夏の始まり
陰キャは大体、コミュ症も併発している。これが社会の認識だろう。
これには、考察の余地がかなりあり、そもそも陰キャという言葉の意味の中にコミュ症も内包され、使用されている場合もあったりする。
では、そうなってくると陰キャかコミュ症どっちかに絞れよとなるのだ。どの道、世間一般のイメージは陰キャもコミュ症もそう大差がないのだから。似たような言葉が存在するのは、ややこしい。
只俺は、陰キャオタクは自称しようとも、コミュ症を自称したことは一度もない。何故なら、友人はいるし、コンビニで買い物をしても「あ、レジ袋いらないです」と声に出せる。体育では「二人組になって」と言われたことがないから困ったことがないし、母親や妹とも意思疎通ができるのだから異性とだって問題ないのだ。
そう、俺は陰キャだがコミュ症ではないのだ――!
「……」
「……」
おい待て、何だこの状況は――!?
そう俺は女子と二人きりで歩いているのだ!!
……。と言えども相手はあの春沢。いや、しかし腐っても女子に変わりわなく……、つまり、春沢は女子で胸がでかい女子なのだ……、ええい!まともに思考が出来ない――!!!
ああ、駄目だ――。身内以外の女性とこういった事になった経験が無く、テンパり始めた。
クラスの中の女子では、一番春沢と会話をするが、大体それは喧嘩絡みなのだ。こうゆう普通の状態は初めてかもしれない。
俺は、夏の日差しに照らされて、春沢と並んで国道沿いを歩く。嫌な汗が頬を伝う。
「……えっと、ご趣味は?」
「はぁ?」
「いや、何でもないです……、たはは……」
渇いた笑いが哀愁を誘う。
「……。はぁ……。まともに女子と会話も出来ないわけ?鱶野ってホントに陰キャ感半端ないし、こんなのが魔王とか……、ウチの覚悟返してほしいんですけど」
春沢はズバリと俺の欠点をぶち抜いた。
もう、いつもの感じに完全復活したように見える。まぁ空元気の可能性もあるが。兎に角先ずは、この暴言に反撃しなくては。
「う、うるさいな。オタクなんだから仕方ないだろ……」
う~ん、クソ雑魚――。
「……」
「……」
き、気まずい。今の俺は借りてきた猫だ。
「――じゃぁさ、何でⅮライバーなんてやってるわけ?」
気を遣われたのか、話題を替えられた。
「有名になりたいからだけど」
また、答えずらい話題を。実はⅮライバーを何故やっているのか、真の理由は誰にも話したことが無い。笑われたくないからだ。
「なにそれ」
「春沢だって、昨日豊徳院の配信に出てたじゃないか」
「あれは、蛍が乗り気で断れなかったの。ウチはそーゆうの興味はないし」
「あんなに、魔術が使えてか?探索者なんだろお前??」
昨日の春沢は、明らかに戦闘慣れしている様子だった。魔術の練度もかなりの物だろう。昨日今日で身に付いたはずが無い。
「……い、今は鱶野のこと聞いてんの!ウチのことはいいじゃん。有名になってどうしたいの?」
お、少し動揺している――。ちょっと気は進まんがもう少し会話を続けるか。
「……。小さい頃、離れ離れになった友達に会うためだ」
「え?」
春沢が少し固まる。変な奴だと思われたか――。
「仕方ないだろ。これくらいしか方法が思いつかないんだ。名前もどこに住んでいるのかも、分からないし……、有名になれば見つけて貰えるかもしれないだろ?」
少し、補足を入れてみる。
「ふ、ふーん」
何ともわからん反応が返ってくる。
「――で、何で?」
そこまで聞いて来るのか――。
「……。そいつにケガさせて……、謝りたいんだ。おかしいだろ?こんな理由?」
若干自虐気味に答えた。他人からしたら全く変な動機に違いない。
笑うなら笑えばいい。
行きかう自動車の駆動音が耳を撫でる。
「……。――別にいいんじゃない。自分だけの大切な思い出とか、ウチは大事だと思うよ?」
春沢は笑わなかった。
「お、おおう」
意外だった。
「――で、男?女?」
「はぁ!?――お、女の子……だけど……」
「あ~!鱶野ぉ!!すっけべぇ!!!うりうり~」
春沢は
オタクに厳しいギャルとばかり思っていたが、春沢は案外いい奴なのかもしれん。
今まで気付かずに損をしていた気分だ。
立川駅にはあっという間に着いた。
「じゃぁ、俺はまだ寄るとこあるから」
「――はぁ?女の子一人で帰らす気?あり得ないんですけどぉ!?」
「い、いやまた歩くし……」
「構わないって言ってんの。それに悪いことしないように見張るって言ったし……」
おい!見張るってそう言う意味だったのか――!?こいつ、まさか学校でも粘着してくるつもりじゃないだろうな?
何故か春沢は膨れていた。
「……」
無言で何か訴えている。
「――。ああ、もう、わかった。
「りょ!」
結局、春沢は
時刻は午後六時。外はまだ明るく、暑さ少しは引いてきた。
「じゃぁ、ウチ外で待ってるから、用事済ませて来てよ」
「入らないのか?」
てっきり事務所内まで来ると思い。驚いて、こちらから聞き返してしまう。
「入って良いの?」
春沢は聞き返した。
駄目だ――。俺は千空さんの存在を思い出した。俺が女子を連れて来ようものなら、一ヶ月はそれでいじり倒される事間違いない。青春に飢えた、悲しき大人なのだ。
まさか、春沢はこれを予想して――!?そんなことは無いか。
とりあえず。
「いや、お心遣い感謝しまっす」
俺は爆速で事務所へ入った。
「にゃー、にゃんごろ、にゃー」
俺が、ボロボロのジャージについて、千空さんの追及を上手くかわして戻ってくると、春沢は、駐車場で地域猫の“やっさん”とじゃれていた。おい、パンチラしてんの見えているぞ。
やっさんは、茶トラのデブ猫だ。俺と同じ愛されボディなので、勝手に親近感が湧いている。
しかし。やっさんは男嫌いなので、俺が近づくと「にゃぁ↓↓↓」と鳴いて去っていった。可愛いけど可愛くない奴だ。
「終わったぞ。お前、猫好きなのか……?」
「あ”!?なに!?」
声を掛けると、やっさんが逃げたからなのかガチめに怒られた。こ、怖ぇえ――。猫ガチ勢過ぎんだろ。それともまさか、パンツ見たのがバレたか!?
「あ……、申し訳ございませんでした」
「……んしょっ。意味わかんないし――」
春沢は立ち上がると、スカートを整えた。
「はいこれ」
俺の手に、小さく折りたたまれたメモ用紙が渡される。
「え?何だこれは??」
「――私の連絡先だから……」
「はぁ!?」
思わぬ展開に、高めの声が出た。俺のアドレス帳に家族や親戚以外の
「何、固まってんの?」
しかもまさかの春沢だ。心なしかメモ用紙から良いがする気がした。
「ウチがメッセしたら10分以内に返す事!分かった?」
えぇ……何それ、こっわ――。と、思いつつも頭の中は半分浮かれていた。
「あ、ああ……」
今日は赤飯だな――。そんな考えが頭を巡り、生返事になる。
「帰ったら、鱶野の連絡先も送ってよね」
「お、おう」
道沿いに、俺と頭一つ分くらい小さい春沢の影法師が並んで歩く。
どこかで、ヒグラシが鳴いていた。
もうすぐ、夏休みが始まるのだ。
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