第88話 ケートス攻略戦、開始!

 サハギン部屋を無事に抜けた俺達は、少し歩みを緩めつつまた前進し始めた。

 もっぱらの本番はこの後に控えたケートスで、サハギンなど前座にすぎないから。


 それに今の昂揚感を維持し続けた方がずっと成功率は高くなるはず。


 幸い、プレイヤー達の士気はこれ以上ない程に高まっている。

 それほどにサハギンを無血殲滅できたのが大きかったらしい。


「ケートス対策はすでに伝えてあるから問題無いと思うけど、敢えてもう一度言う。サハギンと少し手順が変わるから、その事を理解した上で俺の指示『だけに』注力してくれ」

「「「はいっ!」」」


 いいな、一致団結できている。

 ダンジョン攻略し始めた時とはまるで違うよ。

 以前はまるで誰も人の話なんて聞きはしなかったのに。

 それだけ俺を見る目が変わったって事なんだろうな。


 でもこれからはきっと違う。

 人の立場とか名声とかではなく、いかにロジカルに戦略を構築できるかにかかってくる。

 そこにレベルも実力も、実績さえも関係はなくなってくるんだ。


 より安全で、より確実。

 そんな正しい攻略手法が広がる事を願って、俺はこのケートスを徹底攻略しよう。


 無血勝利の継続という証拠を示す事で。


「見えたぞ、ケートスだ」


 通路の先を注視すれば、部屋の奥にいるケートスの姿が確認できた。

 しかもまっすぐとこっちを見つめた状態で。


 俺達から見えているって事は、奴からもきっと俺達が見えている事だろう。

 口をわずかに開いて待っている――初手で水流砲を撃つ気か。


 だがその手はすでに想定済みだ!


「凜さんっ!」

「わかった! はああっ!!」


 ゆえに俺は通路から出る前に凜さんへと指示、走りながら矢を放たせた。


 彼女の強みはその圧倒的集中力。

 サバゲとやらで鍛えられた精神力は伊達じゃない。

 さらには走りながらでも乱れ撃ちが可能なほどに体幹が整っているのだ。


 おまけにステータス補正があるからこそ、狙いは一切外さない!


「キイィィ!?」


 矢達が急激に軌道上昇、奴の頭上へと舞い上がっていく。

 ただしその狙いは決してケートス自体ではなく、その意識だがな。


 つまり囮である。


 しかし騙されたケートスは即座に反応、矢弾を一本一本撃ち落とし始めた。

 さすがの迎撃能力だが無駄な努力だ。


「今だ! 陣形を整えるんだ! それと同時に別動隊は作戦通りに!」

「了解! 僕達に任せろ!」


 その間に俺達は入り口前で主部隊を展開。

 ついでに麗聖の来栖川君が盾二人と魔術士達を引き連れて壁際を走る。

 ケートスが真面目に迎撃してくれたおかげで時間が余裕なほど稼げたよ。


 ただ、準備はここまでだ。

 来るぞ、今から奴の本命が!

 それも別動隊へと向けて狙いを定めつつ。


「セットォ!」

「キュオオオオオ……!」

「――カットォ!」

「バブリッシャーーー!」


 途端、奴の口元から水が弾ける。

 すさまじいまでに圧縮された水が吐き出された事によって。


 だが残念ながら別動隊には届かないのさ。


 むしろ奴の口元で水が拡散、一気に霧散している。

 よし、目論見通りだ。


「よし、今のうちに目もくれず行けぇ!」

「わ、わかった!」

「セットォ!」

「ギギッ!? キュオオオ……!」

「カットォ!」

「バブリッシャー!」


 再度放とうが無駄だ。

 バブリッシャーがある限り、お前の水流砲はすべて無効化されるのだから!


 ――そうなる理由はただ一つ。

 それはバブリッシャーの効力が空間圧力をも常圧分解させてしまうから。


 これがもし普通の水弾なら、ただの水の塊に過ぎないから防げはしない。

 むしろ空気抵抗を失わせて威力さえ跳ね上がるだろう。


 しかし自慢の水流砲はケートスの体内で水を超圧縮したもの。

 現代にも存在する高圧縮ウォータービームと同じ仕組みなんだ。


 ならばその圧力を分解してしまえばいい。


「セットォ! カットォ!」

「バブリッシャー!」

「アンド、シュート!」

「「「はああ!」」」


 だから何度放っても俺達が止めてやる。

 ついでに矢を放ち、意識をこっちへと向けさせた。

 別動隊はこれからやる事があるんでな、お前は大人しくこっちへ向いておけ!


 ……かかった! こっちに意識が向いたぞ!

