今は掃いて捨てるほどある、現代にダンジョンが現れたという設定のローファンタジーである。
ダンジョンが世界に出現して17年。陰キャ高校生の鱶野辰海は、将来の夢であるダンジョン探索動画配信者(Dライバー)を目指し、登録視聴者数10万人という目標を立てる。ダンジョン探索中にクラスのオタクに優しくないギャルが率いる陽キャ軍団と出くわした鱶野は、なりゆきで共に行動することになる。そんな中、予想外の強敵が現れ、あわや全滅かと思われた時、ギャルと鱶野は前世の記憶に覚醒する。鱶野は前世で魔王で、ギャルはそれを倒した姫騎士だったのだ――。
あらすじだけ見ればごくありふれたものだが、本作をユニークなものにしているのは主人公、鱶野のキャラクターだろう。
魔王として覚醒する前はひたすら日陰者の道を歩んできた彼は、力を得た後も変わらずに注目されずクラス内カースト低位を保ち続ける。まるで魂にそうなるよう刻まれているように。
よくある展開だと、一回バズった後は苦も無く視聴数、登録者数とも驚異的な勢いで伸び続け、これでオレも天上人の仲間入りや――とばかりに人気者に対する作者の甘い夢がダダ洩れのいい思いしまくり他人見下しまくりのイキりまくった内容が続いたりするのだが、本作はそう上手くはいかない。
なぜなら、鱶野のトークスキルが底辺レベルで配信映像がクソつまらないからだ。
人気のない動画配信などを実際に見たことがある人には分かると思うが、映っているものに対し気の利いたコメントなど思いつかず、見ればわかるよというただの説明を繰り返したり、無言の時間があったりする。それを想像してくれればいい。
そして、圧倒的な力があろうが、見せ方の工夫もなくただモンスターを瞬殺するだけの映像など視聴者はすぐに飽きてしまうのだ。これは実際腹落ちする説得力のある展開だ。一度バズるよりも、その勢いを持続可能なものに持っていく方が難しいのは現実の配信者の事例を見ても分かる。
そういうわけで、目標である登録者数10万人を目指して鱶野の苦難の道のりは続くのだった。
見えてる目標に対して、なかなか近づかない展開の遅さを好まない読者もいることだろう。WEB小説は過程を圧縮して結果を早く見せることで人気を得た作品が多いので。
だが、強大な力を得つつも小市民的な感覚を失わず、力ずくで他人を従わせるより地道な努力を続ける方を選べる鱶野は読者として応援できるキャラだ。
決して人格者などではなく、陽キャのオーラには怯えるし他人との関りはコミュ障気味、モノローグは割とマジでキモいオタクだったりもするのだが、悪いとこも含めてそういう奴として一貫して描かれている。
主人公が陰キャオタクでもいいよ、という方は一読して欲しい作品だ。