第89話 魔物おフナのカルパッチョ風味

 難攻不落の強敵ケートスの討伐に無事成功。

 この結果を前にして当事者であるプレイヤー達が一挙にして歓声を上げる。


 それほどまでの強敵だと認識されていたのだろう。

 だからこそ今回の成果は世界中に衝撃を与えるはずだ。


 ケートスは無傷で倒す事ができる――そう証明したのだから。


「よし、ここで少し休憩しよう。次の戦いに備えてマナを蓄えておいてくれ」


 とはいえ、ここからどれだけの敵が待っているかもわからない。

 それなら今のうちに万全にしておいた方がいい。


 そう思って休憩宣言をしたら、途端に多くの人が次々と尻餅を突いていた。

 傷こそつかなかったけど、代わりに相当な精神力を酷使していたらしい。


 ……こういう作戦が根付くのにはもう少し時間がかかるかもな。


「ふぃー! やりましたなぁ彼方!」

「ああ、つくしもお疲れ。いいコンビネーションだったよ」

「相変わらず人を使うのが上手いねぇ~彼方っちはぁ」

「結果的にそうなっただけですよ。どう動いて欲しいかっていうビジョンがあるから」

「ククーックック! これみよがしにと劇毒魔法をドバってやったわァァァ!」

「モモ先輩、絶好調っすね。でもマナ使い過ぎちゃったし、しばらく温存しときましょう」


 どうやら宝春のみんなも今回ばかりは感動を隠しきれないようだ。

 初期メンバーであるつくし達ですら目をキラッキラに輝かせているし。


 緒方君もまだ興奮が冷めやらないようで、遠くで自主練している姿が見える。

 匠美さん指導の下、盾をすぐ構える練習に張り切っているみたいだな。


「つくし、少しお願いがありますの」


 でも遥はなんだか普段通りって感じだ。

 いつものように澄ました様子で俺達の傍に歩み寄ってきた。


「ん、なにー遥?」

「もう一発バブリッシャーを使って頂けます?」

「え? 別にいいけど、なんでだろ。バブリッシャー!」


 え? どうして今さらバブリッシャーを要求する必要があるんだ?

 も、もしかして……また何か特殊な事に気付いたのか!?


 これは何が起きるかわからない。注視しておかないと。


「ありがとう。では――」

「「「ゴクリ……」」」


 どうやらそう気付いたのは俺だけじゃなく、みんなだったらしい。

 周囲が固唾をのんで見守る中、遥が遂に行動を起こす。


 なんだ、ケートスの腹の鱗を削ぎ取り始めたぞ!?

 それだけじゃない。あっという間に皮をも切り開いてしまった!?


「それでは……いっただきますわーーーっ!」

「「「んなっ!!?」」」


 な、何ーーーーーーッ!!?

 遥がケートスの腹の肉にかぶりついた!?

 しかもガウガウと荒々しくむさぼるようにーーーッ!?


 クッ、心配して損したよ!

 ア、アイツ、一体どこまで進化していくんだよぉ……。


「遥ってさ、もう見境ないよねー」

「あ、ああ、もうここまで来ると好きにしてくれって感じだよ」

「でもぉ、普通はあんな魔物に食い付きたいなんて思わないっしょお」

「ヒ、ヒヒ……そうね、あれだけの所業は見るのもキツいわ……」


 澪奈部長やモモ先輩の言い分もすごいわかる。

 魔物の肉なんてとてもじゃないが見た目からしてグロいからな。


 血は青くて、肉も脂も紫。

 おまけにアンモニア臭も漂わせている。


 だからみんなケートスの死体から離れて休憩しているんだ。

 こんなのを食べるなんて、とてもじゃないができる気がしないよ。


「ねー遥ー、そんなのたくさん食べて平気なの? 生のままだけど」

「……問題ありませんわ! お刺身と一緒で実に新鮮ですし! とても美味ですわーーーっ!」

「うげえ……」

「この臭いの中でそれ言える?」

「味覚麻痺してるんじゃない……?」


 周りも同意見らしい。

 耳をすませばちらほらと苦言が飛び出しているし。

 とはいえ笑いを含んだ冗談的なものばかりだけど。


「それに味に飽きた時のためにと! ほぉら、徳用ドレッシングをの! これで味変にも対応ですのよーーーっ!」

「ドレッシングって……ぷっ!」

「ウケる、グルメかっての!」

「今日はとびきりドブってんなー」


 ああ、しかもとんでもない物まで取り出した。

 どおりで、今日は胸囲が少し大きく見えた気がしたんだよ。

 

 まったく、どこまで行っても遥のぶっ飛び具合はすごいな。

 ここまで徹底しているともう俺も笑えてたまらない。

 本当に魔物肉を試してみたいって思えるくらいにさ。


 ――え?


「という訳で今日は魔物おフナのカルパッチョ風味ですわ!」

「「「フナじゃねーし!」」」


 いや待て、これはどういう事だ?

 なぜ遥はドレッシングなんて持ち込めているんだ?

 ダンジョンは一人一つしか物を持ち込めないんじゃないのか???


 これは一体……? 遥に何かが起きている!?


「ねぇ間宮君、そろそろ行かんでもええんの?」

「え!? あ、ああ、そうですね」


 い、いや今はドレッシングなんて気にしている場合じゃない。

 ゆっくりし過ぎると億劫さが生まれてしまうし、そろそろ行かないと。

 これからまだ激戦が待っているかもしれないんだからな。


 遥の事を調べるのはその後でいい。


「よしみんな、そろそろ行こう!」

「「「おおーっ!」」」


 幸い、士気はまだまだ上々。

 ケートス討伐効果が予想以上に効いているらしい。


 これならこの先が何層続いても平気な気がする。

 大丈夫だ、俺達ならきっとやれる!


「遥、いつまでも食べてないで、もう行くぞ」

「……わかった、ですわ」

「――ッ!?」


 けどこの時、そんな安心感は一瞬にして吹き飛んでしまった。

 遥が振り向いた時の、まるで獣のような鋭く冷たい視線を受けた事によって。


「問題ありませんわー! 次もバリバリーっと行きますわよーっ!」

「フゥー! 遥ノリノリじゃーん!」


 今のはもしかしたら俺の気のせいなのかもしれない。

 ドレッシングが持ち込めたのも単なる偶然なのかもしれない。


 だけど、不安が脳裏をよぎって止まらないんだ。

 どうかこの戦いが終わるまで何も起きないで欲しい――そう願ってしまうほどに。

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