第26話 夢の中へ
夢の中に潜ることで対話をする魔導術の使用を実果はあっさりと承諾してくれた。
早く楽になりたい、助けてほしい、とかそういう感じではなく「もうどうでも良いから好きなようにしてくれ」といった感じだ。
「まあ、夢の中に人が入ってくるってどういう感じなのか興味あるし」
「好奇心」
ってな感じのことを言っていたので実果は魔導術に対して好奇心を抱いていたのでそれもOKした理由だという。
俺も剣術をはじめとする武術を習う時よりも、向こうの地球には無かった魔導術を習う方が俺としてはワクワクしたし実果の気持ちも分からなくはない。
一応希死念慮のある実果を治療するために心の中へと潜り込む魔導器を用いるわけだが、その内心は──
「ぶっちゃけワクワクしませんか?」
「ど こ が だ よ ! !」
魔導学園から戻ってきて夢の中に潜る話をしてからミリア隊長は終始不安そうな態度を見せている。
「俺からしたら凶獣とか武器持った人間の方が怖いですよ」
「それはそれで怖いけど、人の夢の中だよ? 夢の中に心だけの状態になって入り込むんだよ!? 怖いよ!!」
「それはまあ、そうかもしれませんが……でもいざとなったら緊急脱出できますし」
ミリア隊長は不安がっているけど、術式を組むのはプロであるノルヴァさんであり現実世界側からアドバイスを送ることも一応可能らしい。
なので俺はそこまで心配してはいない、もちろん任務なので真剣に取り組むしミリア隊長も実力者だ。
「それはそう、だけど……」
「夢の中でもリアライザーは使えるみたいですし、しっかり守りますよ」
ミリア隊長は俺の発言にプライドが傷つけられたのか不服そうな表情を浮かべている。
そう、ミリア隊長を焚きつけるにはこんな風に「女の子扱い」するのがベターだ。
彼女は何かと俺にお姉さんマウントを取りにくる事があり、それは自分には力があるという自信からくるものだ。
「そんな風に言われたら私も本気出すしかないじゃない! 見てなさい、速攻で心を修復してやるわ!!」
◆◆◆◆◆◆◆
ノルヴァさんが実果の部屋の片隅で演算魔導器と呼ばれる複雑な魔導術の術式を自動で管理したりする機能を持つ魔導器を操作している。
いわゆるコンピューターであり、相当高価な代物らしい。
「睡眠レベル、安定段階に入りました。今なら進入可能です」
「了解」
俺はノルヴァさんの合図に従い、俺とミリア隊長に魔導器による術式をかける。
すると、背後に何かが倒れたような音がした。
倒れているのは俺の体と、ミリア隊長の体だ。
「ヒィッ!?」
ミリア隊長は悲鳴をあげる、至極当然のリアクションだ。
「あ、説明していませんでしたね。肉体と切り離して精神のみ独立した状態になっています。ただし、肉体との接続は完全には切れておりませんのでご安心を」
「……ふう、事前に説明してよ。もう」
「あ、ですがあまり長時間肉体から離れると肉体と精神の接続が切れてしまうのでお気をつけください」
「えっと……つまり?」
「4時間程度肉体から精神が離れると、死にます」
ノルヴァさんはサラッと衝撃的な事を言う。
ミリア隊長はキレ気味にツッコミを入れた。
「ちゃんと事前に説明してよ!! もし精神だけの状態になったら化けて出てやるから!!」
「ミリア隊長、時間がもったいないので行きましょう」
◆◆◆◆◆◆◆
実果の肉体のすぐ側に移動用のゲートを出現させ、その中に潜り込む。
実果の心の中に入り込むのだから実果の精神は切り離す必要がない。
それにしても、光闇時空の精神四属性の魔導術はサッパリだ。
イライザの『星見』が本当なら、俺にも精神属性の魔導術が扱えるはずだが……精神四属性の魔導術は非常に高度であり、専門的な知識が必要になってくる。
「早めに戻ってきてくださいね。危険だと思ったら魔導器を使って緊急脱出も出来ます」
「分かりました、では行きます」
ゲートに一歩足を踏み入れると、なんだか身体に違和感を覚える。
だがそれは不快感などではなく、一切の無駄がない開放感だ。
衣服は確かに身に纏っているが、まるで全裸で行動しているかのような感覚だ。
ミリア隊長は慎重に歩みを進める、だがまだ周囲は暗く無駄に広大な空間が広がっているだけで景色も虚ろでぼかしがかかっているようだ。
「少し急ぎましょうか、なんか思ったよりも目的地まで遠そうですし」
「分かった、警戒は怠らないように」
「了解!」
俺たち二人は走りだした、タイムリミットは4時間前後。
少しでも早く夢の中枢へ行かなくては……。
◆◆◆◆◆◆◆
軽く30分ほど走ってようやく景色がはっきりと見えてきた。
無人の街、景色は全体的にモノクロで空も白色。
案内板も青や赤ではなく白と黒だけで表示されている。
「なにここ……石ばかりで緑がないわ」
「俺のいた世界の風景ですよ、本当はもうちょっとカラフルなんですけど」
「こんなところにいたら息が詰まっちゃうんじゃないかしら」
「射当てますね」
夢は夢なので何かしらヒントがあるだろう。
夢から心を癒すにはまずその心の『本体』に会って、心を苦しめる元凶を打ち砕く必要がある。
そしてその心の『本体』が作り上げた世界がこの夢の世界なので、本体に繋がるヒントが何かあるはず。
「ここ……建物らしきもので埋め尽くされているけど、みんな建物にいるのかしら?」
「夢の世界ですからね、誰も知らない人を無闇に生み出さないでしょう」
「じゃあ、建物には誰もいない?」
「そうだと思います」
「意味のないものは無い……なら、あれは? 看板?」
ミリア隊長は道路標識を指差す。
俺たちの知るそれとは色々と違うが、確かに意味がありそうだ。
「道路標識に従って歩いてみましょうか」
「そうね、闇雲に探すよりはずっと良いと思う」
道路標識には「この先ススメ」「こっちでは無い」などと、どこかへ誘導しようとしている。
道中、見覚えのあるコンビニエンスストアやスーパーマーケットもあるが電灯はついていても自動ドアが開かないので進入出来ないようだ。
入り口脇の大型ガラスから内装が見えるが陳列されている商品は薄ぼんやりとしており、中には店員すら一人もいなかった。
急ごうとか言いながら無意味な行動を取ったのでミリア隊長から睨まれるが、やはり本人と無意味なオブジェクトは粗雑に作られているという考えは正しかったのだと証明された。
「幸平、一つ聞きたいのだけど」
「なんでしょうか?」
「見覚えはある? この景色に」
「コンビニとかスーパーだったら……でも、そういうのって、俺の住んでる国にはどこにでもあるから」
「……だとしたらまだ断定は出来ないか」
ミリア隊長は怖がりながらもこの世界について考察をしていたらしく、言葉を続けた。
「夏樹幸平、美咲小鳥、嶋村和也、飯田恵……転移者4人は全員気軽に会える距離にあった。だとしたら三上実果さんもそうなのかと思ったけど」
「まあ、夢の中の世界なので現実と構造が違う可能性はありますが……」
でも、道路標識が示す先には実果にとって重要なランドマークが存在しているのだろう。
無人の街、道路標識、看板……それらのヒントから特定の『場所』へ案内しようとしているのが分かる。
「でも、その答えはこの先へ進むことで分かるかもしれません」
主人公になりたい人生だった 一ノ清永遠 @ichinose_towa03
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。主人公になりたい人生だったの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます