第18話 迷宮都市にいるある男の1日


 やぁ!俺はヴォヌレ王国の迷宮都市リュスペって所で冒険者として活動しているトムって者だ!


「よー!トム!今日はお前何するんだ?俺と蟲迷宮の方に行かねぇか?」

「おっ、良いのか?狙いはなんだ?」

「やっぱり、高いスパイダーシルクが手に入るストリングスパイダーだな」


 顔見知りの冒険者に誘われ、今日は蟲迷宮と呼ばれている低位迷宮〈急襲の毒蟲〉に行く事になった。


〈急襲の毒蟲〉の名前の通り洞窟内部に入ると至るところから毒持ちの蟲系の魔物が襲って来るが慣れれば、いなし、避け、カウンターを浴びせて倒すくらい簡単に出来るようになる。


 もう1つ、中位迷宮で死霊迷宮と呼ばれている迷宮ダンジョンがあるが、あっちはあっちで面倒だったりする。


 ともかく、俺は中堅冒険者の中でも弱い部類だ。正面戦闘は苦手だからな。

 だから、


「ありがとうなぁ!トム!お前の解体は上手いから高く売れるぜ!」

「その代わり、今度酒を奢れよ?」

「おうよ!いい酒場を見つけたんだ!一緒に行こうな!!」

「ああ、必ず」


 こうやって一緒に行った冒険者が倒した魔物を少しでもキレイに解体する事でほどほどの収入を得ている。


 冒険者ギルドで魔物を売り、得られた金額を事前に決めておいた分量で分けて別れた俺は屋台通りをプラプラ歩く。


「あいつは声も態度もうるさいが、腕っぷしはあるし分け前で出し渋りもしないからな。いつかAランクになってもおかしくない有望な奴だよなー。あ、おっさん串二本くれ」

「はいよ」


 目についた屋台で食い物を買い、ある場所を目指して歩く。


 迷宮都市は、いや栄えた街というのは賑やか通りの一本裏に行くだけで、姿を変えるモノだ。


 怪我や騙されたりした者、道を踏み外し真っ当に稼ぐ事が出来なくなった者の溜まり場。隙あらば武器や金目の物を盗ろうとしてくる輩を避けてある者の前で立ち止まった。


「…おい、遅いぞ」


 飲んだくれた男はボロボロの服に酒瓶を握りしめて俺を睨む。特に気にする必要はないので串を一本渡しテキトーに返す。


「すまん。それで、今日は何かあるのか?」

「丁度お前が来る前に言われたとこだ。説明してやるから早く行くぞ」

「ああ。了解」


 俺は冒険者、目立つ事はない少し解体が上手な程度の何処にでもいる男。


「…まったく、冒険者と迷宮都市に入った者の監視者の二重生活はキツいな」


 そして、迷宮都市所属の兵士として日夜犯罪者やその可能性がある者の監視者をしている一般兵士だ。


「…あそこから歩いて来る茶色の外套の3人組が今日の対象だ。特に容姿を伝えて欲しいそうだ」


 こいつは裏路地の監視と任務を伝える事を主としている俺と同じ兵士だ。常に不機嫌そうな演技をしているだけで普段は気のいい奴である。


「わかった。ありがとな」

「ああ。次は酒も持って来い…」

「善処するよ」


 どこまでもしっかり演技をする事に苦笑しつつ、監視と容姿の特定任務を開始した。


「ーーー!~~~」


 顔が見える位置に行きたいが、どうやら宿屋探しをしているらしく人の通りが少ない場所に行ってしまう。


 そうなると着けられていると気がつかれないように離れる事になってしまう。


「………」


 くるり、と1人が急に振り返った瞬間、何とか物陰に隠れた。


「ふーっ。焦りは禁物、気付いてないと油断禁物、落ち着いて怪しまれすらされないように…」


 3人とも全く外套のフードを取らない事から無意識の内に焦っていたようだ。一旦深呼吸をしてから、再び後を付ける。


 予約をしてなかったのか中々宿を見つけられないらしく、日が沈んでもまだ宿探しをしている。


 今日はダンジョンに行って俺も疲れている。もうそろそろ決めてくれ、とちょっと頭を過りながら本日17件目の宿に…いや、これで18件目か、に入った。


「宿がやっと取れて良かった」

「嬉しーね!」

「あ、危なかったね」


 待つ事暫く、出てきた3人は晴れやかな声だった。会話内容からやっと泊まれる宿を見つけたと知る。


 そのまま屋台通りに向かう3人を追う。


「っ!見えた!」


 そこで買い物をしてあの宿屋に帰る途中、人がいなくなった所で屋台で買った食べ物を食べようとしてやっとフードを取った。


 内心ガッツポーズをしながら容姿を確認する。


 1人目、犬獣人。女性。金髪のショートヘア、眼は黄緑色。


 2人目、人間。女性。明るいピンク色の髪を三つ編みにしておさげにしている。眼は紫色。


 3人目、人間。女性。肩口ほどの長さの赤茶色の髪。眼の色は青。


 その内容をすぐに伝えに行った。


 そして俺の任務が思っていたよりも重要だった事を物陰から監視を続けている俺に上司が声を掛けた事で知った。


「えっ。第3王子殿下が探している保護対象?あの、赤茶髪の少女が?」

「そうだ。あくまでも可能性だがな。だからこれから数人体制で監視を始める。お前も暫く頼むぞ」

「はい。それはもちろん」


