第4話 異常気象
川口は一人暮らしのアパートに帰り、布団に横になる。
帰る時にはゲリラ豪雨も止んでおり、特に濡れることなく帰宅できた。
「はぁー……」
川口は、今日のシミュレーションの結果を思い出す。このままでは、恐竜が跋扈していた時代に逆戻りである。
「そういえば、地球温暖化の影響で海流の変化が起こって氷河期になっちゃう映画とかあったな……」
今のシミュレーションは、それとは真逆である。地球温暖化は止まらないようだ。
川口はスマホを取り出し、SNSの海に身を投げる。
色々な情報が大波のように押し寄せてくる中で、川口は特にニュースをピックアップする。
最近では、世界各地で異常気象が発生しているニュースが多い。例えば、ドイツで気温45℃を記録。当然欧州にて最高気温を記録した。中国全域で大雨による被害が増加。それによって黄河が常に洪水状態に陥る。アメリカで最大風速が100mに達するほどのハリケーンが発生。死者行方不明者が1万人を超えるという近年稀にみる被害を受けた。ブラジルでは連日の大雨で土砂崩れが発生し、死者が少なくとも2000人を超えた。埼玉県の熊谷では、全国で一番の暑さとなる51℃を記録した。その一方でここ数年の気温上昇により、ツバルを含めた太平洋の国家が完全に海に沈んだ。
そんな感じで地球規模での異常気象によって、世界経済は大混乱に陥る。資産を現物化するために株価が大暴落、貴金属類が高騰する。特に金インゴットの価格が急上昇し、一時期1gあたりの価格が3万円を超える瞬間もあった。
そのほかにも、日用品の値段が上がるという状態が続いている。卵の値段は10個入りで500円以上にもなるという、インフレを超えた何かという状態に陥っている。川口のような一人暮らしの学生にとってみれば、食費が膨れ上がる一方でかなり財布が厳しい状態だ。
「生活困難者になるとは、大学入る前は思わなかったなぁ」
そんなことを呟きながら、実家からの支給品である米を一合だけ炊くのであった。
翌日。昨日と同じようにジリジリと照り付ける太陽を避けるように、川口は日陰を歩く。
研究室に到着すると、川口は早速課題に取り組む。アパートでやっても、どうせ集中できないからである。それに、研究室に来れば論文のことを山下先生に聞けるし、関連文献を閲覧することもできる。さらに電気代も節約できて、お得感満載だ。
「さてさて、昨日はどこまで読み込んだんだっけな……」
論文のコピーとノートを開き、前回まで理解した所を思い出す。
そのまま論文を読む。論文とは言っているが、わずか数ページに要約された文章の羅列である。どの文章も非常に重要なヒントになっている。
そんな中、とある参考文献が目に入る。
「なんだこれ……?」
読んでみようとするものの、全く読めない。正直見たこともない文字だ。こういう時はスマホのカメラを使った翻訳アプリが活躍する。
文章をカメラにかざすと、文字が表示された。
「『大西洋の海流の変化について』……? これスウェーデン語なのか……」
研究室に置いてあるパソコンを使って、この論文を検索する。日本語で入力して目的の言語に変換すれば、あっという間に欲しい情報が手に入る。
「どれ……。『最近大西洋の海流が変化している』……とな」
読み進めてみると、大西洋海面近くと深海での流れに大きな変化が見られるそうだ。全体的に流速が遅くなり、蛇行しているようである。さらに、水温が深海であっても10℃前後と高温になっているという。通常深海1000m以下では2℃前後と言われているため、これは非常に高い温度になる。
これによって海水全体の温度が上昇。それに伴い大西洋上での雨雲の量が増え、結果的に沿岸地域に雨が集中するのだ。
確かにアメリカのハリケーンやブラジルでの豪雨も説明がつく。
さらに、海流の水温上昇は、湿った空気となってヨーロッパ方面へと流れ込んでいく。これがドイツでの異常な熱波となっているのだろう。
そしてこの研究者は、締めにこう書いていた。
『もし、このまま海流の変化が続くようであれば、人類が享受してきた時代は終わりを告げ、新しい時代が幕を開けるだろう。そしておそらく、その時代には人類はいない。ノアの箱舟は建設されず、虹の契約は破られることになるだろう』
人類の時代が終わる。その事実は川口でも理解できた。
「これって、一歩間違えれば大変なことになるやつじゃん……」
川口は、今取り組んでいる課題を放り投げ、電源を落としていた量子コンピュータを起動する。
そして気象モデルをいじりだす。とにかく、今は情報が必要である。過去10年間の気象データを気象庁から入手し、それを使って気象ニューラルネットワークモデルを形成した。そこに気象予報士になる川口の知識とバーチャルティーチャーの作ったコードを詰め込む。
夢中になること約4時間。
新時代気象予報モデル「旧時代Ver.0」の完成である。
「俺は……これで人類の運命を変える……」
少しおかしいことを言い出したが、川口は少々満足しているのだった。
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