第2話 改良
廉価版量子コンピュータを搭載したノートパソコンに対して、冷却ファン2個を搭載した冷却台を全力動作させて放置する。
「これでまずは一日様子見かな」
その言葉通り、川口は一晩パソコンを稼働させる。
翌日、研究室に行ってみると、パソコンの画面にエラーメッセージが表示されていた。
「あれ? 止まってる?」
荷物を置いてエラー内容を確認する。どうやら、何かオーバーフローした値があるようだ。
原因を探るためログを遡ってみるものの、色々と書かれていてよく分からない。ならばと分かる範囲のデータを見てみると、どうやら気温の上昇率が高すぎたようである。
これはお手上げで、先生にヘルプを求める。
「あー。これは、ここで指定してる値がオーバーフローしてるってことだね。これはコード全体を書き直す必要がありそうだね」
「マジっすか……」
結論としては、従来の気象モデルを使用していたため、数年間の温度上昇が許容範囲を超えていたという。
そこでコードの見直しを行うことにしたのだが、他の構文に波及することもあり全体の2割を改修するという状況になった。
「2割も書き直すんですか……?」
「このままだと、川口君が考えてる気候変動を再現するのは難しいんじゃないかなぁ?」
「そうですか……」
「というか、恣意的に実験結果を得ようとするのは大問題だよ? その辺考えてシミュしてね?」
「あっはい……」
先生の忠告を受けつつ、川口は数日かけてプログラムを書き直す。
「うーん、これが温度の上昇に関する数式だから……。それがこっちに影響して……」
こんな感じで、気象モデルのプログラムを大幅に書き換える。その際、オーバーフローをしないようにわざと上限を大きく設定する。
「さて、これでどうなるかだな」
早速プログラムを走らせる。
とりあえず川口は、エラーなどが出ないように見守ることにした。
プログラム開始から約1時間後。スマホを見ていた川口は、ふと冷却ファンが異様に唸っていることに気が付いた。
画面を見てみると、すでにシミュレーションでは10年の時間が経過しているようだ。
何かおかしなことが起きたのかとパソコンに触ろうとすると、じんわりと熱が伝わってくるのが分かるだろう。パソコン本体が高温になっているのだ。
「まさか、熱暴走……!?」
川口は、急いでプログラムを緊急停止する。
「うわぁ、危うく壊すところだった……」
室内のエアコンの温度を下げ、実験の記録に使っているノートで風を送る。
適度な温度になった所で、ログを見返すことにした。
「えーと……。うわ、気温の上昇がエグいことになってる……」
どうやら上限を引き上げたことで、気温の上昇が際限なく行われ、指数関数的に上昇していたようである。それに伴い、ありとあらゆるパラメータが限界まで上昇していたようだ。
「これ普通のパソコンだったら電源落ちてたかもしれないけど、量子コンピュータだから際限なく演算しちゃうのか……。危なかった……」
しかしこれ以上はどうしようもない。残念なことに、担当の山下先生は現在授業のために不在。今は一人で対応するしかないのである。
「こんな時にあると便利なんだなぁ……、バーチャルティーチャー」
バーチャルティーチャーとは、最新の深層学習とスパコンの特徴を融合させた、新しいタイプのAIチャットボットである。ネット上で簡単に使用する事が可能であり、今では人類の生活に欠かせないシステムの一つとなっている。
そんなバーチャルティーチャーに、気象モデルの概要と今回の問題点を羅列して質問する。すると、ものの数秒で問題を解決出来るコードを生成してくれた。
「なるほど。要するに、地球規模でのシミュレーションならメッシュを大きくしたり、個々の許容値を大きくしたりして負担を軽減させるのか……」
なるべくメモリを食わないようなプログラムを組むのも技術者としての腕の見せ所であるが、最近はAIを駆使する技術者も少なくない。それによって生産性を向上させることに成功している例がいくつもある。
「よーし、今度は大丈夫なはずだ」
コードの書き換えを終え、向こう1年のシミュレーションが問題なく動作することを確認した所で、再びプログラムを走らせる。
今度は処理速度を低下させているため、先ほどのような熱暴走は簡単には起きないはずである。
「念のため、卓上扇風機で風通しを良くしておこう……」
パソコンの上部からも風が当たるように角度を調整して、後はひたすら放置である。
「明日くらいには結果が出てるといいなぁ……」
そういって5限の授業に出席するため、研究室を出るのだった。
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