第27話 水惟の態度
「今回の新卒って洸さんから見てどうですか?」
艶のあるダークブラウンの木のカウンターがクラシカルな雰囲気の、照明の暗いバーで蒼士が隣に座った洸に聞いた。
「お、何?配属決め?」
「俺にそんな権限無いですよ。」
蒼士は笑って言った。8歳上で深端のエースADである洸は、蒼士に気を遣わずに本音で話してくれる貴重な存在だ。
「一人、深端っぽくない子がいるなと思って。」
「ああ、藤村 水惟。」
洸も同じことを感じていたようだ。
「不器用そうな感じだけど、よく受かったなって。」
「んー…たしかに不器用そうだよな。人付き合いは。」
「人付き合いは?」
「うん。あの子、デザインはすごいよ。採用の時に人事からADに
洸はつまみのチーズを食べながら言った。
「へぇ、だから採用されたんだ。エース二人のお墨付き。」
「人事に“藤村さんはクリエイティブに”って配属希望出してるんだけど、希望通るか微妙なんだよな。」
「新人がクリエイティブに直で入るのは珍しいからね。」
「いないわけじゃないけどな。俺とか。」
洸は冗談まじりで得意げに言った。
「でも珍しいな、蒼士が新入社員に興味持つなんて。いつも新卒も中途も興味なさそうじゃん。」
「ん?うん、質問されて。」
「質問?」
「深山さんもやりたいことがあって深端に入ったんですか?って。」
「なんだそれ!蒼士にそんなこと聞くなんてすげーな。知らないのか?深山って。」
洸は笑って言った。
「知らなかったみたいですよ。」
(あぁ…だから俺の名前を頑張って覚えようとしてたのか…)
蒼士も思い出し笑いをするように言った。
「…正直、やりたいことなんてあんまり考えたことないなって思って。俺って空っぽだなって思っちゃったんですよね。」
「お前まだ26だろ?学生の頃から会社に関わってるからか、元がしっかりしすぎなんだよな。」
研修期間が終わり、新入社員の配属が発表された。
「本日からクリエイティブチームでお世話になる藤村 水惟です。よろしくお願いします。」
「そんな改まらなくていいよ。よろしく。」
希望通りクリエイティブチームに配属が決まり、挨拶をする水惟に洸が言った。この頃から水惟の服装は自由な雰囲気になっていた。一つに結んでいた髪も下ろしている。
「新人だからって遠慮せずに、バンバン意見言って、良いデザイン出してね。」
ADの氷見が言った。氷見は洸の2歳下のADでアシンメトリーなショートヘアのスタイリッシュな女性だ。
「はい!」
その日、水惟はオフィスのフリースペースで蒼士に遭遇した。
「あ、深山さん……あっ…」
水惟は蒼士に急に話しかけたことに自身で動揺しているようだった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だけど…」
蒼士が“社長の息子だからって”という意味で言うと、水惟は首を横に振った。
「えっと…すみません、深山さんが思ってるようなことじゃないんです…」
蒼士には水惟の言葉の意味がよくわからなかった。
「あの…私、クリエイティブチームに入れて…」
「みたいだね、服装でわかる。スーツよりも私服の方が藤村さんらしいって感じがするね。」
「ありがとうございます…氷見さんや生川さんと並ぶとちょっと子どもっぽかったかな…って反省してるんですけど…」
水惟ははにかんだように笑った。
「あの…私、デザイン、頑張るので……」
「…ので?」
「あー…えっと……お仕事ご一緒できたときは、よろしくお願いします。」
「うん、期待してるよ。こちらこそよろしくお願いします。」
蒼士がニコッと笑って言うと、水惟の頬がほんのり赤く染まったのがわかった。
(………)
水惟はペコリとお辞儀をして自分のフロアに戻って行った。
***
数か月後
また、バーのカウンターで洸と蒼士が話している。
「いやー期待以上だよ。水惟は。」
「水惟って。」
洸が入社して間もない水惟を下の名前で呼んだことに、蒼士は眉を顰める。
「ああ、なんか最近みんなから水惟って呼ばれてるな。呼びやすいからかな。」
「ふーん」
「クライアントとの打ち合わせでも社内の会議でもバンバン意見言うし、まだ粗いところはあるけど出してくるデザインも良いし。」
蒼士も何度か水惟が打ち合わせで意見を出すところを見た。物言いに気を遣っているのは日頃の水惟と変わらないが、自分の意見を遠慮なく言うので、想定とのギャップに驚いていた。
「蒼士って結構水惟のこと気にしてるよな。もしかして好きなタイプだったりする?」
洸が探りを入れるように聞いた。
「俺の好きなタイプはもっと大人っぽい感じだよ。深端にいないタイプだから、そういう意味で確かに気にはなってるかな。」
蒼士は淡々と言った。
「あ、でも藤村さんて」
「ん?」
「俺のこと好きなんじゃないかと思う。」
———ブッ
洸が飲んでいたウィスキーを吹き出した。
———ゴホッ
「自意識過剰だろ。」
「いや、でも…」
「はいはい。イケメンは大変だな。」
——— 自意識過剰だろ
(そうかなぁ…)
蒼士は二人きりのエレベーターで顔を赤くする水惟を見ながら考えていた。
(………)
「藤村さんてさぁ」
「は、はい?」
「休みの日って何してるの?」
「え!?えっと…買い物とか映画とか展覧会とか…えっと…」
(この反応はどう考えても…)
「じゃあさ、今度良かったらこの展覧会行かない?深端がスポンサーだから、招待券があるんだよね。」
壁のポスターを指さした。
「え…」
蒼士の予想に反して水惟の眉間にシワが寄った。
「あー…そ、それ、もう行っちゃいました…すみません。」
水惟がそう言ったタイミングでエレベーターがクリエイティブチームのフロアに着いたので、お辞儀をして降りて行った。
(…え?)
蒼士はぽかんとして、しばらくポスターを指さしたまま固まっていた。
別の日
この日、水惟は蒼士が営業を担当している案件で洸のアシスタントとして社内ミーティングに参加していた。
ミーティング終了後、蒼士は水惟に声をかけた。
「このイラストって藤村さん?」
イラストが得意な水惟は、化粧品のポスターのイラストを任されていた。
水惟は蒼士に話しかけられたことに驚いたのか、無言で頷いた。
(うーん…やっぱり…)
「あの…このポスター…色とかレイアウトも担当させて貰えて。あ、もちろん生川さんの手直しもすごく入ってるんですけど…」
「へえ、新人なのにすごいね。色は遠目に見てもすごくきれいで目を引くと思ったよ。俺、これ好き。」
蒼士が微笑んで言うと、水惟の表情がパッと明るくなった。
「ありがとうございます。深山さんにそう言っていただけると嬉しいです。」
(………)
「…なんで俺?デザイナーでもないのに。」
「あ、えーっと…え、営業さんの意見て参考になるので…」
なんとなく本音を隠したような物言いだ。
「あの…」
「ん?」
「いつか…私がADになれて、自信作ができたら…見てもらえませんか?」
「え?」
妙に先の長い、不思議な提案だった。
「いいよ。っていうか、どっちみち同じ会社のADと営業なんだから見ると思うけど。」
「あ、そうですよね…でも深山さんに見て貰えたら嬉しいです。ありがとうございます!」
水惟はにっこり笑った。
「………」
そして、蒼士の顔を観察するようにじっと見た。
「何?なんか付いてる?」
「え!?あ!すみません…!」
水惟は慌ててお辞儀をするとミーティングルームから退室していった。
(本当になんで俺?よくわからない子だな…)
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