第21話 伯爵の華麗で順調な人生
やっとここまで来た。
屋敷の2階の部屋の1つに入り、本棚のカラクリを動かす。姿を現した扉を開けると狭い階段が現れ、隠し部屋へと行ける。
先々代の当主であったお祖父様が屋敷の建設の際に造った特別な部屋。当主になる者だけが伝えられるその部屋へとワタシと護衛数人、新たに闇ギルドで雇った暗殺者数人、そしてとある組織の者が数人で向かう。
逸る気持ちを抑え、狭い階段を降りるとこれまた細い扉が現れた。
その扉を護衛が開けると部屋には縛られ身動きを取れなくさせた小娘と、その小娘を連れて来た闇ギルドの者が待っていた。
「コレが目的の村娘なのか?本物で間違いないんだろうな。『
容姿は聞いていた通りではある、が一応本物なのか闇ギルドで呼ばれている名で明るいピンクの髪色をした女に問い掛ける。
「もっちろ~ん!確認したしぃ、間違いないよ!」
腕利きだからと雇ったが、この軽い物言いにはイラつく。
共にこの部屋に来たもう1人の闇ギルドの者は、紺色のローブに身を包んだ男という事と『
「ハハッ、そうか…」
だが、それだって今は些事に過ぎない。自然と口角が上がり、喜びが笑い声として溢れる。
先々代の伯爵家当主だったお祖父様が、ロームート公爵派閥では王位まで届かないと見限り、忠臣であった事で得られる情報を利用してラフィシルト公爵派閥に売る事で取り入った。
先代のお父様も、表ではロームート公爵派閥の忠臣として動き、裏ではラフィシルト公爵派閥に情報を売り続けた。
そして今代のワタシ、ビクター・ヴォギュエもお祖父様とお父様の仕事を受け継いで今まで動いていた。
だが、それも限界が来ていた。長年の情報はラフィシルト公爵派閥を助けるのと同時にロームート公爵派閥では裏切り者探しがされていた。早く正式にラフィシルト公爵派閥に認められなければ自分の家は裏切り者として断罪されてしまう。
『
そう焦っていたワタシのところにラフィシルト公爵令嬢からされた依頼を断る事などできなかった。
ちょっとした不正をした貴族家を騎士団団長の地位を使い、幾つも潰したあの第3王子にバレたら間違いなく家は潰され、ワタシの命で償わされるハメになるだろう。奴等の目を掻い潜る為に慎重に動かざるを得なかった。
だがワタシは成し得た!
これでワタシはラフィシルト公爵派閥に正式に入る事になり、いずれは国家の……
「……ヴォギュエ伯爵?」
「グフフ、フフ、ハハッ!………ああ、すまない。少々取り乱してしまったようだ」
あまりの喜びで周りが見えなくなっていたワタシを呼び戻したのは、長く取引をしている商会『幸運の証』の者だった。
『幸運の証』は、主に裏社会で商売をしている商会だ。奴隷売買に力を入れており、奴隷は口減らしに売られた者から商会が拐ってきた者まで様々で人種や年齢を含め多種多様な者が売られている。その上奴隷には、何かしらのデメリットの替わりにメリットが貰える魔術刻印の中でも、奴隷側にメリットがほぼない違法な刻印をして、商会や購入者の情報が他者に吐けないようにしている。
「いえいえ、ご贔屓にして頂いているヴォギュエ伯爵の、伯爵家の悲願が達成されようとしているのですから致し方のない事でございます」
何処かの闇ギルドの者と違い丁寧な言葉使いで話す商会の男、確かアシェルとか言うまだ若い者の対応にやはり伯爵家当主に対する態度はこうでなくては、と頷く。
「そうか。そうだな!お前達とはそれこそお祖父様の代からの関わり、これからも宜しく頼むぞ」
「勿体なきお言葉、ありがとうございます」
恭しく頭を下げるアシェルとその部下に優越感を感じつつ、今回の取引内容を話す。
「今日はこの小娘の事についてだ」
「そうなのですか?奴隷、にするにしては伯爵の好みからは逸れておりますが…?」
以前『幸運の証』で購入した豊満な胸の奴隷達とは見目が違う小娘に首を傾げるアシェルに、確かにワタシの好みとは外れているなと思う。これが終わったら新しく奴隷を買おうか。
「コレは捕まえて本人だと判ればもう価値はないのだよ。誰にも悟られぬ場所にコレが行ってくれればいい」
「畏まりました。ふむ、見たところ顔も悪くはありませんし何より若い。直ぐに買い手がつくかと」
「それは良かった!…だが、くれぐれも貴族には売らないでくれ」
「それは…いえ、承知致しました」
ラフィシルト公爵令嬢の望みはこの小娘が2度と第3王子に近付けなくする事だ。貴族家に買われてしまうと、忌々しくも不正貴族の逮捕を何度もしている第3王子に見付かる可能性がある。万が一を考えて貴族家に売るのは控える事を条件にした。
深くは訊いて来ないアシェルの対応はやはり贔屓にしているだけはある。何処かの闇ギルドの奴等も見習って欲しいものだ。
「貴族の方以外にも、若者というだけで欲しがる方は多くいらっしゃいますのでご心配には及びません」
「ならばいいのだが」
アシェルの言葉に貴族以外の売り先を思い出す。
量を買うと言われているのは
確かに男の容姿なぞどうだっていいが、女は若く美しい方がいいだろう。目的が違うにしても理解できん。
だが、死体すら残したくない存在がいる時には役立つようだ。気味が悪い事は変わらんが。
「それで、買い取りに致しますか?それとも…」
「ワタシが金を払おう。これは前金だ」
これからもそういった時はそいつらに死体を寄越すのも良いのかもしれないと考えていたワタシにアシェルが訪ねる。
