第10話 天才と努力型

side:夏樹幸平


 メルドニア王都メオスナディアへのお使いを終えて、俺たちは街道を歩いていた。

行きの行程に比べてバックパックの重さも無いため、ずいぶん楽な旅時に思える……時点で俺はかなりラングレイに毒されていると思う。



「アルカストロフ領に戻れる頃にはフーレに依頼していた武器も完成していますかね?」

「……という事はテッショウ先生も帰ってきているだろうな」



やはりラングレイはやや気まずく感じるらしいが、それほど立派な人ならやましい結婚ではないと思う。

俺のいた世界でも初老の俳優が若手アイドルと結婚するなんて事も無くはなかったわけだし。



「……遺産狙いかなぁ」

「あんまりマイナス方向に考えるのはやめましょう、疲れますよ」



などとテッショウ先生の件が相当にショックだったラングレイを宥めつつ歩いているとハーフプレートを着た男性二人が駆け寄ってきた。



「ラングレイ筆頭!」

「どうした? 火急の用件か?」



男性二人はアルカストロフ領の騎士団員らしく、フェイスプレートを外して一礼をする。



「バルドブルク駐屯地に聖騎士エルヴィン・ユークリッドより書状が届きまして……」

「エルヴィンから!? それにしてもバルドブルクから、ご苦労だったな」

「いえ、任務ですから!」



噂をすればなんとやら、世界各地を放浪しているという気まぐれな騎士からラングレイ宛に手紙が届いたらしい。



「こちらになります」



騎士が小道具入れから封筒らしき茶色いものを取り出し、ラングレイはナイフでそれを開封する。

手紙を広げるとラングレイはその内容を黙読し、読み終えると騎士二人を下がらせる。



「書状を届けてくれて感謝する。本来の任務に戻ってくれ」

「は! 失礼いたします!!」



騎士二人はラングレイに敬礼をすると、反対方面へと歩いていった。



「幸平、聞いてくれ。君の友人の一人……飯田恵さんが発見され、保護された」

「本当ですか!? 保護されたって事は……」

「ああ、憔悴しているそうだが五体満足、無事だ」



ラングレイ自身も安心したらしく、微笑んでいる。

飯田さんは和也と違ってどこにいるのか不明瞭だったから、発見は難しいと思っていたけどこれなら安心出来る。



「街へ戻ったら小鳥さんにも知らせよう、安心すると思う」

「はい!」

「それから、幸平や小鳥さんたちはある『敵』に狙われている可能性が出てきた」



先ほどまでと違い、ラングレイの表情は険しくなる。

敵、という事は戦わなければならない存在という事だ。



「敵……? って、なんですか? 俺、まだ人の恨みを買うような事は」

「かつてこの世界を滅亡寸前まで追いこまれた戦争の一つ、『召喚戦争』。その戦争が終結してからは召喚魔導術は禁止されてきた。以前語ったように、時空間に穴を開けるなんて無茶なことをする上にクリアスの消耗が激しいからなんだが……」



召喚、というのはゲームみたいに召喚獣を呼び出して人間の代わりに戦わせるような魔導術のことだろうか?



「黒髪に暗い土色の瞳の人間を追っている賊の存在が確認され、そのうちの一人がバックについている組織を吐いたそうだ。その組織の名前は『夜明けの先導者デイブレイクス・ヴァンガード』というらしい」

「夜明けの先導者……」



◆◆◆◆◆◆◆



 筋肉痛のせいで身体中のあちこちが痛むが、模造刀による素振りは欠かせない。

このメンザース武具店特製の模造刀はやたらと重く作られており、素振りをするのが精一杯だ。



「幸平、そいつでの素振りの回数はあまり増やさない方が良い。手首を傷めてしまえば意味がないからな」

「分かってます」



夜明けの先導者の話を聞いてからどうにも落ち着かない。

そいつらが俺たちの『異世界転移』に関与している事は間違いない。

一刻も早くとっ捕まえて俺たちを元の世界に帰してもらわなきゃならない。

もちろん、和也も一緒に帰らなきゃ意味がないから元の世界への道を開いてもらうのは少なくとも一年後になるだろう。



「幸平、剣がブレているぞ。心が乱れているな」

「……すいません」

「私に謝ることはない。だが戦いの最中にヘマをしたら命を落とすのは幸平だ。その自覚があるのなら平常心を取り戻せ」

「分かりました」



戦い……俺が戦うのは元の世界へと戻るために。

でも、それだけで良いのだろうか?

騎士というのは、他の人たちは何のために戦うのだろうか?

どうして和也はこの世界で戦っていたのだろう?

元の世界に帰るために? そのためならあんな風に簡単に人を殺せるものなのか?



