第03話「見知らぬ、天井」
「……知らない天井だ」
目を覚ました
ベッドの上。蛍光灯は消えていて、午後の日差しが差し込んでいる。
体を起こそうとして頭に走った痛みに、思わずうなり声をあげた。
「大丈夫?」
顔を横に向けると、心配そうにのぞき込む
その向こうから、養護教諭の先生が立ち上がる。
ライトで瞳孔を調べたり、記憶障害などの検査を一通り終えると、先生はほっとしたように笑った。
「階段で滑って手すりにぶつかったんだってね。新居田さんが連れてきてくれたんだから、ちゃんとお礼しなさいね」
海流には初耳の話であったが、とりあえず聞き流しておく。
先生は書類に何やら書き込むと、報告のために職員室へと向かった。
午後の授業中。保健室はシンと静まり返っている。
やっと痛みが治まってきた海流は、ベッドの上に体を起こした。
「……で? 誰が滑って手すりにぶつかったって?」
「ごめ~ん。だって『モップで殴りました』なんて言えないでしょ。部活的にも、芸能活動的にも」
「それは俺が弱みを握ったって思っていいか?」
冗談めかした海流の言葉に、玲菜は突然真剣な表情を向けた。
「ほんと嫌なやつね、魔王カイル・ヴァレリアス」
「え? 新居田……お前記憶が?」
「あなたの紋章を見た後、断片的にね」
玲菜は海流のシャツをめくり、魔王の紋章に指を這わせる。
紋章はゆっくりと明滅していた。
玲菜は立ち上がり、恥ずかしそうに顔をそむけながら、スカートをずり下げる。
制服の下から現れたグラビアと同じ白いお腹には、剣の形をした勇者の紋章が同じように明滅していた。
「どうして? 紋章は子どものころからあったし、何度も撮影だってあったけど、今まで誰にも見えなかったのに」
「オレだってそうだ。魔王と勇者、その二人にしか見ることはできないんだろうな」
魔王と勇者。
その言葉を聞いて玲菜はストンと椅子に座る。
うつむき、泣きそうな顔を両手で覆うと、小さく肩を震わせた。
「……ねぇ魔王」
「なんだよ」
「あたしたち、また戦わなくちゃいけないの?」
「……なんで?」
「え?」
「え?」
二人は見つめあい、しばらく時間が流れた。
何度も「え?」「え?」と繰り返し、首をかしげる。
それは最後に玲菜が立ち上がるまで続いた。
「なんでってなんでよ! あなた魔王でしょ?」
「元な。元魔王」
「あたしは勇者じゃん!」
「だから元な。元勇者」
「じゃあ戦うでしょ!」
「……なんで?」
「あーもう! らちが明かない!」
「らちが明かないのはそっちだ。なんで元勇者と元魔王だからって戦わなきゃいけないんだよ。今はただの同級生だろ」
「え? それでいいの?」
毒気を抜かれて、玲菜はもう一度椅子に座る。
頭痛がぶり返した海流は、頭を抱えた。
少しの間、頭痛に耐えるように顔をしかめる。
やがて顔を上げると、海流はまっすぐに玲菜を見つめた。
「いいも悪いもあるか。今オレたちが戦って何のメリットがあるんだよ」
「……わかんない。前世の因縁とかじゃないの?」
「お前はどう思ってるかわからないけど、オレにはそんなもんないよ」
「あたしだってないよ。そもそも今日まで勇者だった時の記憶なかったんだし」
ふぅっと大きく息を吐いた海流は「じゃあいいだろ」と笑う。
玲菜も同じようにふぅっと息を吐くと、輝くような笑顔を海流に向けた。
「なぁんだ、悩んで損しちゃったな」
「まぁな、で、それはそれとしてだ」
「なに? まだなにかあるの?」
「まだってなんだよ。そもそもお前を屋上に誘った理由をまだ話してないだろ」
海流はベッドから足を下ろし、玲菜と正面から向き合う。
午後の授業が終わる鐘が鳴っていた。
息を整えるように、海流は目を離さないまま深呼吸をする。
ゆっくりと手が伸び、玲菜の手を取った。
「レイナ……」
「う、うん」
「オレと――」
握りしめた手を引き、海流の顔が玲菜に近づく。
玲菜の喉がごくりと大きな音を立てた。
「――ゆずチューブでコラボしてくれ。お前なら絶対ダンジョンに入れる。補償する」
「……はぁ?!」
その時、保健室のドアが「バァン!」と音を立てて勢いよく開いた。
何人かのクラスメイトがなだれ込む。
「海流! 大丈夫か?!」
「あー! お前ら何やってんだ!」
「こ、これは看病よ! 看病!」
玲菜は握られていた手を思いっきり振り払い、海流をベッドに押し倒す。
無理矢理ふとんをかぶせ、起き上がろうとした海流の頭をスパーンとたたくと、海流は悶絶した。
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