「おお…!ありがとうございます」
前金がたんまりと入った袋をワタシの従者に渡されたアシェルは笑顔を浮かべ、頭を下げた。
「契約が完了したら、残りも渡そう」
「このような大きな取引に我ら『幸福の証』を利用頂き、ボスも喜んでおられるでしょう」
「ハハッ、これからは大きな取引も増えるさ。では、ワタシは先に戻っている」
「はい。…お前達、商品を運ぶぞ」
アシェルに言葉を返し、ワタシは
ソファーに座り、従者が淹れた紅茶を飲みながら契約書にサインした後の未来に思いを馳せる。
「契約書にサインをすれば、ワタシは…」
ラフィシルト公爵の腹心となった未来。
現王家を殺し、王座を得ようとしたラフィシルト公爵を殺し、ワタシが王座に座る未来。
ラフィシルト公爵令嬢を我が奴隷として使う未来。
好みの女を全てワタシの奴隷にして毎日豪遊をする未来。
「フフッ、グフフ、ハハハッ!」
何処までも広がる夢に笑いが止まらない。
ワタシの未来は何処までも明るく続いている。
契約書へのサインを早くしたくなったワタシの下にちょうどアシェルが隠し部屋から出て来た。
「ヴォギュエ伯爵。お待たせ致しました。では……その契約書にサインして頂ければ契約は成立となります」
座らせたアシェルは早速契約書の話をする。高揚した気分のまま話を聞いたワタシは哀れな小娘を見る。アシェルの部下に運ばれている小娘は魔法でも使われているのだろうぐったりとして動かなかったが、そこにいると見えただけで笑みが溢れた。
「ああ!この契約は未来を変える素晴らしい物となるだろう!」
契約書の内容を軽く確認したワタシはペンにインクを浸け、サインを…
「うふふっ!」
「…なんだ?」
「い~え?なんでもないよ?」
『夢色蝶』が突然笑った事で、出鼻を挫かれたが、気を取り直してサインを……いや。
「コレは意識はあるのか?」
「いえ。睡眠の魔法を掛けたましたので意識はございません。契約内容を商品に知られるワケにはいきませんので」
「そうか…」
「……ですが、魔法ですので少しだけなら意識を取り戻してしまうかもしれませんね」
流石というべきか、ワタシの考えを察したアシェルが部下に指示を出しワタシに頷いた。
折角の機会だ。このたった1人の小娘のお陰でワタシは新たなる地位を手に入れる事ができる。少々感謝を述べてやろう。
近づいてもピクリとも動けない小娘に、ハッキリと聞こえるように言う。
「貴様が捕まってくれたお陰でワタシは求めていたモノに手が届く。我ら伯爵家の悲願だ。お祖父様もお父様も喜んで下さるだろう。ワタシを恨むなよ?恨むのなら、王子などと言う高貴な身分の方と結婚できると思った貴様を恨め。その隣はもう決まっているのだからな」
本当に意識があるのか不安だったが、婚約者がいる事を匂わせた時に一瞬ピクリとしたのを見て口角を上げた。
「まったく、これだから平民は貴族同士の契約である結婚に割って入るなど、野蛮な思考だな。いや?平民に現を抜かした第3王子の方もだ。こんな何もない平民を選ぼうとするとは、野蛮には野蛮がお似合い、という事か」
第3王子も罵倒したが、反応らしきものはない。つまらなく思いつつ、この夢現な小娘に現実を突きつけようと宣言する。
「だが…残念だったなぁ?貴様の待つ王子様助けには来ない!」
この小娘に会いに行く前に部下から報告が上がっていた。
迷宮都市リュスペにて第3王子が騎士団長をしている第6騎士団のエンブレムが描かれた鎧を纏った者達が昨日から迷宮都市内部を走り回っていると。何処にもいないこの小娘を探し回っているのだろう。
報告を聞いたワタシはあまりの想定通りの動きをした第3王子に笑ってしまった。
これなら迷宮都市から領地を挟み、離れた場所にあるこのヴォギュエ伯爵領にいるとは思うまい。まあ来れたとしても、深い堀に囲われた上に邸へと行ける橋には大勢の兵がいるため突破は不可能だろうがな。
だが、勝ち誇り嗤うワタシの耳に直接囁くように声が聞こえた。
「誰が来ないって?」
その声に振り向いた瞬間、
「なっ!?風!?」
「当主様!…ご無事ですか?」
窓が割れ、暴風が部屋で吹き荒れた。
あまりの強風に体制を崩したワタシを従者と『幸福の証』の者が受け止め、闇ギルドの者達が窓の外にいる存在を警戒して戦闘の準備をした。
「流石~!ってやつかなぁ?」
「・・・・・」
『夢色蝶』も『氷鼠』も一見普通に立っているように見えるが、纏っている気配が変わっていた。
いや、それよりもだ。
今では輸入禁止となった妖精族の羽や人魚族の鱗を使った装飾品。他にも様々な物が飾られた部屋の状態を見たワタシは我慢出来ずに風が止んだ室内で立ち上がる。
「クソッ!何者だ!ワタシの屋敷を壊してタダで済むと思うなよ!!」
そして下劣な犯罪者に宣言したワタシの前にふわり、と飛んで姿を現したそいつはワタシの言葉が聞こえなかったかのように、見えていないかのように、部屋のある一点を見ていた。
「迎えに来たよ。私のお姫様」
月明かりを背に微笑んで言ったその者の輝く金髪と緑色の瞳を神秘的に魅せ、その場にいた者を男女問わず見とれさせた。
それを言ったのはヴォヌレ王国第3王子、ルスフェン・ロネ・ヴォヌレだった。
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