魔王と姫騎士
世の中には“終わり良ければ総て良し”という言葉があるが、笠井をぶっ飛ばしたことで何かが解決したかと言えば、そういう訳ではない。
終わらせなければならない問題は、なんら解決していない。危機は去っていないのだ。
俺は、まだ顕現していた聖剣を地面から引き抜くと、ボロボロな制服姿の春沢の方へと歩み寄る。
「な……、何する気?」
明らかに警戒されている。
「春沢よ。お前は、まだ
「……。当たり前じゃん……」
「そうか」
俺はそう呟いて、聖剣を春沢の前に突き立てる。
そして、疲れたので、覚醒の状態を解きその場に寝ころんだ。
そこには、仰向けになった愛されボディの陰キャオタクが一人いた。
「貴様に最後の機会をくれてやる。昨日の礼だ。三分間待ってやる」
何処かで聞いたような台詞だ。
「え……!?」
春沢は全然要領を得ないという感じで、少しの沈黙で間が生まれる。
「――。その聖剣で魔導紋ごと俺の右手を叩き斬れ」
好敵手同士、なんか分かり合ってる感を演出したかったが駄目だった。仕方なく説明した。
「なんでそんな……」
「魔導紋が無くなれば、俺は魔王としての力を失うだろう。魔王の生まれ変わりには違い無いが、この世界では只の凡人として生きていくことになる。それで手打ちにしてくれないか?」
俺は、覚悟を決め春沢の目を見る。
和解の道がないと言うのなら、もうこれしか方法がなかった。
恐らく魔導紋が消滅すれば、継承者としての力も失う。これは、そういったものなのだ。
魔王を討つという。ルクスフィーネの復讐は達成されないが、これで
只、それはそれとして、この年頃の男子が右手を使えなくなるという事の重大さだけは、春沢には十分理解した上で決断してほしいと思う。こっちは死活問題なのだ。
「……」
春沢は無言で聖剣を引き抜いた。怖くて俺は、視線を逸らす。
やむなしか――。
「せめて、痛くないように一思いに頼む」
「……」
格好良い捨て台詞を言うつもりが、本音が漏れてしまう。こういう時に締まらない。
俺は、注射を打たれる時のように目を瞑って、喰いしばった。
「……」
うぅ……、は、早く――。
「……。……」
「……。……。……」
え、まだなの――?
俺は、幼少期に千空さんとかくれんぼをして、鬼役の千空さんが飽きて帰ってしまい、放置された時の事を思い出す。
「……。……。……。……」
もう、三分経ったでしょ――。薄目でチラチラと春沢の様子を探る。まだ、聖剣を振り上げたまま
俺の方が我慢の限界だった。
「貴様ぁ!!さっさとやらんか!!!こっちは生きた心地がしないんですけどぉ!!!!?」
「えい。」
「いやああああああ!?」
春沢の聖剣が俺の右手……から離れた何も無い所に振り落とされる。
た……、助かった、のか――。女子特有の良い匂いがした。
「……春沢。良いのか……?」
「……。……。はぁ……。なんかアンタのアホ面見てたら、馬鹿らしくなってきたわ。しかも
なんだそれ――?
聖剣は光の粒になって消滅していった。
「な!?“や~めた”ってお前……」
急にノリが軽くなってこちらの方が困惑してしまう。俺の覚悟を返してほしい。
「だから、見逃してやるって言ってるの!――考えてみれば。今の家族とか友達が、もし魔族の継承者だったら……、多分ウチ斬れない。――だから、鱶野はそのついで!!」
ついでなのか……。まぁ、言いたいことは山程あるが、助かったのだから今は良しとしよう。
「あ、でも。まだ、
「はぁ!?なんだそりゃ!!?」
「やっぱ、そんな直ぐに心のせーりできないし……」
「……面倒くさい奴だなお前は」
ルクスフィーネは、その人生を魔王討伐に捧げたと聞く、それを考慮すれば当然ではあるか。
「はあ!?鱶野がいけないんじゃん!」
「だから、何でそうなる!こっちが下手に出てやれば、図に乗りおって――」
互いに普段の調子を取り戻したように、言い合いとなる。
「――ぷふっ!!」
春沢が急に吹き出す。
「やっぱこんなのが、魔王とかチョーウケるんですけど!」
「ウケるな!」
俺は、すかさず突っ込んだ。
「……さっきも言ったけど!アンタの事は信用してないから!悪いことしないように見張るからね!!」
「……もう。好きにしてくれよ……」
俺はどっと疲れが出て、対応が雑になる。このことが後々の俺の悩みの種になるのは別の話なのだ。
起き上がると、そろそろ帰ろうと思い、Ⅾギアで時刻を確認する。
“同時視聴者数10万人”。
お、もうそんな時間か――。
ん?
10万人?
じゅううううううまんにん!!!!????
そうなのだ。
俺は、配信を切り忘れていたのだ。
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