スイムスーツラプソディー2
八王子を出て一時間程。
俺達は、水着を買うだけの為に遠路はるばるこの原宿へとやって来たわけだ。
勿論、俺は初原宿である。
山手線なんて秋葉に行く時くらいしか使わない。
陰キャオタクに、こんな若者の街など、わざわざやって来る用事があるはずないのだ。
俺も若者だけど……。
「鱶野ー!置いてっちゃうぞー!?」
改札口に向かおうとする春沢が、センチメンタルになった俺の意識を現実へと引き戻した。
人混みでも良く通る声だ。
ぴょんと跳ねて、手を振っている。
「お、おう」
今日の春沢は、クリームレモン色のロング丈Tシャツにデニムのショートパンツスタイルだ。
Tシャツには見たことも無いゆるキャラみたいなのが、描かれている。
もっと凄い
俺は、いつものTシャツに短パンファッションである。
まさか、俺に合わせてくれたとか……?そんな事は無いか――。
思っていた通り駅前では、人が沢山いたが秋葉と似たようなものだった。
行き交う人々もギャル、陽キャ、パリピばかりということも無い。
何なら、オタクや陰キャっぽいのもいる。
もっとこう、アリスヘイムのバゲランゾル(荒くれものが集まる街)みたいなのを想像していたがそんな事は無かったのだ。
何だか勝手にイメージだけで決めつけていたのが申し訳なくなる。
何事も実際に眼で見てみないと分からないのだ。
学びを得た。
「で、ここからどうするんだ?初めてだから俺は何も分からんぞ」
改札を出て、視界に入ったのは。
ファンシーで映えを狙ったカラフルな見た目の店や、ゴリゴリにデコレーションされた看板たち。
普通にオタクとして生きて行けば一生出会わない様なものに目が滑る。
「問題なーし!ウチがちゃんとエスコートしたげるって!じゃ、まずあっちね」
春沢はいつもより少しはしゃいでいる感じだった。
ん?まずってどういう意味だろう――?
春沢は、駅前にある商店街の方を指さした。
「へーここが竹下通りかぁ」
俺も名前くらいは知っている。
食べ歩き出来る食べ物屋やお洒落な服屋、アクセサリーショップ、雑貨屋、ゲーセン。
若者をメインターゲットにしている店が多かった。
すれ違う時に肩と肩がぎりぎりぶつからないくらいには、人も多い。
「そだよー。ウチのホームね。――でも、最近は誰かさんのお陰で来れてなかったんだけどー?」
「俺が悪いみたいに言うな」
何が面白いのか、春沢はニヤニヤしていた。
「えー?――まー、ダンジョンもちょっとは楽しかったから良いけど……」
「そ、そうなのか?」
それは、意外だった。
春沢が俺を監視するのは、前世のルクスフィーネが背負った責任から来ていると思っていたからだ。
確かにダンジョン探索で行動を共にした春沢は、いつも明るく元気一杯なギャルに見えたが。
時折、何処か引きずるような影もあったのだ。
気に掛けてはいたが、取り越し苦労だったかもしれない。
「まーねー。それに鱶野も悪い事するような奴じゃないって思えてきたし……、監視もそろそろ終わりかなって」
「――え?」
虚を突かれて、思わず反応してしまう。
「あ!今、鱶野。さみしいーとか思ったっしょw?」
俺は今、残念に思ったのか――?
ここぞとばかりにからかわれる。
「は!?はあー??やっと解放されるかと思うと清々するくらいだ」
思い返せば、俺も春沢とのダンジョン探索は嫌いじゃなかった。
だからだろうか、取り繕ってみても格好がつかない。
「ほんとーw???」
「く……」
翻弄されてしまい、もどかしい。
しかし。
何故だろうか。それが少しばかり心地良くもあったのだ。
……。
……。……。
……。……。……。
竹下通りに入って暫く、一向に水着を買いに行く様子は無かった。
気が付くと俺達は、タピオカドリンクを片手に通りを散策していた。
これでは本当に……。
「鱶野は何味の頼んだん?」
「抹茶ラテだが……」
「おしいし……?」
「まぁな。――濃厚な牛乳の抹茶の後を引く感じが丁度いい」
春沢は、物欲しそうな顔をしていた。
いや、まさか……。
まさか、な――。
「ね、ねえ……?ウチの黒糖ミルクとちょっと交換しよ!?」
ストローをこちらに向けてくる。
「え……?いや……」
マジか、コイツ――。
それは、難易度が高すぎるだろ――。
それとも、陽キャの間じゃ当たり前に行われることなのか――?
「ほれほれー、遠慮するでない」
「か、関節キスになるし……」
近づいて来るストローから顔を逸らした。
耳が少し熱くなる。
「えwまじぃ!?ピュアすぎるだろ!?」
春沢がくりくりした眼を更に丸くする。
「いや、だって……」
「鱶野ってば、小学生かよーwww」
「うるさいわい!――そういうお前は、気にならんのか?」
「うん」
こっちだけが変に意識したって事か――。
情けなくなる。
「隙ありー!」
「ちょ、おま!むう!!??」
春沢は、俺の持っていたカップのストローに飛びついた。
同時に春沢の持っていたカップのストローが俺の口にねじ込まれる。
モキュモキュと抹茶ラテタピオカが吸われていく。
ここまで来たらと、俺も一口だけ頂いた。
「ぷはー。おいしかった!ごちそーさまー!!鱶野は?」
「え?――あ、ああ。良かったぞ……?」
「なんで、疑問形だし」
味なんて全然頭に入って来なかった。
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