第二十四話 とんがり屋根の集落
セダとジャナンは、反対方向を見ていてそれに気が付かなかった。
横目で見ていたジェサーレは、引き絞られた矢が放たれた瞬間にもうダメだと思った。
だけど、大きな影が立ちはだかって、矢は二人と二匹には当たらなかった。
大きな影に当たったからだ。
その大きな影はアスランだった。
ジェサーレは大きな影がアスランであることに気付くと、ビックリして悲鳴のように叫んだ。
セダもジャナンもそれにつられて振り返り、しばし言葉を失う。
けれど、セダはそれだけでは終わらなかった。
セダがかかとで馬の腹をぽんっと蹴る。
馬が走り出した。
見事なツヤの茶色の馬は、馬上のセダとともに物凄いスピードで兵士の横をすり抜ける。
兵士は
セダが魔法辞典を取り出すと、触れてもいないのにページが勢いよくめくれ、止まったところで魔法の呪文を唱えた。
「燃えろ、ヴォリダ」
ヴォリダは学校で教えてもらえる火の魔法である。
学校の授業で扱われる魔法だけあって、指先に小さな火の玉を出すだけのものだった。
それはもちろん、使った者が普通の人であるならば、であるが。
セダの細い人差し指の先にある火の玉は、果たして小さいと言えるだろうか。
答えは
セダの顔と草原を赤々と照らすその火の玉は、すぐに彼女の頭と同じくらいの大きさになった。
兵士たちの顔は、いっそう恐怖にゆがみ、後ずさりしている。
馬上で背筋をピンと伸ばしたセダが、人差し指をすいっと前に出した。
大きな火の玉が飛んでいく。
それは矢よりは遅いが、人が走るのと同じくらい速い。
恐怖に駆られた兵士たちは、
火の玉は草原に落ち、あたりの草を少し燃やした程度で消え去る。
「ジェサーレ! アスランさんは!?」
「俺なら大丈夫……あいたた」
ジェサーレの返事よりも先にアスランが自分で答えるが、やはり顔色はよくない。
見れば、
セダとジェサーレは無言で頷き合い、大きなリュックサックから包帯とぎざぎざの大きな葉っぱ、そしてナイフとハサミを取り出した。
ジェサーレがハサミにうんと力を込めて矢を短く切断し、セダは矢を抜かず、傷口付近に大きな葉っぱを何枚かあてて、包帯でぐるぐる巻く。
「君たち、随分と手慣れているな。そんなにケガの多い旅だったのかい?」
「包帯を巻き終わるまで、少し黙っててください」
ジェサーレにそのように言われてしまえば、アスランは終わるまでじっと待つのみで、それでも急いで伝えたいことがあるようで、終わると同時に口を開いた。
「すまないが、俺を馬に乗せて、ゲーキの集落まで一緒に行ってくれないか?」
「はい」
「分かりました」
「助かるよ。方角を指示するからよろしくな」
そして三人と二匹は誰もいない黒焦げの集落を後にした。
アスランは、ジェサーレに手伝ってもらって何とか馬に座った後は、時折り「あっちだ」「そっちだ」と言うだけだった。二人が応急処置を
ジェサーレとセダが馬をひいて、何時間歩いただろうか。
太陽は既に傾き、空は
三人の眼には徐々に青緑色のテントと、とても短く背の低い木の柵が見えてきた。
テントは少しとんがっていて、セダによれば、チョバン族のテントは丸くてゲーキ族の天とはとんがっているから、あれはゲーキ族のもので間違いないという。
到着してみればやはりその通りゲーキ族の集落で、だが、アスランが指示した通りに歩いてきたのだから当然だなとも、ジェサーレは思っていた。
「一番大きなテントの前まで行ってくれ。お前たちにお願いするのもそれで終わりだ」
アスランの綺麗な馬は、ゲーキ族の者が出てきてもそれは大人しく、二人にひかれるままに集落の真ん中にある大きなテントまでアスランを運びきった。
「アスラン、どうした!? ……ケガをしてるじゃないか! 一体何があったんだ?」
馬からアスランが崩れ落ちるようにおりたとき、ちょうど大きなテントの中から立派なヒゲの老人が出てきて駆け寄る。
「ソルマ家の兵士にやられちゃってさ。それでこの子たちに助けてもらったんだ」
「なんと……」
今まで二人のことなど見えていないようだったその老人は、ようやくジェサーレとセダと犬のジャナンに気が付いた。そして、しげしげと見つめて頷くと、
