ミッション2 雪辱

 我々は窮地に陥っていた。しかし、今は生き延びるために最善を尽くすしかない。


「前衛班、遊撃班、白兵戦用意、壁を背にして半円陣を組み、後衛班はその中から支援射撃。全員火器を持っている敵を優先して攻撃せよ。アンダーソン、直接支援の出来る位置にトータス急行せよ。」

 私は矢継ぎ早に命令を出した。


 ともかく増援が来るまで持ちこたえられれば・・・


「中隊本部。第一分隊はヴァンパイア約50体の包囲下にあり。至急増援を請う。」


「マクシモアだ。予想とは違ったようだな。第二分隊とスカウトヘリ小隊を急行させている。7分以内に到着の予定だ。それまで健闘を祈る。」


 中隊長の言葉には皮肉のかけらが混じっているようにも思えたが、考えすぎかも知れない。忠告を退けたのは私の方だったのだ。それよりあと7分、なんとしても最小限の犠牲で持ちこたえさせなければならない。


 殺到するヴァンパイアの群の中に立て続けに爆発が起こり、数体がなぎ倒された。アンダーソン中尉がトータスのオートグレネーダーで、対人榴弾による間接射撃を始めたのだ。


 後衛班長の高千穂中尉も直接照準でオートグレネーダーを撃っている。


 ナオミ・シュナイダー少尉は.300レミントン実包のSR-3狙撃銃で銃器を持つ相手を選んでは正確な射撃を続けていた。


 後衛班のもうひとり、長身の黒人、ケリー・ランクエル准尉はSMG-2・7.62ミリ軽機関銃を掃射し、接近しようとするヴァンパイアを足止めしていた。


 しかし、支援射撃がいかに強力でも、ヴァンパイアはなお数に勝り、不死身の生命力で多少の負傷などものともせず、包囲の輪を狭めつつあった。


 後衛班を除いた前衛、遊撃、そして指揮官の私とアテナは半円陣を組んでめいめいが接近するヴァンパイア達に相対していた。


 前衛班の出雲鏡子特務曹長は彼女専用の特殊兵器、「ビブラソード(正式名称はVibrating Super Sonic Linear Mortar Drive Swordという)」と呼ばれる剣を駆使し、電光石火のごとき素早さでヴァンパイアの体を切り裂き、打ち倒していく。


 前衛班長のワン・パイフー中尉は拳法の技でヴァンパイアの間を出雲に劣らない早さで駆け回り、素手でヴァンパイアの頭蓋を砕き、心臓を貫いている。素手でヴァンパイアと戦えるのは、「銀の剣」でも彼だけかも知れない。


 ジェニファー・ストラットフォード少尉はヴァンパイアに組みついて、.44マグナムリボルヴァーRP-4で頭や心臓に零距離射撃を加え、一体ずつ確実に仕留めている。


 ワン中尉と彼女だけがリボルヴァ―を使っているのは、零距離射撃ではオートマチックでは誤動作を起こす危険があるからだ。


 ベルナルド中尉、カーライル少尉、デクレール准尉、そしてトンブ曹長からなる遊撃班と私、アテナの戦術は、接近する敵にはカービンで集中射を浴びせ、至近距離に迫った敵には.45ACPオートマチックAP-2をヴァンパイアの頭や胸に撃ち込むというものだ。


 私は正直、驚かされていた。「銀の剣」戦闘第一分隊の兵士達の実力に、である。超人的、そう言って良いほどに彼らの戦い方は凄まじかった。彼らの実力を過小評価していた自分が恥ずかしかった。


 もしかしたら勝てる・・・かも知れない。私の心に希望がわいてきた。増援の来援予定時刻まであと三分。第二分隊の接近はすでにディスプレイのGPSマップで知ることができた。


 「ザカリアだ。あと3分ほどで敵の背後に出る。それまで持たせてくれ。」

 まもなく第二分隊長のザカリア・サイモンセン大尉から連絡があった。


「ありがとう、待っています。」

 私は答えた。


 その直後、負傷者発生を知らせる信号がディスプレイに入った。前衛のストラットフォード少尉だ。見ると左手からかなりの血を流している。敵のナイフか何かで切られたらしい。


