新魔王軍定例会議

 八王子商店街にある洋菓子店“栗ねずみ達の止まり樹”。


 内装は、店主の吉乃さんが趣味で集めた骨董品アンティークで埋め尽くされていて、どこか懐かしい木の香りが鼻をくすぐり、落ち着いた雰囲気が漂っている。


 六人掛けのカウンターと、四人掛けのテーブルが四つ。


 まだ現役の歴史を感じさせる蓄音機レコードからは、陽気なジャズが垂れ流されていた。


 せわしなく変化を余儀なくされる外界から隔離された、ちょっと立ち止まる事の大切さを思い出させてくれるような、そんな優しい空間だ。


 ドアを開くと、カランカランと呼び鐘が鳴る。


 「なぁーご……」


 カウンターの隅。


 薪ストーブで暖を取って丸くなっている、副店長。


 ノルウェージャン・フォレスト・キャットのナツメさんが気だるそうに出迎えてくれた。


 「お邪魔しまーす」

 「よーっす!」

 「タノモー!」

 「いやいや、それだと道場破りになっちゃうから……。――こんにちはー」


 少しだけ降ってきた雪を手で払ってから、俺と春沢、ビクトリカさんと斑鳩さんは、店内に入って行った。


 「はぁい。どうぞ皆さん、お好きな席を使ってください」


 店の奥の厨房から吉乃さんの声が返ってくる。


 「来たか」

 「やぁ、待っていたよー」


 カウンターには、帝さんと環さんが既に座って、コーヒーをすすっていた。


 「ナツメさんもよーっす!うりうりー」


 猫好きの春沢は、店に入るや否やナツメさんにちょっかいを出すが、


 「なぁご……」


 ぷいと、そっぽを向かれ塩対応されていた。


 「ムー。ナツメさんは、イツモ偉ソーですね」

 「そこが、良いーんじゃん」


 良いのか――。


 平日の昼。


 店内には俺達だけ、新魔王軍+αの貸し切りとなっている。


 「でお願いしまーす」

 「はぁい」


 斑鳩さんがまとめて注文をする。


 ここ最近では、週に一度。


 新魔王軍の定例会議を、この栗ねずみ達の止まり樹で行うのが当たり前となっていた。


 「これで皆さんお揃いで。今日は貸し切りなのでゆっくりして行って下さい」

 「ありがとうございます」


 吉乃さんが紅茶とコーヒーを運んできてくれる。


 続いて、


 「今日の日替わりは、龍の瞳ドラゴンアイのフルーツタルトです」

 「ういー!待ったました!!」


 カスタードクリームの上にダンジョンで採れた食材とフルーツがてんこ盛りの彩り豊かなタルトが現れた。

 

 ドラゴンアイは、イチゴの様なダンジョンで採れる果実の一種である。


 「ちょー可愛いんですけどー、えー!」


 春沢はテンション爆上がりである。


 SNSに投稿する為の写真をスマホのカメラで撮っていた。


 ……。


 ……。


 ……。


 「そろそろ始めよう」


 吉乃さん自慢の洋菓子で腹を満たすと、本題の定例会議へと移っていった。


 進行は、帝さんがいつもやっている。


 吉乃さんがレコードの音を下げた。


 少し空気が緊張する。


 「まず、夜天城の改修作業だけど、後一か月くらいは掛かりそうだ。完成後は、試験航行をして、問題がなければ正式運用といった流れになる」

 「問題はそれまでにリベレイターが仕掛けてくるかだ。――斑鳩、そちらで動きは何かあったか?」


 斑鳩はコーヒーを一口飲んで答える。


 「リベレイターの物と思われる動きは今の所、辰海君の周りでは起きていません。――が、別の勢力による小さな介入行動が数回確認されています。恐らく今は様子見程度ですが、そちらにも注意した方が良いと思います」

 「モルガリアの可能性は?」

 「分かりません。ですが、モルガリアのこれまでのやり方ならその可能性は低いと考えています。どちらかと言うと監視に似た動きかと」


 マジか……、全然気がつかなかった――。


 流石は凄腕エージェント。


 「こちらにモルガリア以外の心当たりはない。そちらは?」

 「断言は出来ませんが、何となく動きに統率を感じます。段取りが旨いというか、軍隊っぽい感じですね……」

 「この国のか……、いや、そんな組織表には無いはずだ」

 「え!?俺って国に狙われてるって事!?!?」

 

 厨二病オタクが、人生で絶対に言わないけど、一度は言ってみたい台詞である。


 まさか、口にする日が来るとは――。


 と言うか、俺の知名度はもうそこまで行っているのか――!?


 「アクマで可能性の話デース。デスガ、リベレイター以外ニも注意しないとイケナイのは、本当デス」

 「じゃー、どーすんの?」

 「今の状況で言えるのは、どの相手も人が多い場所では積極的にアプローチをしてこないという所だ。現に一番襲いやすい、ダンジョン探索配信中はまったく接触をして来ようとする痕跡が無い」

 「なら、ダンジョンに潜ってた方が安全って事?」

 「多分、相手はあまり表に出たがらない組織だ。配信中とか人目に晒されるリスクがある行動は避けているのかもしれない」

 「となると、現状維持が最適か」

 「だったらもう、ダンジョンに籠って24時間配信とかすれば良ーじゃん!」

 「春ちゃん……、天才デス!」

 「うぇーい!」

 「ウェーイでーす!」


 春沢とビクトリカさんがハイタッチする。


 「いや、流石にそれは無理だろ!」

 「www」

 「www」


 空気が少しだけ和んだ。

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