GAHHA撃滅作戦第四話「生ジャコと怪獣」
湾多珠巳
"The missions to expel GAHHA" episode 4 "Raw Whitebait and Monster" Part1
ここまでのあらすじ
人々の欲望をいたずらに肥大させることで巨億の富を築き上げ、しかしどの国にも一切税金を納めることなく暴利を貪り、世界に君臨している悪の国際組織、
ネット産業の大半を掌握してもいるGAHHAは、人類に最新の娯楽を提供すると称して、日々、謎の怪物に街や人々を襲わせ、その模様を映像化し、放映権を独占することで、さらに財を膨らませていた。その格好の舞台として一方的に選定されているのが日本で、この国の国土は今や、GAHHAのエンタメ部門の専用ロケ地として社有化されたも同然であった。
正式な抗議はまるで相手にされないとはいえ、とりあえず眼の前の危険には対処しなければ、と、日本政府は対モンスター用の防衛組織を各地に設けることを宣言。が、例によって縦割り行政の弊害が出て、防衛隊は国立、都道府県立、市町村立が乱立し、時に牽制し合い、時にムダなド突き合いを繰り広げつつ、結果として、全世界に不本意な娯楽のタネを提供し続けているのだった。
Q県Q市は、そんな国立と県立と市立の防衛隊がせめぎ合っているGAHHAの〝指定侵略地域〟の一つ。
マネージャー室のドアから頭を突き出して、リノは今一度、周囲に他の店員がいないか確認した。木曜の午後二時、ただでさえ立地条件の悪いスーパー「
物置のようなせせこましいスペースには、パソコンデスクと書棚とロッカー。そして書棚の側面には、ほとんど見逃してしまいそうな地味なデザインの鏡が掛けてある。大皿ぐらいのサイズで、縦長の楕円形。リノはかしこまった顔でその前に立つと、側面のでっぱりを押した。すると、鏡の表面からなにやら得体の知れない音声が紡ぎ出されてくる。
『今再び深淵に触れんとする者よ。秘密の合言葉を述べよ』
「世界を統べるは正しき者。世界を導くは強き者」
仰々しい声で、即座にリノが応じる。なんだかイタい趣味の若い娘が、出来の悪い機械音声と遊んでるようにしか見えないのだが、リノは大真面目だ。
『では問おう。その正しき者の名は?』
「GAHHA」
『その強き者の名は?』
「GAHHAっ」
『汝、鷹東司リノよ。汝の願いは何か? GAHHAに何を望まんと欲すか?』
そこでリノは鏡に手のひらを向け、祝福を与えるかのようなポーズで、歌い上げるように言った。
「われが望むは安寧と発展! GAHHAによる完全なる統治!」
『ブラボー、リノ!』
どういう仕掛けになっているのか、人工音声の向こう側から満場の拍車喝采の音が聞こえてきた。その賑わいに押されるように、リノが声を一段と張り上げる。
「GAHHAこそ希望! GAHHAこそすべて! われは今、ここにこいねがう! われらがGAHHAの支配に、永遠の誉れがあらんことを!」
『イエス、GAHHA!』
ひときわエキサイトした形で問答が終わると、鏡の表面が変化し、テレビ通信の画面に切り替わる。通話相手の半身が現れた。なんだか派手派手しい、一昔前のヘヴィメタミュージシャンのようなメイクを施した人物が、きさくに片手を上げてみせる。
『や、リノ』
途端にリノが鏡を乱暴に掴み上げ、そのまま床へ叩きつけるような素振りを見せた。
『ちょ、ちょっと待て! どうしたんだ、リノ!?』
「なんでもないです! なんでもないんですけど!」
『なんでもないんなら、何を興奮している!?』
「なんかこう、色々! なんでテレビ通話開始するだけなのに、こんなヘンな会話、鏡相手にやらなきゃならないんですか!?」
『え、そりゃ、秘話回線だし、起動手続きってものが』
