第15話 雨上がり



 繊細な細工で有名なマイネン王国産のアクセサリーを売ってると謳い、実際は全く別物のアクセサリーを高額で売っていたぼったくり屋を成敗して、ケイシーの機転でアクセサリーをタダでゲットした私とケイシーは、朝に比べて雨が弱まったルロレーの町中を帰ろうと…した。


「あのー。2人とも、うちがいる事忘れてない?」

「「あっ・・・」」


 指摘されて思い出した。ぼったくりされてた女性と一緒に移動していたんだった。


「やっぱり…」


 きっと、さっきのぼったくりアクセサリー屋の男と同じような顔をしていたのだろう。フードで顔は見えないが、呆れたという雰囲気は伝わってきた。


 静かに屋根の下に戻り、女性に向き直るなり女性は私とケイシーの手を取って、上下にブンブンと振った。


「ありがとー!助かったよ!」


 中々の速度で腕を振られてふらつく私を他所に、女性は明るい声でお礼を言う。


「いえ、そんな。大したことでは」

「それでもうちは助かったよ!…あれさ、実は誕生日が近い子のプレゼントにするつもりだったんだよ。キレーで可愛い物が好きだから喜ぶだろうなって、でも予想よりも高くってさこれじゃー、次に誕生日が近い子のプレゼントは欲しい物をあげられないかもって思ってたんだー。だからありがとう!」


 真正面からお礼を言われて気恥ずかしいけど、喜んで貰えたのなら良かった。


「プレゼント、喜んでくれるといいね」

「つ、次に誕生日の子にも、いい物あげてね!」


 頑張って良かったとケイシーと言葉を掛けると女性は、あーっと声を洩らした。


「…ごめん、これはプレゼントにあげない事にしたんだ」

「それはどうして?」

「自分で持っておきたいんだよ。また、騙されないように戒めとしてさ、それにうちの地元はマイネンが近くて、マイネン産の細工はちょくちょく見るんだよ。マイネン産だからあげようと買ったけど、違うならこのペンダントをあげるのは止めようかなーって、だからーはいっ」


 ペンダントトップの鍵のチャームを見ながら言った女性は、顔を上げてペンダントをケイシーに差し出す。


「えっ、あ、あの?」


 あたふたして差し出されたペンダントを持ったケイシーは困惑の表情を浮かべて女性を見た。


「それでーその、お金次第なんだけど、あの女の子にしてくれたみたいに魔法の付与をしてくれないかな?頑丈とか騙されにくくなるとかだとうれしーんだけど」

「あ、あの、頑丈にするだけでいいなら、で出来るから、お金はいいので、それ、でいいなら…」

「わぁー!ありがとー!」


 初対面の人と話して呂律が回らなくなっているケイシーに嫌な顔をせず、急かさずに待つ女性。その様子にケイシーも少し落ち着いたのか両手で包み集中すると、すぐに顔を上げて女性に渡す。


「ペンダントの耐久力の付与をし、しました。物理的耐久と魔法的な耐久の両方を上げたので壊れにくくなったとお、思います」

「おー!ありがとー!これで安心だね!」

「あ、あの」

「ん?どーかしたの?」


 付与が終わり、ペンダントを受け取ろうとする女性にケイシーはペンダントトップの鍵の持ち手部分を開けて言う。


「そ、そのこのペンダント、ロケットペンダントみたい、でです」


 開けられた鍵は小さな小石くらいの物が入りそうな空間があった。


「ろけっとぺんだんと…?」


 女性はロケットペンダントの事を知らなかったのかケイシーの言葉をおうむ返しをした。


「あ、えっと、ロケットペンダントっていうのはね……」


 私とケイシーで説明をして暫く『なるほどー!』と理解してくれた女性は、ロケットペンダントを開けたり閉めたりした後、ペンダントを着けようと首に回した。


「・・・・・あれ?えーとどうやるんだろ?」


 だが、中々上手くいかない。近くにあった瓶の反射を使って着けようとしたがダメ。ケイシーとお手本を見せてみたがダメ。しばらくしてペンダントを持ったまま止まってしまった。