「ジェニファー、退がりなさい!」

 私は思わず、彼女をファーストネームで呼び、彼女に駆け寄った。


「あ、隊長、大丈夫です。ほんのかすり傷ですから。」

 彼女は私の方を振り向いて微苦笑を浮かべて答えたが、


「命令です、退がって手当をしなさい。」

 私は繰り返した。


「わかりました。」

 彼女は短く敬礼して、左手を押さえながら半円陣の内側に退がっていった。


 そして私は.45オートを抜き、ジェニファーがいた位置で守りについた。

「隊長、そこは危険です!」


 アテナが言ってきたが私は答えなかった。

 自分の過誤で部下を危険に晒した以上、自分は自分の命に代えても部下を守る義務がある。そのときの私はそう思っていた。


 私はナイフを抜いて斬りかかってきたヴァンパイアの左胸に.45ACP弾を立て続けに5発撃ち込んだ。ヴァンパイアは夥しい量の鮮血を吹き出し、その場に崩れ落ちた。


 倒した! 私はそのとき初めて自力でヴァンパイアを倒した。


 興奮に酔いかけていた私の耳にアテナの警告が飛び込んできた。

「隊長、左前方を!」


 私が、その方向に顔を向けると、こちらにライフルを向けているヴァンパイアの一人が目に留まった。私の目は驚愕で大きく見開かれた!


「ザカリアだ。たった今・・・」

 サイモンセン大尉の通信が入った直後、私は頭部に強い衝撃を覚えた。


 次いで、視野が暗く閉ざされ、私の記憶は途切れた・・・


 ・・・その晩、時差ボケのせいもあったが、二十時間もの昏睡からさめると、眠れなくなっていた。私は昨日の戦闘のことを繰り返し思い出し、翌朝まで眠りにつけなかった。


 翌朝、私は顔を洗おうとして鏡に向かい、初めて自分の頭を見た。私が密かに自慢にしているセミロングの黒髪は頭頂に団子のように結い上げられ、頭の周りには包帯がぐるぐる巻きにされていた。


