オリジナリティのソーダ割り

 昼休み前のチャイムが鳴る。授業はきりがよかったと数分前に終わり自習となっていたから、チャイムと同時に教室には喧騒があふれた。

 いつもならすぐに弁当を取り出す。しかし今日は違った。


「ねえ」


 後ろから木染に声をかけられた。もう顔を見なくても分かる。

 少し呼吸が乱れていた。


「お待たせ。授業終わるの早かったんだ。ごめん、だったら早く昼食べたかったね。じゃあさっそく行こうか」


 連れられて廊下へ出る。少し先を歩く木染が振り返りつつ話しかけてくる。


「あんたは昼は弁当? そう、お母さんが。いいね。私? 私は自分で」


「別に偉くないよ。冷凍食品もふんだんに使ってるから、火を使わないことだってしょっちゅう。そのくらいなら早起きもそんなにいらない」


「そう? そういってもらえるのはまあ嬉しいかな。……本当はさ、お礼に弁当をつくってあげようか……とか、言えたらよかったんだけど。冷凍食品でつくってあげるにはならないだろうし、かといって私が気合いれて作ってそれがお礼になるかなんて自信ないし」


「は?! いや、気合入れてってのは言葉の綾で! 別に……」


「え? あ……う、うん。そう、そう。朝から料理するのって普通に気合いるよね……」

「ごめん、今のはなんか私が勘違いしたっぽい。忘れて……はあ。あ、着いた。ここらへんにしようか」


「中庭のベンチって外で誰も使わないのはいいんだけど、やっぱ汚れてるね」

「まあこのくらいなら払えば……っと」

 木染は手で汚れを軽く払うと腰を下ろした。同じようにして隣に座る。


「じゃあ、食べよっか。いただきます」


 昨日のような咀嚼音は聞こえない。静かな食事。聞こえてくるのは時折吹く風と梢の鳴る音、生徒の笑い声。しばらくして木染が口を開いた。


「動画、ありがとうね。撮影の手伝いもそうだし、編集もしてくれて」


「いやいや大したことだよ。無理。それだけじゃ謙遜し切れないって。字幕をいれるのもそうだし、あのいらない音を消すのとか、ほんとに、何?」


「ちょっと触ったことあってって、その一点張りも何なの。どうしたらいいか分かんなくて困るんだけど」


「あ、お礼はちゃんとするからね。色々終わってからにはなっちゃうけどさ。なにか奢るから、考えといて」


「お弁当? ふふ、気合入れたやつ? まああんたがそれがいいって言うなら、頑張るけどさ」

「でも、それなら晩御飯はどう? あんたが良ければだけど。弁当よりも作れるものも多いし、それだったら弟にも会っていけるじゃん」


「弟? 別に会えばいいでしょ」

「は? だからブラコンじゃないって。しかも会わせたくないとかならないでしょ」


 少し不貞腐れるようにして木染が息を吐く。


「……もう。会ってあげてよ。というか、会ってほしいかな。あんたには」


「そうだね。私たち、まだ知り合ってぜんぜん経ってないのにね」

「金曜日に話しかけて、土曜日、日曜日で撮影して今日だから、まだ4日」


「4日……?」


 自分で口にした言葉に疑問を覚えると、木染は楽しそうに笑いだした。


「ふふふ……あはは」


「4日なの? 私たち? 一週間も経ってない? そうなんだ。ウケる。なんかずっと昔から知ってるみたいにしっくりくるのに」


「あんたは……いや、やっぱいい」


 木染はこちらに水を向けようとしたが、急に苦しそうにしてそれをやめてしまった。


「それよりもさ、残りの動画どうしようか」


「結局、弟の誕生日まで毎日投稿してみようって決めて、投稿が今日からでしょ? 土日で咀嚼音とスライムと耳かきの動画を二本ずつ取ったから、土曜日でストックが尽きる。少なくともあとひとつは必要だよね」


「リストの残りは炭酸、そうだったね」

「うーん、それでもいいんだけど、なんかもっと面白いものないかなーって」


「ごめん、言っておいてノープラン。せっかくあんたが色々すごいしさ、何か変わったの作れたりしないかなーってぼんやり思っただけ」


「……いや、ごめん。やっぱ今のなし。別に弟のために撮ってるのに、どうでもいいね。ごめん。水差すようなこと言って」


「……ごめん、ありがとう。あんたは、そうだよね。こんな風にいったら、考えようかっていっちゃうよね」

「はーあ。もう、あんたちょっと優しすぎだっての。私がお願いしてることなのに、あんたにずっと甘えっぱなし」

「……自覚ないわけ? 呆れた」


 木染はそう言ってため息をつくと、そのまま小さく漏らすように言った。


「……そうだよね、みんなに優しいんだよね」


「聞こえなかった? ……じゃあ耳貸して」


 木染が耳に顔を寄せる。


「ばーか」


 子どもっぽくも艶っぽくも聞こえる言い方で呟くと、身体を引いてくすくすと笑った。

 その所作に閃くものがあって、しばらく思考してから口を開く。


「え。もう新しい動画思いついたの? すごいじゃん」

「……罵倒ASMR?」


 ドン引きした様子で木染が言った。


「ない。馬鹿じゃないの? あんたさ、弟のためのものだって忘れないでよ。あんた、自分の姉が罵倒ASMRなんて作ってたらどう思うよ」


「……しね、変態。私の弟はあんたみたいに歪んでない」


「……本当に冗談だったの? まあいいや、それで?」


「『ASMR全部私』?」


「あー……声で全部表現するってこと? なるほどね。まあやってる人はいるかもだけど、驚きはありそうだね」

「んー……でも、どうなの……? しゅわしゅわとか、こりことか口でやるってことでしょ。結局声なんだから、本物の方がやっぱりいいんじゃない?」


「本物に似せる必要はない? リアルはリアルゆえに突破できない壁がある??」

「……ごめん、あんまり分かんなかったけど、本気なのは分かったからやってみようか」


「いや週末じゃなくて、今試さない? 満を持して週末だと、ダメそうなときの準備が間に合わないかもしれないし」


「マイクはないけど。でも、あんたがいるじゃん」

「よろしくね。ダミーヘッドくん」

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