第二部

泥臭い花として甦れ編

第54話 わたくし褒められてる?責められてる?(遥視点)

 まさかわたくしがあんな醜態を晒す事になるなんて。

 司条グループ情報管理部に根回しして、話題を落ち着かせる工作をしなければ。

 バトラー田辺にも動画の削除を依頼する必要がありそうですわね。


 あとはこの失態をお父さまにどう弁明すれば……。


 ですがもう言い逃れはできません。こうして呼び出された以上は。

 お父さまは優しくともグループを束ねる御方。

 きっと失敗には相応に厳しく当たる事でしょう。


「遥、入りなさい」


 声がすると共に、目の前の自動扉が開く。

 モダン調の白い部屋が露わになりました。


 そしてわたくしが入れば、すぐそこには同じく白いデスクに座る父の姿が。


「先日は大変だったようだね。動画は見させてもらったよ」

「……大変な失態をお見せしました。申し訳ありません」


 あのデスクはわたくしの憧れ。

 兄や姉がいるからこそ座る事は叶わなくとも、夢にくらいは見ます。

 いつかあのデスクに座ってグループを動かしてみたい……そう願って。


 だから今まで努力してきた。

 人を動かす事を覚え、上に立つ事を学んだ。

 少しでも愛する父に近づきたいと願うがために。


 でも、やはりわたくしは優秀な兄や姉のようにはいかなかった。


「失敗は誰にでもあるよ、遥」

「――えっ!?」

「たとえどんな醜態を晒そうと、その失敗を糧に成長できるのが本当の人というものだ。だからその失敗を恐れてはいけない。どんなに恥ずかしくとも、苦しくとも、諦めない限りはきっといつか、その失敗こそが大いなる力の根源となるだろうから」


 あれ……? わたくしは責められていない?

 もしかして許してくださっておりますの?


「あの一連の動画は親である私でさえ恥ずかしくなるものだった。でも気にする事ではないんだ。なぜなら君は人が恐れる危ない場所へと自ら乗り込んで、身を挺して戦ったのだからね」

「お、お父さま……」

「その上であのようになってしまった事は残念だが、それも所詮は一つの失敗に過ぎない。それを咎める権利など、ただ見ていただけの民衆には存在しないんだ。ならば胸を張って改めて挑戦すればいいんだよ」


 ああ、なんという事でしょう。

 こんな時でも父は微笑んでくれている。

 わたくしの失態を許し、その上で励ましてくれているのですね。


 やはりこの方はわたくしの憧れの人。

 いつかこの人のようになりたいと願うほどの。


「私はね遥、君をとても高く評価しているんだ。開拓時代とも言えるダンジョン攻略に進んで参戦し、実力で日本一になるという成果も残し、ランキング至上主義という時代の流れも作ったのだからね」

「はい、すべては『司条グループの名に恥じぬよう一族としての結果を示せ』というお父さまの指示の賜物でございます。その通りにわたくしは動けたと自負しておりますわ」

「ああ、その通りだよ遥。だから私は君に部下の選定や麗聖学院への編入手続き、大規模なデモンストレーションの準備など大々的な事も率先して許してきたつもりだ」

「はい。そのお心遣い、とても感謝いたしております」


 そう、わたくしは今この時も時代の最先端を行く者。

 お父さまでさえ知らないダンジョンという新コンテンツを誰よりも極めたのです。

 だからこそこれも司条グループの人間としての立派な成果となるでしょう。


 すなわち、わたくしはまだ負けていない。

 あの間宮彼方と再び戦う機会はまだ残されているという事でしょう。


「――しかし、君は一つだけ大きな問題を残した」

「えっ……?」

「それは司条グループ全体における著しい損害だ」


 え、どういう事? 損害?

 ダンジョン攻略の失敗が経済に影響を及ぼしたとでも?

 醜態を晒したとはいえ、ダンジョンコアはわたくしが破壊したから問題はないはずなのに……。


「君のダンジョン内における発言はとてもではないが擁護しきれないものだった。その一言二言の失言がすでに飛び火し、SNS上などで拡散されてしまったのだ」

「え、失言……?」

「その結果、グループが経営・所属する各企業の上場株が軒並み急下落し、たった一日で多額の損益を発生させてしまったんだ。これは由々しき事態だよ遥」


 わ、わからない。

 ど、どういう事なのですか!?

 まさかわたくしが何か言ってはいけない事を言ってしまった……?