「…ごめんだけど、着けてくれないかなー?」


 ギギギ、とこちらを困った顔で見て助けを求める女性。


「いいよ。けど、フードを取らないと着けにくいかな。フードを…」

「あ、確かにそーだね!」


 着けるのを手伝うのはいいのだが、もしフードを取りたくないなら別の方法がいい、と言う前に何の躊躇もなく女性はフードを取った。


「よし、これで着けやすくなったかなっ!」


 毛先がクルッとした金髪のショートヘアに黄緑色の眼をこちらに向けて元気に笑う女性。それでも見てしまうのは頭に丸いフワッとしたものが2つある事だった。


「ん?…ああ!うち、犬獣人なんだよ!驚かせちゃったかな?」


 まさか獣人だったとは思っておらず、驚いている私の視線に気がついた女性は軽く耳を触りながら困ったように訊く。


「えっと、ごめんね。初めて犬獣人、獣人をこんなに間近で見たから驚いちゃって」

「確かに、この国は獣人あんまりいないもんねー。他国から来た冒険者はちょくちょく見るんだけど…あっ!触ってみる?」

「いいの?」

「もちろん!でも!強く引っ張ったりしないでねー」


 私と犬獣人の女性がワイワイと会話しているのを不思議そうな顔で聞いているケイシーに気がつく。別の街から来たって言ってたし他の街に行った時に大勢見ているのだろうか。


「ケイシーは見たことあったの?」

「そ、そうだね。いっぱいいたから、見慣れているかな。こ、国境付近とか迷宮都市に行けば他の種族もみ、見るようになるよ」

「へぇ!楽しみだな」


 エルフやドワーフ、小人に鬼人等々…知っている種族はあれど見たことのない種族ばかりだ。これから先迷宮都市で、その他の街で見れるかと思うとワクワクする。


「・・・ありがとー!1人じゃ無理だったから助かったよ!」

「似合ってるよ。緑色の魔石も綺麗」

「それはよかったー!アクセサリーなんて着けたことなかったから、なんか不思議な気分!」


 女性にペンダントを着けると、まだ少し気になるのかペンダントトップの鍵を弄りながら話す。


「あとー、もう1個頼みっていうか、訊きたい事があるっていうか…その」


 他にも何かあっただろうかと首を傾げて考える私とケイシーを真っ直ぐ見た女性は、バッと頭を下げて


「2人も迷宮都市に行くんでしょ、ならうちも一緒に行かせてほしいの!お願い!」


 そう口にした。





 突然の事態にケイシーと顔を見合わせて声、は雨が弱まってきていて獣人の女性に聞こえてしまう可能性があるのでなんとか視線だけで相談をする。


(どうするケイシー?いい人そうだけどまだよく知らない人だし)

(そ、そうだね。でも折角だし質問してから考えてみよう)


 幾つか質問をして大丈夫そうだったら一緒に行こうと決まり、まず私が質問をする。


「…どうして迷宮都市に行くと思ったの?」

「ルフメーヌからこの道を通るのは大抵は迷宮都市リュスペに向かってる人だって聞いた事があるから、2人もそうかなって」

「ど、どうしてわたし達とい、一緒に行きたいって思った、たの?」

「うちは頭がいい訳じゃないから、2人みたいに騙されたりするんだ。だから騙されにくい人と一緒にいたいなーって思ってて、それに…うん。あのー、ね」


 質問された女性は嫌な顔1つせずに答えていくが、何故か口を閉ざし言葉を選んで言おうとして、私とケイシーを見てまた口を閉ざしてを何回かして、どうしたのかと思っていると


「そのー、えっと。コケたりしてたし、いや、服装とか、うん…色々心配だし……。うん!うちはそこそこ強いから、頭の良い2人とは上手くバランスが取れてると思うんだ!」


 前半はモニョモニョしていて聞こえなかったが、要は身体能力が人間よりも高い女性と私たちとは相性がいいと言いたかったようだ。


(エル、わ、わたしは一緒に行っても良いと思うよ!素直な人みたいだし、も、もちろん、エルが嫌なら、無理にとは言わないけど…!)

(私も賛成だよ。戦力が上がるのは嬉しい事だし、人数が増えればこの先の旅が安全になるだろうから)


 再びケイシーと視線で相談をして2対0で賛成となったので、不安そうにこっちを見ている女性を見てケイシーと頭を下げる。


「これからよろしくね」

「よ、よろしくお願いしますっ!」


 いつの間にか雨の音はなくなり、僅かに太陽の光が雲の隙間から町を照らし始めていた中、パァァ!と後ろに射した光も相まって、花が咲いたような幻覚が見える程に笑顔になった女性がいた。


