第05話「勇者の鎧」

「プロダクションZUN-DA所属、新居田あらいだ 玲菜れいなです。本日はよろしくおねがいしまーす」


 WDO(世界ダンジョン管理機構)のカードキーで、ドアに『新宿1号ダンジョン』と書いてある部屋に入った玲菜れいなは、海流かいるに向かってにこやかにあいさつする。

 しかし、後ろでオートロックが閉まるのと同時に、ほかに人がいないことに気づいて笑顔をやめた。

 

「……ちょっと、スタッフさんは?」


「え? いないけど?」


 カバンからドローンを取り出して、充電を確認していた海流は、顔も上げずにそう答えた。

 学校指定のジャージでしゃがみこんでいる同級生を見て、「動きやすくて汚れてもいい格好で」と指定された上下スウェットの玲菜は、腰に手を当ててため息をつく。


「じゃあ誰が撮影すんのよ」


「これ」


 スイッチを押すと、スッとドローンが浮かぶ。

 ふわふわと頼りなく浮かぶドローンを見て、玲菜は困惑した。


「CG合成とかモザイクとかは? リモートで処理するの?」


「CGじゃないって! 全部オレがやるよ。魔法で」


「本気で言ってる? 魔法とか」


「本気も本気。勇者レイナ魔王オレの魔力すげぇの知ってるだろ」


「そりゃ前世で魔王カイルの魔法には手を焼いたけど……って、まさか今も使えるの?!」


「ま、ダンジョンの中だけな」


 プレミアム公開まで時間がないからと、打ち合わせもなく海流はダンジョンの入口へと向かう。

 部屋の中央にある緑色ともオレンジ色ともつかない謎の光の前で、海流は振り返った。


「とりあえず行こうぜ」


「あ、うん」


 海流にうながされ、ダンジョンの入り口に手をかざす。

 二人の『紋章』が謎の光と同期すると、一瞬で周囲の景色が変わっていた。

 真っ白く、ドア一つ以外何もない部屋だったはずが、暗く、じめじめとした鍾乳洞のような場所になっている。

 ぼんやりと発光する薄緑色のコケ類に照らされ、思った以上に遠くまで続くダンジョンがよく見えた。


「魔力管制開始。ステータス管理。光源発生。モンスター感知」


 海流の声とともに、二人の頭上にまぶしいほど明るい光球がぽんと浮かぶ。

 玲菜の見ている前で、海流の周辺にARで表示したようなステータスウインドウがいくつも開いた。


「隠匿開始。放出魔力制限。シールド展開。ドローン制御開始」


 海流の顔が金属製のマスクで覆われた。

 同時に学校指定のジャージが、マントを羽織った『しんかい』の衣装に変わる。

 急に涼しくなった気がして玲菜が自分の服を見ると、かわいらしい白の上下スウェットがなくなり、まるでマイクロビキニのような面積の小さい鎧に変わっていた。


「ちょっ! と! まてぇぇぇい!」


「なんだ? 気にしなくていい。シールド展開しただけだ」


「シールドって! どう考えても露出増えてるでしょ!」


 下乳も、へその下の勇者の紋章も、お尻から太ももまですべて丸見えである。

 水着撮影が終わったばかりでムダ毛の処理はしてあるし、紋章は勇者と魔王以外の人間には見えないとはいえ、玲菜は胸を腕で隠し、小さくなってしゃがみこんだ。


「え? あ!」


「バカ! エッチ! スケベ! エロ! 変態! なにすんのよ!」


「いや、前世の。ほら、お前が着てた。あれだ、勇者の。あの鎧だぞ、それ」


 特に深い考えがあったわけではなく、自分と同じく前世の衣装を再現しただけだったのだ。

 前世では特に気になることもなかった鎧だが、改めて見たその露出の多い格好に、海流も目をそらして、しどろもどろに答える。


「うっさいバカカイル! いいから早く布面積増やせ!」


 玲菜も海流に言われて思い出していた。

 確かにその鎧は前世の玲菜が着ていた『勇者の鎧』だった。

 こんな裸同然の格好で戦ったり街をうろついたりしていたのかと思うと、顔から火の出る思いがする。

 前世の分まで文句を上乗せして罵倒する玲菜を見ないようにしながら、海流はもう一度魔法を発動させ、鎧のデザインを変更した。

 ゲーム好きの海流が次に設定したデザインは、手に入れたばかりの「ドラゴンファンタジー18」に登場する女戦士の鎧。

 ほとんど肌の露出のない重戦士の姿にホッとして立ち上がった玲菜を見て、海流はもう一度魔法を使い、元のデザインに肌を隠す布を追加しただけの鎧に変更した。


「なんでまた勇者の鎧これなのよ! 確かに布は増えてるけど!」


「いや、さっきのはゲームの鎧だから著作権がな……」


「なんかまだエロい気がする」


「もう時間がない。とりあえず今回はそれでたのむ」


 気が付けばプレミアム公開まであと10秒。

 海流はドローンを操作し、配信の準備を整えた。

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