「戦士が素振りをするのは常にベストなパフォーマンスを発揮するためだが、心が乱れている時ほど素振りをやりがちなんだ。迷いを払拭するため、プロポーズをするための勇気を搾り出すため、大きな任務の前に緊張してしまうから……」

「ラングレイさん」

「戦場で迷ってしまうのは困りものだが、迷うことは悪いことじゃない。迷いは人間の成長に繋がる。存分に悩め」



ラングレイさんはバックパックから木刀を取り出し、俺に手渡してきた。

これはメンザース武具店で使ったフーレ特製の木刀だ。



「入隊までまたまだ先だが、幸平には『仕事のできる騎士』になってもらいたい。武術、魔導術、ゆくゆくは部隊の指揮までな」

「それ、1年で済まない話じゃないですか」

「まぁな! だがそれは元の世界に帰れなかったら、の話だ。幸平や小鳥さんがこちらの世界に来てしまったのは連中を野放しにしていたこちらの落ち度だ。元の世界に戻れなかったら、幸平たちの生活は私が責任を持つ。だから、変な言い方だがひとまずは安心してほしい」



俺たちをこの世界に送り込んだのは城戸桜という女だ、ラングレイがそこまで背負いこむ必要はない。

俺や小鳥の人生なんてうっかり死にさえしなければあと何十年も続いていくことだろう。



「確かに元の世界に未練はありますし、まだ帰るのを諦めていませんけど……でも、俺たちの人生まで面倒をみるなんてちょっと大袈裟です。悪いのは城戸桜とその仲間たち!! 悪い連中とのカタは俺たちが強くなってつけるつもりですし、もしも帰れなかったら……そうだな、娯楽物でも作って普及します!」

「娯楽物?」

「その漫画とか小説とか映画とか舞台とか……調べた限りだと、まだまだ俺たちの世界に比べて未成熟じゃないですか! 和也のヤツは筋金入りのマニアですからね、その辺に不満を持ってるはずです!」

「なるほどな、娯楽物か! 全部のカタがついたら私が国王陛下に進言してみよう!」



ラングレイは楽しげに言う。

ラングレイはこれまで貴族と平民・下民の格差や貴族中心の社会であることを語ってきた。

アルカストロフ領はともかくとして、この国は貴族の権力が強い……そうなれば娯楽は下民に行き届かない。

全部のカタをつける、ということはラングレイは魔王との戦いを終えた後に貴族連中相手に何かをするという事なのだろう。



「だったら、死亡フラグなんて建てないでくださいね。これから先、やらなきゃいけないことは山ほどあるんですから」

「死亡フラグ……?」

「ええと、俺たちの世界のスラングでこれから死にそうな人間が言いそうなことを言う、もしくは死にそうな人間が取りそうな行動を取ることです」

「……よく分からないな」

「例えば『仲間を先に進ませるために強敵の足止めをする』とか『戦場の最前線に赴く前に想いを寄せていた相手に結婚の約束をする』とかがそれにあたります」

「ほ、ほう……!! 確かに王国劇場で催されている演劇ではそのようなシーンを見かけるな」



ラングレイはよく知らない概念に戸惑っているようだが、しばらく考えてこう言った。



「けど、こうやって何かを約束する方がより強く『生還しよう』と思えるものさ。こうやって私はこれまで生き残ってきたのだから」



◆◆◆◆◆◆◆



side:嶋村和也



 クリアスワールドと僕が勝手に呼んでいるこの世界に飛ばされてからもうかれこれ3ヶ月ほどが経ったか。

1週間ほど前に幸平からメッセージアプリで文字化けしたメッセージを受け取ったけど、それからしばらくして幸平の声を聞いた。

科学者を自称するあたり僕のスマホを改造したシャロン・ノアの技術力は本物らしいが、本当に通信出来たのは想定外らしくクリアスの持つ『意思を伝播させる力』が僕と幸平の通信を可能にさせたらしい。



「流石にもう繋がらないか……」

「私の改造した『すまほ』が不服かしら?」



シャロンが僕の操作するスマホを覗き込むために密着してくる。

色白な肌にキラキラと光を乱反射させる髪の毛が彼女の容姿の異様さを際立たせる。

というか、僕が異世界に飛んできたんじゃないかと確信させたのが彼女の存在だ。



「いや、十二分に満足してるよ。流石に通信環境を整えるのはシャロンの独力じゃ無理だし……それに、バッテリーの持ちが良くなったから落としきりのゲームアプリを思う存分遊べるんだし」