「孫を助けてくれてありがとう。儂はエルマンだ。今夜は是非泊っていってほしい。口に合うかどうかは分からぬが、お礼に料理をたくさん
「わふん!」
料理という言葉に真っ先に反応したのはジャナンで、とても嬉しそうな顔で尻尾をぶんぶんと振る。その様子にみんな笑顔になり、ジェサーレとセダもお腹を撫でながら「はい、是非」と答えるのだった。
「ほう。君たちは草の海を探しているのか」
「ええ、そうなんです。エルマンさんは場所をご存知ないですか?」
久しぶりの豪勢な晩ご飯に一区切りがつき、ジェサーレとセダはあぐらをかいて、エルマンと話をしていた。
もちろん、二人は満腹でお腹が膨れ、ジャナンも満腹で眠そうに
だからセダが頑張って、エルマンから話を聞いていた。本当は一刻も早く寝たかったのに。
「草の海かどうかは知らないが、昔からある不思議な場所なら知ってるぞ。そこは草がゆらゆらと揺れていたり、はたまた渦のように草が生えているんだ」
「そこかも知れないので、場所を教えて下さい!」
「うむ。セダちゃんは孫の恩人だからな、お安い御用だ。今から儂が言うことをよく覚えるんだぞ」
「はい」
「こほん。あー、まずは
「夕陽」
「次は動かない水」
「動かない水」
「最後は、はるか西に見える三つ子山のてっぺん」
「西の三つ子山のてっぺん」
「その三カ所を結んだ三角形の中心に、それはある」
「三角形の中心と。……動かない水と三つ子山というのは見れば分かりますか?」
「平原で暮らしていない者には難しいかも知れんな。明日、儂が教えてやろう。ちなみに、三つ子山は三つ子というだけあって、三つすべて同じ形の山なんだが、一つだけ少し高いのだよ」
「それは、私には難しいですね。助かります」
「なあに、孫を助けてもらったお礼が、これだけでは安いくらいだよ」
「ところで、その場所を管理している人はいますか?」
「管理している者はいないが、ゲーキ族とチョバン族以外の者には教えていないし、集落も近くには作らないようにしておるな。さ、今日はもう遅いから、セダちゃんもジェサーレちゃんも、ぐっすり眠るといい」
そうして翌朝、ぱっちりと目が覚めたジェサーレとセダはテントの外にいて、エルマンと一緒に地図とにらめっこをしていた。
「動かない水はここ」
エルマンが指で円を描いた場所は、ここから更に南東の、カユツの町にかなり近いところだった。
「三つ子山はあそこだから、地図だとこの辺りがてっぺんかな」
エルマンが最初に指さした場所には、確かにお椀をひっくり返したような山が、それぞれ間隔を空けて三つ見える。
二人にはどれが一番高いのか分からなかったが、エルマンによれば、向って右端、地図だと最も北にある山だという。
「夕陽の場所は、どのへんだったかなあ。確か昨日はこの山の向こうに――」
「エルマンさん。太陽ってお空にあるんだから、線で結ぶのって難しいと思います」
「……なんだ、ジェサーレちゃんはぽよぽよしてるだけかと思っていたら、案外に鋭いのう。儂が二人を楽しませようと思って、
「……」
「……」
「むむう。二人とも無言になってしまったら、儂はどうしたらいいんだ……」
「場所を地図で教えてくれれば、あとは僕たちが歩いて探します」
「うむ。そうだな。ジェサーレちゃんの言う通りだ。変に楽しませようと思ってしまってすまなかった」
そうしてエルマンはセダが持っていたくしゃくしゃの地図をじっと見て、今いる集落から西南西に進んだところを指さした。
そこは三つ子山のてっぺんと動かない水を結んだ線の真ん中にあり、彼の言ったことに、正しい情報もあったことを物語っていた。
「この辺りですね。ありがとうございます。早速探してみます」
「探している途中で、自分たちがどこにいるのか分からなくなってしまったときは、三つ子山とカユツを見て、だいたいの位置を把握するんだぞ」
エルマンはそう言って、ニカっと二人に微笑むのだった。
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