 そのとき私は鏡に映ったその姿が自分のものであることも忘れて吹き出してしまった。ミラルカの仕業に違いなかった。


 看護兵が持ってきた食事を平らげた後、私は決意を新たにして制服に着替え、病室を出た。


 行き先は司令室。目的はシュナウファー司令に会うこと。


 時間は午前九時五分。まだ勤務時間外だったが、司令が不在だなどとは考えもしなかった。


 内線電話一本で済むことだったが、私はあえてアポを取らず、直接司令室に向かった。


 ドアの前でインタホンを押すと、司令部主任オペレーターのマリア・ポニアフトスキー少佐が出た。


「戦闘中隊第一分隊長の水無瀬少佐ですね。どういったご用件で?」

「司令に会って申し上げたいことがあります。」

 私はぶっきらぼうに答えた。


 数秒の沈黙の後、ポニアトフスキー少佐から返答があった。

「どうぞ、司令がお会いになるそうです。」


 司令室の電子ロックがはずされドアが左右に開くと私はつかつかと奥に踏み込んだ。


 司令の隣に座っていたポニアトフスキー少佐は私の顔を見た瞬間思わず顔を歪めたが、口には出さなかった。


 私は司令室の一番奥にあるシュナウファー司令のデスクの向かいに立ち、直立不動で敬礼してから言った。


「水無瀬です。お願いがあって参りました。」

 司令は私が部屋に入ってきたことにも気づいていないのかのように(そんなわけもあるまいが)、端末に向かってなにやら入力し続けていた。


「シュナウファー司令!お願いがあります。」

 私は多少語気を強めた。


「聞こえている。何かね?」」

 ようやく顔を上げて私と顔を合わせた司令の顔は相変わらずポーカーフェイスだった。


「一昨日の任務での失敗のことでお詫びにあがりました。」

 私も努めて感情を出さずに切り出した。


「任務は完全に達成された。君に責任はない。」

 司令は視線をディスプレイに戻して淡々として答えた。


「完全に達成、とおっしゃいますが、私は功名心に逸って己の未熟さから自分の分隊を危機に陥れました。今の私には『銀の剣』戦闘分隊指揮官としての資格はありません。」

 私は胸につかえていた思いを一気に吐き出した。


「それで?」

 司令は顔も上げずにただ一言言っただけだった。


「次の任務で満足のいく指揮ができなかった時には『銀の剣』を、いえ、軍を辞めさせていただきます。」

 それが一晩悩んだ末の私の結論だったのだ。 


 司令はちらと一瞬だけ私と目を合わせ、数秒だけ間を置いて一言言った。

「好きにするがいい。」


 私はもう一度敬礼すると、きびすを返して司令室を出た。シュナウファー司令は先ほどもだが今度も答礼しなかった。そういう人なのかも知れない。


 司令室を出ると、廊下の壁に肩をもたれかけさせて、戦闘中隊中隊長のマクシモア中佐が立っていた。私の顔を見て微笑を浮かべた。


「あ、中隊長、おはようございます。一昨日の夜は私のせいでご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」

 私は敬礼を解いた後、深々とお辞儀した。日本人の性かも知れない。


「堅苦しい挨拶はこの隊の気風にそぐわないぞ、水無瀬少佐。」

 中佐は相変わらずにやにや笑いを浮かべながら言った。


「その顔からすると、司令に除隊させて欲しいとでも言ったのかね?」

「え、なぜそれを?司令室は完全防音なのに」

 私は正鵠を射抜かれて動揺した。


「ふむ、簡単に心理を見抜かれるのは指揮官としては経験不足だな。やめるのは勝手だが、特殊戦部隊指揮官として君がこれまで教育を受けてくるのには地球連邦市民の莫大な血税が使われてきたことは忘れずにおきたまえ。」


 それだけ言うと、私と入れ違いに中佐は司令室に入っていった。


 後から考えてみると、私が司令と面会中に、中隊長はインタフォンでポニアトフスキー少佐と話して、中の様子を聞き出していたのではないか?だとすると中隊長はやはり私より役者が上だと感じずにいられなかった。


 私にとっての雪辱の機会は頭の包帯が取れないうちに訪れた。


 十二月十三日十九時三十分、新宿区内、と言ってもかつて「新都心」と呼ばれた場所からは離れた場所にあるビジネスホテルがヴァンパイアの襲撃を受け、宿泊客、従業員計百四十七人が人質に取られた。


 ホテルジャックである。


 都警察は同日二十一時、「銀十字軍団」極東支部に出動を要請した。


 我々「銀の剣」は事件発生から刻一刻事件経過の情報を収集していたが、同日二十一時十五分、「銀十字軍団」極東管区司令部の出動命令を受けて、ただちに作戦会議を召集した。


「ポニアトフスキー少佐、状況を説明したまえ。」

 開口一番、シュナウファー司令は例によってポーカーフェイスで告げた。


「はい、事件の概要は皆さん既にご存じと思いますので、要点のみ説明します。事件当日、当ホテルには世界脳外科学会のシンポジュウムの参加者百人余りが宿泊していました。よってヴァンパイアゲリラ達の目的は無差別テロではなく、当初から世界のトップクラスの医学者を誘拐することにあったと考えられます。すでにヴァンパイアは人質全員とともにヘリと旅客機で州外に脱出させることを要求しています。」

 司令部チーフオペレーターで情報担当士官のポニアトフスキー少佐は知性を感じさせる張りのある声で我々に語った。


 続いて主任参謀、パク中佐が立った。

「作戦を説明する。情報によればヴァンパイアは人質を一階ロビーに集めて監視しているらしい。戦闘第二、第四分隊は支援車両とともに正面玄関前に展開し、ヴァンパイアの動きを牽制する。その間に第一分隊は汎用ヘリ小隊で屋上にヘリボーンを強行し、中央エレベーターの空洞を通って、二楷まで降下、階段からヴァンパイアの背後に奇襲をかける。第二、第四分隊は第一分隊に呼応して、玄関より突入、人質を保護した後、第一分隊とともにヴァンパイアを挟撃し、これを殲滅する。第三分隊は非常時に備えて待機する。以上。」