往年の人気タイトルは大概スマホに移植されているのだが、バイト代は大概ゲームに消えている。

推しのピックアップガチャが立て続けに開催された時は本当に死ぬかと思った。

けど、もうあの手のソシャゲが遊べないのは本当に寂しい。遊んでいたスマホアプリが全てサ終したようなものなのだから。



「それにしてもフリック操作は慣れないなあ。ゲームパッドを持ち歩いておくべきだった」

「すまほって随分複雑な構造をしているのね。それが量産されているのだから和也の世界はすごいわ」

「こっちの世界がクリアスの世界なら、僕らがいたのは電気の世界。魔導術なんてすごい技をほとんどの人が使える方が驚きだよ」

「あら、魔導術なら和也も使えるじゃない」

「こっちの世界に転移した時にそういう体質になったんだろうね、どういう技術か分からないけど」

「クリアスを扱えるだけの魔力があったんじゃないの?」

「変なのはそれだけじゃないんだ。どれだけ走っても疲れない、剣を振るえば岩が砕ける。僕のいた世界でそんな真似をすればあっという間に化け物扱いさ」



過ぎた力は人を怯えさせる、それは僕が小学生の頃には痛感していた。

だから、出来るだけ本気なんて出さずに生きてきた。

力は磨かなければ鈍るそうだけど、僕の場合はそうじゃなかった。

何をやっても上手くいきすぎる……。



「化け物だったら化け物らしく生きた方が楽しいんじゃない?」

「そんな風に割り切れたら楽だったんだけどな」



だけど、そんな化け物についてくる人間なんですロクなものじゃない。

化け物の力に縋るような人間なんて、心まで歪みきっていると相場が決まっている。



「いたぞ! 血染めの双剣士だ!!」

「……見つかったか」



いつからか、僕は魔王軍の者たちから『血染めの双剣士』なんて呼ばれるようになった。

僕一人を倒すために大勢の敵が送り込まれるものだから、人類側の人間からは随分感謝されたっけ。



「今日こそ貴様の命運が尽きる日だ、血染め双剣士よ!! この大金槌のカルギダが貴様を叩き潰す!!」

「大金槌……」



カルギダと名乗った魔族はトカゲが知性を得て人に変身したような風貌であり、崖の上から僕を見下ろしている。

カルギダが手にしているドス黒い巨大な金槌は確かに巨大であり、あれで叩かれたら並大抵の生き物はひとたまりもないだろう。




「振るわれる前に武器を潰すのは基本だよね」

「この位置でか? やれるものなら──」



僕はカルギダが喋り終わる前に剣を高速で抜いて、納刀する。

と、カルギダが手に持つ大金槌が真っ二つに割れて崩れ落ちる。



「なっ……何ィ!?」

「気の込められてない武器なんてこんなもんだよ」

「き、貴様……!!」



相当あの大金槌を気に入っていたのか、カルギダが怒りに震えている。

全身から闘気のオーラが漏れている……だが。



「この俺様は、徒手空拳での戦いをも極めているのだ!! その貧弱そうな身体など一撃で砕いてくれるわ!!」



カルギダは崖から飛び降りてまっすぐに僕の方へと飛んでくる、だが……。




「せっかくそれだけ闘気が溢れているのに使い方が下手すぎる」

「な、俺様の手が……手がああぁぁぁぁぁ〜!!」



カルギダの手は僕の剣で斬られたかのように血が噴出し、予想外の出来事に情けない声をあげている。

僕は気を練り上げてエネルギーを纏ったカルギダに鋭い斬撃を飛ばしていたのだが、雑に闘気だけを放出していたカルギダの闘気の鎧を抜くのは容易だった。

この世界の戦い方は魔導術と気の扱い方で全てが決まる、いたずらに肉体だけを鍛えていたカルギダと僕では埋めようのない実力差があった。




「さて、名誉の負傷をしたわけだけどこれで部隊に帰れるよね? 武器も砕かれ、利き手を負傷──戦闘続行は不可能だ。お咎めもないと思うよ?」

「こ、これだけ馬鹿にされて帰れるものか!! 右手が無くとも、左手が残っているのだああぁぁぁぁぁぁ!!」

「馬鹿な男だな」



カルギダは左手を振り上げ、闘気を集中させる。

闘気を練り上げ、それを螺旋回転させてエネルギーを放出する技でも放つつもりだろうけど……もう遅い、既に勝負は決している。



「クロウウェル流剣術・斬破!!」



僕はもう片方の剣を抜刀し、斬撃を眼前のカルギダの胴体へと向ける。

斬撃は前方へと飛び、カルギダの肉体を破壊していく。

カルギダの胴体は身につけていた鎧もろとも両断され、内臓を撒き散らしながら崖へと叩きつけられ人の形を失っていく。



「ふう……」



戦いを終えると、カルギダの部下たちは蜘蛛の子を散らしたように退却していく。今回、部下は何もしていないのだがそれで大丈夫なのだろうか?



「お見事〜〜」



シャロンは戦いが終わったことを察知すると姿を現した。



「こんな事で褒められてもうれしくないな、この世界に来て上手くなってるのは殺人術ばかりだよ」

「それも立派な力だと思いますけどねえ」

「少なくとも、僕の友達は褒めてくれないと思う」



幸平は今どこで何をしているのだろう?

こちらに来ているのなら、彼は僕のようにならないでほしいと願う。

幸平は優しい子だ。だからこそ、この暴力で溢れた世界のようには……決して……。

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