第11話 流血

side:夏樹幸平


 ラングレイとの修行を始めて半年ほどの時間が流れ、いよいよ季節は移り変わって冬が訪れつつある。

クリアスワールドの一年はおよそ五百日ほどであり、俺たちの世界と同じように季節は春夏秋冬に分けられているようだ。

いや、季節が四つに分けられているだけで本来は春夏秋冬ではないのかもしれない。

ラングレイの元で語学の勉強もさせてもらったけど、俺の言語の認識は俺たちのいた世界に合わせて意訳されている感じがある。

来たばかりの頃はかなり穏やかな気候だったけれど、今は結構冷え込んでいる感じがする。



「もう冬服の準備と、騎士用の制服を用意しないとな」

「いよいよ入団、ですか」

「といっても見習いからのスタートだ、あまり気負わずに課せられた任務をこなせばいい」



小鳥は魔導学校への入学、飯田さんは聖騎士エルヴィンと共に旅をしているらしい。

なんでもエルヴィンの意向で「彼女にこの世界のあれこれを見せてみたいと思って」とのことで、俺と小鳥も誘われたけど今はラングレイに恩を返したいしなにより和也の救出が最優先だ。

俺は一週間後まで迫った騎士団への入団を控え、準備に追われている。



「そうだ幸平、メンザース武具店に行ってみないか?」

「メンザース武具店? 良いですけど、こいつまだまだ使えますよ?」



この世界に来たばかりの頃、メンザース武具店の店主テッショウの弟子、フーレ・アンジュに武器を作ってもらった。

ナイフよりも一回り大きな戦闘用短剣ロングダガーを二振り打ってもらったが、随分頑丈で未だに刃こぼれ一つしていない。

この半年間、体力作りにラングレイの知り合いの騎士と練習試合に冒険者ギルドの依頼遂行など様々なラングレイ流の稽古に付き合ったにも関わらずだ。



「この半年間で幸平もずいぶん強くなっただろ? フーレさんも会いたがっているようだし、入団前に新武器を下ろすのも悪くないと思ってな」

「新武器……そうですね、過酷な騎士団での生活で何が起こるか分かりませんし!」

「……そこまで過酷ではないぞ、安心してくれ」



◆◆◆◆◆◆◆



 半年ぶりに訪れるメンザース武具店は以前来た時よりも客で賑わっていた。



「なんか、混んでますね」

「冬が近いからな、凶獣達は冬眠するものも多いし狩りが激しくなる。それに備えているのさ」

「……新武器を下ろしてもらうんですよね? 入団までに間に合わないような」

「いや、予約済みだから大丈夫だ」



メンザース武具店の入り口扉を開くとテッショウ先生の妻であるイオナ・ライゼンが笑顔で迎える。



「いらっしゃいませ! ラングレイ様ですよね? お待ちしておりました」

「お久しぶりです」



テッショウ先生の妻のイオナさん、この半年で少し大人びたような気がする。

よく見ると以前と違って化粧をしているのか、肌のツヤが良くなり唇の血色が鮮やかに見える。



「フーレさんは地下ですか?」

「いいえ、運動場で待っていますよ」

「運動場……ってことは」

「まあ、そういう事だ。今度は勝てるといいな幸平!」



ラングレイは笑顔で俺の背中をバシバシ叩く。

俺に最適な武器を作るのが目的だから勝つのが目的ではない。だけど──



「半年前の俺とは違いますからね、前みたいに瞬殺とはなりませんよ」



◆◆◆◆◆◆◆



 運動場でハーフプレートを装着する。何度も騎士たちに稽古をつけてもらったせいですっかり装備するのも慣れてしまった。

準備を終えると俺はフーレに声をかける。



「準備は終わった。木刀を使うんだろ? どこにある?」

「練習なんて段階はとうに終わってるだろ? 今回は木刀なんか使わない、僕が鍛えた立派な武器があるだろ? それを使うんだ」



俺はフーレの言葉に絶句する。

あのロングダガーは相当な業物だし下手したら怪我なんかじゃ済まないだろ。



「幸平、ここには特殊な防御結界が張ってある。激しい攻撃を受けたら致命傷にはなるが、優秀な医療スタッフも揃っている」

「……ったく」



医療スタッフがいても後遺症が残ったらどうするつもりなのか。

いや、でも実戦になったらそうも言っていられないか。

……こうなったらラングレイもグルなのかもしれない、戦場に立つ覚悟を試されているということか。



「本物の武器でやる以上、相手が女子でも手は抜かないからな。俺も大怪我は負いたくない」