 二十三時十五分、第二、第四分隊と中隊長の指揮車、アンダーソン中尉だけが乗る第一分隊のトータスは二機のアウルに分乗して一足先に出撃していった。


 トータスに乗るアンダーソンを除く我々第一分隊は敬礼でそれを見送った。


 十分後、我々は汎用ヘリ小隊のUH-2ブラックシャーク一機に搭乗し、出撃した。


 残りのブラックシャーク二機も同時に発進したが、この二機は屋上で戦闘になった場合の支援と、我々のヘリボーンの陽動となるために用意された。


 ヴァンパイア達はヘリでの逃走を要求している。ヘリのローター音がすれば屋上に注意を向けることはわかっている。上空の気流が悪くて屋上への着陸は困難、という理由を付けて低空飛行して見せて我々の降下を欺瞞するのが主な目的だ。


 もしそれが成功せず、ヴァンパイアに気づかれた場合は、作戦の遂行は極めて困難なものとなるだろう。


 飛行中、中隊本部と第二、第四分隊がホテルの玄関前に到着したと連絡があった。続いてヴァンパイアは一階ホールで人質の監視に当たっている以外動きは見られないこと、ホテルは全館停電させられていることも伝えてきた。


 やがて眼下に目標のホテルが見えてきた。幸い、屋上に人影は認められなかった二番機、三番機は欺瞞行動のために高度を下げ、ホテルの周りを旋回し始めた。


 我々の乗る一番機は屋上へ垂直に降下して接地した。我々は直ちに機を降りてエレベーターに向かった。


 ヘリのパイロットである汎用ヘリ小隊の隊長マクガイア少佐には、万一に備えてアイドリング状態で待機するように告げた。


 屋上のエレベーター扉にたどり着いた私は思わず頭から血が引くのを感じた。操作パネルのランプが点灯している・・・つまりエレベーターの電源が入っている!


「どういうこと?館内は全館停電だったはずじゃ・・・」

 私は思わず叫びかけ、語尾を飲み込んだ。


(ヴァンパイア達は屋上から脱出しようとしている・・・・我々が降下しようとしているエレベーターで今にもここまで上ってくるかも知れない!)

 同時にそう思った私は恐慌に捕らわれかけ、冷静を取り戻すべく努力した。


「館内には非常用の自家発電機があります。ヴァンパイアはおそらくそれを使ってエレベーターに電力を供給しているのでしょう。」


 分隊随一の特殊工作の専門家、カーライル少尉が意見を述べた。今回の強行突入作戦の正否は彼の技術に頼るところが大きい。


「分隊長、どうなさいます?」

 相変わらず無機的な口調で副長のアテナが問いかけてきた。


 私は思わず唇を歪め、マクシモア中佐に指示を求めようとした。


「中隊長、水無瀬です。現在屋上エレベーター前ですが、」

「現場指揮官の判断に任せる。」


 私が言いかけた途端、にべもない返事が返ってきた。分隊内の無線はすべて中隊指揮車に傍受されているのだった。


 隊員達の多くが不安げなまなざしで私を見ていた。私は決断を下した。

「迷っていても状況は悪くなるだけだわ。予定どおり作戦を決行します。カーライル少尉、エレベーター坑道降下の準備を。」


「了解。」

 カーライル少尉が答えると他の隊員にも再び緊張感がみなぎった。


 カーライル少尉他数名の隊員は、油圧で閉ざされているエレベーターを特殊なジャッキでこじ開けにかかった。


 ランプの表示を見ると、ケージは一階に停止している。


 我々はエレベーターの坑道をロープで降下し、ケージのわずかに上にある二階のドアを内側から開いて二階に出る予定だった。むろん隠密裡にだ。


「念のためワイヤーロープを切断しますか?」

 カーライル少尉が問いかけてきた。


 ケージを吊っているワイヤーを切れば、エレベーターは使えなくなるが、そのためにヴァンパイアに気づかれる危険もある。


「やめておきましょう。今は時間の方が貴重です。アテナ、先陣の指揮を。私はしんがりを務めます。」

 私はカーライル少尉に答え、副長のアテナに命令を下した。


「了解」

 ただちにアテナはカーライル少尉、前衛班のうちのワン中尉とジェニファー・ストラットフォード少尉とともにワイヤーシャフトに固定したロープを伝って暗い坑道を下っていった。