「…!ありがとー!嬉しーよ!よろしく!」


 さっきもしたような気がする上下ブンブン握手をされてから、改めて自己紹介をする。


「うちはココ!見ての通りの犬獣人で籠手戦士、冒険者ランクはDだよ!迷宮都市へは仕事をしに行くんだ!」


 短い自己紹介の後、ココは簡単に拳を突き出したり動いた。説明されるよりも分かりやすい実践は、キレのある動きで獣人の身体能力の高さを見た。


「わ、わたしはケイシーでしゅ!動き回って弓を射つ弓士で冒険者ランクはD。エ、エルと一緒に迷宮都市へ稼ぎに行く予定です」

「私はエル、ナイフと魔法を使うけど、魔法を使う時の方が多いから、魔法使い?になるのかな。冒険者ランクはEだよ」


 ケイシー、そして私と自己紹介をして雨上がりのルロレーを歩き、ココがオススメするお店に向かった。




「かんぱーい!」

「乾杯」

「か、乾杯!」


 冒険者や地元の人でいっぱいの騒がしい店内で仲間が増えた祝杯を上げる。


「ぷはー!美味しー!食べ物も安いからジャンジャン頼んじゃお!」

「ほぼ全てのメニューが銅貨で払えるって凄い安いね」

「安くて早くて旨い!がモットーのお店みたいだから~!お酒追加で~!」


『ブロンズコイン』と書かれたお店は、メニューのほとんどが銅貨で払える価格なのが売りの安くて早くて旨い!を体現しているお店らしい。


 実際、頼んですぐに運ばれて来た、燻製バタフライサーモンのサラダ、マトマのスープ、ドゥードゥの串焼き、どれも値段以上の美味しさだ。


「ん~!美味しー!」


 耳をピクピクさせて口いっぱいに頬張るココは凄い速度で食べていく。


「……ぷはー!!お酒、おかわり~!」


 一息でお酒を飲み干したケイシーは既に酔いが回っているのか楽しそうにニコニコしている。


「どう?2人とも、美味しーでしょ?」

「うん。美味しい。こんな良いお店を知ってるなんて凄いね」

「ふふん!うちの耳は良いからね!話を聞いて評判の良いお店に行けばいいだけだから!」

「エル~!聞いてよ~!わたしはね、パーティーで……」


 常に何かしら食べているココと話をして、ケイシーの愚痴に相槌を打って、騒がしいけど楽しい酒場の雰囲気の中でひっそりと話される噂話。


「なあなあ、知ってるか?この前、シャティロンの村が魔物に襲われたって事件!」

「知ってるぜ。不幸にも魔物に襲われて半数の村人が亡くなったってヤツだろ。最近多いよな」

「そうそう!アグフィーリの方でも似たような事件があったらしい」

「マジか?じゃあ、あの話って眉唾じゃあないのか?」

「かもしれないな」


 近くでお酒を飲みながら話す冒険者らしき男性2人の会話に聞き耳を立てていたが、酒場の喧騒に掻き消されて聞こえなくなってしまった。


「ケイシー、魔物関連の事件で何か知ってる事ってある?」

「…頑張って情報集めてたのに~!・・・んー?まもの~?それなら最近起きている異常な強さの魔物とか?」

「異常な強さってなに?気になる~!」


 興味を示したココと一緒に据わった目をしているケイシーの話を聞く。


「何か、この辺りにはいない魔物とか、いるけど強さがおかしい魔物とかに襲われたりする冒険者や旅人が多いんだって。ヴォヌレ王国の西部とアグフィーリ王国のほぼ全土、他の国でもちょくちょくあるみたいだよ?」

「それって魔物がただ活性化してる訳じゃなくって?」

「えっとね~。噂では、そういう魔物からは変な臭いがするんだって~。甘ったるくてツンとする臭いが」

「なにそれー。あんま嗅ぎたくないなー」


 臭いを想像したのかイヤそうな顔をしたココに頷いて考える。


 ケイシーの話のとおりなら、明日からヴォヌレ王国の西部にあたるリュスペに向かって出発する私たちは気をつける必要がありそうだ、などと考えていた私の隣でダンッ!とテーブルに頭を打ち付けたケイシーはグスグスと元パーティーへの愚痴を口にする。


「初めてのパーティーだったの~!戦いでは役に立てなかったけど他で頑張っていたの~!!なのに、なのにーー!」

「うんうん、頑張っていたのにね」

「うわぁぁん!追放なんてあんまりだよー!」


 完全にお酒が回って元パーティーへの愚痴がヒートアップして止まらないケイシーに相槌を打ちながらも、料理をお腹いっぱいになるまで食べてお店を後にした。


 雲がなくなり星と月が照らす夜空の下、泊まっている宿屋の方向が同じだったココと歩く。ケイシー?酔って潰れて今は私が運んでいるので歩いているとは言わない。


「はー!よく食べた!」

「あれだけ食べてあの値段って本当に安いね」

「でしょ!…ケイシー潰れちゃってるし、運ぶの手伝おうか?」


 満足そうにお腹を擦っていたココは、たまに笑っているケイシーを見て微笑むと私に聞く。


「助かるよ。泊まってるのはオレンジ色の屋根の『熊のお昼寝』って宿屋だよ」

「あー、あそこにある宿屋かー。うちはそこの三件先の『快眠羊は夢見心地』って宿屋だから近いね!」

「うん。本当にありがとう。助かるよ」


 ココの提案に断る理由なんて無いので、速攻で頷いて一緒にケイシーを宿まで運ぶ事になった。ケイシー酒に潰れた人はまともに歩いてくれないので結構重かったが、ココが手伝ってくれると楽になる。

 お礼を言った私にココはニッと笑って当然のように言う。


「いいのいいの!明日からリュスペに一緒に向かう仲間でしょ?遠慮しないで沢山頼ってね!」


 宿の部屋までケイシーを運んでくれたココに再度お礼を言って、私も眠りについた。



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