結成、新魔王軍

 魔族がアリスヘイムに現れてから300年は、魔王というものがいなかった。


 細分化された都市の様なコミュニティがいくつかあり、そこにそれぞれ“賢者”と呼ばれる者達いて、民衆をまとめ魔族社会を回していたのだ。


 従って軍隊なんてものも存在しなかった。


 その為、個々では人間に比べて圧倒的な力を持つ魔人でも、数千倍の兵力で統率の取れた戦いをする人類軍には手を焼いていて、魔族は緩やかに滅亡の未来へと進んでいた。


 そこで現れたのがアレスリゴール達、三賢者である。


 三賢者は“魔剣”を開発し、圧倒的な力の象徴を作り出し人類軍に対抗しようと考えた。


 魔剣には、魔族一人一人から少しずつ生命力を吸収し、それを制御する適合者に譲渡するといった機能が備わっていた。


 その適合者だったのが俺であり。


 魔剣の持ち主こそが、魔王なのだ。


 それから、700年。


 俺はバラバラだった魔族を一つにまとめ上げ、魔王軍を結成し、人類軍とは拮抗する状態まで持っていったのである。


 つまり。


 魔王とは人類を侵略する為でなく、人類から魔族を守る為に作られたのだ。


 「私の計画をお話しましょう。まず、モルガリアが辰海君を覚醒させたのは、魔王城にあるを探しているからだと我々は考えています。彼女はそれを使ってもう一度、世界を浄化し直そうとしているはずです。――なので、敢えて辰海君には、魔王としての力を完全に取り戻して戴いて、ダンジョンである魔王城をこちらの世界に顕現させて貰います。そして、我々の手でモルガリアが見つけるよりも早く魔王城内の魔術式を発見して破壊する。――これを私は、オペレーション・Aliceアリスと呼んでいます。辰海君と春沢さんにはこれに協力して欲しいのです」

 「 ……。イデアル・スケールを破壊する……!?」

 「成程、をモルガリアはそう呼んでいるのですか」


 確かにそれなら、俺の協力が不可欠だろう。


 だが、この計画には一つ重大な懸念点もあるのだ。


 「でも、これって魔王城がどこに出現するか知ってないと、無理くない?」


 春沢の言う通りである。


 折角、魔王城を顕現させてもモルガリアが先にイデアル・スケールを見つければ逆に終わりなのだ。


 「それであれば、問題ありません。魔王城が現れるのは、……ここなのですから」

 「「!!??」」


 ここって、八王子高校に――!?


 「でも、どうしてそんな事……」

 「実は、ダンジョンの出現ポイントには法則性があるのさ。それは、アリスヘイムと同じ座標に出現するって事。つまり、これまで出現したダンジョンから大体の位置は割り出せるってわけさ。――まぁ、ボクも細かいダンジョン配置なんて覚えてないけど……。こっちには、元魔王軍の軍師サマが付いているからね」


 「当たり前だ。盤上の地図を覚えていないで、兵法も糞もあるものか。――だが、その計画に私と環は反対している。理由は簡単だ。そもそも、モルガリアの狙いがイデアル・スケールであるとまだ確定していない。有栖院の言う通り奴は、リベリアルを覚醒させようとした。だが、何故、ルクスフィーネまでわざわざ巻き込んだ?それが分かるまで今動くのは悪手だと考える」

 「だから、ボク達は辰海君とハルちゃんを監視しつつ、モルガリアが尻尾を出すのを待とうと考えたのさ」

 「有栖院も一度はこれに承諾していた。――貴様、なぜ急に計画を変えた!?」


 しかも、俺と春沢の進路を人質にしてまでだ。


 かなり強引である。


 「……昨日、本部より、我が社が予定している、ダンジョンの娯楽施設化計画の施工を来年度から着手しろとの通達がありました。――その為には、モルガリアという障害を早急に排除しなければならないのです」

 「また、貴様らは……、状況を理解してから物を言えんのか!?――奴は魔王と姫騎士を完全に覚醒させること自体が目的かもしれないんだぞ!?」

 「――であれば、彼女も大きく動くでしょう。そこで、モルガリアをすれば結果的には同じ事でしょう?」


 理事長は「何か問題でも?」と言った感じで、冷たく答えた。


 「始末って……殺すんですか?」

 「まさか……、こっちはアリスヘイムじゃ無いんだし……」


 俺達はあくまでもこちらの世界の人間なのだ。


 流石にそれは倫理的に……。


 「人類を滅ぼそうとしたのですから当然の報いでは?――と、言いたいところですが。私にもこの国の法律スレスレのラインは守るという、ビジネスマンの矜持きょうじがあります。――なので彼女の魔導紋を破壊する事に留めます。そうなれば、只の人の身。は死んだも同然でしょう」

 「ふん。まるで、赤子の手をひねる様だと言う……」


 つまり、理事長の計画に協力するか、帝さん達に監視されるかの二択ということか――。


 今になって何だかとんでもない事の渦中にいると理解してきた。


 ん?


 待てよ、そもそもこの人たちの事を本当に信じて良いのだろうか――?


 今の俺の状況は、只言われた事から状況を判断しているに過ぎない。


 元部下である、アレスリゴールとカルバートをあまり疑いたくは無いが、この人達自体が俺と春沢の事を何かに利用している可能性だって十分にあり得るのだ。


 聖法教の本来の目的だって、なんでジャンヌヒルデは知る事ができたんだ?


 怪しすぎる。


 ただ、俺と春沢の進路が人質に取られている、この現状は今すぐどうにかしないといけないのだ――!


 俺は、魔王の時の事を思い出した。


 魔王軍を結成した最終目的は、人類との講和による和平協定だ。


 だが、交渉の話を聞いて貰うには対等になれるだけの力が必要だった。


 だから、強大な力が必要だった。


 今の状況はそれに似ていた。


 ふ――。


 感謝しろよ?リベリアル・ルシファード。


 この鱶野辰海がお前の尻をここまで拭いてやるんだからな――!


 まぁ、これも。


 いつかは俺が対処すべきことなのだ。


 それに、この方法なら――。


 春沢を一瞥する。


 これが今までで一番の覚悟になる。


 「ふ……ふははははは!笑止!!人間風情がこの魔王に首輪を付けようなどと!!!まったく舐められたものだな」

 「どうしたし?急に!?」


 俺は、邪悪に笑いながら立ち上がった。


 「鱶野辰海、なんのつもりだ……?」

 「ちょ!辰海君!?」

 「!?」


 理事長の机の前に立つ。


 そして。


 デュミナスリングが禍々しい黒い光を放ち始める。


 「魔装降臨!!!!!」 

 「……」


 黒いオーラを身に纏い、魔王・暗黒騎士モードに変身した。

 

 成程、“”か――。


 後、少しだけ勇気が欲しかった。


 この姿はそれにおあつらえ向きだった。


 「ここに俺は新魔王軍の結成を宣言する!!!!!」

 「ちょ!?」

 「な……!?」

 「え!?」

 「!?」

 「ほう……」


 俺は覚悟を決めたのだ。

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