 ジェニファーが前回の戦闘で負った傷は私よりはるかに重傷だったはずなのだが、彼女は何事もなかったように今回の任務にも参加している。(私は女性の部下をファーストネームで呼ぶことが多く、文章中でもそうなっていることをお許し願いたい)


 やがて、

「二階のドアを開放、廊下に出ました。」

 と、アテナから通信があったときには私は内心少しだけ安堵した。


 ただちに第二陣として前衛班の残り一人、出雲鏡子特務曹長と遊撃班の残り、ベルナルド中尉、デクレール准尉、トンブ曹長が降下していった。


 彼らの二階到着の通信を受けて、後衛班の高千穂中尉、シュナイダー少尉、ランクエル准尉とともに私は暗い坑道を滑り降りていった。


 やがて眼下に薄明るいものが見え、こじ開けられた二階のドアと知れた。


 そのエレベーター前の床に我々最後の四人が二階に降り立とうとした直前、いきなり床が持ち上がった!


 いや、一階にいたケージが上昇し始めた。我々はその上に乗ってしまったのだ。


「跳びなさい!」

 私はそう叫ぶと同時に自分もドアの外へと跳び出したが、勢い余ってうつぶせになって床に着地してしまった。


 ふと顔を上げると先に着いていた隊員達が心配そうに私の様子をうかがっていた。左右を見ると、後衛の三人は皆、自分の足で立っていた。ケージはとっくに通り過ぎていた。


「危うく胴体切断は免れたようね。」

 私は立ち上がりながら、照れ隠しのつもりで言った。隊員達からは忍び笑い声が漏れた。


「隊長、ケージは屋上に向かっていますが・・・」

 アテナは相変わらず冷静な顔で私の注意を喚起した。


(いけない、屋上にはヘリが!)


 私はすぐにアテナの言わんとすることに気づき、ヘリに連絡しようとしたが、その寸前、


「ブラックシャーク1はただちに屋上から待避してください。ヴァンパイアが屋上に向かっています。第一分隊は予定通り任務を遂行してください。」


 と、いう中隊指揮車のオペレーター、ミリアム・・・マーガレット中尉の通信が割り込んできた。繰り返すが、隊内通信はすべて中隊指揮車に傍受されているのだった。


「了解。」

 と、だけ私は答えた。


 二階から一階へ降りる階段は三カ所。予め決めてあったとおり、分隊を三分して、三カ所から同時に攻撃をかける。


 Aチームは私をリーダーに、出雲特務曹長、カーライル少尉、ランクエル准尉。


 Bチームは副長のアテナ・へレーネ大尉をリーダーに、ワン中尉、デクレール少尉、ナオミ・シュナイダー少尉。


 Cチームはベルナルド中尉をリーダーにストラットフォード少尉、トンブ曹長、高千穂中尉、と各チームとも前衛、遊撃、後衛各班の混成で各四名ずつの構成だ。


 アテナの指揮するBチームは北棟階段、ベルナルド中尉の指揮するCチームは南棟階段、そして私が直接指揮するAチームは中央階段から攻撃をかける。


 私はB・C各チームに持ち場に急ぐように促し、自分はAチームを率いてエレベーターにもっとも近い中央階段へと周囲を警戒しつつ近づいていった。


 やがて、

「南棟階段前に到着しました。」

 と、いうベルナルド中尉の報告にすぐに続いて、


「北棟階段に達しました。」

 とのアテナからの報告を受けて、私は分隊全員に命令を発した。


「突入開始!」

 私の号令と同時に我々Aチームは中央階段を踊り場まで駆け下りた。


 B・Cチームも同時に行動を起こしているはずだ。

「第一分隊は速やかに階段付近の敵を排除、第二、第四分隊は正面玄関から突入してロビーを制圧、人質を保護した後、第一分隊とともにヴァンパイアを挟撃、これを殲滅せよ。」