 てっきり詐欺師があの中にいるとか、男の冒険者に美人局つつもたせを仕掛けて旅をしてるパーティーだとか、そんな者達だとばかり思っていた。全然違っていた。


 後は、その保護対象と今監視をしている少女が同じかどうか、見極めるだけだ。


 シトシト、雨が降ってきた。と思ったらそこそこ強い雨になってきた事にため息を吐く。


「最悪だ…」


 明日はゆっくり休もうと心に決め、この雨に打たれていない目の前の宿屋に泊まっている監視対象を一瞬恨めしく思う。


 分厚い生地の外套にゆっくりと雨が染み込み体がすっかり冷えた頃、同僚が来て温かいお湯の入ったコップを渡される。


「交代だ。帰りに風呂に入って行けよ?」

「ありがとう。もう冷えきっちまったんだ。お前も終わったら入れよ?」

「おー、そーする」


 お湯を飲みながら情報共有をして気持ちすら暖まって俺は念願の風呂に向かって歩きだ「グハッ!」


「なんだ!?」


 雨の中でも聞こえた声とビシャン!と重いモノが水に落ちたような音にある事態が頭を過る。


「グワッ!」

「うわぁ!」

「誰だ!ギィヤァァ!」


 考えている間にも広がる音、声を発さなくなった者達。この場で監視をしている全員が潔く理解した。


「しゅ、襲撃だ!何者かからガハッ!」


 手練れの暗殺者に襲撃されている。


「背中合わせで死角をなくすぞ!この状況じゃ報告に行かせては貰えなさそうだからな!」

「そうだな!これが終わったら俺、風呂でイイ酒を飲む!」

「そーか!そりゃいいな!どんな酒なんだ?」

「ラフィシルト産の10年物のワインだよ!」

「それはいいな!!」


 同僚と軽口を叩き合い、なんとかこの状況でも落ち着いてきた。


 だが、俺たちがそうしている間にも他の奴らは殺されている。恐らくは、もう…


 ────ピシャッ。


「ッ!!」


 一瞬、考え事をして注意力が散漫になった頭を僅かに聞こえた足音が引き戻した。


 雨音が更に強くなって、他の音も聞こえなくなる。月明かりで照らされぬ裏通りで、姿すら分からない暗殺者を警戒する。


 ────ヒュン───


「イッ!?」


 何か音がしたかと後ろの同僚に訊こうとしたが、同僚の苦痛を押し殺したような声と剣の落ちた音を不思議に思い振り向いた俺は、同僚が左手で押さえている先に目をやった。


「お前…右手、どこにいったんだ?」


 右腕の先、手があったはずの腕は手首から先が消失していた。


「ハハ…油断した。すまない」

「そんな事言ってる場合か。すぐに撤退を……」


 布を結び、止血をした同僚が普通に謝ったのを見て、兎に角この場を離れようと促す。


「無理だ」


 だが、同僚は冷静な瞳をして首を振った。多くは言わなかったが、その言葉に焦っていた感情が少し落ち着いたのを感じる。


「すまん。だがどうするんだ?この状況じゃ…」

「大丈夫だ。1人が逃げられれば、誰かに報告出来ればいいんだ。2人助かる必要はない」

「お前っ!それは、」

「最善で動かなくちゃいけない。わかってるだろう?」

「………」


 最善、確かに最善だ。理解できる。それが可能性が高いとこれしかないと解る。だが、必ず1人は犠牲になる。そして、右手を失った同僚よりも、五体満足の俺の方が辿り着ける可能性が高い。のかもしれない。


 俺は子供ではない。迷宮都市所属の兵士の1人。同僚も同じ。ならばその覚悟を尊重するのが、今の俺に出来る事。


「わかった。やろう」


 手足が無くなろうとも絶対に生き残りこの事を伝える、その覚悟を決めて作戦を了承した。


 同僚はただ、安心したように笑った。


「それじゃ…………あ」


 言葉を発し掛けた同僚の首を赤い液体が伝ったかと思えば、瞬く間に噴水のように赤い液体が噴出する。


 光を失った瞳、ダラリと力が抜けた身体は倒れ、水溜まりを赤く染めた。


 呆然とその様を見ていた。


 同僚が言葉を発する直前、何かが通ったのは見えたが、何が起こったのかは分からない。ただ同僚の覚悟も最期の言葉もすべて果たせないのだろうという事を直感した。


「……あ」


 ───ピチャッ


 感傷に浸れた時間は一体何秒だったろうか。僅かな足音を耳で捉え、しゃがむ。


 頭の上を何かが飛んだ音と、ビチャ、と後ろで落ちた音がした。


「チッ!矢か、雨の中こんな正確に飛ばすとは…嫌になる」


 飛んできた方向を見るがあるのは暗闇だけで誰もいない。


 ビュン!


「クッ!」


 背後に殺気を感じ、避けたが少し遅く、蹴りをガードした最に腕にダメージを受ける。だが、暗殺者を初めて視認した。


 このチャンスを逃すものかと距離を詰めようと一歩踏み込んだ俺の視界から暗殺者は闇に溶け込んでしまった。


「!!消え!?」


 それに驚いた刹那。


 ─────視界が可笑しく回って頭を地面に打ち付けた。


 狭まる視界、真っ暗闇が訪れる直前に見えたのは、外套で姿を隠した女だった。






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