ローションデスマッチ

 一見。


 ふざけたように思えるそれは、機動力を完全に封殺すると言う。


 この戦況においては、とても効果的な役割を果たしていた。


 お陰で、迂闊に足を踏み出せなくなる。


 「だから、飛んで火にいる夏の虫と言っただろウ?」

 「ふん、少しは悪知恵が働くみたいだな」


 先程の触手は、攻撃を目的にしたものではなく、この包囲網を作り上げる事こそが真の狙いだったわけだ。


 本格的な攻撃はこれから始まるのだ。


 六本の触手が、間断なく打ち込まれる。


 片手剣一本では、それを押し返すので手一杯だ。


 俺はその場で、防戦一方となった。


 「鱶野!?」


 無秩序に繰り出される鞭の波状攻撃は、既にその回数が100打を優に越えていた。


 「お、おにーさん!?」


ひめめーめひーめめ『あれ?ガチでやばめ?』

名無しの蛍火『これは……、マズいか・』

名無しの騎士君『負けんな!ざこニキ!!』


 姫苗ちゃんと視聴者達も心配し始める。


 「なかなかどうして耐えられてはいるガ。が編み出した有効戦術ダ。そろそろ、限界が来たのではないカ?」

 「……他のダンジョンだと?」

 「そうダ。ワタシ達の蓄積した経験値は、ダンジョンコアを通して別ダンジョンにいるワタシ達と共有されていル」


 道理でコイツは俺の事を知っていた訳だ。


 他のダンジョンでもこうやって探索者相手に戦いを挑んでいたのだろう。


 これは、コイツらなりに編み出した対人間用の鉄板戦術らしい。


 しかし、


 「ふははははははっ!馬鹿者が!!」

 「何!?」

 「俺を誰だと思っている!?」


 その程度でやられる鱶野辰海では無い――!


 片手剣で触手を弾きつつタイミングを計る。


 今だ――!


 俺は、弾いた触手の一本を掴んだ。


 それが一旦奴の方に戻ろうとするエネルギーを利用した。


 「そおおおおおおい!!」



姫ちゃんぱぱ『お!』

㌔㍉㌔㍉『ナイス!ざこにき』

ひめちゃん親衛隊『いっけえ!』

ひめひめひめなー『チャンス来たか!?』

ひめめーめひーめめ『いけええええ!』


 地面と足との接地面は、ローションのお陰で摩擦が限りなく少ない。


 そのまま。


 加速をし勢いを得た俺は、高速で参道を滑り一気に48号との距離を詰めた。


 「そ、そんなことガ!?」

 「貰ったああああ!!!」

 「頑張れー!おにーさん!!!」


 すれ違いざま、土手腹に一撃を叩き込む。


 「鱶野やるじゃん!」

 「これくらい、造作もないわ!」


 春沢の歓声に背中で答える。


姫ちゃんぱぱ『やった!』

みぎよりレッドロード『おお!!!!』

ひめちゃん親衛隊『やったか?』

姫星観測隊員『やった?』

すたみな次郎『やったか……!?』

最速の牛歩『お前ら……、それ……』


 「……それは、この私をちゃんと斬ってから言いて貰おうカ」

 「なぁ!?」


ひめひめひめなー『完全にフラグだった……』

ひめめーめひーめめ『Oh……』

姫ちゃんぱぱ『クッソ』


 確かに手ごたえはあったはずだ。


 振り向いて奴の身体を見る。


 斬れていない――!?


 「刃先が立たなければ、斬れるものも斬れないだろウ?」


 48号の身体は粘液で怪しく光を照り返す。


 ローションで剣の刃先を滑らせたのだ。


 「なんだとぉ!?」


 それに気を取られていると。


 死角から触手が伸び、足をさらった。


 「しまつ……!?」


 触手は大きく天に振り上げられて、俺の身体は宙に舞った。


 空中に投げ出されると、残りの触手がマシンガンの様に繰り出される。


 「ぐわあああああああああ!!!!???」


 成す術無く、殴打の雨を受け入れた。


 「ブラスティア……」


 更には、触手の先から魔術式が展開されていく。


 「貴様……、まさか!?」


 こいつ、魔術まで学習したのか――!?


