元にいるうさぎのぬいぐるみ、カノンが話している。

 普通ならおかしいはずなのに、それをなぜか私は当然のことだと思っていた。

「そうだ!俺の名前はカノン!お前のぬいぐるみだよ!」

「カノン?なんで話せるの?」

「なんでって…」

 そう言いながらカノンは呆れたように笑った。

「お前がそうからだろ?」

「作った?」

 作るって、何を?カノンを作ったのは私じゃなくてお母さんだし…

って言った方がわかりやすいか?」

 設定。そうだった、カノンはわたしのーー


 ☆ ☆ ☆


「すずな、みて!」

「うさぎさん?」

「おかあさんがかってくれたの!」

 …

 ……

「よお!おれさまのなまえはカノンだ!よろしくな!」

 ひくくこえをつくったすずなが、カノンのてあしをうごかす。

 それがたのしくて、あたしははしゃいでわらう…

 …

 ……


 ☆ ☆ ☆


「そうだ!カノン、私の使い魔!」

 幼い頃の記憶が蘇ってきた。

「そうだ、思い出したか?」

「でも、なんで、ここにいるの…?」

「あー、なんつーかなー、説明すると長くなるからなー」

カノンがめんどくさそうに言った。

「まあ、とりあえず外行こうぜ?見た方がきっと早いからなぁ」

見た方が?

よくわからないうちに、私はカノンに連れ出された。

「んなわけで、ジャーン!見覚えあるだろ、ここ」


そこには、パステルカラーの、おとぎ話の世界が広がっていた。

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