安物っぽい鏡は、実はGAHHA本社と直結している専用回線の映像端末で、中身もGAHHA謹製の最新通信保護システムが詰まっている。怪しげな儀式の裏で、静脈網や声紋による認証システムが複数立ち上がり、リノ本人を先端技術で同定していたのだから、手をかざしたりセリフを並べたりというアクションが必要なのは当然ではある。とはいえ。
「にしても! こんなに文字数使って、三流ヒーローアニメのパロディみたいな描写を入れる必要がどこに!」
『落ち着け! メタは止せ! って言うか、振り回すの止めてくれ! 眼が回る!』
そこでリノははたと動きを止め、しげしげと鏡の中を覗き込んだ。ヘヴィメタっぽい顔は実は精緻なマスキング画像で、事実上サウンドオンリーのモードである。リノがこの相手の素顔を見たことは、これまでにない。
「ちゃんとこっちの景色は見てるんですね」
『当たり前だろう! 真面目な緊急指令だぞ!』
「はん、緊急指令、ね……で?」
バカにしたようなリノの態度に、ヘヴィメタ野郎がちょっと鼻を鳴らした。
『で、じゃない。あと、ヘヴィメタ野郎ってのやめろ』
「私は言ってませんよっ。てか、メタは禁止じゃなかったんですかっ」
相手は答えず、しばしの間、なんだか我慢比べのような沈黙が続く。やがて、ため息とともに、リノが付け足しの一言を口にした。
「……ブライアン中佐」
『そうそう』
打って変わって上機嫌な声になる中佐だった。
『そうやって、さりげなく相手の名前を紹介する。……うん、こういうシーンのセリフ回しはそうでなくちゃ』
「メタはやめろっつーてんだろーがっ!」
『で、今回の緊急指令だが、リノ・鷹東司少尉』
意に介さず、真面目な口調に戻るブライアン。ちなみに、中佐だの少尉だのと言った肩書は、部長補佐とか現場主任とかをノリで言い換えているに過ぎない、とのことだ。そういう子供っぽいことが蔓延しているのがGAHHAという組織である。入社三年目でリノもだいぶん空気に慣れてはきたが。
『本日
「無理です」
即答したリノに、ブライアンは片方の眉を少しだけ動かした。
『理由は?』
「お店があるからです! 私、ここのチーフマネージャーなんです! 事実上の副店長ですよ! 店長はグータラだし、この頃は毎日私がこの店のすべてを背負ってるんです!」
『そりゃ聞いてるが、どうせ奇構獣が出てくりゃ、なんとか警報の発令とかで、商売どころじゃないだろうが』
「近頃ますます経営ピンチなんですって! 店は閉めるとしても、野菜とか肉とか、後々売りさばく算段立てないと! 一六〇〇ですって!? もろ、夕飯の掻き入れ時に営業妨害する形じゃないですか! 信じられない! ああ、もしかしたら、次の週明けこそほんとに不渡り出すかも――」
『あーもー、わかったから。そう悲観的になるな』
げんなりした様子で返したブライアンは、しかし一拍遅れて首を傾げ、
『なんだ、その不渡りってのは?』
「不渡りっていうのは不渡り手形の略で、
『あー、言葉の説明はいいから……は、大間賀水産に四〇〇万?』
「そうです」
『なんでそんなに金額が膨らんでるんだ?』
「え、中佐、大間賀水産をご存知なんですか?」
当然のごとくリノから質問が飛ぶ。シアトルのGAHHA本社で通信に出ているはずのアメリカ人社員が、日本の一地方の中小企業名に反応するのは、意外でしかない。
『はっ、い、いやっ、少尉の職場環境のデータから、か、鑑みて、だな。そ、その規模のスーパーで、魚だの練りものだのに、その金額は、不相応だと――』
「へー、練りものなんて言葉知ってるんですね」
虚を突かれたように、不自然な間が一瞬だけ入った。
『お、おう、当然だっ。GAHHAの入社試験は難しいんだっ』
「それは私も知ってますけど……それだけの日本語と知識、中佐はやはり日系なんですか?」
『いや、私は根っからの……む、プライバシーの詮索はやめたまえっ。コンプライアンス違反になるぞっ』