 48号の眼がニタリと細くなる。


 「ボルト!」

 「あがああああああああああ!!!!!!!」


 六つの火球が一点に集中し、凄まじい規模で炸裂した。


 俺は、爆風で飛ばされるも、やがて推力を失って、力なく、糸の切れたマリオネットの様にそのまま地面に墜落する。


 「え……?おにーさん……?」


ひめちゃん親衛隊『タツミ……!?』

姫ちゃんぱぱ『うそだろ?』

すたみな次郎『え!?』

姫星観測隊員『タツミ!!!??』


 「いやああああ!!」

 「勝負あり……、だナ」


 地面に叩きつけられて身体が軋む。


 「がぁぁっ!!」


 激痛で身体を起き上がらせられない。

 

 「嘘!?鱶野ーーーー!!!」

 「春……、沢……」


 どうにか立ち上がろうと手を伸ばす。


 「……では、勝利の宴を始めよウ」

 「え!?ちょっと!!?」


 勝利を確信した48号は、おもむろに自分の首を伸ばして春沢の方へと近づける。


 「な、なに……?」

 「さて、お前はどんな声を聴かせてくれル?」


 そう言うと、顔から舌の様な部位が現れ、春沢の身体にいやらしく蠢きながら伸びた。  

 

 「いやあああああ!?」

 「春沢ぁ!?」


 それは、やめろおおおおお――!!


 「え!?千空おねーちゃん!??なんでひめなの事目隠しするの?」


 千空さんグッジョブ――。


 奴は何故かローパーとしての習性を色濃く残していた。


 となれば、この後の展開など容易に想像できるのだ。


 このままでは、本当にBANされてしまう――!


 そんな、俺達を尻目に、48号の毒牙が春沢に迫った。


 触手が更に締め上げられ、春沢の胸をより強調させる。


 粘液を弾き、張りのバストが下着を押し上げた。


 「ぬふふふふふ……」

 「いや……。やめ……、やめて……!!助けて辰海いいいいいいい!」

 

 後、数ミリ。


 その舌先が胸に近づいた。


 と、


 「くっっっっっっっっっさ!!!!!!!!!!!」

 「え……!?」

 「へ……!?」


 寸での所で、ピタリと静止し48号は叫んだ。


 「なんだこの臭いは!?貴様ァ!!??ちゃんと風呂に入っているのかぁ!!!?」

 「……へ!?はあっ!?――コイツいきなしチョーしつれーなんですけ、どおおおおお!?」


 そして、間もなく春沢を触手から解き、投げ捨てた。


 「……はぁー、はぁー、はぁー。鼻が曲がるかと思ったゾ……。魔王城の下水の様な匂いだっタ」


 48号は肩で息をしている。


 春沢は相当臭かったようだ。


 と、いうか魔王城の下水って比喩表現に使う程臭いの――?


 ではなくて――!


 「――そろそろ、年貢の納め時と言うやつだ。自己進化超生体!!!」


すたみな次郎『タツミいけるのか?』

ひめめーめひーめめ『今度こそ頼むぞ!』

姫ちゃんぱぱ『頑張れ!!!』


 俺は、転ばないようにゆっくりと近づいていく。


 「……無駄ダ。リベリアル・ルシファード。お前の剣ではワタシを斬れなイ」

 「それはどうかな……?」


 ビイイイイイイイインと、片手剣が高音域の唸りを上げる。


 「な、なんダ!?」


 俺は片手剣を振りかざした。


 魔力によって運動エネルギーを生み出して、刃先を超振動させている。


 「ちぇすとおおおおおおおおお!!!」


 刃先はローションの壁を弾き、48号は真っ二つになった。


 「む、無念……」


 自己進化超生体は、その場に崩れた。

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