第十一話 生きる砂浜(1)

 一生分の悲鳴を上げると、ジェサーレは不思議と冷静になっていた。

 他ならぬゲチジもロクマーンも、まったく慌てていなかったからだ。

 頭だけのゲチジは笑っているし、ロクマーンに至っては「ああ、久し振りに面倒なことになっちまったな」と、面倒くさそうに顔をしかめている。

 だからジェサーレは気が付いた。一人だけでゲチジを見ていたら気が付かなかったかも知れない。崩れたゲチジの体と首に、すっかり見慣れた魔法陣と見たこともない魔法陣があることに。


「あ、あの」

「ああ、ジェサーレ。申し訳ないが手伝ってくれ」

「あ、はい」


 慌ててはいなかったが、今日会ったばかりのジェサーレに頼むのだから、ロクマーンにとってもやはり非常事態であることに違いはない。

 ロクマーンはケラケラ笑っているゲチジの頭を左腕で抱え、半壊はんかいした体を右手で持った。

 ジェサーレは何を頼まれたかといえば、体から離れてしまいながらも崩壊ほうかいを免れた、手や足などを集めて家まで運んで欲しいとのことだった。

 そうしてジェサーレは、ほんのり光る魔法陣を目印にしてゲチジの体の残りを急いで拾い集め、ロクマーンの家へと急いだ。

 そうして家に近寄ると、ロクマーンが太めの木と大きな葉っぱを集めているようだが、砂浜より暗くなってしまってよく見えない。


「我に光を。セリノフォト」


 ジェサーレが来たことに気が付いたのか、ロクマーンがぼそりと呪文を唱えると、辺りが少しだけ明るくなって、ロクマーンの姿と、地面に横たわるゲチジの姿が見えるようになった。


「悪いな、手伝わせちまって。それで、その腕とか足なんだが、ゲチジの体になるように、うまい具合に置いてくれないか」


 ロクマーンに言われて改めてゲチジを見ると、頭と残った体が人の形になるように寝かせられている。そしてゲチジはと言えば、ロクマーンとジェサーレのことなどお構いなしに、すでに寝息を立てていた。


「ロクマーンさん、ゲチジ君って、杭ですよね?」

「杭? 杭ってなんだ?」

「杭には、この体の中にある光る魔法陣みたいなのがあるんです」

「光る魔法陣……そんなものがあるのか? 生憎と俺には見えないから分からないなあ」

「もう一種類の魔法陣も?」

「見えないな。俺が知ってるのは体が崩れたときの直し方くらいだ。杭だの魔法陣だのは聞いたことがない。……あと知ってるのは、大昔に南から来た魔法使いの爺さんが、作るのを手伝ってくれたとか、そんなことくらいだな」

「そう……ですか」

「まあ、しょぼくれてもしょうがない。とりあえずゲチジを直すぞ。あそこにある木桶で砂浜から砂を運ぶから、手伝ってくれ」

「はい」


 ロクマーンとジェサーレの二人で、砂浜から何度も砂を運んでは、砂を盛り、丁寧に人の形になるように整えていく。


「ふぅ、終わったな。あとはしばらく置いておく。ありがとうな、ジェサーレ」

「いえ。ところでさっきの魔法陣なんですけど」


 ジェサーレはそう言って地面に魔法陣を描いていくが、


「あー……セリノフォトくらいじゃ暗くてよく見えないし、それにまだ真夜中だ。それは日が昇ってからにしような」


 途中でロクマーンに説得され、大人しく家の中で横になるのだった。



   *  *  *



「うわーん!」

「きゃぁー!」


 翌朝のジェサーレは、家に響き渡る泣き声と悲鳴によって、叩き起こされた。

 少しドキドキしながら声のした方へ向かうと、そこには濃い霧の中で大泣きするジェレンと、口を開けたまま固まっているセダがいた。


「あ、二人ともおはよー」


 それを見たジェサーレが、これは事件ではないなと、いつも通りに呑気のんきな顔で挨拶をすれば、ジェレンはともかく、セダはゲチジを指さして、「あれ、あれ」とジェサーレに訴えてくる。

 そこへジャナンが走ってきて、まだ寝息を立てているゲチジの顔を、鼻息荒く舐めまわした。

 ところでゲチジ君は直ったのだろうかと、ジェサーレは相変わらず呑気に眺めるが、どうも夜のうちに砂で作った腕も足も固まらず、崩れてしまっているように見える。当然のことながら顔以外の肌の色は砂浜と同じ色だった。


「あはははは、くすぐったーい」


 ジャナンに顔を舐めまわされて、渦中のゲチジもようやく目覚めるが、こちらもやはり昨晩と変わらず、呑気に頭だけの状態を楽しんでいるように見える。


「じぇ、じぇ、じぇ、ちょっとジェサーレ。これ、どういうことなの?」


 セダはようやく言葉を出せるようになり、ジェサーレが答えようと口を開きかけたが、今度はそこへ眠そうなロクマーンが現れた。


「んー、おはよーう。朝から元気が良くてなによりだー」

「あ、ロクマーンさん、おはようございます。ところでゲチジ君なんですけど」

「あー、駄目だろ」

「分かってたんですか?」

「そうだなー。あれから俺一人で直そうとしてみたんだけどな、結果はご覧の通りだな」

「うまくいかないものですね」

「ま、そんな日もあるさ」


 事情を知っている二人で何やら話しているが、セダは無視されたような、横取りされたような気分で、イライラとしてしまい、思わず大きな声を出した。


「ジェサーレ! どういうことなのかって聞いてるの!」


 ジェサーレは一瞬ビクッとして、だけどセダと目を合わせて慌てて謝罪した。


「ごごごゴメン。ちゃんと話すから、怒らないで」

「怒ってません!」

「うう、怒ってるよ」

「私が怒ってないって言ったら怒ってないのよ!」

「なんだあ、お前ら、朝から夫婦喧嘩ふうふげんかなんかして仲いいなあ。結婚は早い方がいいぞー。ははははは」


 ジェサーレとセダの会話にロクマーンが割り込むと、途端に二人は白けた顔でロクマーンをじっと見る。その顔は照れているようには見えず、これはしまったとロクマーンは話題を切り替えた。


「あー……、セダはゲチジの話を知りたいんだったか?」


 セダは無言でコクンと頷く。


「ま、こいつは見ての通り、人の形をしてはいるが人間じゃあない。俺の一族が代々管理してる砂の人形みたいなもんだな」

「砂の……人形が壊れてしまったと」


 ジェレンはいつの間にか泣き止み、セダの手を握って黙ってロクマーンの話に耳を傾けていた。


「そうだな。いつもは崩れても形を作って魔力を流せば直るんだが、今回はやり方がまずかったのか、どうにもうまくいかなかったみたいだ。ま、その内うまくいくさー」


 だけど、楽観的なロクマーンにジェサーレが反論する。「その内じゃダメなんです」と。

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