ASMR好きならば、ブラコン美人をどうASMRしたい?

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マトリョシカの放課後

 頭をぽんぽんと叩かれて顔を上げた。

 イヤホンを外すと放課後の教室のざわめきが流れ込んでくる。


「ねえ、あんたさ。ASMR詳しいってホント?」


 萎縮させるような声で話しかけてきたのは、箕輪木染みのわこぞめだった。

 隣のクラスで話したこともなかったが、美人であることから名前は知れ渡っていた。

 話し方が怖いこと、あまり友人がいないことも知っている。


「私が先に質問したんだから、まず答えて。詳しいの? 詳しくないの?」


「ふーん……そう。じゃあ、あんたさ、今日、今からって暇?」


「答えて」


「ん、おっけー。なら、ちょっと付き合ってもらうから。一緒に帰ろうよ」


「ああ、ごめん。そうだね。あんたの質問にも答えなきゃね。……まだ名乗ってもなかったっけ? 箕輪木染。隣のクラス。ちょっとASMRの話が聞きたいだけだから」


 いつの間にか教室の注目を集めていた。皆が遠巻きに噂話をしていた。


「……ひとまず、とっとと帰らない? 何かめっちゃ見られてるし。ほら、立って。行こう」


 連れられて廊下に出る。歩くごとに吹奏楽などの部活動の音、談笑の声が吹き抜けていく。

 内容を聞かれたくないのか、身体を寄せて木染が話しかけてくる。


「そういえば、あんた部活とかはやってないの?」


「はいはい、帰宅部(ASMR部)ね。まあ頼りにはなりそうかな。友達は少なそうだけど」


「別にいいじゃん。私もいないよ、友達。ずっとひとり。でも困ったことないし」



「そうだ、なんでASMRの話が聞きたいか話しといた方がいいね」

「私、小学生の弟がいるんだけど、なんか学校でASMRの動画が流行ってるらしくて。お姉ちゃんASMRやってーって、せがまれてさ。しょうがないからちょっとだけ真似したら大喜びしちゃって」


「どんな……あはは、本当に大したものじゃないんだけどね。こんな風にさ」


 そこで足を止めると、木染が不意に耳に口を寄せて囁いた。


「こっちは右耳でーす。聞こえますかー」


 それからすぐに回り込んで、今度は逆の耳に口を寄せる。


「こっちは左耳でーす。聞こえますねー」


 言い終えると木染はそのまま身を引いてあっさりと話を続けた。


「……ってそれだけ。なのに、あいつ『うちのお姉ちゃんはASMRできるんだ』って学校で自慢なんかしちゃってね。もちろん周りからはボロクソだよ。そんなのASMRじゃない! 嘘つくなって言われたー……って」


「まあね。私としては別にどうでもいいんだけど、そういえば学校に何かいつもASMR聞いてる変なやつがいるって聞いたことあったなあと思ったから、一応ちょっと話だけ聞いてみようかなって、そういうこと」


「は? 違うから。べつに弟のためとかじゃないから。優しくもないし。……はあ、まあいいや。うざいけど。付き合ってもらうわけだし、許してあげる」


「ああ、そうだ。これからあんたの家に行くって感じで大丈夫? カラオケとかファミレスだとうちの学校の子結構いたりするしさ」 


 家に箕輪木染が来る? 状況が呑み込めず言葉に詰まると木染は表情を曇らせた。


「……家遠かったりする? それか結構うちの人厳しい系?」


 問題ないと返答すると、木染はわずかに微笑んだ。


「よかった。じゃあお邪魔させてもらうね」

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