「身に覚えは無いのかい?」

「あ、ああ……そ、それは……」

「そうか、自覚は無いんだね。フゥー……」


 ど、どうしてそんな溜息を!?

 落胆してらっしゃいますの!?

 わたくしはそんな失言なんて――


「たしかに、私達は上級国民とよく言われる存在だ。立場ゆえに庶民を見下す事もあるだろう。でもね遥、それはあくまで個人的な感情に過ぎないのだよ」

「え……」

「社会で働く上でその個人的感情は邪魔にしかならない。特に我々のような山々の頂に立つ者は常に収益や発展を考えねばならないんだ。それこそが社会全体の幸せに繋がり、ひいては我々の永遠の繁栄へも繋がるのだから。見下している暇なんて私達には無いんだよ」


 お父さまの目が、怖い。

 わたくしを見つめる眼が刺さるようで。


「しかし君はあの公の場でそんな個人的感情をさらけ出し、多くの人々の敵意を集めてしまった。それが司条グループ全体の損害に繋がったのだよ」

「あ……」

「公で人を見下すのはとてもよくない。お母さんもよくそんな感情を表に出す事はあったものの、それでも公では言わなかったのだけどね。君はそんなあの人の悪い部分だけを受け継いでしまったようだ」


 わからない、こう言われる理由がわからない。

 わたくしは責められていますの!? それとも落胆されている!?

 失言と言われる部分が、まったくわからないっ!


 わたくしはダンジョンでというの!?


「だが私は失敗を責めない。その代わり遥には損失を埋め合わせをしてもらう事にした」

「ど、どういう事ですの?」

「まず学校を辞め、家を出てもらう。既に退学届は提出してあるから安心しなさい」

「えッ!?」

「支度金は用意してある。それを元手に君が思う手段を講じて資産を増やし、今回生んだ損失額を取り戻すんだ。それまでは家に帰って来てはいけないよ」

「そ、そんな!? それはいつから――」

「今からだ」

「なあっ!?」

「私だ。蔵橋くらはし来てくれ」


 あ、ありえませんわ!?

 わたくし経済学はまだ習っておりませんのに!

 ダンジョン攻略が日本の要だからこそ、そちらを重点的に学んできたから!


 ああっ、執事の蔵橋が来てしまった!?


「ご主人様、お呼びでございますか?」

「遥が出立する。予定通り送り出して欲しい」

「承知いたしました」

「待ってくださいお父さま! もう少しだけ猶予を――」

「次に会える時は人として成長している事を祈っている。司条家の人間としてきっとうまくやれると信じているよ、遥」

「お父さまぁぁぁーーーーーーッッッ!!!!!」


 そんな、蔵橋は老人なのにこんなに力がありますの!?

 ダンジョン攻略のために鍛えられたわたくしがまったく抵抗できないなんて!?


 ……くっ、そのせいでなす術もなく外へ連れて来られてしまいました。


「蔵橋、わたくしは本当に家から追い出されるのですか?」

「その通りにございます、お嬢様――いえ、遥様」


 今まで身の回りの事は蔵橋やメイド達にまかせっきり。

 実を言うとわたくし、家の周りに何があるかすらわかりません。

 そんな状態で一体何をすれば良いの……?


「今お渡しになりました鞄の中に銀行通帳が入っております。口座には一千万円ほどが振り込まれておりますゆえ、それを元手に再出発してくださいませ」

「い、いっせんまん……」

「……昔、御父上がおじい様より同様に出立を命じられた際、持たされた金額と同等という事にございます」


 う、うう、この金額がいかほどなのかが想像もつきませんわ。

 参りましたね。こんな事ならもう少し世間について学んでおくべきでした。

 ダンジョンの事に夢中で勉学さえおろそかにしていたのはまずかったかしら。


 ……とはいえ、おそらく父が持たせたのですから企業の一つくらいは買収できる額なのでしょう。

 それを機に自らの手でのし上がれ、そういう事なのですねお父さま。


 不安は多いですが、もうこうなっては仕方ありません。

 司条家の血筋として恥じぬよう最大限の努力をするとしましょう。


 そのためにもまずは住む場所を見つけなければ!




 こうしてわたくしは実家を離れ、一人で生きる術を模索し始めました。


 しかし新たな住処を得るどころか、その手段さえわからない。

 しかも持たされたのはたった一個の小さなトランクケースのみ。

 せめてお風呂とベッド、高級ソープくらいは付けて欲しかったですわ!


 ああなんて事でしょう!

 お風呂にさえ入れないこの状況では生き延びる事さえ困難なのでは!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る