「手を抜ける相手だと思われてたわけだ。ムカつくこと言ってくるね幸平」



周囲もザワザワし始めてきた。本物の武器同士のぶつかり合いなんてここでも滅多にないのだろう。

……にも関わらずラングレイはいつもの爽やかな表情でこっちを見守っている。



「試合開始!!」



ラングレイの合図と同時に俺は二振りの短刀を抜き、フーレの抜刀と同時に大地を蹴り思い切りジャンプをする。



「勝算なく跳ぶのは危険だって、言ったはずなんだけどな!!」

「跳ばなきゃやられてた、だろうが!!」



フーレの得物は片刃刀、いわゆる日本刀のようなものだが東方諸島郡『アイカイ』の文化が発祥らしく異常とさえ言える切れ味と取り回しの良さから五大国家に輸出されるほどの人気を誇るようだ。

そしてフーレはさも当然のように気を練り上げて斬撃を飛ばしてきた、気を練る事は戦闘における必須技術であるとラングレイに教わったが斬撃を飛ばすのは高等技術であるはずだ。

やっぱりフーレは単なる武具職人じゃない。



「火球炸裂……フレイムボムッ!!」



俺は空中からフーレに狙いを定めて三発ほど連続して魔導術によって炎の球を構築し、それを撃ち出す。



「魔導術、やっぱり使えるようになってた!!」

「俺は他の人ほど器用じゃないからな、手数は増やしておくに越したことはない!」



空中で体を捻りながらなので狙いは上手く定まらないが、この火球攻撃はそこまで狙いは正確である必要はない。

俺は壁に着地して靴底に気を集中させ、一気に火球が炸裂して視界を奪っているところまで加速する。



「さっきのフレイムボムは目眩し……という事は分かってたよ!」



フーレの刀でロングダガーによる斬撃を躱される、刀とダガーではリーチに差があり過ぎて不利だ。

俺は距離を取りつつ、フーレの攻撃を捌いていく。



ギンッ!ギンッ!



素早く重い攻撃が続き、斬撃に伴う烈風が俺の頬に当たる。

気を練って身体を覆っていなければ服や肌は切れていたかもしれない。

俺はこの瞬間にも小規模の初歩的な魔導術を構築し、フーレの足止めもするがなかなか捉えられない。

一瞬でも動きを止めたら『斬破』なりなんらかの剣術を放たれて一瞬で終わる。




不意を突け、相手の気を奪え……!!



思考を巡らせる、一体どうすればチャンスが巡ってくる? 攻撃を躱しきれる? 相手に隙が生まれる?



「さあ、どうしたんだい? このままだとやられてしまうよ!?」



攻撃の速度が上がっていく、なんとか対応できる速度ではあるがこのままでは本当にやられてしまう。




「あっ」

「!?」



片方のロングダガーが手汗で滑り、俺たちの真上にすっ飛んでいく。

フーレは一瞬、あまりの間抜けさに気を取られている。



「隙が……出来た!!」



俺は左手に握った防御用のロングダガーを思いきり振るう。

すると、フーレのハーフプレートに大きな亀裂が走り真っ赤な鮮血が噴き出し、俺の顔をその生温かい血が濡らす。



「う……くぅ!?」



苦悶の声を上げ、フーレは地に臥した。

地面はフーレから噴き出た血を吸い、赤く染まっていき、俺の目の前にフーレが鍛え上げたロングダガーが落下する。



「う、うう……油断した。わざとダガーを打ち上げさせて、不意をついたのか」

「い、いや……違くて。俺、そんなつもりじゃ」



フーレを大怪我させた当人の俺は心臓がバクバクと物凄い音を立て、上手く会話ができない。

ラングレイは店員に担架を持ってくるよう手配させると、フーレにかけよりハーフプレートを外す。



「フーレさん、服を捲っても?」

「見られて気にするような体じゃない、早めに止血してもらえると助かるよ」



ラングレイがフーレのシャツを捲り上げるとドクドクと血が溢れ出るパックリと開いた傷口が姿を見せ、俺は嘔吐感を催す。

だが、胃の中のものをあげさせずに飲み込む。

怪我をさせたのは俺だから、そんな事で吐いてなどいられない。



「幸平、ぬるま湯とタオル……それから消毒液を持ってきてくれ。イオナさんかテッショウ先生なら場所を知っているはずだ」

「わ、わかりました」



俺は裏口へと走り、イオナさんの元へと走った。

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