 水流砲が無駄だとわかったからか、水弾を高々と放ってくる。


 でもその程度ならなんてことはない、盾で防ぐだけだ。


「よし、別動隊が池に着いた! ここからが正念場だ、みんな耐えてくれ!」

「っしゃあやったらぁ! 一番盾はワシがいくでぇ! お前ら続けェ!」

「「「おおーーーっ!」」


 ここからは事情があってバブリッシャーが使えない。

 だが数分だ。たった数分だけ時間を保たせればそれで十分なんだ。


 よって直後には盾軍団が気張り、放たれた水流弾を集団で一挙に受け止める。

 一人や二人ならダメだろうが、五人以上なら押される事も無い。


 そしてその最中に矢弾を放てば、奴の意識は完全にこちらへ釘付けとなる。

 迎撃される事もすでに承知の上だ。


 ――でもいいのか? そんなに大量に水弾を撃ちまくっても? フフッ。


「あ、見ろ! 奴の体がグラつきはじめた!」

「ホントだわ! もしかして本当に効いているの、だけで!?」


 作戦は完璧、さっそく効果が出始めたぞ。

 開幕のバブリッシャーによる真の狙いの効果がな。

 

 その正体は水。

 魔法効果によって浄化された水を急激に吸い込んだ事による〝水中毒〟だ!


「ガボッ!? ガボボボ!? ゴッゲェ!」

「く、苦しんでいるのか!?」

「そうみたい、体が地面にへたり込んでく!」


 こうなるのも当然だ。奴は普段、汚泥から水を汲み取っているのだから。

 それは奴の体がポンプと泥分けフィルターの役目を果たす強靭な臓器を持っているからこそ。


 だがもし、そこへいきなり抵抗のない真水が流れこめばどうなるか。

 ――当然、溺れるのだ。


「で、でもそれなら、なんでデススライディングしてこないんだ!?」

「それは奴が陸魚のようで、そうじゃないからさ」

「「「えっ!?」」」

「奴は尻尾から水を取り込むと同時に、エラのような仕組みで酸素も取り込んでいるんだ。だけどそれももう叶わないから動くに動けないんだよ。酸欠でね」

「じゃ、じゃあもしかしてあの水にはもう……!?」

「ああ、バブリッシャーを使った時点で、泥水はすでに酸素さえ含まない真水と化している!」


 奴は動画で、デススライディング直後にすぐ池へ戻っていた。

 そこで俺は奴の生命線があの池だという事に気付いたんだ。


 だからこそ攻めるのはケートスではなく、あの池にシフトした。

 そしてどうやらその判断は正解だったらしい。


 つまりケートス攻略に必要な要素が、まさにバブリッシャーだったという訳だ。


 よってこのまま放置しても奴はいずれ死ぬだろう。

 だけど大人しく死ぬのを待つほど俺達は暇じゃないんだ。


「ギュゴェ!!? ギャボボボッ!」

「おお、今度は血反吐を吐き始めたぞ!?」

「ああ、別動隊の撒いた〝毒〟がいい感じに効いてきたらしい」

「毒魔法って水属性なのに本当に効くなんて……信じられない」


 そう、ここで別動隊の活躍が光る時。

 澄んだ真水池にたんまりと毒魔法を撒いてもらったんだ。

 これがあるから途中からバブリッシャーを使えなかった。


 たしかに毒魔法は水属性だから直接かけても決して効かない。

 しかしいざ体内に取り込んでしまえば話は別だ。

 たとえフィルター臓器が毒素を分離しても、毒が内臓自体に付着して細胞を破壊してしまう。

 おまけに泥が無いから排出もできない。


「ガ、ゲブゥ……」

「ケートスの膝が崩れた! 動きが止まったぞ!」

「まだ死んじゃいないようだが、もう虫の息だな!」

「よし、全員で前進しよう!」


 だが油断すれば手痛い仕返しを喰らいかねない。

 だから盾役を前にしたまま全員でゆっくり前進させる。


 すると案の定、力を振り絞って血まみれの水流砲を放って来た。

 もちろんそれもしっかり防いでしのいだ訳だが。


「よし今だ! 軽装前衛!」

「「「おおおーーーっ!!」」」


 そしてこの一発を皮切りに、素早い前衛達が一斉に飛び出した。

 狙いは、弱っても今なお奴を支え続ける強靭な脚だ!


 そんな足もすかさず切り刻まれ、ケートスがとうとう横へと倒れ込む。

 活魚のように暴れる余裕すらなく、口をパクパクさせたまま。

 もう瀕死だな。


 あとは追い付いた重装部隊で追撃、完全に動きを封じる。

 そのあとはヒーラーや出番が少なかったプレイヤーに経験値稼ぎがてらボッコボコにしてもらった。

 これできっと不平不満は生まれないに違いない。


 こうして俺達は無事、ケートスを無血攻略する事に成功したのだった。

 外ではおそらく、信じられもしない出来事に大騒ぎしているだろうなぁ。

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