第116話 あらためてのお別れに
まさか一匹だけ残ったミニ遥に元の遥の人格が戻ってくるなんて!
しかもそんな遥が俺にダンジョンの破壊を懇願してきた。
でもそんな事をすればミニ遥は消えてしまう。
だったら俺はどうすれば……。
「わたくしはもうとっくに満足しているのですよ? もし間違っていなければ、子どもの頃のわたくしが戻っている事でしょう?」
「ああ、そこは大丈夫だったよ。だけど俺達は――」
「でもわたくし自身は本来存在しえなかった。だったら消えるのが道理ですわ。たとえ皆さまと友達になれたのだとしても、ね」
「遥……」
「ゆえにこれはただの戯れ。わたくしの意識の欠片が産んだ些細な夢の跡ですの」
そうか、遥はきっとこんなダンジョンでさえ無駄だとわかっているんだろうな。
ただ一時だけの自己満足のために作られたものだって。
それは単に、遥がもう何も望んでいないから。
「だから壊してくださいませ。残しておいても面倒なだけですわ」
「そう言うなら仕方ないよね。また遥と会えて嬉しかったんだけどな」
「ええわたくしも。でもこんなダンジョンが残る事の方がずっと問題ですから」
「……わかった、遥がそう望むなら従うよ」
「何度もで恐縮ですが、ありがとうございます」
そこで俺達はまず全員の意思を確認し合った。
すると当然、結果は満場一致で「遥に従う」という結果に。
なので俺達はみんなで揃って武器を掲げ、コアへと一気に振り下ろした。
「――あ、揺れたねぇ。これでこのダンジョンもおしまいかな」
「個人的には楽しかったわ……できるなら今後もこういうのが出るといいのだけど」
「僕もなんだか新鮮でしたね。ダンジョンでほっこりできたのは初めてかも」
それでひとまずダンジョンを脱出する事に。
つくしがミニ遥を抱いたまま全員で外へと向かう。
ただその足取りはとてもゆっくりだ。
ダンジョンが壊れるまでの三〇分間を余すことなく使って、遥との最後の時を楽しもうと思ったから。
おかげでみんなもう穏やかそのものだ。
今までのダンジョンじゃとてもありえないと思えるくらいに。
「ねぇねぇ遥、もし何かできるのだとしたら何がしたい?」
「そうですわね……うーん。でもわたくし、どうやら基本的な記憶しか残っていないようで、そういった曖昧な事は覚えていないようですの」
「ありゃー残念」
「でも心残りになった事なら覚えていますわ。たとえばお父さまに『愛している』と伝えて欲しいとか」
「安心してくれ、そこは俺からちゃんと伝えておいたよ」
「まぁ! さすが彼方ですわね」
当然ながら遥はあの高難易度ダンジョンが壊れた後の事なんて知らない。
だから俺はそれも含めて、しっかりとすべてを教えた。
遥の父親が頭を下げた事。
俺が顔面を思いっきり殴った事。
そして改めて遥を正しく育ててくれると誓ってくれた事も。
そう教える度に遥の顔が歪んだものの、最終的には許してくれて。
それで俺達は笑顔でダンジョンを脱出する事ができたのだ。
「時間的にはそろそろかな」
「そだね。もっと話したかったんだけどなー」
「ま、もう思い残す事はありませんもの。みなさま、本当にお世話になりましたわ」
「うん、遥も元気でね」
「死人に言う事じゃないっしょ……ま、後悔なく消えられるのは良い事だけどぉ」
「そうね、なら最期くらいは理不尽なぐらいにはっちゃけてもいいんじゃないかしら」
「うん、体裁なんて関係無いですよ!」
「それでしたらどうせ最後ですし……彼方」
なんだ、遥が俺に両手を向けてきたぞ?
そうしたらつくしが俺の胸に遥を預けてきた。
相変わらず重さを感じないフワフワの感触がまたやってくる。
「最期ですからここでお別れさせてくださいな。最後の最後までわたくしの笑い声を間近でお送りしましょう」
「おいおい、いいのかそんな終わり方で」
「ええもちろん、これ以上無い終わり方だと思いますのよ!」
まったく、こういう押しつけがましい所はちっとも変わってない。
ま、今回ばかりはそれでもいいかなって思うけどな。
だから俺はそっと腕を組むようにして重ね、遥の即興ステージを作る。
すると遥はそこに立ち、笑顔を俺達に振りまいてくれた。
「さぁ皆さま方! わたくしの栄えある旅立ちの時ですわ! 盛大に見送ってくださいまし!」
「遥、今までどうもありがとね! いつまでも忘れないからーっ!」
「最初はウザいって思ってたけどぉ、今はもう大好きだからさぁ!」
「なかなかに面白い毎日が楽しめたわ。お別れが残念だって思うくらいに」
「僕、遥さんの活躍をずっと心に秘めて戦い続けますから!」
そうしたらダンジョンの方も徐々に掠れ、煙となっていく。
崩壊が始まったようだ。
だったら、俺も。
「遥」
「なんでしょう?」
「俺もお前と親友だと思ってる。だからお前も俺の事、信じていてくれよな? 必ず本物の遥の成長を見届けてやるからさ!」
「ふふっ、わかりましたわ! 信じさせていただきますっ!」
「にひひ、今だけは男女の友情も信じていいかな~!」
「当然ですわ! わたくしは皆さまの素晴らしき親友ですもの! オーーーッホッホッホッホ!!!」
ダンジョンが崩れて消えていく中、アホな高笑いがずっと響く。
まるで俺達の悲しみまで消し去ろうというくらいにわざとらしく。
それでいて、ただ誇らしく。
だから俺達は心穏やかに最後の最後までその高笑いを聞き続けたのだ。
ダンジョンが
――え?
「ちょ、ちょっと遥?」
「まぁなんですの? 良い所ですのに茶化さないでくださいませ」
「いや、でももうダンジョン消えてるけど?」
「エッ」
「なのになんで、遥は残っているのかしら……?」
「エエーーーッ!? お、おかしいですわ! なんでわたくし消えていないの!?」
なんだ、何が起きている!?
ダンジョンが消えたのにそこ産の魔物が消えないって有り得るのか!?
……じゃあまさか今の遥って、魔物判定が消えているんじゃ?
『そうだね、もうあの嫌な臭いしないし、コイツは魔物だってダンジョンに思われなくなったんじゃないかな』
『そんな事って有り得るのか!?』
『さぁ? ボクだってそんな事は知らないよー』
なんてこった。
まさか遥が消えなかったなんて。
間抜けな姿なままだけど、俺達の下に戻ってきたなんて……っ!
「おかしいですわーっ! せっかくの感動のお別れシーンが台無しですわよ! ちょっとプロデューサァァァ!!?」
「まーまー落ち着いて! ダンジョンにプロデューサーもディレクターもいないよ!」
「まぁ、とはいえ今の遥らしい締め方だよな」
「同感。なんか感動を返せって感じが遥らしいわぁ~」
「僕はなんかホッとしちゃいましたけどね」
「フフフ、また騒がしい混沌の毎日が始まるのね……!」
もしかしたらダンジョンの主は遥を俺達の下に戻したかったのかもな。
あまりにもうっとおしいし、騒がしいし、面倒な奴だから。
ま、その意図なんてさっぱりわかんないんだけど。
だけど今だけは感謝しよう。
妙な形でだけど、ドブ川遥を俺達の下に返してくれた事に。
ああ、なんだか心が洗われた気分だ。
今ならもっともらしい参加動機がさくっとひらめけそうな気がするよ。
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