「はいはい。うふっ」
子供のようにムキになった上官へ、つい笑みを漏らしてしまうリノ。だが中佐は露骨に不機嫌そうな口調で、
『うふっじゃない! でっ!? なんでそんなに水産物の支払いが膨らんでおるのか!?』
「店長のせいなんです」
『なんだとっ!?』
勢いだけでまくしたててきた中佐が、唐突に絶句する。リノは浮かない声で、店の事情を説明した。
「先週、水産の注文画面の数字がやたらと上ブレしてて、で、そこは店長の仕事だって聞いたから、何度も訊きに行ったんですけど、店長室にこもったまんま出てこなくて。扉越しに用件を伝えても、なんだかヘンな……『サンチが限界だぁ』とか、『マジックフルーツをよこせっ』とか、誰かと言い合ってて……産地が限界って、どこかの果物の仕入れで揉めてたのかなあって思って」
『…………』
今日びの若いものには珍しく、基本的なRPGの語彙には徹底的に弱いリノであった。
「で、口頭で間違いないって言われたから、そのままの数字で発注したんですけれど、案の定と言うか、勘違いらしくて……マグロとかカニは強引に緊急セールで乗り切ったものの、小物がどうもさばけなくて……」
『そ、それは……け、けしからん店長だな』
「全くです」
職場の恥をそれ以上晒したくないのか、むっつりと黙り込んでしまうリノ。一方のブライアン中佐は、妙に決まりの悪そうな声で、
『で、今いちばん在庫がかさばってる品物は何なんだ?』
「そりゃ、冷凍シラスですね」
『数は?』
「二〇〇〇パックほど」
『……冷凍庫のスペースもギリギリだな、それは』
それきり中佐が黙り込んだ。いわゆるチリメンジャコと呼ばれる、シラスを天日で乾燥させたものなら、まだ日持ちもするし、保管場所に気を遣う必要もないが、加工前のシラスを生でパックしたものは、二重三重に扱いが面倒だ。それにしても、なんでブライアン中佐がうちの冷凍庫の容量まで把握しているんだろ、とリノがぼんやりした頭で画面を眺めていると、ヘヴィメタメイクの顔はなんだかフリーズ状態になってて、回線が途切れたみたいになってる。
「あれ? 中佐?」
思わず鏡に顔を寄せると、スピーカー越しに微かに、やたら早口でどこかと会話しているブライアンの声が聞こえる。急な割り込みの用件でも入ったのか?
「中佐ぁー? ブライアン中佐ー?」
『うるさいな。せっかく起死回生の一手を根回ししてやろうと……どわあ〜っ!?』
リノの顔が先方にはドアップで映っていたらしい。本気で驚いた声が派手に裏返って、ついでにドダダダ、がっしゃんと何かをひっくり返したようなノイズまで中継されてくる。マスキング画像はフリーズしたままだったが。
「大丈夫ですか?」
『け、けったいなものを見せるんじゃないっ! 通信機からは五十センチ以上距離を置けと言ってあるだろう!』
「……? ケッタイってなんですか?」
『後で調べておけ。それより鷹東司少尉、君に有益な情報を伝えよう』
「情報、ですか?」
つい首を傾げそうになってしまう。潜入工作員は、本部へ一方的に情報を上げるのが仕事だ。逆の形はめったにない。
「あの、これ以上なにかミッションが降りてきても、私、今はとても――」
『これで新たな仕事をしろというのではない。言っただろう、有益な情報だと。どう使うかは、君の才覚に委ねる』
「え? え? それってどういう――」
『では本文だ。<Q地区第十四次定例侵略の主力となる奇構獣・イヤーンⅣ改は……魚のすり身を浴びると致命的なダメージを負う>』
「………………は?」
『以上だ。貴重な情報を最大限に活かし、貴官の
「は? は?」
『通信終わり』
「えええええ? 中佐、中佐ぁーっ!?」
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