第三章第一節 解放者編
辰海と魔王
自室の前。
俺は今から、自分の部屋の扉を開けようとしている。
“している”というのは、それが俺の意図することなく行われていく行為であるからだ。
俺が望もうが望まないが、映画を見ている様に自動的に
つまり、これは夢の中。
俺は今夢を見ているのだ。
ギイイイと金具と木材の部分が擦れ合って音を立てた。
扉の重みが腕に伝わる。
意外に鮮明な夢である。
部屋の扉を開けてまず初めに眼についたのは、俺のベットに腰を掛ける怪b……、俺はすぐさま扉を閉じた。
おお、自分の意思で動く事が出来た――!
夢の中でもある程度の自由は効くみたいだ。
「ちょい、ちょい、ちょーい!閉めんといて~!?」
扉の向こうから、何処か懐かしい声がする。
俺はアレとは初対面になるのだが、どんな奴だか知っていた。
絶対に面倒くさい展開になるじゃん……。
「……」
出来る事ならここで夢から醒めたいが、そうは問屋が卸さないのだ。
俺は仕方なく、扉を開けて部屋に入る。
「ちょりーっす☆」
ベットには、黒い鎧姿のドデカい人型の怪物が陣取っていた。
なんか、気さくに挨拶してきたが、こういうキャラだったけ……?
「魔王。リベリアル・ルシファード……」
俺の前世の姿である。
「ヌフフフ……!折角ふれんどりぃにしたのにつれないのう。こうして顔を会わせるのは、初めてになるな鱶野辰海よ。――我をこれほど待たせるとは少々……、豪胆が過ぎるのではないか?」
「待たせるって……、アンタは俺そのものじゃないのか……?待たせるも何もないどろうが……!――え!?いや待てよ……。もしかして、俺って二重人格だったりするの!!??」
混乱する。
一体この状況は何なのだろうか――?
俺は転生現象を、記憶と力の引継ぎとして捉えていた。
つまり、転生と言いつつもリベリアルとしての魂は完全に消滅していると思っていたのだ。
なので、リベリアル本人と話せてしまっているこの状況はとてもおかしく感じた。
まぁ、夢の中なのだから、なんでもありと言われればそれまでなのだが……。
「お主の考えは正しいぞ辰海よ。我のオリジナルはもうこの世には居ない」
「は!?なぁ……!!??――え……!?お前今俺の考えてたことに返答したのか……?」
「そりゃ、我はお主で、お主は我なのだから当然であろう?――我は、お主に引き継がれた記憶の残りカス、深層心理の化身みたいなものよ」
「???」
余計に訳が分からないが……。
「だから~、ざんりゅー思念?みたいな??」
「いや……、ギャルっぽく言われても分からんし」
「ええい!わからんか!?――お主の好きなアニメ?とかに出てくる、自分の内面との対話的なやつじゃ!」
リベリアルはじれったそうにする。
甲冑姿でフルフルしていた。
え……。これ、俺が悪いの……?
「んん……。――まだ、ピンとこないが……、別に俺の身体を乗っ取ろうとかそう言うのじゃないって事か?」
「しないしない。そんな怖い事」
「じゃあ、なんでこんな夢を見せてるんだよ?」
「こうでもしないと、完全に力の覚醒していないお主に伝えられんからな……」
「!?」
あ、何となくわかって来たぞ。
「魔剣の呼び出し方をな……!」
「!?」
魔剣……!!
リベリアルがそう言うと、突如。
部屋のど真ん中、床に突き刺さった形で“魔剣ウルズ・シュバイツァー”が現れる。
「くくくく……、そろそろこいつが必要になる頃合いだと思ってな。のお?辰海よ!?」
やっぱりか――!
これは、アレだ。
アニメとか漫画で例えるところの「力が欲しいか?」的なあのくだりである。
「……」
大きく息を吞んだ。
恐らくコイツはリベリアルの見た目をしているが、実際は、俺の未だ覚醒していない力の部分ではないのだろうか?
俺が首を縦に振れば、コイツが俺に吸収されて完全に魔王として覚醒したりするのだ。
しかし。
「いや、必要ない……!」
「ほお。何故だ?」
リベリアルの声が少し低くなる。
怒っているのか?
