第13話 魔導学園の日々

side:美咲小鳥



 へろへろ、というのがここ数週間の私の状態を示している。

文字は読める、人の話はちゃんと分かる、でも授業で何の話をしているのかまるで分からない。

もちろん入学前にラングレイさんからもらった児童向けの書籍や魔導術のHow to本も読み漁ったけど、それでもアルカストロフ領立魔導学園での授業はレベルが高い。

小学生がいきなり高校に入学させられて授業を受けさせられている、と言えばいいだろうか?



「小鳥、今日もクレスト文字の書き取り?」

「うん、文字は読めるしみんなの言葉も分かるんだけど『書き』だけはどうしてもダメで」



クラスメイトの女子二人が放課後にクレスト文字の書き取り問題をやっているところに話しかけてきた。

慣れない文字構造に四苦八苦しているが、これが出来なければ魔導術の基礎にすら踏み込めない。そう、魔導術といえばエレメントコードの記述の必要がある。

それに使われている言語がクレスト文字なのだ。

エレメントコードは指先に意識を集中するだけで記述が出来るけど、頭の中にクレスト文字が叩き込まれていなければならない。

私がこの世界にやってきた時に人の言葉が分かるように召喚術でなんとかしてくれたんだろうけど『書き』の方もなんとかしてほしかった。



「クレスト文字って単字の他に合わせ字があるからややこしいよね」

「うんうん、難しいと思う」

「あはは……」



ひらがな、カタカナ、漢字、英語が混ざり合ったハイブリッド変態言語を使っていた私の祖国は相当おかしいと思う。同音意義語が山ほどあったし。



「でもさ、大変だよね。全然違う世界からこの世界にやってくるなんて」

「今度さ、小鳥の世界のことも教えてよ!」

「うん、もちろん!」



私は魔導学園に入るという選択肢をとって正解だったと思う。この学校に入ることが出来て、はじめて平穏な日常を過ごしていると思う。

寮生活と聞いて不安だったけど同室のエリナちゃんは大人しいけど優しい子だし、料理上手で後々のためにレシピも教えてくれる。



「それにしても、その嶋村和也という男の子に会いたいがために魔導術を学ぶなんて……相当に嶋村和也という男の子のことが好きなんですわね!!」

「いや、どちらかといえば……まあ、うん」



嶋村くんに執着しているのは幸平の方だ。などというとこの場にいない幸平に誤解が生じそうなのでやめておく。

私も嶋村くんに会いたいとは思っているけど、一番危機的状況に置かれている嶋村くんを助けたいというスタンスだ。

元の世界に帰るのなら四人一緒が一番良い、だから嶋村くんを探すのだ。

まあ、飯田さんはこの世界を知りたいと言って聖騎士のエルヴィンと一緒に旅に出てしまったそうだけどそれほど強くてしっかりした人間が一緒ならまあ命を落とすことはないと思う。




「私、応援致しますわ! 小鳥さんの恋を!!」

「あ、うん……本当、違うんだけどね」



どこかの誰かさんもそうだけど、何故か私の好きな人が嶋村くんであると決めつけてかかる人が多い。

確かに嶋村くんの顔も声も好みだし、なんでも出来るところは尊敬しているけどそれはあくまで憧れであって恋愛感情というのは違うのではないだろうか?

好きなアイドルが出てる番組を追うような感じといえばいいだろうか? お金を出してグッズを集めたりライブでサイリウムを振ったりまではいかない感じのライトなファンといった感じだ。



◆◆◆◆◆◆◆



 私は寮の部屋に戻るとエリナちゃんに声をかけられる。エリナちゃんは声をかけてきた、デスクに座って読書をしている。

エリナちゃんは自由時間は読書をしているか、自習をしているかだ。



「小鳥ちゃん、部活どうするか決めた?」

「うーん、部活どころじゃないからね。覚えなきゃいけない事ばっかりだからさ、まずはこの世界のことを知らなきゃいけないから」

「そっか、無理しないようにね」



私が部屋に戻ってすぐに参考書を開いてノートに書き取りをはじめると、エリナちゃんは話しかけてきた。



「その、ドリルとかも良いけど……本や伝記を読むと良いかも」

「本、か」

「マンガの歴史本とか解説本も沢山あるし、まず世界そのものを理解しようというより物語越しに知った方がスッと頭に入ってくるよ」



私はテスト勉強も受験も学校プリントやノートをとにかく暗記するタイプで読書はとにかく苦手で、高校に上がってから読書感想文の課題が無くなって誰よりも喜んだ自信がある。

そのくらい読書が苦手で、これまで読んだことはあるので少し流行っているラノベくらいのもの。

だから読書を勧められてもその……正直困る。



 

「えっと、どうかな? 良ければ図書館に行かない?」

「そうだね、エリナちゃんが言うんだったら」



◆◆◆◆◆◆◆



 領立図書館は政務区画、つまり学校や役所がある区画に位置する。

私はあまり行った事が無いけれど想像以上の大きさだった。

図書館の中は灯りが暗いから薄暗く、窓は閉め切られている。

水を避ける魔導器がいくつか置いてあるから乾燥している感じがするけど、廊下には水道魔導器があってそこで水分補給をするようだ。



「書店はギルド区画や商業区画にも何店舗かあるけど、領内の図書館は一つだけだから規模が大きくて蔵書の数もかなりのものだから……テンション上がるね」



テンションが上がる、といってもエリナちゃんは図書館を愛好するが故に聞こえるか聞こえないかの声量で声を発している。が、顔はニッコニコで本当に楽しそうだ。



「う、うん……そうだね?」

「この世界のことを知るには、歴史関係の本を読むと良いかも。あのね、五大国家の他に独立した地域があって……特に賢者都市ウィザーズユニオンに属する人が記した書物は解釈が宗教観や国家の事情で歪曲してないからオススメ」

「そ、そう……」



五大国家はともかく賢者都市なんて初めて聞いた単語だ。

私にかけられたなんらかの術によってクレスト文字は読めるけど、微妙に本によってはフォントというか文字の雰囲気が違うような気がする。



「クレスト文字ってもしかして国によって違いがあるの?」

「うん、そうだよ。まずは賢者の都市で刊行された『天地創造神話』なんかどうかな?」



エリナちゃんは瞳を輝かせてやたらと分厚い本を手渡してきた。



「う、うん……良いとは思うんだけど、私実は活字が苦手で」

「えっ……!?」



この世界に、活字が苦手な人間がいるの!?

と、言わんばかりの絶望的な出来事に遭遇したような表情をしている。

私はきちんとエリナちゃんに説明する。



「本を読みたくないわけじゃなくて、どうしても文章ばかりの本だと疲れちゃうから……その、子供でも分かるような本だとありがたいかな」

「なるほど、読書に慣れていないんだ。だったら児童書のコーナーがあるのでそこに行こう」



エリナちゃんはどんなに長文でも驚いても図書館の中では決して周囲に眉をひそめさせないような声量で話している。



「ここは絵本をはじめとする児童書が沢山あるよ、天地創造神話も誰でも分かりやすくなってて」


 

エリナちゃんが指さした先に児童書と呼ぶにはあまりにも分厚い書物があった。

パッと見で500ページは下らないだろうか? 子供が読み切れる厚さだろうか?



「それじゃあ、レンタルしようか。流石に閉館までに読み終わる内容じゃないし」

「う、うん……」



確か図書館で借りられる期間は1週間……この世界では10日間。

それまでに読み終わるだろうか、この本を──

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