 中隊長、マクシモア中佐の通信が入ってきた。


「第一分隊了解。」

 私が答えた時、我々は踊り場に達していたが、そこで一階から急速に近づいてくるヴァンパイアの姿を暗視装置で認めた。


 周囲は暗闇に近いが、聴覚に優れた彼らは我々の足音を察知して行動を起こしたのだろう。


 その数は10体。これまでの偵察でヴァンパイアは約二十体と推定されていたから、その半数に相当する。


 その数が正確であったかどうかはわからないが、ロビーに最も近いこの中央階段に敵が集中することは最初から予想していたことだ。


 我々Aチームは踊り場の手すりを遮蔽物にして上体だけを出し、ヴァンパイアと至近距離での射撃戦を開始した。


 私と遊撃班のカーライル少尉はAR-4Cカービンを、後衛班のランクエル准尉はLMG-2 7.62mm軽機関銃を立て続けに撃ちまくった。


 前衛班の出雲特務曹長は、白兵戦専用の武器であるビブラソードしか装備しないため、後方に待機している。


 ヴァンパイアもその装備はライフル、サブマシンガン、拳銃と様々だが、全員が銃器を装備していた。整然とした動きからも、先日世田谷で遭遇したグループよりはかなり練度が上と思われた。


 (「銀十字軍団」諜報部の調査によると、関東周辺には少なくとも7グループ以上のヴァンパイアゲリラが活動しているという)。


 たちまち数人が階段に取り付き、撃ち返してきた。


「敵を制圧できなくても構いません。ここに釘付けにできれば、B、C、どちらかのチームが先に突破できるはずです。」

 私はAチームの部下に告げた。


 こちらに多数の兵力を割いていると言うことは、B・Cチームには相対的に少ない兵力しか回していないはずだからだ。


 ただし、敵の総兵力が予想以上に多ければ、この仮定は成り立たなくなるのだが・・・


 我々は階段を上ろうとしているヴァンパイアに集中射撃を浴びせた。


 だが、何発も命中弾を受けて血塗れになりながらも、ヴァンパイアは執拗に前進を続けようとし、さらには銃弾を撃ち返してくる。


 脳か心臓に直撃弾を受けでもしない限り、ヴァンパイアを殺すことは出来ないのだ。破壊力の大きいセミジャケットホローポイント弾を使ってさえそうなのだ。


 敵の銃火も熾烈だった。ランクエル准尉が左上腕部に被弾した。

「大丈夫!?」


 思わず問いかけたが、この無口な黒人の大男は中腰の姿勢で機関銃を構えたまま微動だにせず、

「・・・・はい。」

 と、小さく答えただけで、再びヴァンパイアに銃口を向けて引き金を引き絞った。


 HUDディスプレイの表示でもイエローシグナル(軽傷)であったので、私は彼の戦闘続行を認めた。彼の受けたのはサブマシンガンの弾だったようだ。


 しかし、まもなくしてカーライル少尉も被弾した。彼の被弾箇所は右の二の腕で、しかも受けたのはライフル弾だったようで、多量の出血をしていた。


 ディスプレイのシグナルもレッドが点灯した。私は彼にただちに後方に下がって応急処置をするように命じた。


 これで私のチームの射手は私とランクエル准尉の二人だけとなった。ヴァンパイア達も相当に被弾しているはずだが、まだ戦闘不能になった者はいない。


 グレネードランチャーで麻痺弾を使えれば、少しは時間を稼げるのだが、麻痺弾に充填されているガスは、人間に対しては量によっては命に関わるほど毒性が強く、ガスマスク内蔵のヘルメットを装備している我々はともかく、一階ロビーには100人以上の人質がいる。この場所では危険すぎて使用できない。


 残る手はひとつしかない、と私が決意したとき、それまで私の背後で身をかがめていた出雲特務曹長がすっくと立ち上がり、私に呼びかけた。


「隊長、あたしを前に出させてください!」

 私が決意したのはまさにそれだった。


「許可します。ただし、深追いはしないように。」

 私の言葉を聞くや否や、鏡子は踊り場から一階への下り階段へ飛び出していた。もちろん手にはビブラソードを構えている。


 それから数秒の間に鏡子はヴァンパイアをすらはるかに凌ぐ稲妻のような早さで、階段の途中まで上ってきていたヴァンパイア達の間を跳び回り、ヴァンパイアの肉体を次々とを切り裂いた。


 鏡子が踊り場へ飛び退いた時には、4体のヴァンパイアが肉塊となって崩れ落ちていた。残ったヴァンパイアは明らかにたじろいで、階段の下へ後退した。


 出雲鏡子は白兵戦のエキスパートであるが、最初から戦闘に投入すると敵の集中攻撃の的となり、誤射する危険もあるので、予備戦力として温存していたのだが、絶好機に期待通りの働きをしてくれた。


