短編集(星と夜)

水時計

星:帰る先は。(一人称)

 その世界の中心であり、その世界上に存在しない場所。それが、我々神々が存在する空間である。

 そこに二人――いや、正しくは、私が一人と、もう一人は別の空間から映された幻だ――が、向かい合って話をしていた。

 最初は雑談。そして本題に映った途端、相手は、そうそう、と切り出し、彼女の世界の現状を事細かに報告してくる。最初のうちはこちらも丁度その話をしようとしていたため、黙って聞いていたが、話が進むにつれ、「んん??」とあり得ない方向に話を持って行かれた。


「――と言うわけだから、判断は勇者に任せるといい」

「えっ、ちょっ」

 いつも通りの気怠げな声で結論づけた彼女は、そのまま映像をぶち切る。残された私は、呆然としたままである。


 数時間後。


 神の存在する空間に一人の青年が現れる。

 彼は、元々別の世界に居た人間だ。えっと、『夜の民』達がよく書いてる異世界転移系?とか言うヤツだ。

 今回は、私の管理している世界に突如現れた魔王の討伐のため、こちらの人間の願いに応じ、勇者たる資質を持つ彼を先ほどの女神――話していた気怠げな彼女のことである――が管理する世界から、色々調整して来て貰った。元々はダンジョンと呼ばれる異空間を攻略している人間で、向こうの世界でも突如現れた魔王の討伐メンバーの一人だったそうだ。ただ、召喚の数日前くらいにメンバーから追放されたらしいが。

 まぁ、そんなこんなで、こちらの世界へ召還された後、私からスキルを受け取り、人々の願いを聞き届け、そして、ついに魔王討伐まで達成したのだ。

 魔王討伐を達成した後、彼は元の世界へ戻る手はずとなっており、そのために人の用意した召還に応じ、世界を渡るためにここへ訪れた、と言うのが、彼がここに来るまでの経緯である。


 もちろん、それは事前に分かっており、その調整のために向こうの世界の女神を打ち合わせていたのだが・・・、まさか向こうの世界があんなことになっているとは。


「勇者よ、あなたには伝えなければならいことがあります。そして、それを聞いたあなたは決断しなければなりません」

「?」

「あなたの世界ですが・・・、まもなく文明崩壊するそうです」


 向こうの世界の創造神である女神から聞いた話。それは、彼女の管理する世界がまもなく文明崩壊し、多くの死人が発生するだろう、という予測でした。そして、ここに居る彼も、『普通に』帰したらそれに巻き込まれる、ということも。


 私は彼女から聞いた話を、勇者である彼に伝えます。

 その上で、彼女が言ったとおり、どうするかを、彼に委ねることになりました。



 事の発端は、彼の世界にダンジョンが生まれたこと。

 ダンジョンが生まれ、生きとし生けるもの達にはステータスという概念が生まれました。そして、ダンジョン由来で手に入るステータス強化アイテムにより、主に人々の暮らしが発展しました。それと同時に彼らは自らの立場を護るために、あらゆるものにステータス制限をかけたそうです。例えば、国会議事堂や首相官邸、社長室などの主だった指揮を執る者達の場所から、機材の利用認証、果ては食料品売り場の入場など――万引き対策や子殿の悪ふざけ対策だったのでしょうか?――まで至ったそうです。


 こうして、ダンジョンとともに暮らす人々のステータスが向上していく中、とある問題が発生しました。そう、魔王の出現です。


 どこからともなく現れた魔王は創り出した手下達とともに、大国と交戦状態となり、魔王が大国を奪取。そして、それを取り戻さんとして、世界連合VS魔王軍、という構図が出来上がりました。

 魔王の力もさながらですが、魔王軍に吸収された大国の地力も強く、世界の半分を分ける戦いになった頃、ダンジョンによってステータスを強化しきった集団が現れました。人々は彼らのことを勇者パーティと呼びました。

 ここに居る彼も元々はその一員です。その後、彼は勇者パーティと袂を分かち、この世界に勇者として来ることになったのですが、残った団員達の方はその後、魔王との直接対決まで持ち込んだそうです。


