第19話 靴のサイズ、昔のドレス
水惟はスピーチを終え、洸や蛍のいるところに戻っていた。
「すっっっごく良かった〜」
蛍はハンカチを目に当てながら言った。
「えっ…蛍さん、泣いてる?」
「うんうん、すげー良かったよなぁ…」
洸が鼻をすする。
「洸さんまで!?嘘でしょ!?」
水惟は洸の隣に立っている啓介の方を見た。啓介は平然としている。
「いや、スピーチはたしかに良かったけどさぁ…洸さんと蛍ちゃん、かなり冒頭の方から泣いてて正直ビビった。」
「俺たちには親心みたいなもんがあるんだよ…」
鼻をすすりながら洸が言った。
(洸さん…“30歳の娘がいてたまるか”って言ってたのに…)
クスッと笑った水惟の目も潤んでいる。
「なんだよ水惟もかよー」
啓介が驚いたように言った。
「だって…なんかもらい泣き…」
「一時はどうなるかと思ったけどさー、あれはあれで水惟らしくておもしろかったよ。」
「もー!アッシーって本当に意地悪。アッシーがスピーチしたって良かったんだからねー!」
水惟は恨めしそうな目で見た。
「いや〜やっぱディレクターが代表して挨拶してくんないとさ〜」
啓介は普段通りの軽口を叩く。
水惟は大役を終え、普段通りの仲間たちとの時間に安堵していた。
(さっき…)
水惟は壇上から見た蒼士のことを思い出した。
(助けてくれた…)
胸がキュ…っと苦しくなる。
祝賀パーティーが始まり、水惟は洸と啓介にトークを任せるかたちで主催者や重要なクライアントたちに挨拶をして回った。
(こういう場はやっぱり苦手…)
「お、蒼士!」
洸の発した名前に水惟はドキッとする。
「じゃなかった。深山部長だよな、こういうときは。」
「蒼士でいいですよ。俺だって生川社長なんて呼びたくないし。」
普段からスーツ姿の蒼士だが、パーティーでは普段よりスーツの生地やネクタイが華やかなフォーマルスーツを着ていて、スラッとしたスタイルも相まって一際目を引く。
水惟も思わず見惚れてしまっていた。
「水惟のスピーチ、すごく良かったね。受賞おめでとう。」
蒼士に声をかけられてハッと意識が戻る。
「う、うん…なんとかなって良かったです…。ありがとう…ございます。」
水惟の態度にツンとしたところが無くなったのは、洸にも啓介にもすぐにバレてしまうくらいわかりやすい変化だった。
「水惟、スピーチの原稿持っていかないとか意地張って、結局飛んじゃったんスよ。」
啓介が言った。
「よ、余計なこと言わないでよー!」
「…あ、見て、深山さんと…」
「…えー?別れてるって聞いたけど…」
また、水惟と蒼士のことを噂しているような声が水惟の耳に入ってきた。
(………)
「洸さん、私そろそろ…」
水惟は息苦しさを覚えて、パーティーからの退出を申し出た。
「ああ、そうだな。本当によく頑張ったな。おつかれ。」
水惟は会釈をすると、会場を後にした。
「水惟!」
会場を出た水惟が、絨毯が敷かれたようなホテルの階段を降りていると、後ろから蒼士の声で呼び止められた。
瞬間的に水惟の心臓が跳ねる。
「帰るの?」
「うん、もともと授賞式だけって洸さんには言ってあったから。」
水惟は見上げながら答えた。
「送るよ。」
「……え!?」
水惟は蒼士の言ったことが一瞬わからなかった。
「なんで…深山さんが…?」
「車で来てるし、酒飲んでないし…」
「そ、そんな、悪いです!大丈夫です、じゃ!」
蒼士と一緒に車に乗るところを見られでもしたら、また噂話のネタにされてしまうかもしれない。
水惟は焦って早く立ち去ろうと、足を踏み出した。
———グラ…
「水惟…っ」
「…
(…で、この状況…私何やってんの…)
水惟はパーティーの休憩室でソファに座っていた。まだパーティーが始まってあまり経っていないからか室内には水惟以外に誰もいない。
階段で足を踏み外した水惟は、その場に座り込むように倒れたが、幸い怪我はしなかった。すぐに蒼士が駆けつけて様子を確認すると、パンプスのヒールが壊れてしまっていた。
蒼士は水惟を軽々と抱き抱えるとそのままこの控え室に連れてきた。
(…元夫に…お姫様抱っこされるって…車に乗るよりよっぽどマズかったんじゃ…)
思い出しながら気まずそうに眉を寄せる水惟の顔は真っ赤だ。
(思いっきり…あの人の匂いに包まれてしまった…)
「ごめん、お待たせ」
控え室に戻ってきた蒼士は箱を抱えていた。
「足出して。」
蒼士が水惟の前に
「え!?いいよ、自分で履ける…」
「怪我してないか、確認するから。」
「………」
真剣な
「痛いとこない?」
「う、うん…捻ったりもしてないと思う…」
そう言って蒼士の差し出した新しいパンプスに足を入れると、サイズはぴったりだった。
「…よくぴったりなサイズ、わかったね…」
「壊れたやつ持って行ったから。」
「え、あ!そっか…そうだよね…」
「覚えてたサイズの通りだったけど。」
水惟が恥ずかしそうに言うと、蒼士がつぶやいた。
(え…)
「そのワンピース、やっぱり似合うな。」
蒼士が
「え…やっぱりって…覚えてたんだ。昔着てたドレスだって…」
水惟は思わずドキッとしてしまう。
「当たり前だろ?俺がプレゼントしたんだから。」
「え…」
「忘れてたか。でもまた着てくれて嬉しいよ。」
蒼士は苦笑いで言った。
「…うん…忘れちゃってた…けど…このドレスだけ、大事にしまってあったの…。他のは全部処分しちゃったみたいなんだけど…」
「…そっか。」
蒼士は笑顔とも悲しいとも取れるような表情をした。
「…あの…授賞式…ありがとうございました…」
「え?」
「スピーチのとき…」
「ああ、スピーチ上手くいって良かったな。すごく水惟らしくて、これからも水惟のデザインが楽しみだ、って聞いてた人みんなが思ったと思うよ。」
蒼士がまた穏やかな笑顔と声色で言う。
「…あなたと目が合って…背伸びしなくていいってアドバイス…思い出したの。」
「そっか。力になれて良かった。」
優しく微笑む蒼士に、水惟の心臓の音が止まらない。
「あの…」
「ん?」
「…わたし…」
「えっと…その…」
「…わたし……また…」
「また…あなたのことが好きになっちゃったみたい…です…」
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