 鏡子が後方に下がった後、我々は射撃を再開した。残る敵6体は鏡子を警戒してか、階段を無理に上ろうとせず、階下から撃ち返してくるだけになった。


 こちらでは、カーライル少尉が応急処置を終えて、.45オートマチックを左手に構えて戦闘に復帰した。どのみちこの階段を突破して一階の出口から出ない限り本格的な治療は受けられないのだ。


 私は彼の戦闘参加を許可するしかなかった。


 まもなくランクエル准尉の射撃で胸に集中弾を受けたヴァンパイアが一人倒れた。


 残るは5体。


「Bチーム、へレーネ大尉です。北棟階段を突破し、一階通路に達しました。ヴァンパイア五体を処理しました。」

 アテナからの通信を聞いて私はようやく少しだけほっとすることが出来た。


「了解。Bチームは通路上の敵を排除しつつ、中央階段に向かい、Aチームと挟撃体制を取るように。」

 私はそうアテナに命じた。


 あとは、Cチームと正面玄関から突入したはずの第二、第四分隊の戦況次第だ。


 ほどなく、第二分隊のサイモンセン大尉と第四分隊のコドワ大尉からの無線を傍受した。


「第二分隊より、一階ロビーの人質を全員無事に保護した。」

「第四分隊、ヴァンパイア5体を処理。」


「了解、第二、第四分隊は人質の護衛を残し、第一分隊の支援に回れ。」

 これは中隊長の通信だ。


「Cチーム、ベルナルド中尉より、南棟階段を突破、ヴァンパイア6体を処理。ただちにAチームの支援に急行します。」

 ベルナルド中尉の通信が終わらぬ内にアテナらBチームの四人がヴァンパイアの背後に現れ、射撃を開始した。


 この時点で決着はついたと言って良い。やがて第二、第四分隊の主力とCチームが現れ、完全に包囲されたヴァンパイアはまもなく殲滅された。


 一階に降り立った私はサイモンセン大尉とコドワ大尉に短く敬礼してから、マクシモア中隊長に報告した。


「一階のヴァンパイアを第二,第四分隊とともに殲滅しました。指示を願います。」

「了解。第二、第四分隊は上階を順次捜索して残敵を掃討せよ。」

 マクシモア中佐はそう言ってから少し間を置いて後を続けた。


「第一分隊は人質を護衛して正面玄関から出て、人質を救急隊に引き渡すこと。負傷者は治療を受けよ。それで任務は終わりだ。ご苦労。」

 その言葉を聞いた私は、全員無事、でもないが、ともかく一人も欠けることなく再会できた分隊の仲間達を見渡して、安堵の溜め息をついた。


 ともかく我々の今夜の戦闘は終了したのだ。


「汎用ヘリ分隊は攻撃準備をして屋上に接近、もし敵と遭遇したときはこれを殲滅せよ。」

 突然、シュナウファー司令の声が入った。


 本部からだ。そうだ、我々とすれ違いに上階に上って行ったヴァンパイアの行方は分かっていなかったのだった。


 ロビーに着いた我々は、護衛として残っていた第二分隊の隊員と交代し、人質にされていた世界脳外科学会の宿泊客とホテルの従業員を誘導して正面玄関を出ると、そこには第二、第四分隊の装甲車、中隊指揮車の他に第一分隊の装甲車、トータスも止まっていた。


 操縦手のアンダーソン中尉が車を降り、我々に駆け寄ってきた。敬礼を済ませると、アンダーソン中尉が興奮した様子で私に言った。


「隊長、お疲れさまです。」

「ありがとう・・・・みんなもね。」

 私は途中で振り向き隊員達をねぎらった。


 我々は解放された人質を連れて、少し離れたビルの陰に待機していた都の救急隊のところまで歩いていった。幸い人質の中には担架を必要とするような重傷者は一人もいなかった。


 ただ、ヴァンパイアに監禁されていたことの精神的重圧による疲労は強かったようだ。人質は全員が救急隊に引き渡された。無論、ヴァンパイアウイルスに感染していないかどうかを調べるのも大きな目的だ。


