第23話  0023 第四話04 曹操の機転



 翌日、曹操は宝刀を手に相府へ赴き、董卓の所在を尋ねる。


「相国様は小楼におられます」


 曹操が向かうと、董卓は臥榻がとうに座り、側に呂布が侍立じりつしていた。


「…孟徳もうとく、遅かったですね?」


「馬の調子が悪く、遅れました」


「そうですか。西涼から、良馬を持ってきています。奉先。一頭選んで、連れてきて下さい。孟徳に進呈します」


 呂布りょふは頷き、馬房へ向かう。


『この男は…死ぬべきでしょう』


 曹操は心の中で呟き、剣を抜こうとするが、董卓の剛力を怖れ軽々しく動けない。

 しかし董卓は肥満で長時間座っておれず、遂には横になり、内向きに体勢を変えた。


『休みましたね…っ!』


 曹操がその手を宝刀にかけ、刺そうとした瞬間董卓は鏡を見上げ、抜刀する曹操を見て素早く振り向く。


「…どうしました?孟徳」


 その時、馬を牽いた呂布が閣外に至り、曹操は慌てて跪づき刀を手に言う。


「…私のこの宝刀を、相国殿に献上します」


 その刀を手にして見ると、一尺余りの長さに七つの宝石が象嵌され、極めて鋭いその刃はまさしく宝刀。董卓は呂布にそれを渡し、曹操も鞘を外し、呂布に渡す。

 そして董卓は曹操を閣外へ連れ出し馬を見せる。曹操は礼を言い、


「試し乗りさせて下さい」


 相府を出た曹操は鞭を振り、東南へと走り去っていった。


「…なあ相国殿。アイツ、オメーをブっ刺そうとしてなかったか?バレそうになったから刀差し出したんじゃねえかなあ…」


「…そうかも、しれません」


 そうこうしてるうち、偶然李儒りじゅが来訪する。董卓が事の次第を告げると、


「ゲヒっ…曹操は妻子無く都に一人です。今すぐ人をやり呼び出しましょう。彼が疑いもなく再訪したならば献刀、来なければ…暗殺。捕まえて尋問致しましょう」


 董卓は李儒の進言に従い、すぐに獄卒四人を向かわせた。


 暫くして回報が。


「曹操は家に戻らず東門から都を出ました。門吏が尋ねた所、『相国殿の急命だ』と言って馬で乗り去ったそうです」


「…間違いありませんな。曹操は逃げたゲヒ」


 董卓は怒り狂う。


「私は!彼を!重く用いました!しかし、

 却って私を殺そうとしましたっ!嗚呼ーーーっ!!」


「この件、必ずや共謀者が居るでしょう。曹操を捕まえ吐かせるゲヒ」


 董卓は曹操を捕まえるべくその姿絵を記した触れを出す。

 捕まえた者には千金、万戸侯。匿った者は、同罪である。





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用語解説


※相国

 漢代における最高官職。かつては相邦と呼ばれたが劉邦の避諱により

 相国と改称した。この相国は前漢建国筆頭功臣の蕭何しょうかが、次いでやは

 り蕭何に次ぐ功臣である曹参そうしんが就任し、この二人の永久欠番的な官職

 であった。董卓の就任は彼が如何に専権を奮っていたかを如実に示す。


 ※避諱(ひき)

  エラい人と同じ漢字を避ける習慣。

 ※曹参(そうしん・そうさん)

  曹操の曹氏はまさしく曹参の家系である。本来参はシンとも読むが、

  一般的には漢読みではサンと読む。曹参は慣例的にシンと読む場合

  も多い。最初にシンと読んだヤツ、なかなかに罪深い。


※臥榻(がとう)

 寝台。


※侍立(じりつ)

 警護のために傍に立ち侍る。


※一尺

 約30cm。


※万戸侯(ばんここう)

 一万戸を領する諸侯。はっきり言ってお尋ね者を捕まえた者への褒賞

 としてはあまりにも過大。


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