魔王と姫騎士

 世の中には“終わり良ければ総て良し”という言葉があるが、笠井をぶっ飛ばしたことで何かが解決したかと言えば、そういう訳ではない。


 終わらせなければならない問題は、なんら解決していない。危機は去っていないのだ。


 俺は、まだ顕現していた聖剣を地面から引き抜くと、ボロボロな制服姿の春沢の方へと歩み寄る。


 「な……、何する気?」


 明らかに警戒されている。


 「春沢よ。お前は、まだ魔王おれの事が憎いのか」

 「……。当たり前じゃん……」

 「そうか」


 俺はそう呟いて、聖剣を春沢の前に突き立てる。

 そして、疲れたので、覚醒の状態を解きその場に寝ころんだ。


 そこには、仰向けになった愛されボディの陰キャオタクが一人いた。元に戻るリバウンドするのか……、これ――。


 「貴様に最後の機会をくれてやる。昨日の礼だ。


 何処かで聞いたような台詞だ。


 「え……!?」


 春沢は全然要領を得ないという感じで、少しの沈黙で間が生まれる。


 「――。その聖剣で魔導紋ごと俺の右手を叩き斬れ」


 好敵手同士、なんか分かり合ってる感を演出したかったが駄目だった。仕方なく説明した。


 「なんでそんな……」

 「魔導紋が無くなれば、俺は魔王としての力を失うだろう。魔王の生まれ変わりには違い無いが、この世界では只の凡人として生きていくことになる。それで手打ちにしてくれないか?」


 俺は、覚悟を決め春沢の目を見る。


 和解の道がないと言うのなら、もうこれしか方法がなかった。


 恐らく魔導紋が消滅すれば、継承者としての力も失う。これは、なのだ。

 魔王を討つという。ルクスフィーネの復讐は達成されないが、これでいくばくか彼女の心も晴れるだろう。それに、春沢も人を殺めずに済む。正に一石二鳥の最適解である。


 只、それはそれとして、この年頃の男子が使という事の重大さだけは、春沢には十分理解した上で決断してほしいと思う。こっちは死活問題なのだ。


 「……」

 

 春沢は無言で聖剣を引き抜いた。怖くて俺は、視線を逸らす。


 やむなしか――。


 「せめて、痛くないように一思いに頼む」

 「……」


 格好良い捨て台詞を言うつもりが、本音が漏れてしまう。こういう時に締まらない。

 俺は、注射を打たれる時のように目を瞑って、喰いしばった。


 「……」


 うぅ……、は、早く――。


 「……。……」

 「……。……。……」


 え、まだなの――?

 俺は、幼少期に千空さんとかくれんぼをして、鬼役の千空さんが飽きて帰ってしまい、放置された時の事を思い出す。


 「……。……。……。……」


 もう、三分経ったでしょ――。薄目でチラチラと春沢の様子を探る。まだ、聖剣を振り上げたまま葛藤かっとうしているようだ。

 俺の方が我慢の限界だった。


 「貴様ぁ!!さっさとやらんか!!!こっちは生きた心地がしないんですけどぉ!!!!?」

 「えい。」

 「いやああああああ!?」


 春沢の聖剣が俺の右手……から離れた何も無い所に振り落とされる。


 た……、助かった、のか――。女子特有の良い匂いがした。


 「……春沢。良いのか……?」

 「……。……。はぁ……。なんかアンタのアホ面見てたら、馬鹿らしくなってきたわ。しかも聖剣コレめっちゃ重いし。や~めた!」

 

 なんだそれ――?

 聖剣は光の粒になって消滅していった。


 「な!?“や~めた”ってお前……」


 急にノリが軽くなってこちらの方が困惑してしまう。俺の覚悟を返してほしい。


 「だから、見逃してやるって言ってるの!――考えてみれば。今の家族とか友達が、もし魔族の継承者だったら……、多分ウチ斬れない。――だから、鱶野はそのついで!!」


 ついでなのか……。まぁ、言いたいことは山程あるが、助かったのだから今は良しとしよう。


 「あ、でも。まだ、魔王あんたの事は許したわけじゃないから!」

 「はぁ!?なんだそりゃ!!?」

 「やっぱ、そんな直ぐに心のせーりできないし……」

 「……面倒くさい奴だなお前は」


 安堵あんども束の間、俺は、まだ許されたという訳では無い様だ。

 ルクスフィーネは、その人生を魔王討伐に捧げたと聞く、それを考慮すれば当然ではあるか。


 「はあ!?鱶野がいけないんじゃん!」

 「だから、何でそうなる!こっちが下手に出てやれば、図に乗りおって――」


 互いに普段の調子を取り戻したように、言い合いとなる。


 「――ぷふっ!!」


 春沢が急に吹き出す。


 「やっぱこんなのが、魔王とかチョーウケるんですけど!」

 「ウケるな!」


 俺は、すかさず突っ込んだ。


 「……さっきも言ったけど!アンタの事は信用してないから!悪いことしないように見張るからね!!」

 「……もう。好きにしてくれよ……」


 俺はどっと疲れが出て、対応が雑になる。このことが後々の俺の悩みの種になるのは別の話なのだ。


 起き上がると、そろそろ帰ろうと思い、Ⅾギアで時刻を確認する。


 “同時視聴者数10万人”。


 お、もうそんな時間か――。


 ん?


 10万人?

 

 じゅううううううまんにん!!!!????


 そうなのだ。

 俺は、配信を切り忘れていたのだ。

 

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