兜の隙間から覗く、彼の眼と視線がぶつかった。
「……。……。俺がこれ以上覚醒するとこっちの世界にまた、たくさんのダンジョンが現れる。そうなれば……、スタンピードが起こる危険性が増えるからだ!」
「だったら猶の事。お主が我の力を完全に引き出せば、そんなもの簡単に斬り伏せられるのではないか?」
確かに、リベリアルの言う事にも一理ある。
完全に覚醒すればダンジョンのモンスターなど相手ですらない。
が。
俺は、あの時の事を思い出す。
八歳の頃。
神隠しに遭った時の事だ。
俺はあの時、魔導紋を発現させてモンスターを撃退したが、その力が制御できずに、一緒に神隠しに巻き込まれた少女にまで傷を負わせてしまったのだ。
今思えば、あれは魔王の力が暴走したのだと思う。
俺はあの頃から、潜在的に魔王として覚醒していたのだ。
完全に覚醒した時に同じように暴走してしまったら取り返しのつかない事になるのではないか――?
底知れぬ不安が、冷たく俺の心臓を掴んだ。
「駄目だ……!俺はアンタの力を完全に使いこなす自信が無い……。そうなれば、それによって傷つく人が出てくるかも知れない。――アンタだって、もう誰も気付つけたくは無いはずだ!!」
「……」
「そうだろ?」
「……。まぁ、これをどうするのかはお主の自由だ。我は所詮、紡がれた夢の残り火だからな。――だが、一つだけ言っておくぞ。迷ったら、迷わず我の力を使え、お主はお主が思っているほど弱くはない」
「……」
一応、励ましてくれているのか?
「それにしても……、お主みたいなのが我の後継者だとわのう。――これがオタクの部屋というやつなのか?」
リベリアルは立ち上がると部屋の中を物色しだす。
「あ、おい!?」
机の上に飾ってあるノブナガちゃんのフィギュアを掴んでは、逆さにしスカートの中を覗き込む。
「どれどれ……。――ちょっと不健全すぎやしない?」
「な、なんだよ……、人の自由だろ……!」
まるで、親に部屋の中を見られているみたいになる。
「おう……。下着まで作り込まれているとは……。――お主、こんなに女体に興味あるのなら、春沢を抱けば良くない?」
!?
「は?」
コイツハナニヲイッテイルンダ?
「え……?は、はぁーーーーー!?なななな、なんでここで春沢が出てくるんだよ!!??」
「だって……。お主、春沢の事好きじゃん」
「は、はーーーー?そんな訳ないしー。確かに可愛いし、強気な性格に見えて結構ナイーブなところあったりしてほっとけないし、胸デカいし、仲良くなったら以外と優しくて、こっちも変に気兼ねしなくて話安いし、一緒に居て楽しいけど……。べ、別に春沢の事なんて好きじゃないんだからな!!」
「それ完全に……。――大体、我はお主の中の我なわけ。今更、取り繕っても意味は無いぞ?」
「……。……。……。」
く……。、敢えて今まで意識しないようにして来たのに……。
言ってくれる――。
オタクはただでさえ急激な環境の変化には弱いのだ。
これを認めてしまえば、明日からどう春沢に接すれば良いかわからなくなる。
「……。何時から……。何時から俺は春沢の事が好きなんだ?」
「知らん。自分に聞け」
「だから、聞いてるんだろうが」
「我から言う事ではないわ。自分で考えろ」
「はぁ……」
なんだろう。
今までで一番心の中がかき乱された感覚だ。
これがそうなのか――。
「――ん。そろそろ別れの時間のようだの」
「え?」
リベリアルがそう言うと、辺りが白く眩い光を放ち始める。
「一応、言っておくぞ。“魔剣抜刀”。そう叫べば、お主はいつでも魔剣を呼び出すことが出来る」
「いや、だから俺は……」
「分かっておる。だから一応だと言っただろ?――では、さらばだ。魔王よ」
「あ、待って――」
他にも、話したい事があったのだが。
ここで俺は夢から醒めた。
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