 魔王と勇者パーティの対決。

 『夜の民』達が好む話であれば、勇者パーティが勝利し大団円を納めるか、魔王が勝利し残された人々の一筋の光としてここに居る彼が希望をもらたす、ということになるのでしょう。しかし、彼の世界で起きたことはそのどちらでもありませんでした。

 確かに、勇者パーティは勝利しました。しかし、魔王に決定打を与えることは出来ませんでした。そう、魔王は生き残ったのです、普通に逃げ出して。勇者パーティは油断していたのでしょう、きっと。それとも、魔王は逃げない、というのが定石だと思っていたのでしょうか。どちらにしろ、魔王を取り逃したことが致命傷になったのです。


 勇者パーティは強かった。しかし、中途半端だった。故に魔王は取り逃がした。逃げた魔王が行ったことは一つ。ダンジョンの無効化でした。ダンジョンを無効化することにより、勇者パーティが恩恵を受けているステータス強化を解除し、ただの弱い人へと変貌させるつもりだったのです。そして、それは成功しました。

 彼の世界にある全てのダンジョンは消え失せ、それに伴ったステータス強化の恩恵は消えました。

 残されたのは強化を失った人々。もちろん、勇者パーティは魔王軍によって為す術無く壊滅しました。


 こうして、世界は魔王に支配され・・・ませんでした。


 魔王ですが、元々勇者パーティから受けた傷に加え、ダンジョンの無効化の際の反動で動けなくなっていました。そして、勇者パーティ壊滅から数年後、魔王も死去し、同時に魔王によって作られた半数の魔王軍が消え去ったそうです。残ったのは魔王軍に寝返り、異形と化した元人間達でしたが、魔王の死去により異形のまま弱体化、さらに、ステータス強化も切れているため、現存する人々とほぼ同等の能力になってしまったそうです。

 そのため、軒並みステータス強化が消え去り、ダンジョン出現前の状態に戻った、となるはずが、そうはなりませんでした。


 はい、そうです。各地に仕掛けられたステータス制限。これがここに来て、生き残った人々の首を絞めたのです。目の前にありながら使えない機器や入れない建物。ステータス強化が無くなったことによる知能(INT)の低下により、文明崩壊待ったなし、だそうです。


「さて、勇者様、ここまでお聞きくださりありがとうございます。

 あなたには、三つの選択が存在します。

 一つ目。このまま私の、あなたが救った世界で生き続けるか。もちろん、スキルはそのままで結構です。多分、勇者を疎く思う人々が出るでしょうから。『夜の民』にもそれとなくサポートを頼んでおきます。

 二つ目。従来のお約束通り、この世界で過ごした十年の日付を遡り、あなたの元の世界、召喚前と同じ状態で帰るか。ああ、この世界での記憶は残しても、残さなくてもどちらでもかまいません。ただしこの場合ですと、間違いなくダンジョンの無効化の影響をあなたも受け、その後の残戦により死去する可能性が高い、とあなたの世界を管理する女神が予言しています。私も恩人であるあなたには、穏やかに生きていただきたいと願っています故、お勧めは出来ません。

 三つ目。二つ目の代わりとして提案させていただきます。元々のお約束は召喚前の状態に戻す、というのでしたが、こちらは、敢えて今の状態のまま。あなたが召喚された後の十年後、召喚された場所に戻す、というものです。これによって、魔王によるダンジョンの無効化の影響を回避できます。ただし、ステータス強化されているのはあの世界であなたが唯一であること、忘れ無きよう、お願いいたします。えーと、何でしたっけ・・・、『夜の民』の言葉を借りるなら、無双?プレイやハーレム?とか目指せるかもしれませんね。まぁ、その前に文明復旧が先でしょうけれど。


 以上があなたに提案できる三つの選択です。あなたに選択を委ねることになって申し訳ございません。ですが、魔王を倒した後のあなたの運命はあなたのもの。どうか、良き選択をされますよう」



「――」

「その選択、受け賜りました。

 あなたの行く末が良き旅路となりますよう、私とあなたの世界の創造神、我らが母の世界樹の女神が祈っております。」



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