 ビルの角を曲がると、都の救急隊の前に見慣れた車が止まっていた。「銀の剣」医療班の車だ。その前ではミラルカが私たちを待っていた。


「ご苦労様。無事で何よりね。」

 ミラルカはサファイアの瞳で私を見つめ、口元に柔らかい笑みを浮かべた。


 その表情には私の安否を本気で気遣ってくれていたことが感じられ、私はこの年下の友人にかつてない親近感を覚えた。


 我々はそこで、第一分隊の隊員の内、重傷1名、軽傷2名の負傷者を救護班に引き渡して、残りの隊員とともに、後からついてきたトータスに搭乗して首都高速に乗り、そこでアウルに乗り込んで、朝霞駐屯地への帰路に就いた。


 機内で、私は後ろに乗っているアテナに話しかけた。

「ねえ、アテナ、教えて欲しいことがあるんだけど。」


「なんでしょうか?隊長。」

 アテナの返事はいつも通り素っ気なかった。


「今日の任務は成功したといえるかしら?」

「敵を殲滅、味方に死亡者は無し、人質は全員解放という結果からすれば成功といえるでしょう。ただし、人質の中に感染者がいないかどうかは検査の結果を待たなければ分かりかねますが、それは我々の任務の範囲外でしょう。」


「じゃあ、質問を変えるけど、私の指揮は正しかったと思う?」

「これ以上完璧な指揮はない、とは言えませんが、十分に適切な指揮であったと思います。あえて言うならば、敵の反撃がもっとも激しいことが予想されていた中央階段を担当するA班の人員をもう一人か二人増やしておけば、負傷者をもう少し減らせたかも知れません。けれどこれは、B、C班の突破を速やかに行わせるために必要だったことで、間違った戦術とは言えないでしょう。それより・・・」

 アテナが珍しく口ごもった。


「それより、何?」

 私は答えを促した。


「隊長の着任直後の任務の時より、隊員が隊長を信頼して行動したことが大きかったのではないでしょうか。私はそう思いますが。」


「私を・・・信頼?」

 普段、アンドロイドのように人間味の希薄なアテナの口から、信頼という言葉が出てくるとは思わなかった。


「みんなが私を信頼してくれている?アテナ、あなたも?」

 私は驚きを押さえきれずに問い返した。


「はい。私は隊長を信頼しています。」

 アテナの言葉にはいつになく人間味が感じられた。


「・・・ありがとう。」

 そう言ったきり、私は黙り込んだ。胸にこみ上げそうになるものを必死に押さえていたのだ。


 いつの間にか制動がかかり、我々は基地に着いたことを知った。

 時間は午前一時を回っていた。


 ヘリポートでアウルから降りると、近くに人影が立っているのに気づいた。長身痩躯のその人物が誰かはすぐにわかった。


「戦闘第一分隊、ただいま帰還しました。」

 私はシュナウファー司令に敬礼しながら報告した。


「ご苦労。」

 司令は例によって答礼はせずに短く答えた。


「では、これで失礼します。」

 私はきびすを返して立ち去ろうとした。


「待ちたまえ、水無瀬少佐。」

 司令の声に私は振り向いた。


「何でしょうか?」

「それで・・・」


「は?」

「どうするつもりかね?」


 司令の言葉の意味はすぐに分かった。

「はい。やめません。やめられなくなりました。」

 私は知らぬうちに笑みを浮かべて答えていた。


「そうか。」

 それだけ言うと司令はきびすを返してすたすたと歩み去った。


 私は分隊の仲間達の元に戻った。

「隊長、司令と何を話していたんですか?」


 デクレール准尉が興味深そうに話しかけてきた。気が付くと分隊の皆が私の顔を注視していた。


「別に・・・そう、私は信頼できる部下を持って幸せだってことよ。」

 私がそう答えると、隊員達の顔にはにかんだ笑みが浮かんだ。


「本日の任務は現時点を持って完了、全員解散!」

 私が命ずると、隊員達は三々五々、宿舎に帰って行った。


 私はひとりヘリポートに残り、南の空を降り仰いだ。凍てつく空には冬の星座達が光を放っていた。

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